87.地球には紀元前からボードゲームがあるらしい。
本日、私は商品の仕入れに、南方の地方都市へとやってきていた。
馬の一号と二号を馬車に繋げて、都市の入口をちゃんと通っていく。この都市では私は行商人で通していて、魔法使いや神は自称していないから、ごく普通の商人を装う必要がある。
ここはベシッカという名の都市で、雑貨屋で販売している化粧品の仕入れ先だ。そして、辺境伯がご執心の手工芸が発達した都市でもある。
今日の仕入れの目的は、化粧品の方ではなく手工芸品。
以前、辺境伯が私の店に来たときに、ベシッカで欲しいもののリストを残していった。そのリストの中身は、すでにこの都市の手工芸ギルドに発注済みなのだが、今回はそれの受け取りである。
手工芸ギルドに行き、できあがりの確認を取ると、冬の間に全て完成したとのこと。私は喜んで後金を用意し、納品をしてもらう。
一品一品、しっかりと確認を取っていく。なかなかの大口の取引なので、小太りの壮年男性であるギルド長に接待されながらだ。
「こちらが今回の目玉、ハドソン工房のラームヤームです」
そう言って出されたのは、彫刻がなされた木製のボードゲームだった。
ボードも駒も美しく仕上がっていて、思わずため息がでそうなほどの出来映えだ。
「よい出来でしょう? これならば、上位の貴族に出しても恥ずかしくはありませんな」
ギルド長のその言葉に、私はうなずきを返す。
「うん、前も言ったとおり、発注者は辺境伯閣下だからね。ハドソン工房の大ファンだよ」
「そうでございますか。そのことで、ハドソン工房の工房長から伝言があります」
ん? なんだろ。他の商品でそういう伝言とかはなかったけど。
「ラームヤームですが、ご注文の貴族様がどのような駒がお好みかを知りたいそうです。『今回はこれを納品しますが、次回はお好みの駒を作ります』、と」
「駒の好み?」
「ええ、このゲームは、駒の形に自由がきくのですよ。ですので、専用のデザインの駒でそろえるのが、貴族様の好まれるところでしょう」
「なるほどー。今度、納品に行ったら閣下から直接、デザイン案を聞いてくるよ」
私がそう言うと、ギルド長はピクリと眉を動かした。本当に貴族様と直接会話できる立場なのか、私を値踏みでもしているかな?
今日の私の服装は、別の服飾が盛んな都市で仕立ててもらった上等な服だからね。ただの行商人には見えないだろう。
「ちなみに、その辺境伯様は、どこの国の御貴族様でございましょうか?」
「北方のバックス神の国だよ。そこのドラードン領のピエランジェロ閣下」
「それはまた、遠い国のお客様ですな。我らの手工芸品も、そこまで知られるようになったとは、感無量です」
私の返答に、ギルド長はニコニコしてそう言った。
うん、ベシッカの手工芸ギルドに対しては、こちらは純粋に褒める気持ちしか持っていないし、今後もいい取引をお願いしたいね。
お互い、辺境伯という太い客を共有することになるんだからさ。
◆◇◆◇◆
さて、辺境伯への納品であるが、相手は貴族なので友達感覚で家に訪ねていって渡すというわけにはいかない。
使用人経由で渡すならばそれもありなのかもしれないが、私は仮にも領内に住む偉い神様。なので、辺境伯と顔を合わせずに去るというのも、相手が困ってしまうかもしれない。
どうにか予定を合わせて、辺境伯に直接納品する必要があるね。
先触れを出すとか、面会の予約を取るとか、そういうことができればいいのだが……実際にできてしまった。イヴが辺境伯の屋敷にドローンを飛ばして、連絡を取ってくれたのだ。有能すぎる、このAI……。
「というわけで、ベシッカの手工芸品だよー」
辺境伯の屋敷に予定の日付通り訪ねた私は、応接室に通されて辺境伯と面会を行なっていた。
格で言うと私が辺境伯に訪ねるのではなく、辺境伯が私のもとに参上するのが本来の形。でも、神である私を商人として使いっ走りにしている時点で今さらなので、こうして私が辺境伯の屋敷に参っている次第である。
応接室でアイテム欄を開いた私は、テーブルの上に次々と手工芸品を並べていく。
その品々に、銀髪のイケオジ貴族である辺境伯は、魅了されたかのように見とれた。
手元のメモを見ながら、一品一品詳細を伝えていく私。
そして、最後に目玉商品、ハドソン工房のボードゲーム、ラームヤームを取り出す。すると、辺境伯は思わずと言った様子で「おお……」と感嘆した。
「良い出来でしょー?」
「ああ、これは素晴らしい……これが、今後使いこむことで、木目に味が出ていくかと思うと……今から待ち遠しい!」
「年月の経過……! その発想はなかった。だから、木製の手工芸品なんだね」
「うむうむ。貴族の中ではやたらに金だの銀だのを使いたがる者がいるが、そやつらは年月を経たベシッカの木工品のような、落ち着いた上品さを知らんのだ。嘆かわしいものだな!」
うーん、さすが貴族の世界。雅の領域には一家言あるね。
私なんかは庶民の出だから、そういうのはまだまだ解らないことばかりだよ。ま、今も庶民の生活をしているけどね。
「そうそう、ハドソン工房の工房長から伝言があるんだ」
「なにっ! ハドソン工房から!? な、何事だろうか……」
憧れの工房からの伝言と聞いて、なにやら緊張しだす辺境伯。大丈夫、変なことじゃないって。
私はハドソン工房が、辺境伯にラームヤームの駒の好みを聞きたがっていることを伝えた。次回は、その好みを反映したデザインで納品したいと。
「おお、まさかあのハドソン工房にオーダーメイドができるとは……これは、燃えてきたな!」
辺境伯はそう言って立ち上がり、部屋に控えていた使用人を呼ぶ。そして、使用人を複数集めて納品した手工芸品を片付けさせた。
それから、テーブルの上には紙と金属ペン、インク壺、そしてなにやら製図用の定規が置かれた。
「では、デザインを詰めようか」
ほ、本格的だなぁ!
