119話
迎えた日曜日。学校の許可を得た上でクラスメイトによる料理教室という名の飯盒を用いた米炊き練習を行う事となった。なお、その結果は成功、失敗問わずに作った人間の腹に収まる事になっている。故に全員が大真面目。多少焦げた程度ならば問題なく食べられるが、極端に焦げてしまったりましてや中身が黒炭の様な事になったら悲惨だ。
初挑戦という人も多いが、各個人がそれぞれに使い方は調べてきている。なので開始と同時にそれぞれが自分の飯盒で炊飯を始めた。拓郎は周囲を回りながら細かいアドバイスを行っていく。その甲斐もあってか──大きく失敗したクラスメイトはでなかった。多少の焦げたご飯はご愛敬の範疇に収まるだろう。
「何とか出来たな」「多少焦げたが、まあ問題はないだろ」「炊飯器がないとここまで大変なのね。調べただけと実際にやってみるのでは全然違うわ」「それでも火おこしとかが魔法で出来る分、楽にはなっているんだろうけど」
それぞれが自分の炊き上げたご飯を更に盛り付けながら会話をしている。共通しているのは『思っていた以上に大変だった』という所だろう。その炊き上げたご飯の上に、拓郎が作っていた肉と野菜がたっぷり入ったカレーが掛けられる。当然ここまでの作業で空腹感を強く感じる事になっていた。
「うまい! 苦労した分うまさが段違いだぜ」「これを親は毎日やってるんだよな……あらためて感謝しないとダメだな」「後、やっぱりこうやって事前に練習する事が出来たのはデカかったよ。ぶっつけ本番だったら不安でしょうがなかっただろうし」「合宿前に後数回、カレー以外のご飯も作る練習をした方が良いよな? 今回はあくまでご飯を炊いただけだし」
カレーを食べながら、合宿に向けての話し合いも活発に行われる。合宿で訓練するにあたって、食事は重要である。古来より『腹が減っては戦はできぬ』の言葉がある様に、空腹では碌な訓練にならない。力は出ないし、苛立ちやすくなるし、集中力も削がれてしまう。しっかりとした食事をとる事こそが、訓練で成果を上げるための大事な一歩なのだ。
「肉も野菜も食わないとダメだよな」「肉に偏るのはやめた方がいいな。健康面でもそうだが、他にも色々と弊害が出る」「野菜の保管も考えないとダメかな……もしかしたらあの先生の事だし、現場で作れとか言いそうだよね」「ありうる。促進栽培するための魔法とか見せてくれそうだし」
食事の内容についても活発に意見が交わされる。拓郎はあえて何も言わず様子をうかがうだけに留めている。こういった事は教わるようも何が必要か? と考えてもらって意見を出し合ってもらった方が当人達にしっかりと記憶されるからだ。
「面子はいるんだしさ、これ! と言ったものを覚えるにしても肉、野菜、魚と分けるのもありじゃないか?」「うーん、俺は反対だな。それぞれがある程度、凝ったモノじゃなくていいからちょっとした一品は作れた方が良いと思う」「分けちゃうと、何かあった時問題になるねー……でも分ける方が効率的にはいいのか?」
カレーを食べ終え、各自が使った道具を奇麗にしている最中も意見交換はやむことは無かった。一度実践し、そして様々な事を感じ取っていた。何より今日やったことはご飯を炊いただけ。合宿中はご飯を炊くことなど食事つくりの一部でしかない。だからこそ、今後合宿を迎える前にどういった料理を覚えるべきかの意見交換に熱が入るのは至極当然だと言える。
「家に帰ったら話をして、作れるものを考えるかー」「難しい物を今から覚えるのは無理だから、そこも考えないとね」「下ごしらえが複雑なのもダメだよな。何を覚えればいいのかは、ほんと母親と話し合って決めないと……」「後、フライパンがあればパンを焼く方法があるって聞いた事もあるし、そういうのも調べてみようと思う」
と、各個人がい自分がやるべきことを話し合いながら固めて行く。その流れを邪魔しないように拓郎はただ静かに食器などを洗っていた。この調子ならあれこれ口を出さず、質問や頼られた時だけアドバイスをすればいいと感じていたからだ。
(今日の炊飯の実践は成功だな。後2、3回ぐらいこういう場を設ければ──向こうに行っても食事関係で苦労することは格段に減るだろう。そうすれば訓練により精を出せる。せっかくの合宿、誰もがやり切った! と言えるだけの訓練をしてほしいもんな)
というのが拓郎の本音である。限られた時間は一年をとっくに切っているが、まだ成長の余地は誰にでもある筈。だからこそ合宿は成功させたい。そう思いながら拓郎は別の事を考える。
(ソフィアさんは来れないという連絡が入ったが……向こうの事情が原因か?)
