95.安売りやタイムセールで出費を抑える努力をするのに、ガチャには大枚をはたく私。
開拓村から歩いて五日ほどの距離にある大きな町。そこで、今年も夏の大市が開かれた。
毎年出店を出している私たち開拓村は、今年も良い場所を割り振られている。魔獣の素材やポーションは人気商品だからね。この町の商人ギルドも、大市の目玉だと思ってくれているのだろう。
去年はまとめ役を任されて忙しかった私だが、今年は転移魔法を使うくらいで他の仕事は任されていない。
設営も私抜きで進んでいて蚊帳の外。
しかし、手持ち無沙汰なのもなんなので、今年も開いているヘスティアのアイスクリーム屋を手伝うことにした。彼女の露店は、村の露店の隣だ。
「うむうむ、上手く動いておるのう」
準備の最中、ヘスティアが、商品を前にニヤニヤと笑っている。
去年は、私が魔法で氷を出して製造・保存していたアイスクリーム。だが、今年はなんと魔道具職人兄妹の作った、冷凍の魔道具なるアイテムが用意されていた。
私がヘスティアに請われて売ってあげたアルミニウムを使ってケースにして、それに冷凍の魔道具をセットしてアイスクリームを保冷している。しかも、ケースの上面にはガラス板がつけられており、客にアイスクリームを直接見せられるようにしてあった。
アイスクリームのフレーバーは五種類。去年はバニラアイス一種類だったことから、今年の気合いの入れ方が解るというもの。
アイスクリームを製造する器具も、魔道具を使っているという贅沢ぶりだった。
「魔道具は便利じゃのう。私も魔法都市にコネを作っておくべきか……」
アイスクリームをケースにセットしながら、ヘスティアがそう言った。
「ヴィシュワカルマ神なら、奥さんがヘスティア神殿のレシピ集のファンだから、喜んでヘスティアの友人になってくれるんじゃない?」
「そういえば、餅つき大会で知り合ったのう。開拓村を出た後は、魔法都市に向かうか……」
ヘスティアも、そろそろ村を出ることを考える時期かな? 次の旅のことを考えているみたいだ。
ベヒモスも夏の大市からしばらくしたら、村に滞在する約束の期限を過ぎるし、二人も知り合いが村から去るのは寂しいなぁ。神がいなくなることで、村長さんや辺境伯の気苦労は減るだろうけど。
「ふう、暑い。おい、氷菓子を一つくれ」
と、そのベヒモスが、隣の露店からやってきてそんなことを私に言った。
「ヤモリくん、開店前だよ」
「別に、身内なのだから構わぬだろう」
「んもー。しょうがないなぁ……」
ベヒモスの要求にしぶしぶ応じた私は、ヘスティア特製コーンにバニラアイスを一つ載せてやった。
「我はラズベリー味がよかったのだが……」
「無料なんだから、文句言わないの。ほら、準備の邪魔だよ」
村の露店とヘスティアの露店で働く村人は、アイスクリームを無料で食べられるということにしてある。
それを知った子供達が露店を手伝いたがったが、露店を手伝うと大市の見学に行けないと話したら、急に志望者が減った。どうやら、去年の大市見学がよほど楽しかったらしい。
今回、アイスクリーム屋を手伝っている子供は、もともと料理が好きという子が二人である。その子達はやたらとアイスを食べたがることもなく、元気にヘスティアのサポートをしている。
その子達の活躍もあってか、準備は問題なく完了した。
その後、開始時刻を知らせる鐘の音が響き、隣にある開拓村の露店に人が群がり始めた。
「ポーションをくれ! 銀貨一枚分だ!」
「魔石、魔石をー!」
「これは見事な毛皮だ!」
盛況だなぁ。
ちなみに、今年販売するポーションは、巨人との戦で大量消費したので、例年より数が少なめらしい。
代わりに魔獣の素材が山のようにある。『経験値チケット』で村の戦士達が強くなってから、一年以上経っているからね。
おかげで、得られる魔石の数に薬草の栽培が追いつかなくて、ポーションの増産のために村の畑を増やすか村長さんが悩んでいるところらしい。
「おっ、今年もやっているのか! あいすくりーむ!」
「なに? 味が五種類? これは悩む!」
「去年のはバニラっていうのね。バニラってどんな果物なのかしら……」
おっと、こちらの方も人が来始めたね。まだ朝なので、氷菓子が欲しくなるほど陽射しは強くないけど、美味しいからね。
