79.暴力反対と言いたいけれど、世界がそれを許してはくれない。
ゲートをくぐると、そこはすでに戦場となっていた。
講堂の後方、階段状になった教室の上の方に出たが、私の≪ショックウェーブ≫の魔法により上段の机は粉々に吹き飛んでいた。≪ショックウェーブ≫がどれほど被害をもたらしたかは判らないが、戦況は工房サイドの優位で進んでいた。
工房の職人達は完全武装だが、新魔法神の信者達は短剣か小さなナイフくらいしか武器を持っていない。信者達はそれでもなんとか固まって詠唱をし、魔法を発動しているようだが、屋内だからか派手な魔法は飛び交っていない。まあ、火球の魔法なんて使ったら全員焼け出されちゃうからね。
ヴィシュワカルマ神はというと、テーブルを素材に作られた木材ゴーレムと対峙し、『夜明けの大剣』を叩きつけて大立ち回りを繰り広げている。
だが、そのヴィシュワカルマ神に向けて、教室の奥で多数のゴーレムに守られた新魔法神スティーヴンから魔法が飛ぶ。
「闇の精来たりて、死の風吹かせ。理歪ます力をここに。≪呪いの風≫!」
「はーはっはぁ! ――ウグワーッ!」
スティーヴンが放った黒い風の魔法が、木材ゴーレムを打ち倒して調子に乗っていたヴィシュワカルマ神に直撃する。
黒い風を全身に浴びたヴィシュワカルマ神は、その場に倒れ悶絶し始めた。≪看破≫の技能で見ると、またあの呪いにかかったようだ。
私はヴィシュワカルマ神のもとへと駆けていって、魔導書を突き出す。
「んもう、なにやっているのさ。≪ディスペルマジック≫」
魔法効果破壊の魔法が、再びヴィシュワカルマ神を呪いから解き放つ。
だが、呪いで体力が削れてしまったのか、ヴィシュワカルマ神は立ち上がるので精一杯なようだ。
「ううん、やっぱりスティーヴンの奴は強敵なんだなぁ」
……ヴィシュワカルマ神って、もしかしたら戦闘慣れしていないのかもしれないね。そういえば軍人とか戦士じゃなくて職人の神様だった。
仕方ない、私がスティーヴンの相手をしようじゃないか。PvPは苦手だけれども!
私は、とりあえず挨拶代わりに初級攻撃魔法を飛ばす。
「≪マジックミサイル≫」
魔法の矢が複数飛んでいって、スティーヴンの周囲を囲むゴーレムを吹き飛ばす。うん、しょせんはテーブル素材の木材ゴーレムだ。上級魔法の類を使うまでもないね。
「くっ、何者か。呪いを祓うどころか、私のゴーレムを一撃だと?」
姿をさらけ出した青年、スティーヴンが苦々しい顔をしながらいう。
「どうも、なぎっちゃだよ。あなた達が遠征するって話し合っていた、遠い国の魔法神だよ」
「!? そうか、わざわざそちらから神器を奪われにやってきたというのか。ご苦労なことだ」
「いや、奪うもなにも、今、追い詰められているのはそっちだからね?」
私はチラリと後ろを振り返るが、戦いは工房の職人達の勝利で終わろうとしている。うん、あとはこのスティーヴンをとっちめれば終わりだ。
「ふふふ。私は神だぞ。これで追い詰めたつもりかね?」
スティーヴンはそう言いながら、着込んでいるローブの襟元に触れた。襟には、何やらきらびやかに光るバッヂがつけられている。そのバッヂの表面を彼がなぞると、バッヂは怪しく光を放った。
「さあ、遠い国の魔法神とやらの力を見せてもらおうか! 眠りし大地よ。堅牢なる鎧となり、我がしもべとなれ! ≪石の巨兵≫!」
スティーヴンが魔法を唱えると、突然石造りの床が盛り上がり、私とスティーヴンの間を塞ぐ障害物となる。
その障害物は、だんだん人の形を取っていき、天井スレスレの体高を持つ石ゴーレムへと変わった。
「おー。ゴーレムね。じゃあ、私も……≪クリエイトゴーレム:ギガンテス≫」
私は上級魔法の岩ゴーレム作成の魔法を唱えた……のだが、なぜかギガンテスは現れない。
おやぁ?
