69話
3年生が卒業し、スペースが大きく開いた科学魔法の訓練所にて今日も生徒達は汗を流す。時には血も流す。だがその流した汗と血こそが自分を高める道に繋がっているのだと分かっている故に、多少の出血程度ならだれも気に留めない。怪我は授業終了後に拓郎が率先して治し、後も残さないため女子生徒でも傷つく事を気にしないようになった。
そして今日は──拓郎は高速で飛び回るジェシカを相手に訓練を積んでいた。拓郎もまた体を強化してかなりの高速移動をしているのだが、流石にジェシカのレベルにははるかに及ばない。それでも必死で食らいついていく拓郎。
もちろんただ高速で飛び回るだけではない。拓郎とジェシカの間には無数の魔法が飛び交っている。高速で動き回る相手に自分も動き回りながら魔法を当てると言うのが今日の拓郎に課された訓練内容であり、それはまさに映画などに出てくる超人同士の戦いを彷彿とさせる物であった。
「拓郎さん、もっと早く! この程度ではまだまだ遅いと言わざるをえませんよ! 貴方のレベルならもう一段回ほど早く動けるはずです!」「はい!」
訓練中なので、普段とは違って厳しい言葉を投げかけるジェシカは拓郎がぎりぎり対処できる、当てられるレベルに抑えた上での猛攻を仕掛けている。すなわち、対処できるレベルに抑えているのだから対処できて当たり前、出来ないのであればそこが次のレベルに上がる為には修正しなければならない部分であるという事となる。
が、それはジェシカ側の話であって──拓郎側からしてみれば一瞬でも気を抜くと容赦なく魔法弾が複数ヒットしダメージを与えてくる。常に最適かつ最上の対応で応じていかないと避けきれない&反撃のチャンスがないという状況になっている。だが、拓郎は弱音を吐かない。卒業していった先輩達に、胸を張れる結果を残すためにも。自分の理想の未来に手を届かせるためにも……弱音を吐いている時間などなかった。
そんな訓練は大体30分ほどで終了した。拓郎が精神力を使い切ったからである。ヘロヘロになりながら椅子に座って水分補給をし、息を整えながら少しでも体を休める。5分後にはいつも通りの複数の生徒を相手にする訓練が待っている。拓郎の目指す先が高い為、訓練の時間中はクレアもジェシカも心を鬼として訓練の難易度を高い物にしている。
当然訓練が終われば……拓郎は完全に疲れ切った姿を大勢にさらす事となる。もちろんそんな拓郎を笑う生徒などいるはずがない。どんな訓練をしているのかを目の前で見せられて(更にジャックとメリーからの解説もつく)、どれほどきつい事をやっているのかを理解しているから。
前々から拓郎だけが受けている訓練は異様だったわけだが、ここでさらにその内容が一般的な視点で見ればえぐい物に変わったために笑う事など出来ようはずもなかった。
(お前、あれやれって言われてできる?)(無理に決まってんじゃん! そもそもあそこまで肉体を魔法で強化して縦横無尽に移動するってだけで相当高難易度だぞ? 以前来た翔峰学園の生徒だってあそこまでは……)(でも、出来る様になりたいってのも本音かな。今は無理、でも卒業前には……)
なんてやりとりも行われていたりする。無理、無茶と口では言いながらも出来る様になりたい、という意見がちらほら出てくるようになったのは生徒の認識にかなりの変化が起こっていると言えるだろう。目の前に実例があり、憧れるだけでなく少しでも追いつける可能性があるのであればそう言った考えが生まれるのもおかしくはない。
その考えはやがて、署名を経て自分達もより厳しい訓練を受けたいという嘆願へと繋がっていく。それがまた学園全体の魔法レベルを引き上げていく事に繋がるのだが──この時間帯、また別の所で魔法関連の接触を受けている人物がいた。それはこの学園の校長先生である。
「では、戦闘課を置く予定は今後もない、と?」「ええ、うちはもともとそう言う校風ではありませんし……更に言えば、すでに県内に複数の戦闘課を置いている学園が存在します。これ以上戦闘課を増やしても生徒の分散を招くだけになりかねません。そうなれば各校の練習相手が結果として減る事になりますし、悪手でしかないでしょう」
