78.抗争とか出入りとかいかにもだけど、あくまで彼らは職人集団。
『詳しく話したまえ』
どこかの学校の講堂だろうか。教卓を囲むように机が階段状配置されている大部屋で、教卓に立つ男が言う。
男は三十代に見える顔立ちで、青い髪をオールバックにした中肉中背の青年。彼こそ、新たなる魔法の神。名をスティーヴンという。
講堂の机には、様々な年齢層の男女が座っており、スティーヴンに注目していた。
その中で、一人の少年が立ち上がり、一枚の紙を目の前に掲げる。
『はい。オリビア魔法学院の卒業生マリオンからの手紙によると、東大陸の北バックス開拓村なる場所に魔法神が新たに現れ、村に住み着いたそうです。神器の所持も確認されており、無限に食糧を生み出す皿を所持しているそうです!』
そんな説明を聞いたスティーヴンが、少年に問う。
『他に神器は?』
『空を駆ける船もあるようですが、卒業生マリオンも目撃はしていないと書いています』
少年がそう言うと、講堂に居た他の者達が口々に『素晴らしい』だの『是非とも欲しい』だの『今すぐ向かうべきだ』だの言い始める。
そして、段々声は大きくなっていき、『攻めろ!』『殺せ!』『奪え!』などと過激になっていく。
だが、そこでスティーヴンがサッと腕を上げ、『静まりたまえ!』とよく通る声で告げた。すると、ピタリと人々の声が止む。
『ふむ。皿は豊穣神に神の名をもらうための手土産になるが、船か。……では、すみやかに工房を傘下に加えたのち、大陸へ遠征を行なう。神といえど相手が魔法使いならば、何も恐れることはない。皆、準備を整えるように』
スティーヴンがそう言うと、講堂にいた者達が一斉にポーズを取る。さらにスティーヴンが何かをつぶやくと、人々は謎の単語を唱和した。
以上、現場のステルスドローンからの映像でした。
というわけで、本当に新魔法神とカルト集団は、私を倒して神器を奪い取ることを画策していた。
今の様子は、イヴがこっそり敵地に侵入して撮影した映像をヴィシュワカルマ神の工房の寝室の壁に投影したものだ。
皆でその映像を見ていたが、急にマリオンがプリプリと怒り出して、工房の男がそれを必死でなだめていた。
「私の手紙! なんであの男が持っているのよ!」
あの少年が持っていたマリオンの手紙は魔法都市にいる友人に宛てたもので、少年に宛てたものではないらしい。思いっきり私の情報が書かれているが、神器の情報に関しては別に村の外にも隠していないのでそれは構わない。
怒るマリオンの様子の話を聞くに、どうもあの少年は学院でマリオンにストーカー行為を繰り返していた問題児らしい。そういえば、カルト宗教にしつこく誘ってきた者がいたとか、前に言っていたね。
ちなみに、ここでいうカルトとは、既存の神殿組織と融和路線を取らない暴力的な新興宗教のことを指す。
ここ魔法都市がある島国と、隣り合う東大陸周辺って、崇める神様はそれぞれ違っても神殿の業務内容はどこもある程度共通しているんだよね。冠婚葬祭を行なうとか、時刻を知らせる鐘を鳴らすとか。
しかし、この新魔法神スティーヴンの教団は、むしろ神殿組織を否定し、旧魔法神を祀る神殿を破壊して回っていたらしい。
旧態依然とした神殿を破壊し、新たな神のもとで魔法都市は生まれ変わるべきだという教義を掲げているようだね。
「ま、とりあえずこれで相手は私に敵対の意思を示したってことで、私も大っぴらに動けるよ」
私は、アイテム欄から武器である魔導書を取り出して、装備。装備欄も表示して、『天女の羽衣』に適切な防具が装着されているかも確認する。さらに、念のためいくつかの戦闘用アイテムを取り出し、装着していく。
そうして数十秒後、私は今すぐ突撃できる準備を整えた。ふふふ、転移魔法で強襲するよ。物理で話し合いだ。使うのは魔法だけど。
「出入りッスね! 俺も行くッス!」
と、周囲にいた男が、なぜかそんなことを言ってきた。出入りとは、集団での喧嘩のことを指す。任侠映画とかで出てきそうなあれだ。
そんな男の言葉に他の者達も色めき立ち、口々に物騒なことを言い放つ。
「そうだな」
「人を集めるぞ! 親方の仇討ちだ!」
「急げ! 武器を集めろ!」
お、おう……なんか始まっちゃったぞ。
工房の人達は、ヴィシュワカルマ神の奥さん一人を置いて、寝室を出ていってしまった。
