73.友人の友人は赤の他人である。
「どうかな? これがあれば、除雪も楽ちんだよ」
「素晴らしいですな。では、この値段で買い取らせていただきます」
商談成立。私は、用意していた商品を相手に受け渡した。
本日、私は村の木工房で増産したスノーダンプを大陸北部の町へ売りに来ていた。
木工職人のおっちゃん、張り切っちゃって村の人に行き渡る分だけでなく、他所に売る分まで作っちゃったんだよね。仕方ないので、私がこうして転移魔法を使って遠くへ売りに来ているのだ。
ちなみに地球では、降雪量の多い都市ランキングのトップ3を日本の都市が占めていた。
これは、日本が特別降雪量の多い雪国というわけではない。単に日本人以外で雪の多い不便すぎる場所にわざわざ都市を作る人種が少なかっただけである。
この世界に関しては、魔獣の発生地帯が大陸北部にあるので、雪の多い北に町が存在しているわけだ。
現在地も、そんな魔獣の領域の近くにある町である。
そんなこんなで、私は雪の町にある一番の商会に除雪道具を売りこんだ。
そして、商談は終わり、荷台が軽くなった馬車へ乗り込んで馬の一号と二号を歩かせる。
スノーダンプは問題なく売れた。しかしだ。
「形状が単純だから、真似されるだろうねぇ」
私がそうつぶやくと、イヴが言葉を返してくる。
『でしょうね。特許の概念もない世界ですから』
「おっちゃんには、これで稼げるのは最初の二、三年までって言っておかないと」
『南半球にも雪国はありますので、もう少し延びるのではないでしょうか』
「南半球かぁ。向こうは今、初夏かな?」
『そうですね』
「夏野菜でも仕入れに行くかなー。イヴ、適当な町をチョイスして」
『かしこまりました。では、この町など、大市が現在立っていますのでお勧めです』
イヴが座標を出してくれたので、私は馬車を郊外に進め、≪ディメンジョンゲート≫で南半球に移動する。馬の一号と二号も、すっかり転移魔法に慣れた様子だ。
そして、イヴにここで使用されている言語名を聞き、さらに両替商のところで貨幣を確保する。
それから馬車を預けて、大市へと繰り出した。
大市では、人が多数行き交い、様々な商品がやりとりされており、活気にあふれていた。
その中で、私は目的の品である野菜類を確保していく。
「うん、見覚えのある地球の野菜達だね。マルドゥーク、南半球にも作物を行き渡らせているんだね」
豊穣神であるマルドゥークは、地球に存在する作物を取り出す神器を所有している。
近年は地球で品種改良された作物を取り出しているため、苦労することなく品質の高い作物を入手できていると彼女は語っていた。
地球から現物の作物を盗んできているのではなく、あくまで作物の情報を天上界からダウンロードしてきて、創世の力で作物を情報通りに作り出しているだけの神器らしい。地球で同じことをやったら種泥棒だけど、世界を隔てているのでノーカンだ。
「しかし、神器でF1種の野菜を取り出しちゃって、植えてもまともに育たないとか起きていないのかな?」
F1種とは異なる性質を持つ作物を掛け合わせた雑種の交配作物のことだ。メンデルの法則を上手く使って、親である作物の特定の特徴を第一世代だけに引き継がせている。なので、F1種の野菜から種を取って育てても、第二世代からは別の特徴が出てきて上手く育たないらしいのだ。
『そのあたりは神器から得られる情報で、選別が可能だそうです』
「へー。イヴ、マルドゥークに聞いていたの?」
『ちょうど今、聞いてみました』
「マルドゥークのところにもドローン送っているんだ……」
『はい。話し相手になっていただいています』
イヴの交友関係いったいどうなっているんだ? この町も、イヴが紹介してくれた町だし……。ステルスドローンの増産も、勝手にしていいって指示出しているからなぁ。材料が切れたって話も聞かないし、どこで調達しているのやら。
私は呆れながら、大市で商品を買いあさっていった。