さっきはベヒモスが暑い暑いって言いながら食べていたけど。
「って、ヤモリくん、また食べているし。何個食べるつもりさ」
私は、ヘスティアからラズベリー味のアイスクリームを受け取っているベヒモスに対し、苦笑交じりのそんな言葉をかけた。
「五種類も味があるのだ。コンプリートせねばな」
お腹痛くなっても知らないよ、ベヒモス……。
と、そんな感じでアイスクリームを売っていたら、店に見覚えのある顔がやってきた。
綺麗な服の上にエプロンを着けた、女中さん。ソフィアちゃんの元乳母さんだ。確か名前は……ルクレツィアさんだったはず。
「おはようございます、ルクレツィアさん。今年もポーションの買い出し?」
私がそう尋ねると、ルクレツィアさんは「いえ」と否定の言葉を口にする。
「本日は、なぎっちゃ様に用事があって参りました」
「私? 辺境伯からの使者ってことかな?」
「はい。なぎっちゃ様、ヘスティア様、ベヒモス様の御三方へ、辺境伯から夜会の招待状です」
そう言って、ルクレツィアさんは私に紙のカードを渡してくる。
そこには、辺境伯の名前と今日の夜を指定した日時、そして、この町の代官屋敷で夜会を執り行なうことが記されていた。
「なるほど、夜会ね。普通に面会すると思っていたけど」
私がそう言うと、青の実味のアイスを食べていたベヒモスが横から告げる。
「ただ面会したいがために、神にわざわざ足を運ばせることは本来、無礼な行為だ。直接向こうから来るべきなのだ。だがしかし、露店に貴族が押し掛けてきても、迷惑なだけだ」
それを聞いていたヘスティアも、うなずいて言う。
「そうじゃな。なので、こうして夜会への招待という形で、丁寧に遇する姿勢をあやつは見せているわけじゃ」
なるほどね。ただ呼びつけるのはNGだけど、夜会ならOKみたいな感じかな。貴族も神様もめんどうだね。
「ご招待、お受けいただけますでしょうか?」
ルクレツィアさんにそう問われ、私はすぐさま答える。
「うん、約束していたし、参加するよ。ドレス着用でいいよね?」
「神に装いを指定するなど恐れ多いことですが、ドレスが場の雰囲気に合うと言えるでしょう。屋敷でも何着か、サイズの自由なドレスをご用意してあります」
「了解。じゃあ今夜、ドレス着て屋敷に向かうね。ヤモリくんとヘスティアは?」
私はルクレツィアさんにそう返事をし、私と同じく招待状を受け取ったベヒモスとヘスティアに尋ねる。
「我は行かぬ。今夜は村の者達と町で呑むのだ」
「私も用事はないのじゃ」
二人はそう言って、ルクレツィアさんに招待状を突っ返した。
「了解ー。んじゃ、私一人の参加ってことで」
さて、ガチャで当てたドレス、どんなのがあったかな?
◆◇◆◇◆
この間、マリオンと回したガチャで当てた、夏でも暑くなさそうなドレスを『天女の羽衣』にセットして夜会に挑んだ私。
まずは辺境伯の紹介で、領内の貴族達との顔合わせをした。その後は着席した状態で晩餐となり、食後は立食形式で軽食が出されて歓談の場に変わった。酒も出ているね。
貴族の夜会って言うからダンスでもするのかと身構えていたが、そんな様子はなかった。もしかしたら、この国の貴族には、ダンスの文化がないのかもしれないね。
そんな場で私は辺境伯と二人で顔を突き合わせて、改めて会話を始める。
まずの話題は、村のことから。
「黒板と白墨の大生産が決まったぞ」
むっ、黒板か。そういえば去年の祭りで、辺境伯にお披露目していたね。
「なので、開発したそなたらの村に、ロイヤリティを払う。話を聞くに、複数人での開発のようだから、どう分配するか決めておいてくれ」
「了解ー」
私はお金が無駄にあるから受け取らなくてもいいんだけど、そういう風に遠慮すると、他に新規で発明をした人に迷惑がかかるんだよね。だから、ちゃんと受け取っておこう。
「で、ベシッカのラームヤームだが……どうなった?」
「うん、ちゃんと発注してきたよ。ハドソン工房の工房長さんが乗り気でね。この間の巨人との戦の話をしてきたよ」
「おお、乗り気か……! 今から完成が楽しみだ!」
「納品日は冬頃で――」
そんな感じでボードゲームの納品について話していると、チラチラとこちらを見る貴族の姿が視界に入ってきた。