すると、石ゴーレムの向こうから、スティーヴンの笑うような声が響いた。
「ふふふ。どうしたのかね? 魔法が発動しないのか?」
「むっ、なんかやったね? 権能かな? 神器かな?」
「これこそ、我が神器。他者の魔法を封じ、神器の力を抑制する『賢者の講堂』だ!」
おー、なんか聞いたら素直に教えてくれたよ。しかも、神器抑制効果の説明までセットで。助かるなぁ。
私は、腕を振りかぶる石ゴーレムから距離を取り、ヴィシュワカルマ神のところへと下がった。
「ヴィおじさん。魔法と神器、使えないそうだよ」
「うん、魔法、試してみたけど無理だったよぉ。こりゃあ、どうするかなぁ」
ヴィシュワカルマ神が、『夜明けの大剣』を構えながら、困ったように言う。
すると、天井からイヴのステルスドローンがやってきて、私に向けて音声を響かせた。
『支援砲撃しますか?』
いやいやいや。
「イヴ、ここ屋内だよ。崩落するって。まあ、任せてよ」
私は、その場でメニューを開いてアイテム欄を表示させた。
うん、魔法と神器以外の力、神の権能までは封じられていないみたいだね。私は、ニヤリと笑ってアイテム欄から直接、『器用さ』のステータスがアップする料理を〝使用〟した。すると、手に取って食べることなくゲーム的に料理が消費され、私の『器用さ』とそれに連動する『命中力』のステータスが上昇した。
さらに、私は事前にアイテム欄から取り出して腰に吊り下げておいた、一つのアイテムを手に握った。そして、そのアイテムを躊躇なく石ゴーレムに向けて使う。
すると、石ゴーレムは爆発を起こして崩壊し、派手な音を立てて瓦礫へと変わった。
ゴーレムという壁を失い、再び姿をこちらに見せるスティーヴン。驚きで口が半開きになっている様子がうかがえる。
「な、なんだ!? 何をした……!」
「ふふふ、ちょっとした兵器を使っただけだよ」
私は、手に持ったアイテムをスティーヴンに見せびらかす。だが、この世界の住人である彼では、その用途は判らないだろう。
なにせ、私が持っているのは銃のフォルムをしているのだ。この世界には未だ銃は存在しない。近世は未だ遠い。
「これは、ブラスターだよ」
私が腰から抜いたのは、ホワイトホエール号のアイテムショップから購入した光線銃である。
いや、光線ではないか。当たったところが爆発するんだからね。
「ぬう、なんだそれは……」
スティーヴンの警戒する表情を見て、私はニヤリと笑って銃口をスティーヴンに向けた。
「……あんたを倒すための武器さ!」
私はそう言って、ブラスターの引き金を引く。
光線がスティーヴンに向かい、爆発を起こした。
それでもスティーヴンは無事だ。彼の前には透明な魔法障壁が展開されていたからだ。しかし、全てを防ぎきることはできなかったのか、障壁は破壊されローブに焦げ目がついた。
「ぐうッ! なんだそれは! 神器は封じたはず! クッ! ≪見えざる鎧≫!」
詠唱を省略してスティーヴンが障壁の魔法を使う。
でも、問題はない。障壁は破壊すればいいだけだ。ブラスターは連射も利くからね。
「残念、これは神器じゃないんだよね。魔法でもない。科学の産物さ!」
さて、スティーヴンの魔力はどこまで持つかな? そう思いながら、私はブラスターの引き金を再度引く。
光線が魔法障壁に命中し、砕く。そこへ、さらにブラスターを発射。今度こそ、爆発が直撃する。
「があああああッ!」
「おお、生きてる。さすが神だね」
石ゴーレムを砕く一撃を食らって、ピンピンしているよ。神って、普通の生物の範疇を超えて肉体強度も高くなっているんだね。
「な、なぜだ! 私の力が神に通じないというのか……! なぜだッ!」
「あなたも神なら、魔法と神器を封じても、神にはまだ手札が残っているってことを忘れちゃいけないよ」
それは、権能。
私の権能の一つは、ゲームシステム全般だ。アイテム欄からは、いつでもどこでも便利な道具を取り出すことができる。そして、アイテム欄には、神器ではないゲームシステム由来のアイテムがたんまり詰め込まれている。
「さあ、蜂の巣にしてあげる」
「やらせぬ! 時よ止まれッ!」
スティーヴンが叫んだ瞬間、周囲の音が静止した。
後方での剣戟の音も、隣に立つヴィシュワカルマ神の息づかいも、全て止まる。
そして、宙を舞う砂埃も空中で静止し、ただ一人、スティーヴンだけが動いた。
「くくく。やはり、他の神など恐れるに足らん。『世界時計』があれば、私は負けぬ……!」
スティーヴンは叫ぶようにそう言うと、ボロボロになったローブの中から一つの道具を取りだした。
それは、片手用のハンマー。スティーヴンがハンマーを右手に持つと、ハンマーから雷がほとばしり、何かが弾けるような独特のスパーク音が響く。
そして、スティーヴンは雷光に輝くハンマーを振りかぶり、こちらに向けて投げつけようとする。
