82.春といえば花見だけど、わざわざ桜を探すほどでもない。
春が来た。雪が解けて、村の人達が活発になってきたことがよく判る。雑貨屋は、活動的になった村人の行動先の一つになるからね。まあ、私の店の場合、仕入れた保存食とかを置いていたから、冬でも食材を求めた村人達がちょくちょく訪れていたんだけど。
さて、春だけど、この国の春は私もまだ経験したことがない。私がこの国へやってきた時期は、初夏のあたりだからね。
どんな行事があって、どんな祭りがあるかよく知らない。この村は私が来るまで祭りはご無沙汰だったというから、春に祭りをやる風習はないのだけど……ちょっとした行事くらいはあるだろう。
と、そんなことを思っていたら、村長の娘であるジョゼットが、私に村のことで相談したいことがあると店にやってきた。
「なぎっちゃの秘宝……『経験値チケット』だったか? あれの支払いを村が一括で行なうことは可能か?」
「んー? 話が見えないけど、村人全員の福祉にするってこと?」
「福祉……? いや、今度、春の成人の儀式があるのだが、そこで成人する子供達に村から『経験値チケット』を渡そうと思ってな」
「あー、そういう。成人の儀式なんてあるんだね」
「そうだな。この国では、毎年春に一つ歳を取り、そのとき十五歳になった者が成人となる」
なるほどなるほど。
この国では十五歳で成人だということは知っていたけど、これはちょっと面白いよね。
何かの雑学本だか、歴史本だか、小説だかで読んだのだけれど、地球の中世ヨーロッパでは、子供と大人は区別されていなかったらしい。
子供は小さな大人として扱われていて、普通に働いていたし、教育を受ける機会も少なかったそうだ。大人扱いなので、酒も飲んでいた。現代日本人の常識から考えると、信じられないことだよね。
ま、中世もヨーロッパも範囲が馬鹿みたいに広いので、絶対に区別されていなかったとまでは言えないのかもしれないけど。
一方で、この国には成人という概念がある。つまり、子供と大人は明確に分けられている。それは子供の権利がどうこうという近代的な思想によるものではない。幼子にとって酒は害になると、バックス神殿が過去に突き止めたからだ。
そのことから成人年齢を過ぎてからでなければ酒を飲めないとして、国で法が定められている。さすがは国教とでも言うべきか、バックス神殿の影響力すごい。
この国での成人年齢は十五歳と決められていて、仕事場で役職を正式に与えられるのも成人を迎えてからだ。それまでは、見習いとして扱われる。働かないわけではない。文明が進んでいないこの時代に、子供を労働力から外すのは難しいからね。
ただ、この村なんかは、成人前の子供達は働かずに教育を受けている。
権利意識が高いとかではない。村の仕事の基本は狩りなので、小さいうちは狩りの練習をして過ごすのだ。体が大きくなってからじゃないと、狩りは危険だから。
で、その大きくなった子供が、この春に成人の儀式を迎えるというわけか。
「うん、いいよ。ただし、これまで通り私の目の前でチケットは使ってもらうよ」
「ああ、つまり祭事だな」
「んんー……?」
「神が下々にその恩恵を与える。元々、成人の儀式は神殿が中心になって執り行なうが、ここまで来ると神聖な儀式になるな」
ジョゼットが、ニヤニヤ笑いながら私に言った。
くっ、からかいよってからに。でも、言っている内容は冗談じゃないんだろうなぁ。私は神だし、『経験値チケット』はゲームシステムという私の権能からこぼれ落ちた、神秘のアイテムだ。
「なんかそれっぽい衣装とか必要かなぁ」
私がそう言うと、ジョゼットはクツクツと笑って答えた。
「成人を迎える子供達も精一杯のおめかしをするが、あまり荘厳な衣装はやめてくれよ? ここは辺境の村なのだからな」
