53話
3学期初日。全校生徒が一人も欠ける事なく元気な姿を学校に見せた。もっとも3年生は今後自由登校となる……今日登校したのは、きちんと無事でいるかの確認を学校側が取る為でもあった。それはさておき、拓郎達のクラスに話を戻そう。
拓郎を始めとしたクラスメイト達は、お互いに今学期もよろしくなという雰囲気で賑わっていた。無論来年は人生を左右する受験があるし、すでにその受験に向かって動いている人間も多数いる。だがそれを苦痛に感じている生徒はここにはいない。何せクレア、ジェシカを始めとした魔人による魔法指導で全員がレベルを高めているのだ。
よっぽどの高望みをしなければすでにシード権を手に入れているような状況であり、後は真っ当に過ごして真っ当に勉強をしていれば……それなりの大学に入るにせよ就職するにせよ躓く事はない。故にプレッシャーからは解放されており、表情も穏やかなのである。余裕という物を一定量持っていれば、大抵の人間はそうなる。
「よーっし、一旦席についてくれ。今日の予定を話すからなー」
教師が入ってきたことで、皆はすぐに自分の席に着く。それを確認した後に教師は口を再び開く。
「よし、皆と無事に3学期を迎えられることをうれしく思うぞ。さて、今日はこの後簡単な連絡事項を伝えて、一つ書いてもらわなきゃいけないものがある。面倒かもしれんが、それらをこなしてもらわんと今日は解散できん」
教師の言葉に、生徒達は全員が頷いた。
「連絡の方はまあそう長くはない。明日から通常の授業が始まる事と、午後に魔法のレベルの測定を行ってもらう。このクラスはそれぐらいかな……他のクラスだとちょっとやらかした奴がいるらしくてな。その辺りの連絡が長くなるらしい。それと、この近くで迷惑な動画配信者というのか? この学校の生徒を狙っている連中がいるという情報が入っている」
迷惑な動画配信者、のあたりでクラス内が少々ざわめいた。礼の拓郎と雄一が絡まれた一件を知っているクラスメイトはそこそこいる。が、それを当人に思い出させる事もあるまいと皆口に出していなかっただけだ。
「迷惑な連中に絡まれても、攻撃には出るなよ? うっとうしいと思うだろうが最初は逃げろ。警察に電話をするのでもいい、とにかく手を出すな。だがもし、向こうから明確な攻撃を受けた場合は魔法による防御は認める。その後は大人である俺達に任せろ……あの手の連中をどうするか、で冬休みの間に教員で対策を考えるために集まって話し合いを行っていたからな、警察の方も交えて」
この話し合いが行われた理由も、拓郎と雄一が絡まれた例の一件が関わっている。
「そして、証拠となる音声を始めとしたデータを集める為の機材をこれから配布する。これも面倒だと思うかもしれんが、迷惑な連中の行為が下火になるまでは我慢してくれ。こっちとしても頭が痛いんだ……面倒事を増やしてくれやがって、ってのが教師陣の本音だよ」
生徒達全員が、担任に対してご愁傷様ですとばかりに表情を曇らせた。別に拓郎の学校周りに限った話ではなく、あっちこっちでもはや犯罪者と大差ない迷惑行為を繰り返す配信者は残念ながら増加傾向にあり、警察も手を焼いているのである。なので、もはや度が過ぎた動画配信者は犯罪者として扱う、と言う事が水面下ではすでに決定されていたりする。
その後、小型のマイクがついた記録機材が全員に配布された。制服のポケットの内側に配置すれば、ぱっと見ではマイクがあるとは分からない。起動方法はマイクに魔力を少々流せばよいだけであり、レベルゼロでもない限り問題はない。また、手を使わないためいつ起動されたのかが気付かれにくくなっている。
「このマイクの存在は警察の方々にも伝わっている。だからとにかく少しでも怪しい奴が来たと思ったら躊躇せずマイクを起動しろ。それがお前達の正当性を認めてくれることに繋がるからな」
教師の言葉に、生徒全員が頷いた。早速制服につけて、起動するかのテストも行われた。こちらのテストは全員問題なし。確認した教師が再び口を開く。
