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25話

 それから時間が少々流れて9月の第3週を迎えていた。先の3人は確実に回復を続け、先日無事にレベル2魔法の発動を無理なく成功させた。このとき3人とも三者三様のガッツポーズを取ってしまったのは無理もないだろう。拓郎を含むクラスメイト達も、それぞれに祝福した。


 これを周囲は非常に大きな事として捉えていた。レベルダウンした生徒が(くどいようだが、実際はレベルゼロになった訳だがその事実は秘密にされている)こうも早くレベル2にまで復帰した例はあまり多くない。そのため、ますますクレアとジェシカの指導が素晴らしい物であると広まってしまう事となり……ぜひうちのクラスも見て欲しいと要望を通り越して懇願するクラス担任が増えてしまった。


 が、当然クレアとジェシカにとっては拓郎と一緒にいることが出来る時間を増やす事が目的なため全てを袖にする。と今までの対応では済まなくなってきてしまった。あまりにもクレアとジェシカによる授業、訓練の影響が大きくなりすぎてしまい、すでに学校全体の問題として持ち上がるレベルとなってしまっていた。校長も問題を抑えようと奮闘したのだが、流石に押さえきれなかった。


「それで、10月から魔法訓練は全学年全クラス合同でやるしかなくなった、と」「正直、私達にとっては何の益もないと言いたいぐらいなんだけど──」「このままでは、他との軋轢があまりにも大きくなりすぎて歯止めが利かなくなるとの事ですから。やはり、あの3人の回復の速さが最後の引き金になってしまったのは否定できません」


 一足早く、拓郎はクレア、ジェシカが校長を含めた全教師との話し合いの結果を、夕食を終えた後に2人から伝えられることとなった。その伝えられた内容を聞いた拓郎が口を開いた後に、クレアとジェシカが続いたのが先ほどの会話である。


「しかし、見捨てるっていう選択肢はなかったしなぁ」「うん、そこはまあいいのよ。私達もそこを否定する気は全くないの。ただ、10月からはかなり忙しくなりそうなのよね」「教員総出で私達のサポートに当たるとは言いますが、やはり厳しいでしょうね……なので、許可を取って私の数少ない友好的に付き合えた知り合いの魔人と魔女を1人ずつ呼ぶことにしました」


 ジェシカの知り合いの魔人と魔女を呼ぶという所で、拓郎はつい反応してしまった。一体どういう人が来るのだろうか……そう不安になってしまうのは無理もないだろう。その拓郎の心境を理解したジェシカが、すぐに説明に入った。


「その2人なんですが、夫婦なんですよ。そして、日本での仕事が出来ればいいという感じの穏やかな方で。魔人の方がジャックさん、歳は72歳ですね。魔女の方はメリーさん、歳は71歳です」


 おじいちゃんおばあちゃん夫婦──と一般的ならば言うだろうが。2人の写真を見せてもらった拓郎は本当にお二人は70代なのですか? とジェシカに問いかけてしまった。なぜならば、その写真に写っていたのはまだ20台に見える一組の男女だったのだから。この辺が魔人や魔女ならでは、という感じだろう。


「この写真は、3日前に撮影されて送られてきた物です。このお二方は非常に温厚な方でして、数々の魔人や魔女の相談役として活動されてきたんです。ですがそちらの方も引退して他の仕事を日本でしたいと考えていらっしゃった事を知っていたので声を掛けたら即座にOKが出ました。既に校長さんとの顔合わせも行っていて、校長さんからもOKが出てます」


 ジェシカの仕事が早い、と拓郎は内心で驚いていた。普段通りに生活をしていたはずなのに、いつの間に……その表情に疲れなどは一切伺えない。一方でクレアはさも当たり前、流石は自慢の妹、みたいな雰囲気ぐらいしか出していない。


「なるほど、確かに人員──特に経験豊富な魔人と魔女のお二方が来てくれるというのであれば問題はかなり解消しそうだ。しかし、そうなると……今度は他の学校がうるさくなりそうだな」


 拓郎の読みは正しい。実はすでに、講師として魔人や魔女を招き教えを受けている事は他の学校にも漏れている情報だ。が、他の学校が真似しようにも基本的に魔人や魔女は国家に属しており、まずは国家の許可を取るのが大変だ。その許可が下りたとしても、今度は魔人や魔女達からの許可を得なければならない。


 力があるから教えるのが上手いと言う事もない。今更ながらだが、人に物を教えるというのは非常に重労働である。10教えて1か2伝われば十分教師として立派であると言えるだろうというレベルである。事前の予習などを経て10のうち5ぐらいを習得できれば秀才。10を聞いて12とかの物を知ってしまう人間が天才と評するべきだろうか。


 そんな重労働に、進んで参加しようとする魔人や魔女は極めて少ない事は想像に難くないだろう。クレアとジェシカはあくまで拓郎と一緒に射られる時間を増やすために行ってきただけであるし、ジェシカが引っ張ってきたジャックとメリーはその極めて少ないごく一部に分類される稀有な存在。こんな人材を学校が単独で確保しようと考えるだけで、あまりにも高すぎる壁であると誰もが知るだろう。