「いいのかなぁ。工房のナンバーツーって誰? 出入りなんて、上が決定しなくていいの?」
私が奥さんに言うと、奥さんはその場で私に礼の姿勢を執って言った。
「どうか、皆を頼みます」
「いや、責任押しつけられても困るんだけど……」
私がそう言うと、それに同調するような声が背後からかかった。
「まったくだぁ。何が俺の仇討ちだよ……俺がいつそんなことを望んだかなぁ」
その声の主は、なんと先ほどまで眠っていたヴィシュワカルマ神だ。
彼はベッドから上体を起こしながら、周囲を見回す。そして、首をかしげて言った。
「出入りとか聞こえたんだけど、どういう状況かなぁ?」
すると、部屋の天井付近で浮いていたイヴのステルスドローンが降りてきて、ヴィシュワカルマ神に向けて音声を発した。
『私のマスターが来てくださいました。新魔法神スティーヴンはマスターと敵対する道を選んだので、マスターが直接本拠地へ乗りこんで撃退します。工房の皆様は、それに便乗して攻め入るそうです』
「ひえー、それはまたどえらいことになったんだなぁ。イヴちゃんのマスターって、超神だろう?」
たまげたといった表情でそんなことを言ったヴィシュワカルマ神と、私の目が合う。そして、彼はまたもや首をかしげた。
「うん? そちらの方はー……」
「どうも。話題のマスター、なぎっちゃだよー」
「おお、これはどうも……それで、出入りときたかぁ。んじゃ、俺も行くかな」
ヴィシュワカルマ神はそう言ってベッドから降りると、その場でストレッチを始めた。病み上がりだというのに元気だな!
そして、彼は寝室から出ていくと、工房の中を動き回っていた者を捕まえて問いかける。
「おーい、俺のハンマーはあるかぁ?」
「親方、ご無事で!? あっ、『雷鳴のハンマー』と『世界時計』はスティーヴンの奴に奪われました!」
「なんだってぇ? そりゃ困ったなぁ。はあー、適当に薪割り斧でも持っていくかぁ」
そんなことをぼやくヴィシュワカルマ神を見て、一つ思いついた。
私はアイテム欄を開きながら、ヴィシュワカルマ神を追って寝室を出て、彼に話しかける。
「ねえ、ヴィシュワカルマ神」
「んー、なぎっちゃ。俺のことはヴィおじさんでいいよー? 君、俺より若いんだろう?」
「んじゃ、ヴィおじさん。武器の神器が一つあるんだけど、使う?」
「おおー。借りていいかなぁ? あっ、でも、スティーヴンと戦うと、なぜだか神器が上手く作動しなくなるんだよなぁ」
ふむ? 神器の力を封じる権能か神器でも持っているのかな?
まあでも、それも想定内。多分、大丈夫だ。
「はい、これ。『夜明けの大剣』っていう、切断に特化した剣だよ。これなら、神器の力を封じられても、ただの超頑丈な剣として使えるでしょう?」
「おおー、確かにそうだなぁ。神だろうが首を切れば死ぬだろうし、大剣はありだねぇ」
おおう、この神様、温和そうな口調に似合わず、結構過激派か?
まあ、どんな神も生物である以上、首を切れば死ぬのは確かだろうね。例外として私に関しては多分、首を切っても蘇生するだろうし、そもそもHPは減っても傷は付かないので首が切れないが。
「親方ー! 職人一同、工房前に集合しました!」
そんな声が、工房内に響きわたる。うん、この短時間で、本当に出入りの準備を整えたようだ。
そして、私はヴィシュワカルマ神と言葉を交わしながら工房を出て、道に並ぶ男衆の前に出た。
「おーう、お前ら。無事でなによりだぁ。だけど、悪いけどまた俺に付き合ってもらうぞぉ。なに、こっちには天上の女神がついているから、勝ちはゆるがない。存分にやれ!」
ヴィシュワカルマ神は『夜明けの大剣』を天に掲げ、そう宣言する。
そして、私は転移魔法を用いて襲撃をかけることを男達に伝え、イヴに教えてもらった座標に向けて、≪ディメンジョンゲート≫の魔法を発動する。
野外から敵の潜む講堂へと通じたゲートをさっそく、ヴィシュワカルマ神がくぐろうとする。だが、私はそれに待ったをかけ、ゲートの中に魔導書を突っ込んだ。そして、魔法を放つ。
「≪ショックウェーブ≫!」
破壊の衝撃波をゲートの向こうに飛ばし、私はさらに言う。
「いけー! 突撃ー!」
ゲート入口から横に避けた私の号令を受け、ヴィシュワカルマ神を筆頭に、屈強な職人達がゲートの向こうに突貫した。