「よし、皆無事に起動させれたようだな。暫く面倒だろうが、我慢してくれ。そして学校からは以上なんだが……この後に時間があるのならクレア先生とジェシカ先生が1時間ほど魔法の訓練をいつもの場所で見てくれるのだそうだ。参加するしないは完全に自由だ、各々が自分の判断で向かってくれ。では今日は解散!」
解散、と教師は言ったがクラスメイト全員誰もが授業で使っている訓練所へと足を運んだ。訓練所内では、クレアとジェシカが準備を済ませた状態で待っていた。
「あれ、みんな来たのね。訓練は明日からでいいやーって考える人もいると思ったんだけど」「先生、それはないですよ。むしろ冬休みの間、親戚から『何のんびりしてるんだい? 魔法の訓練をしないと将来困るんだぞ? 分かっているのか?』と言われて急き立てられてたんですよ。そこでクレア先生から貰った通知を見せたんですが……半信半疑って感じでしたね」
クレアの言葉にクラスメイトの1人がそんな事を口にした。その言葉に同意するかのように頷くクラスメイトは多数いた。
「こっちも親戚から同じような事を云われましたよ、特に正月の話なんですが、あんまり仲が良くない親戚からうちの子は努力してるのに、あんたはのんびりとしているのね。将来どれだけ差がつくか見ものだわとオブラートに一切包まず言われたんですよ。腹が立ちましたね……でもクレア先生の指導を無視したくないので、冬休み中は魔法を使ってません」
なんて言葉すら聞こえる始末。それを聞いてクレアとジェシカが首を振った。
「はー、冬休みに入る前にみんなは結構厳しめの訓練をしたからしっかり休む事が訓練だったのにねぇ。何でもかんでも際限なくやればいいってものでもないのにね。まあいいわ、みんなの体も落ち着いているのは確認できたし、今日から魔法は解禁とします。そう言うこと言ってくる連中を結果という覆せないもので返り討ちに出来る様に訓練してあげるわ」
クレアの言葉にクラスメイト全員は頭を下げて「「「「お願いします!」」」」と声を発する。そして1時間ほどではあるがしっかりとした魔法の訓練が行われた。拓郎も一人で複数のクラスメイトを相手にする形式の訓練を行っている。だが、拓郎は冬休みに入る前と違って、より魔法がコントロールしやすくなり、無駄な魔力消費をしなくなっている自分に気が付いていた。
(良い感じだ。冬休み前とは全然違う。より無駄なく、そして落ち着いて余裕を持った防御、反撃が出来る。まるで自分の腕を上げる、足で歩くといった意識せずにやっている何気ない行動にかなり近づいている気すらする。あまり意識せずに必要な魔力量が分かるようになってるし、防御も受け流しも明確に楽になった。ちゃんと、俺は進歩できている)
その拓郎の内心を表すかのように、クラスメイト達が拓郎に放つ魔法は次々と霧散したり逸らされて外れて行ったりしている。やがてその感覚をより高めた拓郎は、きれいな真球のような魔法障壁を生み出した。その障壁に当たった魔法は、まるで氷の上を走るアイススケートのようにするりするりと逸らされてしまう。
「何あれ?」「魔法が、全部きれいに逸らされてる……」「火も、風も、水も、土も、みんな同じように球体の外をなぞるように流されて消えちゃうんだけど!?」「く、電撃もダメだ。あの球体の障壁を揺らがす事すらできてない!」
拓郎の張った球体型の障壁を前に、魔法を撃ちまくるクラスメイト達だがそのすべてが球体の表面をなぞるような形で滑ってしまい、拓郎に全く当たらない。それを見ていたクレアは、拓郎に一声かけた。
「たっくーん! それ禁止!」
禁止とクレアに言われた拓郎は、すぐさまその障壁を解除した。そこからはまた今まで通りの訓練に戻ったのだが……先ほどの感覚を掴んでいた拓郎は、今まで以上に障壁の質を上げることに成功。1時間の訓練時間でよりその障壁を高めるべく集中した──




