30話
「今回はお騒がせしてしまい、申し訳ありません」「いや、君が謝る必要も恥じる必要もない。君は人命救助を立派に行っただけに過ぎない、胸を張っていいのだよ。慢心するのはよろしくないがね」
拓郎は裁判を終えてからの初登校の時に、いつもより早く学校に向かい校長室にて校長先生に頭を下げていた。その拓郎の行動を見て、校長先生は拓郎に行動は間違っていない、君には恥じる所は一切ないと告げていた。実際拓郎がたまたまあのバスに乗っていなければかなりの人命が失われていたはずだと、周囲には知れ渡っている。無論拓郎の名前は出ていないが、高校生という情報だけは流れてしまった。
レベル5の学生が己のレベルダウンを覚悟してレベル6の魔法を使い、そこでプロモーションを起こして大勢の命を救った。まさにドラマティックな展開に、ニュースはこぞってこの一件を取り上げていた。お陰で拓郎は何ともまあ、居心地の悪さを感じていた。しかもそう言うニュースを流しているメディアの一部は、拓郎がレベル偽装を行っていたと邪推する意見を取り上げて『よろしくないですよこれは、ちゃんと裁かれなければいけないですよ』なんて言っていたのだから……
「それでも、かなり騒がしくなってしまいましたから……お陰でこの学校の周辺にもメディア関連の人らしき人がちらついていますし」「全く困ったものだ、学生の学びの場を騒がせて邪魔するとはな……報道する権利がこちらにはある、などとふんぞり返ってもいる連中もいる始末だからな。だが、数日だけ我慢して欲しい。あの連中を何としてでも撤収させるからな」
校長が発した言葉のうち撤収させるからな、の部分に力が入っているのは気のせいでも何でもない。学生の学びを邪魔する権利はメディアにはない。それを犯しているのだから此方も相応の対応を取る事を校長先生はすでに決めていた。拓郎としても、周囲が騒がしければ、勉学にも身が入らないし科学魔法の訓練にとっても邪魔でしかない。
「分かりました、よろしくお願いします」「学生を護るのは校長の勤めの一つだからね。それでも君には数日とはいえ窮屈な思いをさせてしまう事になる、済まない。レベル6になればできる事も増える……手にした力を確認し、さらなる力を得るための訓練をしたくてたまらないだろうに。出来るだけ早くケリをつける」
校長がこれだけやる気を出して動いてくれるというのであれば、学生である自分はお願いする事しかできない。そう理解して頭を下げた拓郎に、校長先生は詫びる。校長先生としては、努力する学生はとことん努力をしやすい環境を与える事こそが肝要であると考えているのだ。それを、メディアという連中によって邪魔されている。それが校長先生には腹立たしいことこの上なかった。
「それでは、失礼します」「ああ、これからも頑張ってくれ。その頑張りを、私は応援するからな(そして、邪魔する連中にはさっさとご退場願おう)」
こうして、早朝の拓郎と校長先生との話し合いは終わった。その後教室に向かう拓郎だが、やっぱり多くの視線が飛んでくる。ただその視線は尊敬や敬意のものばかりだ。極限状態こそ、人としての本質が出るのだという。その本質が出る場所で人命救助を行っただけでなく、己が積み上げてきた物がすべて消える可能性がある事を知ったうえで命を救うために行動を行ったのだから。
が、それでもやはり居心地の良い物ではない。視線に耐えつつ、何とか自分の教室にたどり着いた拓郎は机の上に突っ伏した。精神的な疲労で、これから授業があるというのにすでに疲労困憊状態であった。そんな姿を見せる拓郎の近くに、雄一とタマが近寄ってくる。
「拓郎、朝っぱらから大変だったな……正直、数日学校を休んでもいいんじゃねえか? 体の方は大丈夫なのかよ?」「うん、雄一の言う通りだと思うよ。注目はされるしメディアはうるさいし……クレア先生に相談すれば、数日ぐらい姿を隠せる場所とか教えてもらえそうだけど」
雄一もタマも、こんな姿を見せる拓郎が心配でならなかった。悪い事など何もしていないのに、裁判に被告人としてつるし上げられるわ、メディアの目にさらされてプライベートがすり減るわと拓郎が疲れ切ってしまうのも当たり前のことだ。正直、学校を休んで数日間目いっぱい遊んでリフレッシュしてから学校に来る感じでいいじゃないかと思うほどだ。
「体の方は幸い……ただどうしても視線が多く飛んでくるのが息苦しいってのが正直なところだ。でもその視線も、悪意に満ちた物じゃないから振り払いにくくてな……」
拓郎の言葉に、雄一もタマもうーんと考えこんでしまう。悪意の視線なら見るんじゃないとか振り払うようなしぐさをするのも戸惑いが少ない。だが、善意や敬意、尊敬の視線という物は振り払うのをためらってしまう。変にそういった者を振り払えば、転じて悪意になってしまう事があると、人は本能的に知っている。
「言いたい事は分かるんだがなぁ、それでもじろじろと人を見るのは褒められたものじゃないと思うぞ。みられることを前提とした仕事をしている訳じゃないんだからよ」「そうだねえ、つい見たくなるってのは分かるけど……だからと言ってみられる側がこんな疲れ切るほど見るとなれば、それはちょっとダメだよねえ」
拓郎の言いたい事は理解しつつ、それでも流石に度が過ぎているなと言う事を雄一とタマは感じ取っていたのでこんな言い方になった。しかし、じゃあどうやれば解決するのかの道筋という物は見えない。三人そろえば文殊の知恵、なんて言葉もあるが早々上手く行くものでもなく……あれこれ話をしている内に一時限目の授業が始まり、雄一とタマは座席に戻っていく。
