80.この世界の魔法使いが、具体的に何してお金を稼いでいるか知らない私。
戦いが終わり、新魔法神スティーヴンの死を見届けた職人達もゲートから帰ってきて、工房の前で怪我の治療が始まった。
生き残っていたスティーヴンの配下も全員ゲートから連れられてきており、捕縛されると同時に治療も受けていた。
職人達は刃物を持ちだしていた上に、魔法も遠慮なくぶっ放していたので、スティーヴンの配下側は死屍累々だった。仕方ないので、私は捕縛が終了したのを見計らって、回復魔法の≪エリアヒーリング≫でまとめて怪我を治療しておいた。
ま、今回は神器が一つ手に入ったし、この程度の労力はなんてことないよ。
……まあ、まだヴィシュワカルマ神には、神器を貰う交渉をしていないけれど。
私の魔法で場に重篤な者がいなくなったので、職人達がスティーヴンの配下達をどこかへ連れていく。
「どこに連れていくんだろうね?」
私は、さりげなく出入りに参加していたマリオンに近づき、話しかける。
すると、マリオンはスッキリした表情で言う。
「衛兵のところでしょ。あいつら、学院の施設を破壊していたんだから、普通に罪人でしょ」
「あー、でも、今回の出入りに衛兵は参加していないよね」
「バックに神様がいたんじゃあ、都市の衛兵隊も手出しできなかったんでしょうね」
なるほど。まあ、ちゃんと罰が与えられるならそれでいい。ノリノリで私のところに攻め入ろうとしたことは、それで不問にしようじゃないか。
やがて、スティーヴンの配下達が全員いなくなり、場には一部の職人達が残った。
そこにヴィシュワカルマ神の声が響く。
「みんなぁ、今回はご苦労だったねぇ。打ち上げは後日あらためてやるから、今日の所は解散しようかぁ」
すると、職人達が「うっす!」とか「お疲れっす!」とか言いながら去っていく。
中には、肩を組みながら飲みにいく相談をしながら歩いている職人の姿もあった。手に持った血に塗れたハンマーがなんとも物騒だった。
そして、その場に残された少数の男達と、マリオンと私に向けて、ヴィシュワカルマ神が言う。
「今回は本当に助かったよぉ。じゃ、なぎっちゃとマリオンちゃんはあがっていってよ。紅茶でも出すからさ」
「やった、ヴィシュワカルマ様の工房のお茶請け、最高なのよね。なぎっちゃ、行きましょ!」
マリオンに促され、私はヴィシュワカルマ神の先導で工房の建物へと入った。
そして、奥の部屋に通される道中、マリオンが武勇伝を語っていた。
「魔法を封じられた時は、死ぬかと思ったわ! でも、その程度で私が負けるわけがなかった!」
「マリオンちゃん、武器も持たずに乗りこむんだからなぁ。まさか相手を殴り倒すとは」
この工房の職人なのだろうか、一緒についてきた男が、マリオンに向けてそんなことを言った。
「ふふん、魔の領域育ちの私を舐めてもらったら困るわ」
マリオン、魔法使いである上に経験値チケットを使って『Lv.8』になっているもんね。神様ほどではないけど超人化しているよ。
「まっ、いけ好かないあの男はとっちめられたし、手紙を奪い返せて気分は晴れたわ」
ああ、あのストーカー少年を殴り倒したのね。あの混乱の中しっかり手紙を確保しているあたり、ちゃっかりしている。
そして、私とマリオンは客間らしき部屋に案内され、ヴィシュワカルマ神と向かい合って座った。
「さて、何から話そうかなぁ」
そう話を切り出すヴィシュワカルマ神に、私はアイテム欄を開きながら言った。
「あ、じゃあ、私から。スティーヴンが持っていたこの神器、貰うよ。これさえ貰えたら、今回の報酬は他に何もいらない」
神器のバッジ『賢者の講堂』を取り出して、手の平で転がしながら私は言った。
「おや? スティーヴンは『世界時計』と『雷鳴のハンマー』も持っていたよねぇ。こっちはいいのかい?」
ヴィシュワカルマ神は、懐から銀に輝く懐中時計を取り出し、腰の工具入れからもハンマーを取り出して、それぞれテーブルの上に並べた。
だが、私はそれの受け取りを拒否する。
「そっちはヴィおじさんの元々の所有物でしょう? 横からかすめ取りはしないよ」
「前に俺が負けて奪われた時点で所有権はスティーヴンに移っていて、それを倒したのはなぎっちゃだよぉ」
ふーん。強奪されようが元の所有者はヴィシュワカルマ神に違いはないと思うけど、神器の場合はそういう暴力こそ全てな考え方をするのかな?
