127話
期末が終わり、結果が張り出される。上位30名は喜び、ギリギリで入れなかった生徒は涙をのんだ。そして一週間弱の間をおいて夏休みが始まる。その夏休み前の一週間前の初日に、一人の人物が新しく訓練場に姿を見せていた。身長は150センチ前後、青いローブに古いウィッチハットをかぶった人物である。
「本当なら2学期に姿を見せる予定だったんだけど、色々な事が噛み合った結果今日自己紹介をすることになったわ。魔女のフレーナよ、今日から魔法を教える講師の一人としてこの学園の生徒と関わる事になるわ。それと夏休み中の合宿には私も同行する事になっているからそのつもりで。私はやる気のある子が好きよ、真面目に取り組むなら私もしっかりと教えてあげる。逆にサボる子は早々に見捨てるわ」
フレーナと名乗った魔女は、ウイッチハットを取って素顔を生徒に見やすいようにした。その顔はまるで人形の様に怖いぐらいに整っていた。アイボリーの色調を持つ目、均整の取れた顔のパーツ、美しく輝くシルバーの髪の毛は整ったロングヘア。本当に人であるのかと疑いたくなるレベルでその姿は美しすぎた。
「さ、時間も惜しいから私の事はこれぐらいにしておくわ。後は皆が普段どういった訓練をしているのかを見せてもらうわよ。じゃ、クレア。訓練を始めて頂戴」「ええ、そうね。それとフレーナの特性は風よ。風魔法に関しては間違いなく第一人者だから、疑問があるなら聞いてみるといいわ」
と、突然の新しい魔女の登場にざわめきこそ起きたが──それでも訓練開始と言われれば誰もが魔法の訓練にすぐさま取り掛かった。これはもはや染みついた行動と言っていいだろう。そんな生徒達の中、最後の一週間に参加する外部参加の生徒達だけは心の中で血の涙を流していた。またこの学園に魔女が増えるなんて、ぜいたく過ぎるという叫びを必死になって抑えていた。
そんな彼らの様子を、フレーナは観察していく。そしてフレーナはすぐに認める、学園というレベルに収まる訓練ではない事を。更に、これならば教え甲斐があるとも。今日一日は訓練風景を観察し、翌日から状況に合わせた訓練を行うサポートをするという予定であった。拓郎の訓練を見るまでは。
(──へえ、良いじゃない。大勢に囲まれた状況で魔法を連打されても、ぎりぎりまで魔法の消費を抑えた防御を行いつつ反撃しているのね。このレベルの行動を訓練として組み込めるのは実に素晴らしいわね。周囲も反撃がいつ飛んでくるか分からないから常に防御に移れるように魔法を展開しているし、双方が双方を磨いている、か)
いつも通りの拓郎が行っている訓練を見て、フレーナは興味を強くそそられた。そこから更にジェシカとの一対一での殺し合いに見えるレベルでの訓練を見て、フレーナの心に火が付き始める。
(面白いじゃない! あのジェシカがある程度手加減をしているとはいえあそこまで魔人でもない男がやれるなんて。しかも彼はまだ伸びしろがあるようね……ふふ、これは楽しみ、なんて悠長な事は言わないわ。さっそく味見をしてみないとね)
やがてジェシカとの訓れを終えて、また生徒に囲まれての防御と反撃訓練に移ろうとする拓郎。そこにフレーナが声をかける。
「お疲れさま、なかなかやるのね。あのジェシカとあそこまでやれる人間は、魔人でもそうはいないわ」「ありがとうございます、ですがジェシカ先生はかなり手加減をしてくれていますよ。それが分からないほど鈍くはないです」
拓郎の返答を聞いて、フレーナはますます心の中で舌なめずりをした。ますます興味を持ったからである──それと同時に、あのクレアとジェシカが一人の男に入れ込んでいるという魔女の中で噂になっている事の真相も理解できた。魔人でもない人間が、成人していない人間がここまでやるならそれは構いたくなるし育てたくなるのは当然だろうと。故に、フレーナは手を出す事に決めた。
「一息ついたら、私ともやってくれないかしら? もちろんそれなりに手加減はするから」「ちょっと、フレーナ? 今日はあくまで訓練内容を見極めるための見学に留める予定だったでしょう?」
フレーナの言葉に待ったをかけたのはジェシカだ。こんな話は予定に一切ない。むろんフレーナが手加減を誤るとは思えないが、熱くなりやすい彼女の性格が心配なので気軽にじゃあやっていいわ、とは言えないのである。
「こんな面白い子と手合わせしないなんてありえないわ」「それが心配なのよ。手合わせじゃなくって訓練よ……そこを忘れていないかしら?」
