77.他所様の縄張りで暴れるのは、さすがに私も気が引ける。
ベッドの上で横たわるヴィシュワカルマ神。私はとりあえず状態を確認するために、≪看破≫の技能を使った。私の職業である大賢者が使える、ステータス診断能力だ。
それによると、ヴィシュワカルマ神は『呪い』のステータス異常にあるようだった。
呪いか。私がプレイしていたMMORPGには『呪い』が存在していて、その内容は多岐にわたっていた。鈍足の呪いだとか、呪毒だとか、眠りの呪いだとか、いろいろだ。
だが、それらは一括して『呪い』の状態異常として扱われ、呪いを解く『リムーブカースポーション』というアイテムか、≪ディバインライト≫という聖魔法で全ての呪いを解除することができた。個別の呪いにいちいち対応しなくていいってわけだ。
私は聖職者系の職業ではないので、≪ディバインライト≫の魔法は使えない。だが、この呪いが魔法の攻撃によるものならば……。
「一つ聞くけど、ヴィシュワカルマ神に、永続でかかっている魔法はないよね?」
私の質問に、周囲の人達は顔を見合わせて困惑する。とりあえず心当たりはなし、と。
なるほど、それなら私の手持ちのアイテムの消費すらしなくても、なんとかなるかもしれない。
「治療方針としては、魔法効果を破壊する魔法を使って、呪いの破壊を試みるよ。それで駄目だった場合は、呪いを除去するポーションを試して、それでも駄目だったら病を癒やす状態異常回復ポーションを試す。基本的には私の神としての権能で治すと思ってちょうだい。それでいくけれど、問題ないかな?」
はっきり周囲の人達にそう告げると、一人の女性が代表して言った。
「どうか、夫をよろしくお願いします」
「了解。じゃあいくよ。≪ディスペルマジック≫」
私はこの世界に来てから使い慣れた、魔法消滅の効果がある≪ディスペルマジック≫の魔法をヴィシュワカルマ神の胸の火傷に向けて放った。
すると、魔法のエフェクトがヴィシュワカルマ神をおおい、火傷から立ちのぼっていた黒いもやが霧散した。そして、しばらく待ってももやが再度現れる様子はなかった。
よし、成功だ!
私は続けて≪ヒーリング≫の魔法をかけ、火傷の治療を試みる。光り輝くエフェクトが、ヴィシュワカルマ神の身体に降りかかる。
すると、火傷は見る見るうちに癒えていき、新しい皮膚が跡もなく胸全体をおおった。
蒼白となっていたヴィシュワカルマ神の顔に赤みが差し、さらに乱れていた呼吸も整い、まるで熟睡するかのように寝息を立て始めた。
顔つきも、先ほどまでのような苦悶の表情ではなく、穏やかな表情へと変わっていた。
「お、おお……! 親方……! やった……!」
治療の成功に、周囲の人達が沸く。
ふいー、なんとかなったか。この世界の呪いも、魔法である以上は私にも対応できるってことか。というか、この世界の魔法も、MMORPGの≪ディスペルマジック≫の効果で破壊できるんだねえ。今回は、いろいろぶっつけ本番過ぎたよ。
もう少し、村でマリオン相手に魔法の検証しておけばよかったかな。
「治ってよかったね」
私がそう言うと、先ほど私に治療を頼んできた三十代くらいの女性が私の手を取って、涙を流してお礼を言ってきた。
お、おう。どういたしまして。
どうも話を聞くに、彼女はヴィシュワカルマ神の奥さんらしい。神様が人間の伴侶を得ることもあるんだねぇ。ま、元人間である以上、当然か。
さて、順番は前後したが、私はなぜヴィシュワカルマ神が、こんな状況に追い詰められたかについて話を聞くことになった。
事態は、ある魔道具の盗難騒ぎから始まったらしい。
それはヴィシュワカルマ神の最も大切にしている魔道具の一つで、なんでも天上界から降臨する創世の力の場所を占う魔道具らしい。
普段は厳重に管理されているが、ヴィシュワカルマ神は定期的にそれを取り出して占いを試していたとのこと。
そういえば、私がこの世界にやってきたばかりのころに倒した邪神も、神の権能で占いをして私が降ってくる場所を特定していたなぁ。
だが、事件は起きる。あるときその魔道具が盗まれたのだ。