まあ、今日は他に予定が入っていないから、とことんまで付き合ってあげようか。
「で、何かデザインの統一コンセプトはあるの?」
私が辺境伯にそう尋ねる。まずは大枠を決めてしまうのが、こういう場合に手っ取り早いはず。
「そうだな。やはり一番欲しいのは、我が領を象徴するようなラームヤームだ」
「それはいいね。他所から来た貴族に、『これが俺の領だ!』って、胸を張れる一品になるね」
「そうだろう、そうだろう」
「で、この領の特徴は?」
「うむ。我が領を象徴するなら、魔獣と戦士の戦い……いや、巨人と騎士の戦いだな!」
辺境伯は、ノリノリで私の質問に応じる。
ふむ、でも、巨人と騎士かぁ。
「魔獣は魔の領域と接しているから解るけど、巨人と騎士?」
「なんだ、知らぬのか? この領の西側は巨人の領域と接しておるのだ」
「西方かぁ。遊牧民が住む土地があるのは知っているけど……」
「それはもっと南西の方だな。この領の西方には、幻獣である巨人が生まれる土地があってだな……」
巨人って幻獣なんだ!
幻獣ってことは、グリフォンとかエルフとかの仲間ってことだね。人間の一種族じゃないんだなぁ。
私がそう感心していると、辺境伯がさらに言葉を続けた。
「巨人どもは人間より知能が低く、凶暴だ。農耕はせず狩りで生き、縄張りを広げるために人と争うことも多い。そんな巨人の発生地が西方にあり、我が領は昔からその巨人どもを撃退してきた歴史がある」
「それは知らなかったよ」
「ちなみに、そなたのいる北バックス開拓村の村人も、巨人との戦で功績を挙げた者達だぞ」
「あっ、村長さんって、巨人を倒して準男爵に成り上がったんだ」
私がそう驚いて言うと、辺境伯は「うむ」とうなずいた。
知らなかったなぁ。普通に人間同士の戦争で功績をあげたものかと思っていたよ。それがまさか、巨人を倒したとは。うーん、ファンタジー。
あ、でも待てよ……。
「でも、巨人と騎士の駒じゃ、みんな騎士の駒を使いたがるんじゃない?」
巨人が人類の敵だというなら、巨人を使いたい人はいないのでは……。
「ああ、そこはいいのだ。このラームヤームは、正義の陣営と悪の陣営に分かれて戦う演劇的なゲームだ」
「へえ……」
「正義の陣営と悪の陣営では駒を動かすルールも違い、最終的には悪の陣営が劇的に負けることを競技の目的とする。悪の陣営を動かすプレイヤーも、自分自身が負けると考えるのではなく、あくまで悪が負けるように仕向けると考えるのだ」
「あー、対等な競い合いのゲームじゃないんだね」
「うむ。もちろん、そういうゲームもある。以前、店主殿の店で買ったアルニヤというゲームだ。だが、私が好きなゲームはやはりこちらだな。芸術性が高いのが非常に好みだ」
というわけでコンセプトが決まり、詳細のデザイン案を紙に描いていった。私も辺境伯が迷ったときに、的確な質問を重ねていったため、いい案が出せたと思う。
それから辺境伯は、上等な紙に地方都市ベシッカがある地方の言語でデザイン提案書を書いていく。最後に、提案書を封筒に収めて、封蝋で閉じた。
いやあ、結構遠い国なのに、普通に言語を習得しているんだね、辺境伯。さすが上位の貴族様。
「では、これをよろしく頼む」
そう言って差し出された封筒を私はアイテム欄に突っ込む。
「うん、任されました。じゃあ、これの納品がいつになるかは判らないけど、次回の商談は……」
実は、この提案書以外にも、辺境伯が欲しいものリストを新たに受け取っていた。本当に、太い客になったね。
「今年もバックス村の一同で、夏の大市に来るのだろう? その時に顔を合わせようではないか」
「了解。次は夏の大市でね」
そんな再会の約束を交わして、私は辺境伯の屋敷を辞した。
ふうー……とうとう、とうとう私は達成したぞ! 貴族の御用商人ムーブを!
いやあ、行商人から成り上がって店を構え、貴族に目をかけられて御用達になるという、成り上がりごっこができるとは。いやあ、商人って楽しいね!
転移魔法というズルには頼っているけど、それはそれ。持てる材料を全力で使うのが、きっと商人って生き物なんだよ。多分ね。