 だからこそ、既に日本の教育委員会に魔人や魔女を講師として派遣してくれるように働きかける仕組みを作って欲しいという嘆願書は日に日に増え続けている。すでに拓郎がいるクラスメイト達が科学魔法のレベルをめきめきと上げている事は他の学校の生徒も知る事であり、10月からの魔法訓練以降はもっと広まるだろう。


 拓郎のいる学校に通わせたいと思う中学卒業間近の子を持つ親もすでに多数存在し、今年の拓郎の高校に入る倍率はすさまじい事になるだろうと誰もが予想している。それもこれも、科学魔法のレベルが上がるほどに先の人生で有利になるという現代の在り方が原因である。特にレベル3になれれば、そこから先の未来は本人がよほど馬鹿な真似をしなければ非常に明るいのだから。


「しょうがないんだろうなぁ……正直同じ学年どころか、1年や3年の方からもひりついた空気を感じていたし……」「校長先生だけでなく、各担当の先生たちもすでに泣き落としの体勢だったからねえ」「姉さん、あれは泣き落としというよりも純粋に泣いていたと表現した方が良いと思います……」


 流石にこうもなってしまえば、クレアとジェシカも致し方ないと判断する他なかった。クレアとジェシカの2人が折れた瞬間、職員室は歓声に沸いた。今事はお祝いとしてお酒やウナギ、ステーキなどの豪華な晩御飯を笑顔と共に腹に納めているだろう。


「うん、そんな先生方の姿を考えれば……クレアとジェシカには済まないけど、お願いするよ」「ま、決まった事だから投げ出しはしないわよ。そこは信頼して頂戴」「そんな事をしたら、拓郎さんから冷たい目で見られますものね。添い寝も出来なくなりそうですものね」


 拓郎の言葉に笑顔で返事をしたクレアだったが、ジェシカに本音と即座にばらされ固まった。拓郎は苦笑し、ジェシカは珍しくいたずらっ子がいたずらに成功した時の笑みという感じで笑っている。


「ジェシカー……そこは黙っている所でしょう!?」「いえ、つい」


 クレアが軽くジェシカをぽかぽかと叩き、ジェシカはそんな姉に対して笑みを浮かべながら大人しく殴られていた。実に平和である──戦場でもしこの二人に出会えば、死と絶望をばらまく魔女だとは、ここだけを見ればとても思えないだろう。


「まあまあ、その辺にしておいてあげな。とりあえず今は先のことを考えよう。とにかく10月からはやり方が変わる事は理解できた。ただそうなると、俺の訓練は授業中は控えめになるのか? レベル6にこちらも上がれていないから、ある程度軽く息抜きしながら一定レベルの訓練を維持する形で授業を受けて、本格的な訓練はそれ以外の時間にやる、みたいな感じかな?」


 拓郎の質問に、クレアは首を振った。


「ううん、たっくんの訓練は今まで通り続けるわ。むしろたっくんの訓練を見て、周囲が奮い立ってやる気を出す可能性があるから。それに人員も説明したとおりに増えて何とか回せるはずだから、たっくんにとっては今まで通り──視線の数が多い事を除けば、ね」


 ジェシカもクレアの言葉にうなずいていた。目の前であれだけの訓練をやっている同世代の人間がいるのだから、俺も私も続こうという空気が今のクラスメイトの中にある。そう言う大義名分があれば、10月以降も拓郎の訓練の質を落とさなければならない事態は避けられる。


「10月からは更に広い場所でのトレーニングとなり、各学年の教師の目もありますが──それでも今まで通りにお願いします。大勢の視線の受けながらでも問題なく魔法を行使し、きちんと普段通りに実力を出せる事は重要な事です。特に回復魔法の使い手は、どうしても人の目を多く受ける事は避けられません。患者の親族や友人、さらには上下関係の人など……それらの事前訓練だと割り切ってもらいます。それぐらいの益を、拓郎さんは受けてもいいでしょう」


 ジェシカの言う通り、最後の希望となりうる医者や回復魔法の使い手はどうしても縋り付いてくる人の視線や感情をぶつけられやすい。そんな祈りと懇願──あまり言いたくない事だが、治せなかったらぶっ殺してやるなどの必死さから来る狂気、殺意を向けられてなお、平然と自分の仕事を普段通りに出来なければならない。


 ジェシカはその事前訓練だと思え、と拓郎に言ったのである。拓郎もその言葉の意味を理解し、頷いた。自分が進む道は、そういうものであると改めてかみしめながら。


「ま、そんな感じで10月から色々と変わるからよろしくね。他の生徒には来週通達が行くって話だったわ」「ええ、私達は一足お先に知っておいた方が良いという校長先生の判断で許可が出ていましたから心配なく」


 また騒がしくなりそうだな──拓郎の胸のうちに、そんな感情が漂う。そして事実、それ以上に周囲が騒がしくなってしまうのである──

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