「でも、ヴィおじさんは戦力を集めてくれたし、一番嫌な処刑は任せちゃったからね。その取り分ということで、時計とハンマーは持っていって」
「そうかい? じゃあ、ありがたく受け取っておくよぉ。『世界時計』は神殿用の鐘を作るのに必要だから、返してくれるのは本当にありがたいよぉ」
ああ、あの神殿にある時刻を知らせる鐘。あれを造るために必要なら、なおさら『世界時計』はヴィシュワカルマ神の手元に置くべきだ。
正直なところ、世界の時間の運行を司る神器なんて、私は管理したくない。
ヴィシュワカルマ神は二つの神器をテーブルから取り身につけると、今度はマリオンの方を向く。
「マリオンちゃんは、今回働いてくれた報酬、何が良いかなぁ?」
「えっ、私もいいんですか?」
「もちろんだよぉ。俺の下についているわけでもないのに馳せ参じて、大立ち回りをしてくれたんだ。その心意気には応じないとねぇ」
うーん、言っていることが任侠の世界だ。だが、実態は町の職人集団である。
そんなヴィシュワカルマ神の言葉を聞いて、マリオンはしばし考え込む。
「あっ、そうだ。うちの村にクレランスとカレンがやってきて工房を開いたんですけど、二人に何か一筆書いてやってくれませんか? 魔道具の神様として、この者達の腕を認める、みたいな書状を」
「ああ、双子のタナー兄妹かぁ。あいつらは腕が良いから問題ないねぇ。魔法都市の魔道具職人ギルド長として公式に工房を認める旨、書かせてもらうよぉ」
「ありがとうございます!」
自分のためでなく、友人のために報酬を使えるマリオン。ええ子や……。
と、そのタイミングでヴィシュワカルマ神の奥さんがやってきて、紅茶を淹れ始める。
さらには、スコーンに似たお茶菓子もテーブルの上に置いてくれる。
「やった、これが美味しいのよねー」
マリオンが、さっそくスコーンもどきに手を伸ばす。私もお一つ……。
「美味っ! えっ、超美味しいなこれ!? ヘスティアのお菓子にも負けてないよ!」
私は思わずそんな言葉を口にした。
すると、奥さんが恥ずかしそうに「ありがとうございます」と礼を返してくる。
「なぎっちゃは、あの名高い料理神ヘスティアと面識があるのかい?」
ヴィシュワカルマ神が驚き顔で言うので、私は村にヘスティアが滞在していることを教えた。
「そうなのかい。うちの妻は、ヘスティア神殿のレシピ集を熱心に集めていてねぇ。このお茶菓子も、レシピ集に載っているはずさぁ」
「へえ。それじゃあ一度、奥さん連れて村に来なよ。今度、村で料理を皆で食べる集まりをするんだけど、ヘスティアも参加するから、紹介してあげる」
「おお、それはいいねぇ」
餅つき大会、ヴィシュワカルマ夫妻参加決定だ。奥さん、すごく嬉しそうにしているね。
そして、そのまま私達は紅茶を楽しみ、スコーンもどきを食べていった。
おかわりの紅茶を注いでもらったところで、ヴィシュワカルマ神は神妙な顔へと変わった。
「なぎっちゃ。一つ、頼みがあるんだぁ。無理に了承してもらわなくても良い話ではあるんだけれど……」
「ん? 何かな?」
「この魔法都市には、都市を守護する主神がいない。ここは魔法使いの都市で、俺は魔法は使えるものの魔道具が専門だから、相応しくはない。だから、魔法使いのなぎっちゃに、主神となってもらえないかなぁ」
なるほど。都市の守護か。その役割に就くには、魔法神が相応しいと。
本来ならスティーヴンがその役割に就けばよかったんだろうけど、奴は盗人であり、配下はカルト的だ。主神には相応しくないだろう。
その点、私なら見事に条件を満たしている。しかしだ。
「残念ながら、私はもう自分の住む場所は決めているんだ。マリオンの故郷の開拓村から動くつもりはないよ」
「そうかぁ。本当に残念だ……はあ、またしばらく神殿とは疎遠になったままかぁ」
ふむ。魔法都市は、他国の神に縄張りを侵されないよう、亡くなった魔法神を崇めているところ以外の神殿は、締め出しているんだったね。
私の神殿をここに設置して、将来的にハーバー・ボッシュ法の管理を任せるのもありではあるのだが、主神になるのは勘弁してほしい。
