81.新しい村には新しい伝統が必要だ。
「そろそろ蒸しあがるのじゃ!」
ヘスティアの声が、屋内に響きわたる。
ここは、村の南に私が臨時で設置した運動ホールの中。餅つき大会を開催するにあたって、屋内で実施するために期間限定で集会場代わりに展開している建物だ。
そう、今日は村の餅つき大会。村人全員と何人かのゲストをここ運動ホールに招いている。
そして現在、運動ホール内に設置した調理場で、餅米が蒸しあがったところだ。
「よし、これでよいじゃろう。餅つきじゃー! まずは私となぎっちゃで手本を見せるのじゃ」
ヘスティアの号令で、村人達がわあっと沸く。
さあ、いよいよ餅つきの開始だ。私は、お湯で温めておいた臼の前に待機し、運ばれてくるせいろをワクワクしながら見守った。
そして、せいろから布に包まれた餅米が臼に移され、布が外されて臼の中で餅米がもうもうと湯気をたてた。
「まずは、この杵で満遍なく餅米を潰すのじゃ」
ヘスティアが杵を持って、臼の中の餅米をぐいぐいと押しつぶしていく。低身長のヘスティアが大きな杵を持つの、なんだかアンバランスだね。それが可愛いんだけども。
ヘスティアが頑張る様子を次の餅つき担当となっている者達が、前列に立って食い入るように見つめている。うん、事前に試しで餅つきしたけど、そのときには他の村人をほとんど呼んでいないからね。紙の資料は渡してあるが、どんなやり方かは生で確認したいのだろう。
ヘスティアの杵でのこねこねは五分ほど続き、いい感じに餅米が潰れてきた。
「よし、これで準備は完了したのじゃ。いよいよ本番じゃ。なぎっちゃ、行くぞ!」
「おうよ!」
私は臼の横でスタンバイし、桶に入った水で手を濡らす。ヘスティアが餅をつき、私がそれをひっくり返す役だ。
あ、もちろん事前に薬用石鹸で厳重に手は洗ってあるよ。本当は料理用のポリエチレン手袋でもあれば衛生上安心なんだけれど。
でも、そんなものホワイトホエール号のアイテムショップにも売っていないから、餅を返すのは素手でやるしかない。まあ、そこは仕方がないね。
さて、私はいつでもやってくれていいと、ヘスティアに目配せする。
すると、ヘスティアは杵を上段に構え、気合いを入れて振り下ろした。
「そいやー」
ぺったんと餅米に杵が突き刺さる。それを見た村人達が、「おおっ」と声を上げた。
それからヘスティアが杵を上にあげると、その隙に私は濡らした手で潰れた餅米をひっくり返した。あちちち。さすがにまだ熱いね。
ついて、返して、ついて、返して。
うーん、楽しー!
リズムに乗ったやりとりを村人達が歓声を上げながら見守り、臼の中の餅米が段々とまとまっていく。ヘスティアは小さな少女の姿をしているが、これでも立派な神様だ。力は人よりも強く、餅はしっかりとつかれている。
餅を見るのも初めてなのだろう、最前列の村人が興味深そうな目で臼の中を覗き込んでいた。
やがて、餅米は臼の中ですっかり餅の塊となった。つき始めてから五分くらいかな。
「よし、ここらでよいじゃろう。皆の者、要領は解ったな? では、安全と衛生に気をつけて、餅つきを始めるのじゃ!」
ヘスティアの宣言に、わっと村人達が沸き、運動ホールの数カ所で次の餅つきの準備が始められた。
私とヘスティアがついた餅は、村の女衆の手により小さく千切られ、炭火台の上で焼かれていく。
餅にはいろんな食べ方があるが、今回は餅初心者だらけなので喉に詰まりにくいよう小さいサイズで焼いて、お雑煮にして食べる。お雑煮の汁もヘスティアが私から醤油を持っていって張り切って作っていたので、味は保証されているだろうね。
こうして、村の餅つき大会は楽しい雰囲気の中、本格的に開始された。
うーん、冬に餅つき大会とか、正月気分になってくるね。この国の暦は地球と同じではないから、暦の上では一月ではないんだけどさ。
◆◇◆◇◆
本日のゲストとして、村の外から神を複数招待している。
まずは、餅米を提供してくれた豊穣神マルドゥーク。お雑煮を食べながら、ヘスティアにくっついて回っている。この人、本当にヘスティアのこと好きだな……。
次に、ヘル。実は秋の祭りに呼ばなかったことを少し根に持っていて、今回の餅つき大会のことを知らせたら絶対に来ると言っていた。だが、引きこもり生活が長すぎたのか、ずっと従者達に囲まれて、あまり他と交流している様子が見えない。
