38話
そんな事があってから1週間ほどの時間が過ぎ……拓郎は再び校長室に呼び出されていた。呼び出された校長室の中には校長はもちろん、複数の警察官もいた。
「校長先生、およびとの事でしたが」「ああ、済まないな。まず、こちらの警察の方々から感謝礼状が君に贈られる。受け取って欲しい」
令嬢の内容は当然ながら、先日拓郎が捕まえた連中に関わる事であった。彼等に対しての刑はすでに執行され、彼らは今後レベル1の科学魔法しか使えない事を拓郎は警察官から告げられる。
「そうでしたか、まあ妥当ですね」「彼等のしたことは未成年なんだからで許される域にはすでになかったからね、当然の刑罰と言えるだろう。今は、さらに余罪を追及しているところだ……が、これ以上は流石に教えられない」
彼等に相応の罰が下った事さえわかれば良かったので、拓郎も変に聞きだすような事はせずに分かりました、とだけ警察官に返答を返した。
「そして、彼らはこの後の科学魔法訓練も見学していくそうだ。が、変に気張る事はない。いつも通りの訓練をしてくれればそれでいいからね? こちらからは以上だが……何か質問等はあるかね?」「いえ、知りたい事も知れましたので問題ありません、失礼します」
校長先生から呼び出した用事は全て済んだことを告げられ、拓郎としても知りたい事は分かったのでこれ以上滞在する意味はないと判断し、さっさと校長室を後にすることになった。拓郎が立ち去った後、警察官の一人が口を開く。
「では校長先生、申し訳ありませんがこの後に行われる科学魔法の訓練風景を視察させていただきます」「ええ、構いませんよ。警察官の皆様方から見て、何か問題があれば教えて頂ければ幸いです」
ここに来ていた警察官たちは、それぞれの科学魔法における各分野のエキスパートたちである。もちろん魔人、魔女には適うはずもないが、それでも十分科学魔法の腕前や能力は十分上位に位置するだけの力を持っている。そんな彼らが、例の学校の様子を視察して何が行われているかの情報を、他者の目や情報ではなく自分達の目で見てどういうレベルにあるのかを知る。それが警察側の目的だった。
「さっきの生徒さんは素晴らしい能力で、犯罪行為を行っていた者達を最小限の攻撃で無力化、確保していました。さて、そんな彼が特別なのか、それとも……」「ああ、この後の訓練を風景を見て、見定めさせてもらおう」
そして、訓練が始まった。いつも通りに拓郎は生徒を相手に魔法の訓練。クレアと始めとした魔人、魔女の皆は生徒の専門的な質問に対する対応。他の教師たちは座学を行うというこの学校にて、すでに定着した訓練風景を見せる。が、警察官たちにとっては、その光景は異様な風景そのものであった。
「本当に、講師として魔人、魔女がいる……」「しかも、例の学生はたった1人で10人の生徒を相手にしているぞ……さらに自分に対しての攻撃を無駄なく、さらには相手に怪我をさせずに反撃しながら指導をしているではないか」「座学の内容も質が高いですよ。我々の間でもまだあまり広まっていない事まで……例の学生の戦い方を見ているからこそ、気が付ける事がある、と」
警察官の間で、小声ではあるがこの学校で行われている訓練についての感想が飛び交う。話は聞いていた、しかしやはり現物はそれ以上……と言う認識で警察官たちは一致していた。騒然そうなれば、これらのやり方をこちら側でも投入すべきでは? と言う話になってくる。
「あの例の学生の訓練は、非常に参考になるぞ。多数相手にあそこまで無駄を省いた科学魔法の使い方をマスターする事は、いろいろな場面で非常に有効だ」「そして、やはり魔人、魔女の皆さまの知識はすごいですね。是非警察に招いて、1月に一度でいいので講習を受けるべきでしょう」「近年ますます犯罪に科学魔法を使う輩は残念ながら増加する一方だ。我々も、この学校のやり方の様な訓練を取り入れてより質を高める必要がある」
などの意見交換も行われる。そしてついには──
「あの学生と、訓練をしてみたいな」「それについては同感ですね。あれだけの魔法精度をあの歳で可能にした……どれだけの訓練と苦労、そして何より努力があったのか」「我々にとって、魔法レベルの上限をあげられる歳はとっくに過ぎたが……精度を上げる事は一生可能だ。あの訓練は、覚える価値がある」
なんて会話まで飛び交い始めた。なので、校長は先手を打つ。
「あの生徒を始めとしたわが校の訓練を高く評価してくださったのは非常にありがたい事ですが──彼を始めとした生徒や来てくださっている魔人、魔女の方々に無理な勧誘や要望をするような事が無い様にしてください。特に魔人、魔女の皆様はあくまで好意で教師役をしてもらっていますし、例の生徒である彼もそんな魔女の方々の指導の下であの訓練を行っております。そこに、要らぬ圧を掛けられるような事を校長として認めるわけにはまいりませんので」
言葉は丁寧だが、ハッキリとうちの学校の生徒や講師に変な真似をするんじゃねえという意思が乗せられている。警官たちもそれをちゃんと理解し、無理強いをするような真似はしませんよ、と校長に返す。しかし……