「死ねえ!」
「そっちがね!」
ハンマーを手から離そうとした瞬間を狙い、私はブラスターの引き金を引いた。
すると、光線がスティーヴンの手元で炸裂し、雷光と共にスティーヴンを弾き飛ばした。
それと同時に、周囲の音が戻ってくる。突然のスティーヴンの転倒に、時間停止から復帰したヴィシュワカルマ神が驚きの声を上げる。
「はっ、なぎっちゃ、無事だったかぁ? 今、時間が止まっていたはず……」
「うん、止まっていたね。止まった時間の中でスティーヴンがハンマーを投げようとしたから、撃ち落としておいたよ」
「なんと! なぎっちゃは、止まった時間の中で動けるのかぁ……?」
うん、イヴによると、どうやらそうらしいんだよね。
正確には、ホワイトホエール号が時空間の操作能力に耐性があり、それと接続されているマスターである私も、耐性を獲得することができているとのことだ。ホワイトホエール号は時空を渡る船なのだ。そして、それを可能としている要因は……。
「『世界時計』って、この世界に落ちてきた三百年前っていう時期を考えたら、天上界ではゼンマイ式の懐中時計あたりだよね? 実は私、懐中時計なんかよりも精度の高い時計を内蔵した神器を所持していてね」
ホワイトホエール号の地球での姿は私のデスクトップパソコンだ。パソコンのマザーボードには時計が内蔵されている。
「うはあ、そりゃあとんでもないねぇ」
ヴィシュワカルマ神とそんな会話をしていたら、うつ伏せに倒れたスティーヴンが地を這いながら、うめくような声で言った。
「なぜだ……こちらには『賢者の講堂』があるのだぞ……時計の神器など効力を持つはずが……」
「うん、どうしてだろうね? 不思議だねぇ? でも、教えてあげないよ」
私はそう言って、答えの代わりにブラスターの一撃を追加してあげた。今度こそスティーヴンは沈黙し、その場に横たわったまま動かなくなる。
「死んだかな?」
人を殺してしまったかもしれないというゾワゾワした感覚を味わいながら、私が言う。すると、横にイヴのステルスドローンが降りてきて、告げた。
『バイタル確認。気絶しているようです』
「そっか。今のうちに神器を奪っちゃおう」
私は警戒しながらヴィシュワカルマ神と一緒にスティーヴンのもとへと近づき、襟元のバッヂをむしり取る。さらに、床に転がったハンマーを回収した。
ヴィシュワカルマ神はスティーヴンの焦げ付いたローブの中をあさり、銀色に輝く懐中時計を奪い取った。あれが『世界時計』なのだろう。
世界の時間の運行を司っているという神器なのに、こんなコンパクトサイズでいいんだろうか。今回みたいに奪われやすいのは、かなり難があると言えた。
「ちなみに、実際どうやってその『賢者の講堂』とかいう神器をくぐり抜けて、時計の神器を使ったんだい?」
ヴィシュワカルマ神が『世界時計』を懐にしまいながら聞いてきた。
んー? ああ、さっきのスティーヴンのつぶやいた疑問のことね。スティーヴンから神器も奪い取ったし、もう言っていいだろう。
「その神器、はるか上空に存在するんだよ。だから、このバッヂの効果範囲外から、私に神器の効果を飛ばしてくれていたってことだよ。このバッジは神器の効果を全て消すんじゃなくて、神器に直接作用して効果を抑えるんだろうね」
「うわあ、それはまた、スティーヴンもまさかそんなことになっているとは思わなかっただろうねぇ」
「このバッヂの神器、そこまで無敵ってわけじゃないね。範囲内の魔法や神器を封じるなら、遠くから狙撃してもいいし」
私はバッヂを手の平で転がしてから、アイテム欄にしまった。私が倒したんだから、是非とも戦利品にしたいね。
そして、もう一つの神器らしきハンマーはヴィシュワカルマ神の私物だと思われるので、彼に手渡す。
すると、彼は「ありがとう」と言って、ハンマーを腰に下がった革の工具入れにしまった。だが、ヴィシュワカルマ神は手に持つ『夜明けの大剣』をまだ私に返そうとはしてこない。
ふーむ。まだ使う必要があるってことか。それは、つまり……。
「新魔法神は、殺っちゃうの?」
「そうだねぇ。スティーヴン本人は割と理性的だったけど……配下達は暴徒と化して都市を破壊して回ったからなぁ。肥大化した暴走集団を止めるには、スティーヴンにいなくなってもらうしかもう道は残されていないんだよねぇ。神に罰を与えて牢へつなぎとめることは難しいから、命で落とし前をつけてもらうよぉ」
うへー、怖っ。配下達の暴走か……いずれ神殿を作ることになるだろう私も他人事ではないね。
そのへんどうしたもんかなと思いつつ、私は『夜明けの大剣』を振り上げるヴィシュワカルマ神に背を向けて、破壊され尽くされた講堂を上っていく。
そして、神妙な顔をしてヴィシュワカルマ神の一挙手一投足に注目する職人達を背後に、私は一人でゲートをくぐっていった。