校長先生は電話相手からの問いかけに応える。なお、電話の相手は依然拓郎と戦っていった生徒が所属している翔峰学園の校長である。
「──なるほど、それでは確かに悪手でしょうな。しかし、それと同時に惜しい。実に惜しい」「そこまで惜しまれるのは……もしや、以前の事が理由でしょうか」
翔峰学園の校長が戦闘課を置かない理由を理解しながらも惜しいと悔しがる様子を感じ取った拓郎の学校の校長先生が、唯一の心当たりを口にする。以前翔峰学園の生徒三名がやってきて、拓郎と練習試合をしていったという過去。これ以外この学園と翔峰学園の関係性はない。だからこそ、校長がこれに全ての理由があると考えるのは自然な事だ。
「ええ、まさにそれです。あの時は本当に失礼をしたしました──しかし、あの時の三名ですがあの後大きく実力を伸ばしましてな。すでにいくつもの所からお声がけを頂いている状態のなのです。あの三人のうちだれか一人来るだけでも、今後が盛り上がること間違いなしだから、と」
翔峰学園側の校長も隠すつもりはなかったようで、正直に吐露する。事実、あの時の三名である立花 明美、七瀬 洋一、橘香澄は拓郎との一戦後、大きく伸びた。魔法レベルの上昇だけではなく、戦闘技術、体術、そして魔法その物のコントロール技術。それらすべてを伸ばしたのだ。全ては拓郎との勝負に負けた事が発奮材料となった事と、見て感じた事による経験が理由である。
すでに翔峰学園内では最強の三名という呼び名も高く、それを否定する生徒もいない。だが、三人は首を振るのだ。そしてなぜ首を振るのかと問いかけられれば「俺より強い奴がいる」「あの人にはまだ届かないはず」と答えるのだ。翔峰学園の戦闘課に属する人からしてみれば、在学中にこれだけの力を手にした三人がこうも言う人物は誰なのかと予想する事はもはや一般的な話となってしまった。
一方で、戦った相手を知っているコーチは別の意味で心の中のくすぶりを消す事が出来なかった。あれから数か月たち、立花 明美、七瀬 洋一、橘香澄の三名はあの日から信じられないほどに──正直に言えばコーチの想定の倍ぐらいの成長を見せた。今の三人なら、あの時の相手と良い模擬戦が出来るのではという考えが消せなかったからだ。
だが、以前知らなかったとはいえ戦闘課が無い学園に無理を言って戦ってもらったのだから、再選を申し込むなど不可能な話であると分かっているのだ。分かっているだけに、コーチの胸の内のくすぶりは大きくなる一方で消えてくれない。だからこそ、数日後にそのくすぶりをまさか消せる話がやってくるとは思わなかった。
「本当ですか!?」「ああ、向こうの学園にダメで元々で話を振ってみたところ、戦闘課は作れないがあの時わが校の生徒である立花 明美、七瀬 洋一、橘香澄を伴ってくるのであればもう一回戦ってもいいという返事を今日いただけた。日にちは指定されている……三日後だ。調整をして欲しい」「はい、もちろんです!」
なぜこんな話が来たのか、それはクレアとジェシカが理由である。拓郎に経験を積ませるため、たまには違った相手と勝負をさせよう。じゃあどこから見つけてくる? そう思っていた所に翔峰学園からの接触があった事を校長先生から聞かされた。それを聞いて、クレアとジェシカはちょうどいいとばかりに対戦相手を拓郎限定とする事で話を受けるように校長先生に申し出たのだ。
校長先生としては、一応話があったから伝えないわけにはいかないという事でクレアとジェシカに伝えたのだがこの反応は想定外であった。更に、これをきっかけに他の戦闘課のある学園も積極的に交流し合いを申し込んでくることになるのではないか、という不安もある。それでもクレアとジェシカがOKを出してしまった以上、受けないという選択肢はないのである。
が、翔峰学園のコーチ、並びに例の三人にとってはあの日の敗北を糧に高めた力を負かされた本人相手に振るう機会がやってきた事に大喜び。スケジュールの調整など苦でも何でもなかった。そして選抜されたメンバー十名が、翔峰学園から拓郎の向かった。ホテルで一泊し、土曜日のこの日、翔峰学園からの挑戦者たちが再び拓郎の前に姿を見せる事となった。
今週は書けた、よかった。




