89.一騎当千って、兵站を考えたらコスパよすぎ。
巨人の大繁殖は、ホワイトホエール号による上空からの調査により、事実であると判明した。
その調査結果をもって、村長さんは私の転移魔法で辺境伯のもとに報告へ行く。
イヴを交えた村長さんの報告を聞き、辺境伯はすぐさま巨人の討伐をすべきと判断。領内から兵を集め、騎士団を率いて西方へ討伐に向かうと辺境伯は決定を下す。
動員がかかるまで、村は時折やってくる巨人を撃退し続けることになった。
時には、五十を超える巨人の軍勢がやってくることもあった。だが、『経験値チケット』で強化された村の戦士たちは、誰一人欠けることなく討伐の日を迎えた。
そして、初めて巨人が村にやってきてから半月ほど経った頃。
二五〇〇名ほどの徴兵された辺境伯領北西部の領民と、一五〇人の騎士及び従騎士、そして村の戦士達が西へと向けて出発した。
「やっと始まったか。待ちわびたぞ」
そんなことを行軍の最後尾で言うのは、なぜか居るベヒモスだ。
この人、他国の主神なのに、なんで参戦しているんだろうか……?
「我とそなたが二人いれば、巨人の群れなど一日で蹂躙できたものを」
「ヤモリくん、本番でブレス禁止ね」
「なぜだ!?」
いや、これって辺境伯の大事な戦だからね。
そりゃあ、妖精達のことを考えれば、神の力で蹂躙するのが一番だ。なんなら、イヴに支援爆撃させて、巨人を全滅させるのが一番早いよ。
でも、それをやっては、巨人と敵対し続けている辺境伯領にとってよくない。辺境伯領は、今後もずっと巨人が生まれる地と領地を接し続けるのだ。脅威を前に神へ頼り続けて、いざその神が助けてくれなくなると、待っているのは滅びだ。
それくらい、賢いベヒモスなら理解していて当然のはずなんだけど……?
「まあ、言わんとするところは分かる。軍というものは、平和が続くと簡単に縮小してしまうものだからな。そして、いざというときになって軍事力が不足して、領や国が滅ぶなどというのはしばしば見られることだ」
「ほら、理解しているじゃん」
私は、馬車の手綱を操りながら、ベヒモスにジト目を向ける。
「だが、ここまで時間がかかりすぎだ。我は待つのが嫌いなのだ」
「そんなこと知らないよ……ヤモリくん、この件じゃ部外者じゃん」
「そなたもそうだが?」
「私は馬車で人を運ぶ役だから参戦してもいいんだよー」
そう、私は今、自前の馬車を使って人を運んでいた。
馬車に乗るのは、ベヒモスだけでなく、料理番としてついてきたヘスティアに、リザードマンの超神アププ、それとエルフの皆様方。エルフの世話役として、ソフィアちゃんも乗っているね。
まあ、いわゆるVIP馬車だ。私も含めて神が四人も乗っている。操縦しているのも神の私だけどね!
「おっ、前方でまた巨人と戦っているね」
イヴが全体の行軍映像を投影してくれているので、進行具合が分かる。
軍の最前列には村の戦士達が居て、鎧袖一触の大奮闘をしている。一般的な巨人は体高四メートル近くあって、本来なら四人がかりで囲まなければ勝負にもならない。でも、『経験値チケット』を使った村の戦士なら、一対一で勝利が可能だ。
「あ、村長さんが倒した。いやー、神器を貸した甲斐があるね」
「そなたはまた……そう気軽に神器は貸し与える物ではないぞ。他の神に奪われたらなんとする」
馬車の中からベヒモス君が突っ込みを入れてくる。
ちなみに、村長さんには私が所有する神器『夜明けの大剣』を貸してある。
「あの剣は、複数を相手することも、遠くの敵を攻撃することもできん神器だ。だが、その分、斬ることに関してだけはこれ以上ない威力を発揮する。あれがあれば、ただの人でも神を殺しうるぞ」
ベヒモスのその言葉は、とても真剣なものであり……そういえば神器って、普通の神よりも上位の存在だったな、なんて思い出すのだった。
まあでも、村長さんには村のためにも無事に生き延びてほしいから、戦争の間は神器を貸しておくけどね。
◆◇◆◇◆
魔獣の森沿いに西へ丸一日進み、二日目に二時間ほど行軍すると、不意に森に切れ目が出てきた。
元々は森だった場所を無理やり開拓したであろうその場所は、本来、妖精郷があった地点だ。
妖精郷は森の中にあったとエルフが語っていたが、今は見る影もなく、巨人によって木が折られ荒らされていた。
倒木がそこらにあり、食い荒らされた獣の死骸が腐ったまま放置されている。
この光景を見ただけでは、かつてここに妖精郷があったなどと想像できる者など一人もいないだろう。
「うーん、臭い!」
元妖精郷を前にした、私の素直な感想である。
「うむ……巨人に嗅覚はないのかもしれぬな」
隣に立つベヒモスも、顔をしかめている。辺境伯軍は、巨人の巣と化した妖精郷の手前に、陣を構築している最中だ。
巨人に陣形や戦術という概念はなく、私達を見つけた巨人達はまばらにこちらへ襲いかかってきている。
巨人の巣には一二〇〇体の巨人がいるとイヴの事前調査で分かっているが、巨人は軍として組織立って動く知能がないので、外側から少しずつ削っていく作戦を辺境伯は取っていた。
「この臭いでは、糧食も喉を通らん者がおるかもしれんのう」
料理部隊のヘスティアが、臭いにうんざりとしながらそんなことを言った。
わずか半月で三〇〇〇弱の軍の兵站を構築した辺境伯は戦上手なのかもしれないけど、ここまでの臭さは想定外だったかもしれないね。