フレーナの表情はすでに女豹のそれであり、拓郎という息のいい獲物を味わいたいという事を隠しもしない。その表情を見てジェシカは内心で頭を抱える。しかし、こうなるとなかなかフレーナは引かないという事も理解していた。故に妥協案を出す。
「貴方が訓練の域を超える行為をしたらそこで即中断させるわ、そこは譲れない」「もちろんよ、私だってあんないい子を万が一にも壊すような真似はしたくない。あの子はまだまだ伸びる筈、その未来を奪いとるのは愚かに過ぎるもの」
という事で、結局拓郎の意見など一切聞かれることなくフレーナとの訓練が決まってしまった。それでいいのか、と思われるかもしれないが訓練になる事だけは間違いないのでジェシカはクレアに連絡をしながらも見守る形をとる。むろんフレーナが熱くなり過ぎたら即座に割って入るためでもある
「じゃ、貴方の実力を測らせてもらうわね」「よろしくお願いいたします」
フレーナと向かい合う拓郎。そこから数秒間をおいて──フレーナからまずは様子見とばかりの風魔法が無数に飛んできた。が、拓郎はこの風魔法を全て霧散させる。この拓郎の行動を見てフレーナは笑みを浮かべる。
「いいわね、しっかりと魔力を練り上げて無駄なく必要な分だけの防御力で防ぐ、それをやれるだけの技量と判断力を持っている事が分かるわ。実に美しい魔法ね、世の中にはびこっているレベルだけを頼みにして力任せの魔法を使う連中に見せてあげたいわ」
フレーナのこの発言は最大級の賛辞と言っていい。レベルを上げる事だけに夢中になり、基礎をおろそかにしてただ発動するからそれで放つというやり方が一般的な今の世界の魔法にはない美しさが拓郎の魔法にはあった。
「少しずつ、上げていくわ。もう少し、見せて頂戴」
と、フレーナは徐々に風魔法の強度、そして数を増やしていく。が、拓郎はクレアとジェシカから叩き込まれた魔法の運用方法でそれらの魔法を次々と対処していく事が可能なレベルの範疇だった。むしろ体術とかが混ざらないぶん楽、と言ってもいいぐらいだ。そうしてしばらくの間フレーナが魔法を放ち、拓郎が対処するという状況が数分続いた。
「良いじゃない、実に良いわ。貴方の使う魔法が、貴方の魔力の運用がいかに今まで努力をしてきたかを教えてくれる、語ってくれる。その歳でそこまでやれる人は一握りよ、誇っていいわ。慢心はダメだけれど」
そう拓郎に告げつつ、突如フレーナはどこからともなく一本の杖を取り出した。杖の先には青く輝く宝珠の様なものが付けられており、その宝珠を守るためかいくつもの丸まった檻のような形で保護する覆いがある。
「じゃ、もう少し上げるわよ? 対処してみなさい」
拓郎に告げるいや否や、風魔法を纏ったフレーナが、風の刃を纏った杖で拓郎に切りかかった。これを見た周囲の生徒達は一瞬息をのむが──拓郎は風魔法を撃ち消しつつ、風の刃を生み出してフレーナの風の刃を受け流した。そこから二度、三度拓郎とフレーナは風の刃を交えつつ風の魔法をお互いに撃ちあう。
(いいわね、楽しいわ。クレアとジェシカは相当この子に入れ込んでいるのが手に取るようにわかるわ。厳しく鍛え、優しく包んできたのがこの子の魔法から伝わってくる。この子の魔法な流れは本当に美しいわ、芸術と言ってもいいほど)
訓練のさなか、フレーナはそう拓郎の魔法を表していた。ここまで無駄なく魔法の運用をして見せる人物を、フレーナは魔人、魔女以外で初めて出会った。この魔法運用を身に着けるためにはどれだけの努力を本人がして、更にクレアとジェシカがしっかりと鍛え上げてきたのかが良く分かる、と。
(この魔力が魅せる美しき流れならば、魔女の血を受け入れられるでしょう。ふふ、本当に久しぶりのレベル10が新しく生まれそう。こんな楽しい子がいると、もっと早く知りたかったわ)
確認したかったことを確認できたので、フレーナは拓郎への攻撃を止めた。拓郎もフレーナが攻撃を止めて下がっていくので構えこそ解かないが追撃などはしない。
「貴方の今までの訓練で積み上げてきた物を、確かに見せて頂いたわ。本当に久々に、鍛えがいがある子と出会えたのは私としてもうれしい。夏休みを楽しみにして頂戴」
これが終了の合図となり、フレーナはその場を離れ、拓郎は生徒を相手取る訓練に戻った。その後フレーナは訓練に手を出さず、見学に徹した。こうして夏休み前にフレーナという新しい魔女を迎えた学園の魔法訓練はより熱が入る事になった。
今回が今年最後の更新となる可能性が高いです。
夏休みまで行けなかった……