うーん、引きこもりをこじらせているな。もともとは一国の主神だったのだし、そこまで人見知りではないはずなのだが……。まあ、従者もいるし放っておこう。
次、バックス。他の国の神を何人も招いていると知らせたら、この国の主神として行かないとならないと言って、参加が決定した。酒は出さないと言ったら、ぶうぶう文句を言いながら、外交の一環だから仕方ないと言って参加を取りやめなかった。
そんなバックスだが、杵を持って餅つきを全力で楽しんでいたようだ。酒が入らないと、そこらにいる美少年にしか見えないから困る。
最後に、ヴィシュワカルマ神。奥さんを連れての参加で、ヘルのもとに挨拶しに行ったり、バックスと話し込んだり、ヘスティアのもとへと奥さんを連れていったりと、何かと忙しい。
まあ、普段は魔法都市を出ない神様らしいし、いろいろあるんだろうね。
もちろん、最初から村に居るヘスティアやベヒモスも張り切って餅つき大会に臨んでいる。ベヒモスなんかは、村の男衆に完全に馴染んで、楽しく餅をついて盛り上がっているよ。
そんな神様達を横目に見ながら、私は何杯目かのお雑煮をいただく。
村の子供達もおかわりを繰り返しているようで、子供達で集まってワイワイと騒いでいる。
私は、お雑煮のお椀を持ちながら、その子供達に近づいていき、話しかけた。
「やあ、みんな。お餅美味しいかな?」
「あっ、なぎっちゃだ。美味しいよ!」
「うん、それはよかった。お餅はネバネバしていて喉にくっつきやすいから、気を付けてね。ちゃんと噛まないと、喉に詰まるからね」
「何それこえー!」
うん、お餅は日本で毎年正月に数多の人を殺戮してきた凶悪兵器だからね。この場には私とマリオンが居るので、いざとなったら魔法でどうとでもなるけど。
「なぎっちゃー」
と、ソフィアちゃんが私に近づいてきて、お椀片手に言う。
「私も餅つきしたいですわ! したいですわ!」
すると、子供達も一斉に反応し、皆、口々に自分もやりたいと言い出した。
「あー、ごめんね。今回は初の試みだから、子供用は用意していないんだ。大人だって慣れていないからね。だから、子供用は来年の餅つき大会までに用意しておくよ」
「来年まで待てませんわー。来月にもう一回しましょう」
いや、ソフィアちゃん、それはちょっと。
「こういうのは、開催頻度が高すぎないから面白いんだよ。だから、来月何かやるとしたらまた別の催し物だね」
「それなら、来月は何をやるのかしらー?」
「さあてね。子供達からも、何か考えて提案してみたら? 面白い催し物を考えついたら、村長さんに検討してもらうよ」
私がそう言うと、子供達はお雑煮を食べるのも忘れ、どんなことをしたいのか話し合い始めた。
ふふふ、元気だね。まあ、この村は伝統も何もない新しい村なので、自分達で伝統の行事を作り出していくのもいいんじゃないかな。
そんな子供達から私は離れ、追加の餅つきをしている方へ向かった。
そこではヴィシュワカルマ神が、杵を持ってぺったんぺったんと楽しそうに餅をついていた。
奥さんは……ヘスティアと話し込んでいるね。奥さんはこの国の言葉を話せないのか、魔法都市がある島国の言語でヘスティアと餅米料理について意見を交わしあっている。
やがて、ヴィシュワカルマ神の餅つきは終わり、臼から餅が運ばれていって、ヴィシュワカルマ神は臼に杵を立てかけてその場から離れた。
奥さんの所へ戻ったヴィシュワカルマ神に、私は近づいていく。
「やあ、ヴィおじさん。餅つき楽しかった?」
私が話しかけると、ヴィシュワカルマ神は破顔して言葉を返してくる。
「最高だよぉ。俺達職人の集まりって言ったら、いつも宴会で酒を飲むばっかりだけど、こういうのも楽しいものだねぇ」
「それはよかったよ」
「うんうん、あ、なぎっちゃ。少し時間もらっていいかい? 魔法都市のその後を報告したいんだぁ」
「ん? 構わないけど……私に伝える意味あるかな、それ?」
「まあまあ、そう言わずに。騒ぎの当事者だったんだからさぁ」
ふむ。まあ、聞こうか。
「スティーヴン傘下の集団、スティーヴン教団は官憲の手が入って解体されたよ。幹部は軒並み捕縛だねぇ。ま、大半は俺達が打ちのめした奴らだったんだけどさぁ」
ああ、あの出入りのとき、講堂に集まっていた人達がスティーヴン教団の幹部だったってことだね。