あ、そうだ。
「ヴィおじさんって、占いで創世の力が降ってくる場所を探知できるんだよね?」
「そうだねぇ。精度は高くないけどねぇ。ああ、スティーヴンの所から魔道具を奪い返さないとなぁ」
「うん、それは勝手にしてもらうとして……ヴィおじさんが創世の力を新たに見つけたら、それを神器にするんじゃなくて、信頼できる魔法使いに使わせて新しい魔法神にするということも考えた方がいいんじゃない?」
天上界から降ってきた後の、何者にも染まっていない創世の力。それは、神が手にすれば神器へと変わり、人間が手にすれば人間は神へと昇格する。
ならば、魔法使いをその創世の力の降ってきた場所に連れていけば、新たに魔法を使える神が誕生して、都市の主神を任せられるようになるってわけだ。
「おー、そんな手が。ありがとう、なぎっちゃ。仲間うちで検討させてもらうよぉ」
「誰が神になるかで激しい競走が起きそうだけど、殺し合いに発展しないようしっかりしてね」
というわけで、ヴィシュワカルマ神のお悩みは無事解決した。次に創世の力がこの近辺に落ちてくるのが、いつになるかは知らないけれどね!
「うん、俺から言うことは、これで終わりかなぁ。あ、神器の剣は、磨いてから返すねぇ。しばらく借りるよぉ」
ああ、『夜明けの大剣』を貸したままだったね。スティーヴンの血で汚れているだろうから、しっかり磨いてください。
「なぎっちゃからは何かあるかい?」
ヴィシュワカルマ神にそう尋ねられるが、私からは特にないかな。マリオンは何かないかと聞いてみると……。
「あっ、えーと、はーばーぼっしゅほーの研究に、ヴィシュワカルマ様も参入してもらうのはどうかしら? どうも、実践には高温高圧に耐える機材が必要みたいだし、技術の拡散を防ぐためにも、他の神様のお墨付きを貰うのもありだと思うわ」
「ああ、そうだね。その辺は、イヴと調整してみて」
「解った。あの、ヴィシュワカルマ様。なぎっちゃがもたらした天上界の知識で、こういうものがあるのですが――」
マリオンは、腰のポーチから紙束を取り出して、ヴィシュワカルマ神にプレゼンを始めた。
私はそれを横目で眺めながら、紅茶とスコーンを味わう。うーん、美味しいなぁ。
「で、マリオンちゃんは、これを誰に研究させるつもりなんだい?」
「最終的に肥料になるので、うちの学派の教授ですけど……」
「それは、専門外じゃないかなぁ。たとえば、ちっそとすいそとは何かという部分を突き止めさせるのは、別に戦争の危険とは関係ないからねぇ。風魔法の専門教授に投げちゃっていいと思うよぉ」
「あっ、なるほど! じゃあ、圧力の研究もそちらの方面で――」
『ハーバー・ボッシュ法の理論を使う重要な箇所だけを仲間うちで研究すれば、おおよそは外部委託可能ですね』
ヴィシュワカルマ神とマリオン、それにイヴまで加わって、三人で難しい話を始めた。
うん、私、完全に置いてきぼりだぞ。
「ねえ、先に村へ帰っていいかな?」
私がそう言うと、マリオンはガバッとこちらに振り返り、言った。
「置いてかれたら困るんだけど!」
「いやあ、そこは、後で迎えに来るからさ」
「ちゃんと迎えに来てよね。まあ、イヴさんがいるなら大丈夫か」
と、マリオンを置いていくことが決定し、私はその場で腰を上げる。
あっ、奥さん、夕食ですか? ええ、いただいていきます。お泊まり? いやあ、さすがにそこまでは。夕食いただいたら帰ります。
なんてことがあって、地球の知識の披露から始まった一連の大騒ぎは、無事に収束した。
結局、マリオンは複数の研究チームの発足のために十日も魔法都市に滞在することになり……久しぶりに村に帰ってきたところを姉のジョゼットに、「偉大な魔法使い様は、魔法都市に住むのではないのか?」などと嫌味を言われる始末であった。
マリオンもこの十日間、村の魔法使いとしての仕事をサボっていてしわ寄せがジョゼットにいっていたらしいし、この程度の嫌味は甘んじて受け入れていただきたい。




