90.神が降臨する世界でも、概念上の超常存在をあがめる人は出るのかな。
巨人との戦が終わった。
大勝利と言える結果だが、こちらの軍にも被害はあった。
巨人は大きく、殴られたり蹴られたりしたら、無事で済むはずがない。
さらに、そこらに折れた木々や巨獣の骨が転がっていたものだから、巨人がそれを振り回して棍棒として使って、まとめて兵士がなぎ倒されるなんてこともあった。丸太どころか枝付きの木が武器である。
戦死者も、当然出た。出たのだが……それは私が蘇生してまわった。
キリがないからやめておけとベヒモスに言われたが、目の前で人が死んで悲しいのに、それを我慢するのも何か違うなと思ったんだよね。
確かにキリがないけど、今回に限っては戦死者を全員蘇生しても問題がないくらいには余裕があったので、やっておいた。
ただし、辺境伯には私は今後、戦争に同行するつもりはないので当てにしないようにと言っておいた。あと、村に死体を持ってこられても、制限時間があるので蘇生は不可能だと周知してもらうようにもした。
どうしても死に逆らいたい場合は、村に移住して私の手が届く範囲にいればいい。まあ、病死の類は多分、蘇生魔法は効力を発揮しないけど。
そんな事があって、帰りの道中。
なんだか私の馬車を守るように、騎乗した騎士達が随伴していた。私が近くの騎士に目を向けると、その騎士は片手で敬礼を返してくる。
うーん、兵士達からも休憩時間に拝まれているし、完全に勝利の女神として扱われているなぁ。実際、女神なんだけど。
「こういうの、慣れないねぇ」
私が御者台から後ろに向けて言うと、馬車に乗っていたヘスティアが応えてくる。
「いちいち気にするでない。どうせ半世紀も経てば、皆、戦争のことなど忘れているのじゃ」
「それは忘れているというか、当事者が亡くなって忘れ去られているというか……」
「同じじゃ、同じ」
千五百年も生きている生き神様は言うことが違うわ。
「僕らは半世紀経っても生きているよー」
馬車の中からそんなことを言うのは、エルフたちだ。
エルフたちは、妖精郷には残らなかった。妖精郷の跡地は、巨人の死骸と倒木、そして巨人が残した獣の死骸であふれていて、住む場所として適していなかったのだ。辺境伯軍も、領外の地で敵の死体処理なんてやる気はない。
あの荒れた跡地は、どう見ても住む場所として相応しくなかった。体の小さなエルフ達があれを片付けるのに、どれだけかかることか。あそこに住めとか言われたら、私だって絶対にノーと言う。
で、そこで私は言ったのだ。妖精郷ってココじゃなきゃダメかな、と。
神器は私のアイテム欄で持ち運びが可能。なので、別の場所に妖精郷を作ったらどうかと提案したのだ。
エルフ達も妖精郷の移設に賛成したため、帰り道で妖精郷をどこに設置するか決めておいてほしいと頼んでおいた。
今は、馬車の中でエルフ達がソフィアちゃんと一緒に候補地の選定を行なっていることだろう。ま、設置までは私も付き合ってあげることにするかな。エルフたちはどういう生態をしているのか魔石を食べるらしい。なので、魔獣の森のどこかになるとは思うけれどね。
◆◇◆◇◆
「『ティル・ナ・ノーグ』は、なぎっちゃ様の村の近くに設置することにしたよ」
開拓村へ到着したところで、エルフたちの代表者が、私に向けてそんなことを言った。
まあ、これは予想できていたことだ。こちらの領内には巨人は湧かないし、村の戦士達が魔獣を狩っているため交易で魔石を確保することだってできるだろう。
賢い選択だ。そう思っていると、不意にエルフがとんでもないことを言い出した。
「それで、なぎっちゃ様を僕らの主神としてあがめるの」
「……なに言ってんの?」
思わず私はそう聞き返していた。
「ソフィアちゃんに聞いたんだ。なぎっちゃ様は慈悲深い慈愛の神だって」
私が、慈悲深いだと……? いやまあ、今回の戦争では蘇生魔法だけでなく回復魔法も使って、軍に負傷者は一人も残していないけどさ!
「なぎっちゃが皆様を正しく導いてくれますわー。愛の神ですわー」
「ソフィアちゃん、なに適当こいてるの」
ソフィアちゃんに思わず突っ込みを入れてしまう私。
というか、エルフが私をあがめるとか言い出したのも、ソフィアちゃんが余計なことを吹き込んだのではあるまいな。
「エルフには庇護者が必要ですわー。なぎっちゃはエルフの神になるのですわー。ほら、みんなもアピールですわ!」
「エルフは養蜂が得意だよ!」
「蜂蜜酒造りも得意!」
「魔力をたっぷり含んだお酒だよ!」
「はい、あなた達、私の信徒ね」
私は反射的に、そう返事をしていた。
「やったー!」
「よろしく、なぎっちゃ様よろしく!」
「愛の女神様!」
う、うん。騒がしいけど、前言は撤回しないよ。
そろそろ将来を見すえて、神として振る舞うことも考えていたんだよね。今回の戦争で、開拓村の外の人達にも神の力を見せちゃったからね。
だから、この子たちを私の最初の信徒とする。そして、そうする以上は、私には信徒を導く責任がある。
「では、主神として命じます。蜂蜜酒を増産して、辺境伯に納品すること。今回、エルフを助けるために軍を派遣してくれたことのお礼をするんだよ」
「お礼!」
「そうだ、お礼しなきゃ!」
「エルフは恩を忘れない! ドラードンの騎士達に感謝を!」
恩を忘れないって、私が言うまで助けられた事実を忘れてなかった?
