97.妖精の住処は花畑のイメージがあるけど、花は蜜を吸うためにあるんだろうか。
大市の後始末も終わって、平穏が戻った開拓村。夏真っ盛りで日が照り続け、外へ出るのが億劫になってきたそんなある日のこと。雑貨屋に、ソフィアちゃんがエルフを連れて訪ねてきた。
「なぎっちゃ様ー」
「エルフの里ができたよ!」
「見てー見てー」
エルフの集団が、私の頭の周囲でワチャワチャと飛び回る。
「あっ、なんかなぎっちゃ様の周囲涼しい!」
「何かやっているなー?」
「何? 何?」
おっ、気づいたかな? 私の周囲には、涼しい空気がまとわせてあるんだよね。
「魔法だよ」
私がそう言うと、エルフ達はワッと盛り上がる。
「なぎっちゃ様の権能!?」
ふふふ、違うね! この魔法は……。
「神の魔法じゃなくて、魔法都市で覚えた方の魔法だよ」
「トート様の魔法かー」
エルフ達は若干残念そうにしつつも、私の周囲を元気に飛び回り続ける。
そんなエルフ達を眺めながら、私は言う。
「まだ開発途中だけど、完成したら雑貨屋の店内全体を冷やしたり暖めたりする魔法にしたいね」
「わー、それなら冬に暖まりにくるね!」
「僕達、暑いのも寒いのも苦手じゃないけど!」
「でも涼しいのは好きー!」
なるほど。この夏の暑さの中で平然としているとは思ったけど、エルフは寒さにも強いと。ここは大陸の中でも北方で、冬は寒い。そして、エルフもこの厳しい寒さの冬に耐えて、生き長らえてきた種族だ。
普通、生き物は小さいと体積に対する表面積が広くなるので、寒さには弱くなる。でも、エルフが寒さに耐える力を持っているってことは、魔力で何かをしていそうだよね。光って空を飛ぶ生き物なんだから、それくらいできても不思議ではない。
「みなさん、用事はいいのかしらー?」
と、ここでソフィアちゃんがエルフにそんなことを言った。
ああ、なんだか最初にエルフの里がどうとか言っていたね。
「そうだった!」
「なぎっちゃ様! 新しい妖精郷を見てー」
「とうとう完成したよ!」
そうエルフがまた私の周囲でそんなことを言って騒ぐ。
ふむ、新しい妖精郷か。しばらく顔を見せに来なかったと思ったら、ずっとエルフの里を作っていたんだね。
「解ったよ。じゃあ、見にいこうか」
私がそう言って立ち上がると、エルフ達は「わーっ!」と歓声を上げ、その場で空中ダンスを始めた。
いやあ、私の信徒達は元気いっぱいだね。
◆◇◆◇◆
村を北に進み、薬草畑を超えて塀の外に出る。
その森の入口に、神器『ティル・ナ・ノーグ』が鎮座していた。だが、その周囲は以前見たときとだいぶ変わっていた。
花が地面に咲いているのだ。妖精郷の入口と言われると、確かに納得できてしまうメルヘンさがあった。
そして、花畑を越えて森に入ると、木々に箱が備え付けられているのが見えた。
「この箱がエルフの家?」
私がそう尋ねると、エルフ達はすぐさま否定の言葉を口にした。
「違うよー」
「僕達の家は、こんな判りやすい見た目じゃないよ!」
「一目で判ったら、賢い獣に狙われるもんねー」
へえ……魔獣が跋扈する森に住むだけあって、その辺はしっかりしているんだね。魔獣は率先して幻獣を狙わないが、それはそれとして肉食の魔獣は餌として妖精を襲うらしい。
「うーん、じゃあなんの箱だろう。綺麗な箱だけど、村の木工職人さんに作ってもらったの?」
私がまたエルフに質問すると、彼らは私の周囲を飛びながら交互に答える。
「自作だよー」
「木の箱くらい自分達で作れるよ!」
「妖精の力でえいやーって木を加工するんだよ」
自作の箱! この箱、エルフの身体より明らかに大きいんだけど。
「実はエルフって、割と文明的?」
「そうだよ? もしかして、巨人と同じとか思ってない?」
「僕達、結構賢いんだぞー」
「自分の信徒を馬鹿にしないでね!」
そういえば、エルフ達は言語も独自言語だけじゃなくて、この国の言葉も普通にしゃべっているよね……。それを考えると、かなり高度な知性を持っていると推察できる。
同じ幻獣でも巨人は服も着ないし、家も建てられないし、武器すら作れなかった。
その賢いエルフが、わざわざ森に用意した箱かぁ。
「で、この箱の正体は?」
再度私が問うと、エルフ達は得意げな顔をして答えた。
「蜂の住処だね」
「蜂を棲ませて、蜜を定期的にもらうんだよ」
「すごいでしょー」
えっ、蜂を棲ませる箱……巣箱! そりゃあ、エルフ達は前に養蜂するとは言っていたけど……。
「巣箱を使った養蜂技術があるとか……妖精の文明レベルかなり高くない?」
「そうだよ? 人間にだって負けてないよ」
「人間より寿命が長いから、技術の継承に失敗することもないよ!」
「エルフは努力家だよー」
長命種なのか。変なところでファンタジー小説のエルフっぽいところがあるな、この子達……。
しかし、養蜂かぁ……。
「もしかして、森の入口の花畑って……」
「蜂にあそこで蜜を集めさせるんだよ」
「夏はあの花が一番いい蜜が取れるんだ」
「とろける味ー」
うわあ、メルヘンな風景だと思っていたら、単純に養蜂のために花を植えているだけだった!