(やったこと自体には後悔も何もない。ただ、こういう状況に置かれ続けるのは勘弁してほしい。人のうわさも七十五日というが、本当にそれぐらいで消えてくれるんだろうか……クレアとジェシカさんに相談して、一時避難する事も考えた方が良いかもしれないな。雄一やタマが言うように、学校をちょっと休んでメディアの興味をなくす方が良いかもしれない。そのうちに、校長先生が手を打ってくれれば少しは収まるはず、だろう)
授業を受けながら、拓郎はそんな事を考える。自分一人じゃこの状況はどうしようもないのだから他の人の力を借りて何とかしようと。学校を休むのは、両親も認めてくれるだろうし、学校側も理解してくれるだろう。その休んでいるうちに、校長先生があさっていた何らかの手段を講じてくれるのを待つ。これが現実的な案ではないだろうか、と拓郎は考えた。
(やはり今夜、朝の校長先生との話し合いを踏まえた上でクレアとジェシカさんと話し合おう。そのうえで学校を休むか否か、どう行動するべきかを決めよう。よし、これで考えるのは一旦やめだ。後は授業に集中しないと)
考えを纏めて、その後は普通に授業を受ける拓郎。そして、4限目の科学魔法の訓練時間がやってくる。
「──ここまで、露骨なのはちょっとなぁ……」
拓郎がそう口にしたのも無理はない。拓郎が姿を見せると、多くの視線が拓郎に向かって集中したのである。拓郎のクラスメイト達は拓郎の状況を察してできる限り視線を向けるのを抑えていたが、他のクラス、学年はそうはいかない。拓郎の方を見るだけでなく「あれがレベル6か」「レベル6に到達するには、あんな訓練を受けなきゃいけないんだな」「レベル6……俺も目指すために厳しい訓練を頼みたいな」等の声まで飛び交うのである。
そんな空気の中始まった科学魔法の訓練だが……大勢の学生が拓郎にいつも以上に目を向けるため、ちゃんとこちらを見なさいと言う教師たちの叱責が飛び交う事になってしまった。一方で拓郎は、ジェシカを相手に今までの訓練を行っている。休んでもいいとジェシカは言ったのだが、それだとかえって気が休まらないという拓郎の意見を鑑みて結局いつも通りの訓練を行う事になっていた。
「拓郎さん、体の方はどうですか? 動き難かったり魔法の発動がおかしいなどの違和感はありますか?」「それがちっとも。疲れは精神的なものですし、動けば動くほどマシになってくるぐらいで……魔法の発動はある意味真逆で、気持ち悪いほどにスムーズかつ素早く発動できるんです。こんな感じで」
ジェシカからの問いかけに拓郎は返答し、言葉が嘘ではないと言う事を証明するため、火、水、風、土、光、闇の礫を同時に生成して拡散弾のように細かく砕きながらジェシカに放つ。ジェシカはそれらを難なく防ぐが、内心では驚いていた。
(まさか、異なる属性の同時展開をこれほど早く正確に発動して放ってくるなんて! 威力の方は魔人、魔女には遠く及びませんが、レベル6の人ではそうそう出来る芸当ではないはずなのに……やはりレベル5の時にくじけず訓練を積み重ねてきた貯金が効いていますね。これならば、そう遠くないうちにレベル7に間違いなくなるでしょう。それも普通のレベル7ではなく強いレベル7に)
ますます拓郎さんの成長が楽しみになってきましたと、内心で笑みを浮かべるジェシカ。だが訓練中は顔に出すような事はしない。訓練中は厳しい教官であらればならないのだから。拓郎のレベルが上がったのは分かったから、ならばもっと厳しい難易度に上げて拓郎を追い込む。拓郎は追いかまれながらも、レベル6になってスムーズに打てるようななった各種魔法で凌ぎ続ける。
そんな光景に目を向けずに授業を受けるものなどおらず……教師たちは諦めて、授業の後半からは拓郎とジェシカの訓練を見学する形を取った。その中で生徒から上がってくる質問に対して、ジャックとメリーが分かりやすくかみ砕いた説明をすることで、生徒の理解が進んでいく。ある意味最高の授業となっていた。
「なりたいな、俺もあんな風になってみたい」「先生、あのレベルに達するにはどんな訓練をすればよいのですか?」「挑みたいのですか? 挑むとなれば、残された時間はあのような厳しい訓練を受け続ける事になりますよ? その覚悟が、貴方方にはあるのでしょうか?」
生徒から上がってきた言葉に、ジャックは穏やかな声ではあるが明確に覚悟を問う声で生徒達に尋ねる。生徒達はそんなジャックの放つ雰囲気に押し黙るが……静寂を破るものは、いつでもどこかにいるのだ。
「やりたいです! たとえ届かなかったとしても、努力だけはしたい。努力もなしに、彼のようになりたいなんて、虫が良すぎますから」
一人の男子生徒が発した言葉に、俺も私もといくつもの声が続く。それを見て、ジャックはゆっくりと頷いた。
「ならば、明日もう一度問います。そのうえで班を分けましょう。今までのように座学と訓練でレベル3辺りを目指す班と──彼の後を追う班。この2つです。皆さん、一日時間を与えます。真剣に考えてください。痛みを伴うでしょう、苦しみを伴うでしょう。それでも、挑戦する気持ちが一日たっても変わらないなら……こちらも授業内容をなんとかします。それだけは、約束しましょう」
こうして、拓郎の学校が行う科学魔法の訓練は……拓郎のレベル6到達を切っ掛けとしてまた大きく変わり始めていた……最も当の本人は、ジェシカとの訓練に必死で全くそんな事に気が付かなかったが。
今週もなんとか書けましたぁ。