◆◇◆◇◆
『ティル・ナ・ノーグ』は村の北にある森の入口に設置された。
ここならエルフの住処になる木が近いし、魔獣の脅威も比較的弱い。いざとなれば、エルフ達は空を飛んで村の薬草畑に避難することもできる。
そういうわけで、一旦、村から離れた場所でエルフの代表が神器『ティル・ナ・ノーグ』に触れ続け、巨人向けに改変されていた設定をリセット。その後、村の北に神器を運んで、あらためて妖精が発生する環境をその場に作り出した。
巨人の襲来でだいぶ数を減らしたらしいエルフ達だが、これで再び数を増やすことになるだろう。ただし、巨人達のように無数に出現させることはしないようにとは言っておいたが。
さて、そんなことをやっている間に辺境伯軍は村を発ち、辺境伯の屋敷がある都市へと移動していった。
戦に参加した村長さん達も、それに同行している。論功行賞をしなきゃいけないからね。村の戦士達は、だいぶ活躍したからなぁ。
彼らの戦果は私が与えた『経験値チケット』によるところも大きく、他の者がその力を得るにはこの村の住人になるしか方法はないと兵士たちに伝えてある。だから、もしかすると移住希望者が増えるかもしれないね。
ちなみに論功行賞の場には、私は参加しないよ。私は賞を受ける側ではなく与える側の人間だからね。神なので。
辺境伯には活躍した人に神器の酒杯の酒を与えてもいいよとは言ったけど、別にやらなくていいと断られた。神の酒の下賜は、この国の主神であるバックスが与えるからこそ権威があるのだそうで。
というわけで、森の入口に『ティル・ナ・ノーグ』を設置し終わり、私は村へと帰ってきた。
また明日から雑貨屋の再開かな、と店に向けて歩きながら考えていると、ずっと私についてきていたアププが唐突に告げる。
「そろそろ、別れの時だ。この地を去ろうと思う」
なんだかずっとエルフ達と一緒にいたアププだが、どうやらいなくなるようだ。
しかし、彼には目的があったはず。
そこのところを私はアププに尋ねる。
「探し物が、妖精郷にあったんじゃないの? 神器を探しているんだよね?」
「私の探し物は、あの環境構築の神器『ティル・ナ・ノーグ』だ。だが、エルフ達から奪うわけにもいくまい」
「そっか……」
私達を皆殺しにして奪うとか考える人じゃなくてよかった。
ベヒモス曰く、彼は超神だ。なので、それをやろうとしてできる力は十分ある。私とベヒモスが、この村にいなければの話だけど。
「だが、どのような神器か観察することはできた。新しく神器を作る機会があれば、参考にできそうだ」
そう言って、雑貨屋の前でアププは緑肌の手をサッと掲げた。すると、彼の目の前に、バイクのような形状の乗り物が突然出現する。
私は驚いて、その場で固まってしまう。そんな私を気にもせずアププはその乗り物に乗りこむと、「では、機会があればまた会おう」とだけ告げて、空を飛んで去っていった。
ずいぶんと唐突であっさりした別れである。
いやー、しかし。
「空飛ぶバイクかぁ。格好いいなぁ」
私が素直な感想を述べると、虚空からイヴの声が聞こえてくる。
『あの何もないところから乗り物を出現させた技術、量子変換ですね』
「量子変換って……ホワイトホエール号のアイテムに実装されているあれ?」
魔道具職人兄妹に貸しているコテージを出現させる道具に使われていた、SF技術だ。
『はい、同じ動作をしていました。創世の力の反応が検知できなかったので、神器ではありません』
「ええー。光線銃といい、ファンタジー世界でめっちゃSFしているね、あの人」
はー、すごいねぇ。今度会った時は、古代文明についてちゃんと話してほしいね。
というか、私の使う量子変換とアププの使った量子変換が同じ動作って、私の方も創世の力でゴリ押ししているんじゃなくて、科学的にしっかり動作している可能性あるのかぁ。
ゲームの銃であるブラスターとかも分解すれば、中身のパーツがちゃんと存在しているかもしれないね。
もしそうなら、魔道具職人兄妹に私が持っているホワイトホエール号由来の機械を分解させてみるのもありかもしれないね。カレンは温水洗浄便座を分解させてくれとか言いそうだけど。
「将来はこの村が、最先端の科学を扱う都市になっているかも」
『マスターがお望みなら、そうなるようにしますが』
「いやいや、こういうものは自然の成り行きに任せるのが一番だよ」
私はそう言って、雑貨屋の扉の鍵を開け日常へと戻っていくのだった。