ちなみに、この町にもイヴの友人はいるかと聞いたら、いると返ってきた。私に紹介しなくていいのかとさらに聞いたら、個人的な友人なのでその必要は感じないと返ってきたよ。こいつ、私以上に異世界生活満喫しているなー。
◆◇◆◇◆
大市で買い物を終え、開拓村に帰り木工房へスノーダンプの売上金を渡し、本日の業務は終了。
家で夕食を食べ終えてから、いつものように転移魔法ではるか上空で待機しているホワイトホエール号へと飛んだ。
そして、ホワイトホエール号の浴室へと入り、シャワーを浴びて頭と身体を洗い、猫足のバスタブに浸かる。
その間に私はイヴから、普段どのような人達と交流しているかを聞き出していた。
『それで、軍部がとうとうクーデターを起こし、私の内偵で事前に察知していた近衛隊と激突したわけです』
「ひえー」
現在の話題は、イヴが仲良くなったという南国の王子の身の回りに起きた事件についてだ。
なんでも、クーデター騒ぎに巻き込まれたらしい。
『私もステルスドローンの内蔵レーザーで応じましたが、いかんせん火力不足で……』
「ホワイトホエール号から砲撃とか爆撃とかはしなかったの?」
『ホワイトホエール号の火力支援は、マスターの使用許可が必要です』
「あっ、そう……私に申請してくれれば、許可出すのに」
『あくまで私の個人的な事情ですから、マスターの手をお借りはできません』
「でも、軍部の暴走でしょ? 私なら許可出すよ。遠慮しなくていいよ」
『了解しました。許可を得ましたので、ただいまからホワイトホエール号を使わせていただきます』
と、イヴがそんなことを言い出した。
「えっ、もしかして今から?」
『はい。今からです。王子は現在、辺境に身を寄せており、クーデター軍と交戦中です。上空から爆撃で叩くのに、よいタイミングです』
「あー、関係ない人は、あんまり殺さないようにね?」
『問題ありません。クーデターの首謀者の位置は特定しています』
あらら。私、知ーらね。内戦に介入して爆撃とか、私関係ないよー。
私はお風呂に肩まで浸かり、邪念を払うように両手で顔を洗った。あれ? もしかして、今ホワイトホエール号は移動中? 慣性制御が完璧なのか、Gは感じないけれど、話にあった南国まで移動しているってことかな。
ひえー、お風呂とか入っている場合じゃなくない?
『上空に到着しました。爆撃開始……爆撃成功。やりました』
どことなく満足そうにイヴが言った。
うーん、私の軽い一言で人の命が奪われてしまったようだが、ここは圧政をしていたわけでもない王族を覇権主義の軍部から助けられたことを誇っておこうか……。
私は、げっそりとした気分になりながら、湯船で足を伸ばして足先をバタつかせた。
『ありがとうございました、マスター。これで、王国は王子の手に戻ってきます。民も救われるでしょう』
「あー……うん。私がその王子と会う必要とかある?」
『いえ。私の個人的な付き合いですので、マスターの手をわずらわせるほどでもありません』
「いやー、でも、結構大きく関わっちゃったし、挨拶くらいしたほうがいいかなって」
『申し訳ありません。超神であるマスターが出てくると、さすがに話が大きくなりすぎますので、遠慮していただけると……』
あ、はい。こちらこそすみません。
しかし、ちょっとイヴから話を聞いただけなのに、とんでもないことになったなぁ。
「イヴ、他に爆撃許可が必要な状況になっている場所とかある?」
『私の友人が戦闘や戦争に巻き込まれているところは、何箇所かあります。ですが、私からマスターにホワイトホエール号の使用許可を得る必要があるほど差し迫ったところは、今のところありません』
「うん。申請してくれれば、よく吟味して許可を出すから、遠慮しないようにね」
『ホワイトホエール号は支援AIである私の私物ではなく、マスターの所有物です。私個人の事情で勝手はできません』
頭固いなー。
まあ、イヴが積極的にホワイトホエール号を動かして、地上で惨劇が起きるとかよりはマシなんだろうけど。
そして、私は浴槽から上がりながら、イヴの友人達にどんな問題が起こっているのか聞くために、気合いを一つ入れるのだった。