「彼に訓練をお願いするというのは自由ですよね? 無論彼が無理だと言えばそれまでにします」「要らぬ圧をかけなければ、それは構いませんよ」
校長の言葉に警察官たちは頷き、訓練をしているグラウンドへと向かって移動を始めた。やがてグラウンドに近づくにつれ、生徒たちはいっせいに警察官たちを見る。警察官が今日来る、なんて話を一切聞いていないのだから当然の行動だろう。そして、一人の教師が警察官達の前に進み出た。
「如何なさいましたか? 本日視察するという話は伺っておりましたが何か問題が発生しましたか?」「いえ、そうではございません。法に背く部分があった訳でもございません。ただ、どうしても好奇心が抑えられなくなりまして」
教師からの問いかけに、警察官の一人はそう返答を返した後に拓郎の事を見た。それで大体の事を察した拓郎は、警察官たちに対して手招きをする。その手招きに警察官たちは答えて訓練をしている場所へと上がってくる。
「一応確認します。ここでやっている訓練を皆様も行いたい、その為に来た。間違いありませんか?」「ええ、その認識で問題ありません。複数相手に対してもあれだけ捌き続けることが出来る貴方を見て、こちらも好奇心が抑えられなくなってしまいました」
拓郎の言葉に、警察官の一人が返答を返す。ちらりとクレアの方を見て確認を行う拓郎。クレアは静かに頷いたので問題なしと判断した。
「分かりました、では最初は互いに弱めの魔法のみで……段階を経て徐々に魔法のレベルを上げていく、と言う事でよろしいでしょうか?」「ええ、こちらとしてもいきなり高レベルの魔法を飛び交わせるのは怖いですから。それでお願いします」
拓郎の最終確認に、警察官の一人が返答を返した。では、と拓郎が訓練の体勢に入り、警察官達も同じようにいつでも動けるように態勢を整えた。そして……警察官が分からレベル一の弱い氷の礫を拓郎に飛ばしたことが訓練開始の合図となった。お互い最初は様子見……だったのはほんの30秒前後。警察官側がもっとレベルを上げて良いと判断し、レベル3や4の魔法が飛び交い始める。
「おいおい、ペースが速すぎねえか?」「ちょっと警察官の人、大人げない魔法を使ってない? ホーミングするだけじゃなくって、嫌らしい角度で背後から襲う魔法とかも混ざってるんだけど!?」「だってのに……何で拓郎はあそこまで落ち着いてるんだよ? 後ろから来た魔法もきちんと相殺している……一歩も開始地点から動いてないぞ」
拓郎と警察官達の訓練は、すぐに学生のレベルをあっという間に超えた。だが、そうであったにもかかわらず、拓郎は全ての魔法を防ぎ、相殺し、反撃した。更に魔法レベルの5の魔法までも警察官たちは使いだした──が、状況は変わる事なく訓練は続いている。
「拓郎君、すごすぎ……警察の人を多数相手にしているのに一歩も引いてない」「すごいって感心してるだけじゃだめだ、よく見ておかないと。すごい勉強になる所がいっぱいあるぜ」「真っ向から受け止めているのは少ないね、どちらかと言えばうまく逸らしている感じ。あんな防御が出来るようになるんだ」「警察官側の息が上がって来てねえ? 警察官側がかなりマジでやってるのに防ぎきってるって、マジですげえな」
様子を見ている生徒達の間からはそのような感想が漏れ、口にこそしないが教師陣も同じことを思っていた。彼は、どれだけの訓練を積み重ねてきたのか。夏にどんな訓練をしてきたのか。そんな疑問が浮かび上がってくる事を、生徒も、教師も、そして何より実際に対峙している警察官達が止めることが出来なかった。
「はい、そこまで! 5分経過したので訓練終了してください」
ジェシカの言葉を聞いて、拓郎も警察官側も魔法の仕様を止め、互いに一礼した。その後警察官側は拓郎に対して一人ひとり握手を求めた。
「その歳で、ここまでやれるとは驚愕の一言だ。君の努力に敬意を払うよ」「素晴らしい時間でした、お付き合いくださりありがとうございました」「我々にとって、素晴らしい時間であった。君にとってもそうであってくれたのならうれしいのだが」
警察官側は、一人一人拓郎に対して感謝と敬意を払った言葉を口にしながら拓郎と握手を交わした。握手を終えると、警察官達は訓練に突如やってきたことを詫びてから立ち去って行った。その後当然拓郎は大勢の生徒達に、警察官と対峙したことに対しての感想を求められてしまう。
(こうも矢継ぎ早に感想を求められると返答が間に合わないよ。でも、流石は警察官だな……後半の魔法は重く、打ち消すのが大変だった。いい経験を積ませてもらえた)
質問に弧返答しながらも、拓郎は今回の訓練はいい経験になったと自分の感想を纏めていた。そんな拓郎を、クレアとジェシカの2人は静かに頷きながら見ていた。予想外の訓練ではあったが、拓郎の成長を再確認できた事はとても良かったと言う事だ。一方で拓郎との訓練を経験した警察官たちはこの後、拓郎のやり方を真似た訓練を警察内部に広めていく事となる。




