72話
対峙している男子生徒は、誰にでもわかる形で最後の一撃に全てを賭けてきた。右腕にありったけの魔力を集めて火焔と化し、構えを取った。まさに、これから右手で正拳突きを放ちますと説明する必要がないほどに明確な構え。そこに彼の魔力が込められた炎がまとわりついて渦を巻く。
拓郎は何時攻撃が来てもいいように警戒しながら攻撃を待つ。一瞬のにらみ合い、そして男子生徒が拓郎に向かって全力の火焔の正拳突きを放つ。それはまるで小型の隕石が襲い掛かってくるかのような見た目を伴って拓郎へと襲い掛かった。拓郎はその攻撃を回避──せずに受け止める事を選択した。
両腕に小さな魔力障壁を形成し、ボクシングのピーカーブースタイルの様な形で守りを固めた。そしてぶつかる両者の選択。男子生徒の火焔を纏った正拳突きは、拓郎の作った障壁を食い破ろうと全力で襲い掛かった。しかし、悲しいかな……拓郎の練り上げられた魔力を持って生成された障壁には傷をつけられず、勢いは弱まっていく。
そして、火焔が完全に収まった時──火傷でただれた腕を晒しへたり込んでいく男子生徒と無傷の拓郎の姿があった。当然ここで審判であるジャックは試合を止めた。これ以上やっても拓郎が嬲るだけになるからである。男子生徒は急いで運ばれ、火傷の治療を受ける。その表情に浮かんでいたのは苦痛ではなく、悔しさであった。
「俺の全力で、傷一つ付けられなかった……俺は本当にやったんだ、全力で、捨て身で。なのに結果はこれだ……アイツは一体どんな訓練をしてるんだ!? どれだけの血反吐を吐いてくればああいうレベルに到達できる? 分からねえ、分からねえよ」
悔し涙をにじませながらそうつぶやく彼に、誰も何も言えなかった。ただ、自分達が対峙している相手が普通ではないという認識をより強める翔峰学園の生徒達。そしてコーチは表情にこそ表さないが内心では非常に驚いていた。
(──アイツの攻撃は、間違いなく今まで見てきた中で最高の一撃だった。腕を犠牲にする覚悟を持って、持っている魔力をすべて注ぎ込んだのも分かる。だと言うのに……あのような絞りに絞った障壁2枚だけで受け止められてしまった。あの障壁は、まるで魔人や魔女が使う物を模倣したかのような魔力の練りこみ具合だった。彼は魔人ではない……にもかかわらずその域にまで到達していたのか!)
コーチの拓郎が生み出した魔力障壁に対する評価は正しい。クレアやジェシカにしごかれ続け、訓練を受け続けた拓郎が使う魔力障壁は魔人や魔女の用いる物の劣化版と言っていい位のレベルに到達していた。劣化版とはいっても、それはあくまで魔人や魔女と比べればと言うだけの話であり、一般の人からしてみれば異様に硬すぎる障壁である。
また、この障壁はある程度の柔軟性も持っており、単純な力押し──今回のようなやり方では、ある程度受け止めつつ威力を大きく減衰してしまう。故に、翔峰学園次鋒の彼が捨て身で行った攻撃であっても余裕を持った上で受け止める事を可能とする。
それを知れば彼はそんな理不尽な、と漏らすかもしれない。しかし、残念ながらこれが現実である。勝ちたいなら、拓郎と同等の訓練をしながら魔法に対する理解をより深めていかなければならないだろう。そしてこの後次々と拓郎に対して翔峰学園の生徒達が挑んでいくのだが……拓郎は全員を下していく。もちろんクレアからの条件を守りつつだ。
「──予想より、ずっと強いわ」「壁はより厚く、そして高くなっていたか」「だからこそ、ぶつかる価値があると言う事ですね」
そして、残り3人である。明美、洋一、香澄が正直な心の内を口にした。治療こそ受けたが、精神的な疲労が激しい拓郎と戦ったメンバーは大半がまだ横になっている。彼等も決して弱くはないし、油断すれば自分達も負ける可能性があるレベルに鍛えあげられている。にも拘らず、彼、彼女達が全員次々と戦っても拓郎には傷一つ負わせる事は叶わなかった。
「じゃ、私が行くわ」「おう、以前と同じか」「分かりました、こちらはしっかりと見させていただきます」