ハドソン工房の話をしてから妙に注目されているね。やっぱり、このあたりの貴族には有名どころなんだろうか。ハドソン工房のボードゲームは小金貨でやりとりされているって、前に辺境伯が言っていたし。
「そうそう、ベシッカと言えば、化粧品を辺境伯の奥さんにどうだって売り込まれたよ」
「ベシッカの化粧品……?」
「結構、有名らしいんだけど」
「初めて聞くが」
「そうなの? さすがにここまでは話が届いていないのかな」
「いや、すまん。そもそも化粧品で有名な場所など一つも知らんのだ」
「まあ、この国の男の人だとそうだよね。いくつか試供品をあげるから、奥さんに渡してみて」
「化粧品なぁ……」
「乗り気じゃないね」
「それがな……すまん、妻を連れてくる」
そう言って、辺境伯は広間の女性が集まっている場所へ向かい、しばらくしてから戻ってくる。隣に一人の女性を連れて。
「我が妻だ」
「いや、子供じゃん!」
そう、辺境伯が連れていたのは、十二歳くらいの少女だったのだ。銀髪を綺麗に結い上げて、可愛らしいドレスを着ている。
挨拶はされたので名前は知っていたが、辺境伯と同じ家名だから、てっきり辺境伯の妹かなにかだと思っていた。
こんな若い子が妻とか、まるで戦国武将の前田利家と正室のまつだよ。
「ご、ごきげんよう……」
ガチガチに緊張した子供が、私に対して礼の姿勢を執った。
「よろしくね。……で、ピエランジェロさん、ずいぶんと幼い妻のようだけど」
ピエランジェロとは、辺境伯の名前だ。そのピエランジェロさんは、私の言葉に苦笑いをする。
「十二年前の巨人との戦で戦死した、兄の子なのだ。遺言で、生まれてくる子が女ならば弟である私の妻としてほしいと」
「姪っ子じゃん!」
「うむ。しかし、貴族の間ではこのくらいの近親婚は、まれにあることだ。生まれついて婚約者がいることもな」
「さすが貴族……」
うーむ。まあ、そういう文化なら、私がとやかく言うことではないが。地球人の価値観を異世界人へ一方的に押しつけるのもよくないし。
でも、中年のイケオジに近親幼妻とか、マニアックな夫婦だなぁ。子供の妻を自らの手元で育てるあたり、前田利家とまつというか、光源氏と紫の上だね、これは……。
「で、化粧品だが、見ての通りの年齢だからな。口紅すらまだ必要あるまい」
辺境伯がそう言うと、隣に立つ幼妻もコクコクとうなずく。化粧への興味があるとかは……ないようだね。
国によっては貴族なら、子供でも化粧をガッツリするところはあるんだろう。でも、この国は違うみたいだ。子供と大人がハッキリ分かれているお国柄だろうか。
「じゃあ、どうしようかな、買った化粧品。どこか別の場所で売るかなぁ……」
と、私が言うと、一人の男性が辺境伯に近づいていく。
彼は確か……辺境伯領の男爵だったかな。その彼が辺境伯に耳打ちをすると、辺境伯はその場で吹き出した。
「くくく……なぎっちゃ殿。どうやら、この者の妻がベシッカの化粧品を欲しがっているそうだぞ」
「あ、そうなの? 男爵さん、もしかしてベシッカの化粧品って有名?」
私がそう言うと、辺境伯が「直答を許す」と言って言葉を促した。
「はい、私はさほど詳しくないのですが……妻によると、最高級の品は小金貨でやりとりされるほどだとか……」
そんな男爵の言葉に、辺境伯が驚愕の表情を浮かべた。
「小金貨だと!? 化粧品がか!」
「は、はい……以前、妻が購入したベシッカの真作が、確かにそれに近い値となっておりました」
「小金貨だと……」
いや、辺境伯、妙に驚いているけど、ベシッカのボードゲームも小金貨だからね?
うーん、この国の男性には、高級化粧品という概念は理解しがたいのかもしれない。国によっては、男性も化粧する文化があるんだけどね。
「じゃあ、はい! 注目! ベシッカの化粧品が欲しい人、素直に手を挙げて!」
私が広間全体にそう声を上げると、ドレスを着た女性達のほとんどがその場でおずおずと手を挙げた。しかも、中には給仕をしていた女中さんまで挙げる始末だ。
その結果に、私は笑うしかなかった。どんだけ人気なんだ、ベシッカの化粧品。
ベシッカの馴染みの商会で、馬車一杯に詰められた化粧品。全部、問題なくさばけそうだなぁ。美容にかける人の執念は、馬鹿にはできないからね。




