93.デスマーチって言葉の字面から感じる圧はすごい。
私はマリオンとの会話で、自身の神としての権能の一つに限界突破の力があるのではないかと気づいた。
ヘスティアやベヒモスといった、器が創世の力で満たされた神のレベルを上げられる『経験値チケット』。この世界の魔法を覚えられないヘスティアに、召喚魔法を覚えさせた魔法習得書。それらも、その権能の一部ではないかとイヴは言う。
なので、私は魔法都市にいるヴィシュワカルマ神を訪ねて、魔法使いになるための神器を使わせてもらえないか頼むことにした。
「おう、なぎっちゃよぉ。とうとう、この都市の主神になる気になったかぁ」
そんなことをヴィシュワカルマ神は言ってくるが、そんな話に応じるはずがない。
「私は、今の開拓村から動くつもりはないんだってば」
「そうかぁ。でもよう、新しい魔法神の誕生となったら、トート神殿の奴らが黙っちゃいないぞ?」
「トート神殿ってあれだよね。何百年か前に亡くなった魔法神トートの神殿」
「そうだぁ。この都市唯一の神殿だぁ」
「黙っちゃいないって、神器を使うことを阻止しようとしてくるかな?」
「いやぁ、逆だ。スティーヴンが、あれほどひどい神だったからなぁ。なぎっちゃは、新しくまつりあげるのに相応しい魔法神として、トート神殿で評判なんだぁ。それが、魔法都市の神器を使えるとなったら……」
「なったら……?」
「大フィーバーだなぁ」
大フィーバーって何!?
いやまあ、言わんとすることは分かる。昨年、魔法都市に新魔法神として君臨したスティーヴンは、カルト集団を率いて都市を破壊していた。その後に出てきた魔法神なぎっちゃは、そのスティーヴンを打ち倒した温厚な神。私、温厚だよね?
その温厚な神が、自分達と同じ魔法都市の魔法を使えるとなったら……こりゃ、盛大にあがめたてまつるに決まっているよね!
そして、あわよくば魔法都市に滞在してもらい、主神となってもらうことを狙う。
でも、私は開拓村から動くつもりはない。そうなると、どうなるか。……どうなるんだろうね?
「まあ、そのあたりは神殿と、存分に話し合ってくれよぉ。俺が関わることではないからなぁ」
「うーん、トート神殿は無視できない?」
「無理だなぁ。なにせ……目的の神器の所有者はトート神殿だからなぁ」
そういえばそうだよ! トート神が所有していた魔法使い化の神器が、トート神の死後どこの所有になるかというと、トート神殿になるのは自然だね!
「まあ、当たってみるしかないか。トート神殿への紹介、よろしくね」
私がヴィシュワカルマ神にそう言うと、ヴィシュワカルマ神はニカッと笑ってうなずいた。
くっ、他人事だと思って楽しそうにしよってからに。
◆◇◆◇◆
「天上界から降臨せし偉大なる神の住処を決めるなど、誰ができるでしょうか。あなた様は、御身の在るべき所を自由に決めてくださってよろしいのですよ」
ヴィシュワカルマ神の紹介でトート神殿の神官長に面会すると、そんなことをはっきりと言われた。
神官長は三十代後半の女性で、なんでもトート神の子孫であるらしい。
当然、彼女も魔法使いで、トート神が習得していた魔法を後世に伝える『叡智の学派』に所属しているそうだ。
その彼女が、私に向けてさらに言う。
「この都市の主神になっていただきたいとも言いません。ただ、こう宣言してくださればよいのです。『新しき魔法神は、魔法都市を庇護する』と。あとは、私どもが勝手に国々とやりとりさせていただきます」
在住を要求しない代わりに、庇護を要求してきたぞ……!
ちゃっかりしているというか、なんというか。
まあ、私も魔法使いになる以上、魔法の知識を学ばなければいけないので、魔法都市に滅びてもらっては困る。なので……。
「守ってあげることくらいは、構わないよ。でも、よそに征伐とかするなら、賛同しない」
「それは問題ありません。魔法都市はあくまで、各地に魔法使いと魔道具職人を派遣して、政治力をもって国々を裏から操る立場ですので」
なんか地味に怖いよ、この神官長!?