まあ、相手は村人だからね。武士の元服みたいな厳格なものではないんだろう。
とりあえず、ガチャ産の衣装をいくつかジョゼットに見せて、儀式に相応しいか確認してもらうことにしようか。
◆◇◆◇◆
そういうわけで、地面の雪もだいぶ解けたころ、村の広場で成人の儀式が執り行なわれた。
参加者は、今年成人する三名の子供と、その家族と、村の顔役達。それと村長一家と神殿の神官さんに見習いくん。ついでに野次馬として、竜神ベヒモスと料理神ヘスティアの姿もある。
成人する子供の内訳は、男一名、女二名。ちなみに女のうちの一人が、ジョゼットの妹のマリオンだ。
「しかし、今年成人する子、たったの三人かぁ……」
儀式の途中、村長さんからの言葉がやけに長話だったので、飽きてきた私は小声で隣にいる見習いくんに話しかけた。
すると、見習いくんも小声で私に返してくる。
「村ができて今年で十一年ですから、村で生まれた子は全員成人前ですよ」
「あれっ、そうじゃん。むしろなんで成人がいるの。前身の傭兵団に子供を抱えていたわけ?」
「マリオンさん以外の二人は、傭兵団出身ではない職人の家族ですね」
「あー、確かに。あそこに参加しているの、ガラス工房のおっちゃんだ。あはは、私、成人する子達のこと全然知らなかったんだねぇ」
「基本、雑貨屋に子供は来ないはずなので、仕方ないですよ」
見習いくんにそう言われると、駄菓子屋をやりたくなってくるぞ……。村の大人達が、子供にお小遣いをあげるかは判らないけどさ!
駄菓子屋の店主って、憧れない? 私だけだろうか。
「では、神を超えし神、なぎっちゃ様より、このたび成人を迎える若者達へ恩恵が与えられます」
おっと、村長さんの話がいつの間にか終わっていた。神官さんの進行で、私の出番が宣言される。
私は前に進み出ていくと、横になって並ぶ三人の少年少女と向かい合った。
「では、なぎっちゃ様。お願いします」
神官さんにうながされ、私は事前に用意していた『経験値10000チケット』をアイテム欄から二枚取り出した。
そう、二枚だ。しかし、成人は三人。一人仲間外れだ。
「マリオンは、もう前に使ったからなしね」
私がそう言うと、マリオンは渋い顔をして言葉を返してくる。
「先に使ったことに後悔はしていないけど、なんか悔しいわね……」
その返答に、私は思わず笑ってしまった。
成人の儀式は、別に厳格な式典というわけではない。このように、私語が盛大に飛び交う場だった。辺境の村らしくて、私はこの儀式を好きになれそうだ。
「じゃ、二人に渡すよ。使い方は解る?」
「うん、父さんから聞いてるよ」
「うふふー、これで私も村の戦士よ!」
ガラス職人にはならないんだな、と思いつつ私は経験値チケットを新成人の二人へと手渡した。
そして、二人は経験値チケットを天に掲げ……レベルアップのエフェクトに包まれた。
「いや、何そのポーズ」
私は思わず、二人のとった姿勢に対して突っ込みを入れた。
「ふふふ……」
「何日も前から、二人でポーズを考えていたのよ!」
「あー、そうか……十五歳……中学生、思春期……」
これが二人の黒歴史にならないことを天上界に祈るよ。あとマリオン、本気で悔しそうにしないの。
と、いうわけで、私の出番は無事に終わった。
私が神殿組一同が集まっているもとの場所へと戻ると、ここで再度村長さんからの話が始まった。
「今、二人が使った秘宝は、村の予算でなぎっちゃ神から購入した物だ。しかし、お前達に無償で与えたわけではない。まだ働き始めていないお前達のために、村から貸し付けた形になっている。利息は取らんし、返済期限もないが、仕事を始めるにあたって、まずはこの金額の返済を目標にしてもらいたい」