当然、大騒ぎになったが、犯人は見つからない。それから少しして、新たに生まれた魔法神を崇めるカルト集団が現れ出したそうだ。
ヴィシュワカルマ神は、その魔法神が盗人の正体ではないかと推測し、友人となったばかりのイヴに内偵を頼んだ。イヴのステルスドローンの性能は高いから、頼る相手としては正解だ。
そして、イヴは見事に盗難の証拠を探り当てることができた。
そこで、ヴィシュワカルマ神が魔法神に罪を追及しようとしたら、逆に魔法神の配下達が襲いかかってきて、抗争に発展した。
やがて、抗争は激化し、本拠地を転々とするカルト集団側と工房街から本拠地を動かせないヴィシュワカルマ神勢力という形で戦いが続いた。
最終的に工房街へカルト集団が夜襲してきて、双方の親玉である新魔法神とヴィシュワカルマ神が激突する事態となった。
だが、ヴィシュワカルマ神の魔法と神器は新魔法神に通じず、逆に新魔法神の魔法に敗れ、所有していた『世界時計』と『雷鳴のハンマー』の神器を奪われることとなった。
「なるほどね。抗争は新魔法神の勝利で終わり、魔法都市は新魔法神が牛耳る都市へと変わっていくわけだ」
私のそんな言葉に、工房の男達が反論する。
「そんなことねえッス! 俺達はまだ負けてねえ!」
いやー、負けていると思うよ。なにしろ……。
「神器を奪われちゃったなら、傷が癒えたヴィシュワカルマ神が再度戦いを挑んでも、勝ち目は薄いんじゃない?」
「それは……そうッスが……」
「これ以上勝ち目がないなら、大人しく降参することも視野に入れた方がいいんじゃないかな」
私がそう言うが、周囲の人達は諦めがつかないのか、私をにらんでくる。
そのとき、ヴィシュワカルマ神の奥さんが、私に向けて言った。
「私達に力をお貸しくださいませんか?」
「うーん、事はただの一都市の勢力争いで、他国の神である私が介入する理由がないんだよ。よっぽど新魔法神が悪に染まっているとかなら、私もぶちのめしに行くんだけど……。ただの暴力集団を率いているってだけだと、私が手を出すだけの根拠が薄いんだよね」
私のその言葉に、奥さんは目を伏せ、周囲の人達も沈黙してしまう。
いや、だってさ。国を守護していない神様勢力同士の抗争って、ただの縄張り争いでしかないんだよ。
自分の神殿をどれだけ広げるか、みたいな。新魔法神は盗人かもしれないが、それを断罪するのは私の役目ではないし。
民を虐げる邪神でも登場しない限り、私が他所の国で大暴れするのは筋が通らない。
私がここで理由もなしに暴れたら、この魔法都市が所属する国からバックスの国まで抗議が届く可能性が結構ある。バックスに迷惑をかけるのは私の本意ではない。
と、そんなことを説明したら見事に場は静まりかえり、部屋にはヴィシュワカルマ神の寝息だけが響く。私は居心地の悪さに、早く帰りたくなってしまう。だが、話はそこで終わりじゃない。
「まあ、それはあくまで、私が直接力を貸すことについてだよ。間接的に貸す分には、別に構わないと思っている」
私がそう言うと、職人達と一緒にうつむいていたマリオンが顔を上げ、「それはどういう……?」と問い返してきた。
「イヴが友人に対して、個人的に手を貸す分には私は何も言わない。なのでイヴ、ホワイトホエール号の使用を許可するよ」
大っぴらに動いて問題が起きるなら、こっそり裏から手を貸せばいいんだよ。
そんな私の言葉に対するイヴの返答はというと……。
『マスター。そのような理屈を捏ねている場合ではなくなったようです。今回はマスターが出るべき事態になりました』
「ん? どういうこと?」
もしかして……私がカルト集団に攻め入るための口実でもあるのかな?
正直、私としても、村の仲間であるマリオンや魔道具職人兄妹がお世話になったヴィシュワカルマ神に味方できる、正当な理由があるなら歓迎するところだけど。
『現在、新魔法神が傘下の者達を集めて、マスターのところまで遠征して神器を奪い取る計画を立てています。どうやらヴィシュワカルマ様から神器を奪ったことで、味を占めたようです』
……それはそれは。今すぐぶちのめしに行く必要がありそうだね。