いや、これくらいしたたかじゃないと、神不在の神殿の長なんてやっていられないのかもしれないけどさ。
「さて、前置きはこのあたりにいたしまして、早速、神器のもとへご案内いたします」
そう言って、神官長は私を先導してどこかへ向かい始めた。
ここは、神殿の一般礼拝者がやってこられない奥の区画。目的の神器は、さらにその奥にあるようだ。
正真正銘、魔法都市の心臓部だろうし、こうやって普通では行けない場所に置かれているのは納得である。
そして、しばらくうろうろと歩き回ってから、私は広間へと案内された。
私の感覚ではどこをどう進んだかは分からなかったのだが、マップ機能によると、ここは神殿の地下だ。
その地下の空間に、いかにもって感じの物体が鎮座していた。
それは、高さ五メートルはある巨大な石板。
石板の表面には、何かの文字が書かれているが、どうやらこの国の古語のようで、私には読み取ることができなかった。
「あの石板が、人を魔法使いという存在に変える神器、『トートの書』でございます」
神官長さんが、誇らしげな顔で私に向けてそう言った。
ふーむ、巨大な石板の神器かぁ。
「なるほど、物理的に盗まれない神器なら、魔法都市の地位は今後も安泰だね」
「いえ、盗みに特化した神器があれば、盗み出せる可能性もございます」
「それはまあ、そうだね」
確かに、私の権能であるアイテム欄でも盗み出せると思う。『ティル・ナ・ノーグ』を収納したときと同じ要領でアイテム欄に触れさせてやればいいのだ。
「ですので、なぎっちゃ様には、『魔法都市に手出しすると、再起不能になるまで報復するぞ』という姿勢を表明していただきたく……」
「庇護からずいぶん言い方が変わったね!?」
「同じことですので」
面白い人だなー、この神官長。
というわけで、私は神官長に促されて、石板の前に立った。
「魔石を左手に持ち、右手で石板に触れてください」
神官長にそう言われた私は、アイテム欄から大ぶりの魔石を取り出し、左手で持った。
そして、右手でそっと石板の表面に触れる。
むっ、これは……。
「天上界では、この石板は文字の書かれたパピルスだったんだね」
「パピルスと言うのですか。記録しておきましょう」
神器は触れる事で、天上界にあったころどんな存在だったのか知ることができる。この石板の場合、文字の書かれた一枚の紙のような物。おそらくはパピルスだ。
もしかしたら、この石板は地球で保管されていた古代エジプトのパピルスが、この世界に落ちてきた物だったのかもしれないね。ロマンがあるので、そう信じることにする。
「では、使い道も自然と思い浮かんでくると思いますが、魔石を己の身に取り込むことを想像してください」
「うん。目覚めよ、私のサブクラス!」
そんな言葉をノリで叫んだら、左手の魔石が急に消え、私の中に魔力が入り込んでくる感覚を覚えた。
そして、私の中に何かの領域が継ぎ足されていくような感覚となり……私は魔法使いになった。MMORPGでは定番である二番目の職業の獲得だ。
「やった、できた!」
「おめでとうございます。これであなた様は、まさに魔法都市を支配するに相応しい、真なる魔法神となられました」
いや、支配はしないよ?
「そして、魔法という学問を学ぶ、学徒の仲間入りとなります。どこかの学園へご入学のご予定は、ございますか?」
神官長にそう言われるが、多分、魔法都市の学園に通わせて、囲い込みを狙っているのだろうなぁ。
でも、その予定はない。
「んー、今のところ、入学はしないかな。イヴ経由で、少しずつ通信教育をしていくよ」
「通信教育、ですか」
「要点をまとめたテキストを送ってもらって、学校から離れた場所で勉強をするってことだね」
私がそう言うと、神官長は露骨にテンションを下げた。分かりやすいな! いや、分かりやすく、自分はあなたに期待していますってアピールをしているのかもね。
そうして、私は神殿の地下からまた地上に戻り、神官長から魔法の入門書をプレゼントとして受け取り、神殿を後にした。
その後、私は旧友に会いに行っていたマリオンと合流した。そのまま帰らず観光しようということになり、魔法都市の中心街にある喫茶店に入って、魔法都市の名物である紅茶をいただく。
席に座りながら、私は神官長にもらったテキストを広げて、マリオンの魔法入門講座を聞くことにした。
「つまり、魔法の構築式は、一見、詩に思えるけど実は理路整然とした式なの」
そんなマリオンの解説を真面目に聞きながら、ペラペラとテキストをめくっていく。
魔法を覚える方法は、魔石の魔力を己に取り込むと同時に、魔法の動作を記述した文章を己の身体に登録することになるそうだ。
だが、ここで私は驚いた。この文章って、マリオンの言う通り一見、詩に見えるけど、正体は式……いや、正確にはコンピュータのプログラミングに似ていた。
魔法の呪文は、この世界の文章で作るソースコードだった。
「なんだ、私の得意分野じゃん、これ」
「あれ? そうなの?」
マリオンが、自信満々に言う私に、キョトンとした顔で問うてくる。
「天上界では私、こういう文章の式で道具を動かす仕事をしていたんだよ」
私の前職は、IT企業に勤めるソフトウェアエンジニアだ。ソフトやアプリを作るのがソフトウェアエンジニアの仕事だけど、その中でも私の担当はプログラムを作る人、プログラマーだった。
入門テキストをざっと見た限りだと、いろいろやれることは多そうで……。
「要素を分解していけば、より少ない文字数で、より複雑な動作をさせることも可能そうだね」
「そうなのよ! 何よ、なぎっちゃ。よく分かってるじゃない、あなた」
私の言葉に、マリオンが本当に嬉しそうに応じた。多分、同好の士が見つかって嬉しいんだろうね。
なるほど、魔法都市に学派なんてものが生まれるわけだ。得意のジャンルのコーディングができる者を集めているってことだね。
「なぎっちゃの得意分野は、どれになるでしょうね。村に同じ学派は二人もいらないから、生活の役に立つ方向で、『飽食の学派』以外のところを選ぶといいわ」
「そうだね。戦闘系や治療系は神としての魔法があるし、生活を快適にするような魔法を学ぶよ」
プログラミングは私の得意分野というだけでなく、好きなことでもあるし、しばらく勉強だけしたいくらいだ。
こちらの世界の魔法は、いったい何ができるだろう。いやー、夢が広がるね!
最終話まで書けたので、このまま完結まで毎日更新します。