そう、今回のチケットは、成人する者への記念品でも村の福祉でもない。
支払い能力がまだない二人の代わりに村が私へ代金を払い、その代金は村から二人への貸し付ける形になっている。
せっかくの祝い事でもあるんだから、パッと払ってあげればいいのにとは私は思うんだけど……。
「なかなか上手いことをやるではないか」
と、そこで近くで野次馬をしていたベヒモスがそんなことを言った。
何が上手いことか解らなかった私は、そちらに振り向き彼に問う。
「上手いことって、何が?」
「品の代金を村からの借金にしたことだ」
「えー、成人の祝いに、思い切ってプレゼントにすればいいじゃん」
「ふはは、考えが浅い。この借金を返済しない限り、あの若人どもは村から出ていくことはできんのだ。若者は都会に出たがるものだが、これがあれば外への人の流出を一定期間だが防げる」
「な、なるほどー」
「そして、その一定期間の間に責任ある仕事を任せれば、おいそれと村を出たがることもなくなるだろう」
「はー、村長さんも、いろいろ考えているんだねぇ」
私は、二人への借金話を終えた村長さんを尊敬の眼差しで眺めた。
「では、最後に、成人を迎えた三人に、酒と酒杯を与えます」
そんなことをしている間に儀式は進み、最後のプログラムに。酒の神の神殿であるバックス神殿らしく、最後は酒を飲んで締めるらしい。
見習いくんが、お盆を持って酒で満たされた三つの酒杯を三人のもとへと運んでゆく。
それを三人は喜び顔で受け取り、酒杯を両手で天に掲げて頭を下げるバックス教の聖なる姿勢を取った。
「では、酒杯を傾けてください。けっして一息には飲まず、少しずつ体に馴染ませるようにいただいてください」
神官さんの号令と共に、三人は酒杯を口へと運び、一口飲んで目を見開いた。
「うめー!」
「うん、お酒ってこんなに美味しいのね!」
マリオン以外の二人が、その味に驚きを露わにしている。
まあ、それもそうだろう。見習いくん曰く、成人の儀式で飲む酒は、酒を好きになってもらうよう特別製のカクテルに仕上げるそうだからね。
「……なかなかね」
そして、マリオン。あの様子だと、酒を飲み慣れているな……? 留学先で貴族学校に居たと言うし、そこで飲まされたのかもしれないね。子供に酒を与えちゃダメというのも、バックス神殿の影響があるこの国だからこそだろうし。
「しかし、最初の酒が美味しい酒とか、酒好きになりすぎて身を持ち崩さなきゃいいけど」
私がそう言うと、今度はヘスティアが私の話に乗ってきた。
「そういうなぎっちゃも、最初に飲んだ酒は天上界の美味い酒じゃろ?」
「うーん、私が飲んだのは下面発酵のラガービールだったけど、苦くて美味しいとは思わなかったなぁ。ビールジョッキ一杯も飲めなかったよ」
私は工業大学の情報科出身だが、男が多い学科で酒を飲む機会も多かった。今、私が酒好きなのも、絶対に大学時代の影響が強いね。
「意外じゃな。そなたのことじゃから、最初から酒樽を空にするほど飲んだのかと」
「私、どんだけ酒豪だと思われてるの!?」
私達のその会話は周囲にも聞こえていたらしく、儀式の場は笑いに包まれた。
そして、それから参加者一同に振る舞い酒が神官さんの名で出され、私も美味しいカクテルにありつくことができた。
果実の美味しい味が口の中で広がり、素材集めが大変な春先にこんなカクテルを作る、バックス神殿の酒に対する執念を感じた。脳裏にバックスのドヤ顔が浮かんできたが、頭を振ってそれを払う。
アルコールで火照った顔に、春風が吹き付けわずかな酔いを醒ましていく。
もう一杯とねだる新成人の二人を笑いながら、私達は一年の始まりを笑顔で迎えた。今年もよい年になりますように。