と。この拓郎の予想は当たっていた。ソフィアは今、実家から送られて来た人物と模擬戦を行っていたのだから。ソフィアの実家は負けたらすべてを失う恐怖心の中にあり──ソフィアが相手の家と対峙したときの勝利率はどんなものかだけを気にする日々を送っていた。
「ふっ!」「なっ!?」
そして模擬戦を行っているソフィアとソフィアの実家から送られてきた男性。その戦いは常にソフィアが僅かではあるが常に優勢を保ち、相手を削る戦いを展開していた。
「去年の今頃とは全く違う……いったいどんな訓練を?」「魔女と、魔女が認めた人物による訓練を経験すれば、去年までの訓練など児戯に等しいと表現すべきレベルでしたわ。剣術、魔法、その両方をあたらめて叩き込まれている最中ですの。腕を斬られて、足を斬られて、その痛みも瞬時に癒されてまた戦う。そんな訓練をしてきましたの」
ソフィアの剣術、魔法共に別人というべきレベルになっている事をすぐに理解した男性は、ソフィアに問いかけた。その問いかけに対するソフィアの返答に男性は絶句した。腕を斬られた? 足を斬られた? そして即座に癒されて訓練を継続する?? その言葉を頭は受け取っても理解を拒む。
「痛み一つ一つが、私を強くしました。痛み一つ一つが私の動きを変えていきましたわ。普通ならば切断されればその場で終わりですが……魔女の魔法とは恐ろしいですわね。そんな手足であろうとあっという間にくっつけてしまうのですから」
──もちろんこれは嘘だ。治しているのは拓郎であってクレアやジェシカではない。だが、ソフィアも愚か者ではない。そんな高レベルの回復魔法使いが魔女以外となれば拓郎の事にすぐにたどり着かれる。だからこそ情報を流さないために魔女の魔法と口にしたのである。
「とんでもないですね、ですがそんな訓練を積み重ねて、痛みを嫌というほど味わえば大きく変わったのも理解できます。今のソフィア様の動きは去年とは別人です。勝率は、かなり5割に近い所まで来ている、と判断します」
5割ですか、と内心でソフィアはため息をつく。これだけの訓練を重ねて、何度も自分の殻を痛みと共に破ってなおまだ5割なのかと。しかし去年の今頃は1割あるかどうかと言われていた以上、進歩した事もまた間違いはないのだが、とも思ったが。そして模擬戦はソフィアが勝利する形で終了する。
「5割、まだまだ先は長いですね。せめてあと1割は上げたいところですが──」「それは難しいかもしれません。あちらはあちらで訓練を重ねています。新たな魔法の習得、剣技の訓練を重ねている事は間違いなく……さらに体躯がより恵まれた形になっているという情報もあります。純粋な力比べでは不利となるでしょう」
模擬戦終了後、ソフィアが漏らした言葉に男性は仕入れてきた情報をソフィアに伝えていく。厳しい現実を伝える情報ではあるが、それを黙っているわけにはいかない。伝えないことは罪なのだから。
「しかし、ソフィア様の成長が目覚ましいのもまた事実です。その成長を維持できるのであれば、決して絶望するようなことにはならないはずです。以前の成長率であれば勝率は5%を切るかどうかの話でしたか、いい意味で裏切られました。良い報告を持って帰れるのは、うれしい限りです」
男性の表情は明るい、ならば無理をしているわけではないとソフィアは判断した。
「分かりました、残された時間を使って可能な限り己の力を磨きます。次は10月でしたね……その時にまた、判断をよろしくお願いいたします」「はい、必ずお伺いさせていただきます」
男性と握手をし、ソフィアは男性を見送った。以前はあの男性を相手にした模擬戦ではほとんど何もできずに負ける事になっていたが、今は違う。ギリギリではあったが勝利を収める事が出来た。だが、勝利ではなくその戦いの中で感じた手ごたえの方に喜びをソフィアは感じていた。
(以前は分からなかったことが分かる。剣の受け方、隙の突き方、フェイントを見破る感覚。それらすべてに手ごたえを感じる事が出来た。あの痛みは、血となり肉となっている。私は、この道を行こう。この道が最後のチャンスなのは間違いないのだから)
クラスメイトから離れたところで一人、ソフィアはソフィアで強くなる決意を新たにする。こうして時間は流れていく……