じゃあ、以前、森の北西に向かったときにあったエルフの里の花畑、あれもあそこで養蜂をしていたということかな。
ソフィアちゃんが蜂蜜酒を隠し飲みしていたし、避難地であるあそこでも蜂を育てていたってことか。うーん、巨人に妖精郷を追い出されてからも、たくましく生きていたんだね。
それから私はエルフたちに案内されて、別の木に向かう。そこには、木にくくりつけられた不思議な木工品があった。
「これは?」
私がそう尋ねると、エルフが得意げに答える。
「これは、森の絹蜘蛛の糸から服を織る機材ねー」
「絹織物! うわあ、確かに綺麗な服を着ていると思ったけど、絹の服だとは」
私が驚いてそんなコメントを発すると、付いてきていたソフィアちゃんが補足するように言う。
「エルフの絹織物は貴族に好まれ、高値で取引されていたそうですわー。聖王国ヴァルハラの名産品で、今や伝説の品ですわー」
「あ、それなら、辺境伯へのお礼は、蜂蜜酒だけじゃなくて絹織物も渡すのがいいかもね」
私がそう提案すると、エルフたちはピカピカと光ってその場で飛び跳ねる。
「辺境伯と騎士様にお礼!」
「じゃあ、絹蜘蛛の巣を見つけないと!」
「倒すぞー! 絹蜘蛛いっぱい倒すぞー!」
絹蜘蛛は、この魔獣の森に生息する蜘蛛の魔獣だ。糸で繭状の巣を作り、そこに住む性質を持っている。この巣を解体することで、蜘蛛絹と呼ばれる絹糸を紡ぐことができる。
巣を手に入れるには、偶然蜘蛛が留守のところを狙うか、巣にいる蜘蛛を直接やっつける必要があるね。
「エルフが倒すの? ソフィアちゃんに頼むんじゃなくて?」
私の再度の問いに、エルフ達は得意げに答えてくる。
「ソフィアほどは強くないけど、僕らも戦えるよ!」
「妖精の力で矢を飛ばすんだよ!」
「これこれ!」
エルフ達がどこかへ飛んでいって、何かを抱えて戻ってくる。
すると、エルフが私に向けてその何かを渡してきた。
ええと、これは……黒曜石の矢尻?
「石器かぁ」
「僕らは森に住むから、火を使う製鉄ができないもんねー」
「昔は人間と取引して鉄を入手していたらしいけど、ヴァルハラが滅びてからは周りに巨人しかいなかったしね」
「でも、これからは村の人と取引できるね! 鉄の矢、欲しいねー」
ああ、前の妖精郷は今で言う魔獣の森の西側、昔で言う聖王国ヴァルハラの国境の森にあった。つまり、ヘルとオーディンが主神をしていた聖王国ヴァルハラは、妖精郷と取引をしていたわけだね。ただし、当時は魔獣が存在していなかったため絹蜘蛛ではなく、別の虫の糸を集めていたとのこと。なるほどなぁ。
「欲しいものがあったら、私の店に訪ねてきてもいいからね。素材を買い取って、その売上で欲しい物を売るよ」
私がそう言うと、エルフの一人が不思議そうな顔をして問うてくる。
「なぎっちゃ様への捧げ物はー? 貢ぎ物ー」
捧げ物、貢ぎ物ねぇ……。神様のあがめ方としては、定番と言えば定番だけれど。
「そういうのは、いらないかなぁ。私、いっぱい物を持っているから、誰かに貢いでもらわなくても生きていけるんだよ」
「神様って、捧げ物で生きていく生き物だと思ってたー」
信徒が捧げ物を渡して、その対価として神が守ってやるという関係が健全なのかもね。みかじめ料ってやつだ。いや、ちょっと違うかな?
でも、私は捧げ物なんて貰わなくても、うなるほどの金貨と倉庫いっぱいのアイテムを最初から持っている。エルフとの付き合い方は、今後じっくり考えていく必要があるかもしれないね。
その後、私は木の上にある妖精の家を見せてもらって、周囲の景色に溶け込んだ迷彩っぷりに驚かされた。
さらには、エルフが建てたという立派な小屋に案内された。そこにあった樽の中には、蜂蜜酒が入っていて、これには思わずニヤニヤと笑ってしまった。魔獣の森で作るエルフの蜂蜜酒は、魔力をたっぷり含んで非常に美味らしい。
これは辺境伯に渡すだけでなく、市場に流通させる価値があるかもしれないね。
ガラスの瓶に詰めて、エルフのイラストを描いたラベルを貼ってしまえば、高級酒として人気が出るだろう。希少性も相まって、高値で取引されるに違いない。
ガラス瓶を使う酒なんてこの世界だとそれこそ高級酒くらいなもので、普通は樽とか陶器の瓶での販売だからね。場所によっては、革袋なんてこともある。
「騎士様へのお礼になるかなー?」
うーん、辺境伯に派兵の礼として蜂蜜酒を渡すけど、参戦した騎士達全員に行き渡るかどうかは辺境伯次第かな。
まあ、辺境伯が他所との取引に使うにしても、辺境伯領がそれで潤うならそれはそれで構わないんだけどね。