そんなやり取りの後、ついに立花 明美が戦いの場へと上がってきた。明美を見て、拓郎は以前よりはるかに強くなっていると直感で理解した。そこからさらに冷静に観察する事で、纏っている空気、魔力の質からも依然戦った時と比べて明確な実力の向上が伺える事を認識した。
「それでは、よろしくお願いします」「こちらこそ、よろしくお願いします。今回の機会を貰えた事を後悔させないように、普段は出せない全力でお相手させていただきます」
お互いに一礼、そして構える。その瞬間、周囲の温度が下がったような感覚を周囲に居る人達は感じた。横になっていた翔峰学園の生徒達も体を起こして対峙している拓郎と明美を見始める。そしてジャックが確認を取り、試合開始を告げた。その声を聞いて示し合わせていたかのように拓郎も明美も前に出る。中央で激しい拳と蹴りのぶつかり合いが始まる。
まるで格闘ゲームの乱舞技を決めている最中のような打撃音が周囲に響き渡る。が、双方ともに表情をあまり変えずに乱打戦を継続している。お互い、これぐらいは『あいさつ代わり』に過ぎないからであるが。そして2分ほど打ち合ってからこれまたほぼ同時に開始時に立っていた場所へと戻る。
「修練を、相当厳しい奴をやって来たみたいですね」「よく言うわよ……それを軽々と受け止めてくれちゃって。でも嬉しいわ、普段はここまで力を出すと相手に大けがをさせちゃうから。その心配をせずに戦えるってのは良い物ね」
そんな会話を挟んで──明美が今度は魔法を用いる。素早く詠唱し、拓郎に向かって複数の雷の槍を連続で放つ。放たれた雷の槍は真正面に向かう物もあれば左右に散って側面から挟み込むように襲い掛かろうとするものもあった。が、拓郎はその雷の槍たちを次から次へと書き消して無力化していく。
そして今度は拓郎がお返しとばかりに、雷の矢を無数に作り上げて明美へと放つ。明美の槍と比べて矢は威力は劣るが生成速度と連射速度では勝る。が、明美も降り注ぐ矢を魔力障壁をもちいて防いだり回避したりすることで無傷で対処して見せた。その戦いの様子を見て、盛り上がるのは拓郎の学園の生徒と周囲で見ている翔峰学園の生徒達。
「どっちもすごい雷の魔法の応酬……雷系って制御難易度が高めなのに、どっちも平然とやるわね」「最初のぶつかり合いも激しかったが、どっちもダメージを受けた様子が無かったな。俺がやったら絶対あそこでボロボロにされてる」「レベルが違い過ぎる……見ていても参考にできるかどうか」「それでもしなきゃダメだろう」
と、拓郎の学園の生徒達の間の会話。そして翔峰学園の生徒達は──
「学園にいるときの明美さんは、全然本気を出していなかったんだ……」「これが、明美さんの本気か……確かにこんなの俺達に向かって使ったら、殺してしまうか」「それを受け止めるアイツもすげえよ……これまでに連戦を積み重ねた上にあれだけの攻防を行ったのに汗をかいていない」「レベルが、文字通り違う……これが目指さなきゃいけない高さってことか」
と言った感じの会話が行われる。もちろんそんな会話が交わされている間も、拓郎と明美の戦闘は継続している。お互い魔法の打ち合いを止めて、近接戦闘戦を行いながらその合間に魔法を用いるというスタイルに移行している。至近距離での魔法が飛び交う戦闘だが、お互いにまだ攻撃を相手に大して一回も当てる事が出来ていない。
だが、戦いが続けば必ず均衡が破れる瞬間というモノがやってくる。その均衡を破ったのは拓郎であった。そして破った方法は、つかみからの投げと魔法の合わせ技。明美の動きを読み、瞬時に間合いに入り明美のバランスを崩して柔道の一本背負いのように明美を投げて地面に叩きつけつつ、明美の上に雷光を生み出して叩きつけたのである。
この攻撃を受けた明美は──苦痛に表情を歪めたが、それでも士気を失い様な事はなく素早く後ろに下がりながら立ち上がった。が、もろに雷光を受けた事には変わりなく表情は歪んだまま。こうして、戦いは流れが動きつつあった。
ホラーな夢を見たら、その記憶がこびりつくように離れなくて困っています。
ホラーは苦手なのに、なんて嫌がらせた。