私もMMORPGの魔法の中に臭いを消す魔法なんてないので、ひたすら我慢するしかない。
そんな腐臭ただよう戦が開始してから三日目。
いよいよ、妖精郷を作り出す神器に届きそうな距離まで、軍は前進していた。
それは、私達、神軍団の出番がやってきたことを示していた。
「では、神器を頼み申す」
本陣の辺境伯にそう言われ、私とベヒモス、そしてアププは神器に対処するため、最前線へと向かった。
妖精郷の神器のせいで、軍が巨人を倒している最中も、新たな巨人が生まれてきている。ここは魔の領域であり、土地の魔力が濃い。そこに妖精郷の神器が組み合わさって、ハイペースで巨人が生み出され続けているのだ。
エルフも、神器がここまで幻獣を生み出すポテンシャルを持っているとは、知らなかったらしい。
まあ、ハイペースで仲間を生み出すなんてことをしたら、普通なら食料難に陥っちゃうからね。
だが、今は戦時。巨人は生み落とされる端から前線に走り、人を捕食しようと暴れ回る。
それをどうにかするには神器を確保しないといけないが、巨人の層が厚くて、神頼みでなければ神器まで辿り着けなくなっていた。神器の近くでは、体高八メートル近い個体まで生まれているからね。
先日は神に頼らない軍事力の話をしたけど、神器がここまで力を発揮していたら、神が力を貸すのもいたしかたなしだね。ただびとは神器の力に抗えないのだ。
「では、行くか」
ベヒモスが、光り輝く矢尻を構え、最前列に立つ。
そして、手の中から矢尻を飛ばした。
「『暁の矢』よ、なぎ払え!」
すると、矢尻は無数に分裂して、前方にいた巨人、数十体をまとめて射殺した。
うわ、何それすごい。
「分裂するんだ、その神器」
私がそう言うと、ベヒモスは得意げな顔をして言葉を返してくる。
「本気を出せば、千の軍勢も一撃で殺す神器だ」
「物騒!」
「そなたの『夜明けの大剣』以外の攻撃用神器も、おおよそ似たようなことはできると思うぞ?」
「えー、攻撃用の神器って、ヘスティアの包丁とかも?」
「あの『千の剣』はなかなか強力だ。一夜にして八万の軍勢を滅ぼしたこともある」
「ヘスティア、何やってんの……」
私達はそんな会話をしつつ、前に向けて進んでいく。
もちろん、攻撃を担当するのはベヒモスだけではない。エルフを連れて右隣を歩むアププも、何やら銃らしきフォルムをした武器から、光線を発射して巨人を打倒している。
「銃型の神器とかあるんだ……」
私は、その光線を見て思わずそんなコメントをした。
すると、隣で神器を放っていたベヒモスが、私に向けて言う。
「神器だと? あの道具からは、創世の力を感じぬが。魔石の力すら感じぬ」
「えっ、もしかして純粋な科学銃ってこと?」
そんな言葉のやりとりをしていると、横のアププが「ギュルギュル」と声を立てて笑う。
「この武器は、古代の秘宝とでも言っておこう」
「本当に、超技術を持った古代文明とかあったの!?」
アププの言葉を聞いて、私は胸の中がロマンで一杯になってそんなことを叫んでいた。
古代の超科学文明! 夢がありすぎる!
「古代に今より栄えた文明があったなど、聞いたことがないぞ」
ベヒモスが眉をひそめてそんなことを言うが、アププは「ギュルル」と笑ってから答える。
「さて、どうかな?」
思わせぶり! くっそー、古代文明の謎、突き止めてみたくなるね!
と、そんなやりとりをするうちに、私達は妖精郷の神器に辿り着いた。
それは、高さ三メートルほどの巨大な水晶の柱だ。ほんのり空色に輝いている。これがゲームなら、ジョブチェンジとかできそう。
「ほれ、早くしろ」
水晶の周りから湧き続ける巨人を殺しながら、ベヒモスが私を促してくる。
「了解。アイテム欄を開いて、と」
この妖精郷の神器『ティル・ナ・ノーグ』は、操作にある程度の時間がかかる神器らしい。
しかも、操作中、ずっと神器に触れている必要がある。そのため、私たちが神器の動作を停止させる操作をする間にも、巨人はずっと湧き続けるだろう。
だが、巨人が無数にいる最前線で悠長に停止の操作をするなど、あまりにも面倒。なので、私はアイテム欄を使うことにした。
私は、表示したアイテム欄を手でつかみ、水晶に近づけていく。そう、このアイテム欄は動かせるのだ。多分、MMORPGの時にもマウスでドラッグして、UIの配置を変更できた仕様が残っているのだろう。
手で動かしたアイテム欄が、水晶に触れた。次の瞬間、水晶はアイテム欄に格納され、その場から消えてなくなった。
「はい、神器回収終了ー。撤退ー」
私はそう言って、その場に背を向けて本陣へと走り出した。
それを追うように、ベヒモスとアププもついてくる。
「しかし、動かせぬほど重たい神器を回収するとは、面白い作戦だな」
アププが喉を「ギュルギュル」と鳴らしながら、笑って言った。
そう、私がわざわざ神二人を連れて参戦したのは、『ティル・ナ・ノーグ』を直接回収するためだった。
神器による環境変更は、常時神器の効果が発動し続けることでなされているものだそうだ。つまり、神器が場から離れれば、巨人を生み出す環境は自然と崩壊する。
「神器の操作なんて、安全な場所でやればいいんだよ」
巨人が再出現しなくなったら、後は残りを掃討するのみ。
こうして、人間と巨人の戦争は、四日目を待たずにあっさりと決着がついた。