「俺の所から盗み出された占いの魔道具も、教団の隠れ家で発見されたよぉ。これで教団の主要な者達は、神から物を盗んだ大罪人ってことになって、もう魔法都市に居場所はないだろうねぇ。再結成の心配もないよぉ」
「なるほどね。カルト騒ぎはこれでおしまいってことだね」
「そうだねぇ。スティーヴンだけど……あいつも俺とは敵対していたけど、本来の性格はそこまでひどい奴じゃなかったんだ。神になる前は、純粋に魔法神不在の魔法都市の未来を憂える学者だったんだよねぇ」
へえ、ヴィシュワカルマ神とスティーヴンは、元々知り合いだったのかな。
「魔道具の盗難も、本人ではなくて同学派の弟子達がやったことらしくてねぇ。都市内で暴れたのも、あいつが一人で全てを主導したわけじゃなくて、教団全体で暴走してしまったんだろうねぇ。もちろん、暴走を止めなかったあいつにも責があるよぉ。どうにも身内に担がれて気が大きくなってしまったみたいだねぇ」
誰が主導したわけでもない集団での暴走か。地球でもそういう事件たまに聞いたよね。宗教団体というよりは、スポーツの過激なファン集団とかだけど。
「なるほど。まあ、その辺は私には関係ないからいいけど」
私はスティーヴンに対して、恨む気持ちとかは皆無だからね。単純に、神器を奪うって宣言をしてきたからぶちのめしただけだ。
スティーヴンの処刑をしたのはヴィシュワカルマ神だし、カルト集団の処分に関しても彼に一任してある。
そんなヴィシュワカルマ神は、まだ私に何かあるようで、表情を明るく変えながら言う。
「そうそう、スティーヴンを倒した新しい魔法神がいるってことが都市中に広まっちゃってねぇ。多分、うちの職人達が広めたんだろうけどさぁ」
「ふーん」
「それで、都市内で暴れ回ったスティーヴンを倒すような善なる魔法神なら、魔法都市の主神として迎え入れるべきだって声が大きくなってねぇ」
うげっ。前も言ったけど、私はこの村から移住する気はないぞ!
「仕方ないから、イヴちゃんと一緒に、旧魔法神の神殿になぎっちゃを紹介するための冊子を用意したんだよねぇ。そうしたら、それを聖典として崇める人が出てきちゃってねぇ……」
「いやいやいや。どういうことさ」
「いやあ、俺としては、今はまだなぎっちゃは神として君臨することを望んではいないと、知らせるだけのつもりだったんだけどねぇ。スティーヴンの所業の反動で、そういう姿勢も好ましいって思う人達が居たみたいだねぇ……」
魔法都市の住人の信仰心、いったいどうなっているんだ。遠い国の村で雑貨屋やって毎日ぼんやりしている人間を崇めて、何になるっていうのか。
「だから、なぎっちゃ。あらかじめ言っておくと……魔法都市から村に移住を希望する人が出るかもしれないから、覚悟しておいてねぇ。ここは魔の領域だから魔石もいっぱい取れるし、第二の魔法使いの聖地になるかもねぇ……」
あれっ、これ、もしかして村長さんにごめんなさいしないといけないやつ?
いや、それよりも、魔法使いが新たに村へやってくるとしたら、仕事内容が被るマリオンにごめんなさいしないといけないやつだ!
私が内心でハラハラしていると、ヴィシュワカルマ神は優しい顔をして言った。
「人の流入は避けられないだろうから、今から用意しておくといいかもねぇ。そもそも、神のもとには自然と人が集まるものさぁ。君も、そんな人達と交流をして、少しずつ神として成長していくといいよぉ」
なるほどね。今回は魔法都市からになりそうだが、どちらにしろどこからか私のところに人が集まってくるのは避けられないと。
そうなると、単純に村が発展していくのとは別に、私の神殿を中心として村が急発展していくのはどうしようもないことになる。
私が神として君臨するのは百年後くらいで考えていたけれど、もしかしたらもう少し早く、私は自分の信者を村に迎え入れることになるのかもしれないね。
私が神として君臨……なんだか笑っちゃうよ。
私としては、こうやって村人と楽しく餅つき大会なんかをして、ほのぼのした日常を過ごせさえすれば、それで満足なんだけどね。
「次が焼けたのじゃ! 早い者勝ちじゃぞ!」
餅の焼き上がりを周囲へ知らせるヘスティアの声を聞きながら、私は未来の日々に思いを馳せたのだった。
以上で第三章は終了です。しばらく休載期間をいただいてから、最終章『なぎっちゃと夜空の月』に続きます。
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