71.越冬野菜は甘いというけど、私の舌では判別できない。
餅米を手に入れるために豊穣神マルドゥークの神域に向かうに当たって、イヴがアポイントを取ってくれた。
すると、なぜかベヒモスも連れてくるよう、マルドゥークからお願いされた。
仕方ないので、私はベヒモスを連れて指定の日時に合わせ、マルドゥークの神域である『豊穣神の里』の外れに転移した。
そして、前回と同じように、グリフォンキングのアーサーくんを召喚し、乗りこむ。
一方、ベヒモスは久しぶりに見るドラゴン形態に変身して、アーサーくんの後ろをついてきた。
事前にマルドゥークから連絡が行ったのか、巨大なグリフォンとドラゴンの姿を見ても、道行く人々は驚く様子を見せない。むしろ、手を振ってくるほどである。
「このあたりは雪も降ってないし、そんなに寒くないねぇ」
私は、アーサーくんに乗って空を飛びながら、後方のベヒモスに話しかける。
すると、ベヒモスはドラゴンの姿のまま言葉を返してきた。
「わざわざ雪が降らない地方を選んで、緑の神めが里を拓いたのだ。あやつは冬の間も土いじりをしておらんと気が済まぬらしい」
「なるほどね。となると、雪の下で保存する越冬キャベツとかはないってことか」
「雪の下で保存か。それもまた天上界の知識なのだろうが……緑の神に知らせてやるといい。自分のところで試せなくて、泣いて悔しがるだろうよ」
「マルドゥークになんの恨みがあるのさ……」
「恨みは山ほどあるぞ。まず、ベヒモスという名付けを勝手にされたな」
「あー、ステーキ肉として名付けたあれかぁ……」
そんな会話をするうちに、私達はマルドゥークの住む集落に到着する。
寒空の下、前回と同じようにきらびやかな鎧を着た一団に迎え入れられ、大きめの一軒家に案内される。
暖房の利いた家だ。そこで私達はお茶を出され、ほっと一息つく。これは緑茶かな? 美味しいお茶だ。
そして、お茶請けも食べながらマルドゥークと挨拶を交わし、一緒に来たがらなかったヘスティアの近況なんかも話したところで、不意にマルドゥークが話題を変えた。
「なぎっちゃ様は私に用事があるとのことでしたが、その前に一つ、私からの依頼を受けてもらえませんか?」
「依頼? 面倒なことはごめんだけど」
「なぎっちゃ様にとって、けっして損のない話です。実は一つ、神器を破壊していただきたいのです」
「ん? 神器の破壊ってことは……私の課金ショップ用の通貨に変換していいってこと!?」
私の神としての権能であるMMORPG由来の能力で、魔石や神器を課金アイテムショップやガチャ用の通貨であるスターコインに変換することができるのだ。
私の問いに、マルドゥークは笑みを浮かべて答える。
「はい。この世に存在させるには害が大きすぎる神器が一つございまして、それの破壊をお願いできればと……どうでしょうか?」
「当然、受けるよ! さあ、持ってきて!」
「いえ、実は、ある場所から動かせない状態にありまして……今回ベヒくんを連れてきていただいたのも、それが理由なのです」
ん? どこかに設置されているってこと? 大きな神器なのかな?
すると、大人しく茶を飲んでいたベヒモスが、口を開く。
「その神器は、我が守護する国に封印されているのだ。万が一持ち去られでもしたら、西大陸が大変なことになってしまうからな。なので、封印の場におもむいてその場で破壊してもらいたい」
「なんで西大陸?」
「あの神器を有効に使おうと思うと、この大陸では効果を発揮できん。なにせ……かつての大戦で用いられた、獣神を操る神器だからな」
獣神を操る神器……。確か、九百年前の獣神と人の神の間で繰り広げられた大戦で、超神である蜘蛛の獣神が、他の獣神を配下にするために使った神器だ。
その大戦でこの大陸にいる獣神はベヒモスを除いてことごとく討伐されたというけれど……西大陸には未だに獣神が跋扈しているらしいね。そんなところにその神器を持っていったら、確かに大変なことになってしまう。
「世界の平和のために、どうかよろしくお願いいたします」
そんなマルドゥークの言葉に、私は笑顔で了承を伝えた。
世界の平和とかよく解んないけど、スターコインが増えるのは大歓迎だ。
◆◇◆◇◆
マルドゥークが所持する神器の船マンジェトに乗り、私達は空へと旅立った。
ドラゴン形態に変身したベヒモスに先導され、マンジェトは冬空を突き進む。
私は船の中でマルドゥークに地球の野菜の話なんかをしながらのんびり過ごす。やがて、一時間ほど経ったあたりで、マルドゥークが「そろそろ到着いたします」と言った。
そして、甲板に出て船が進行する方角を見ると、そこには巨大な山が待ち構えていた。標高四千メートルを超えていそうな、立派な山だ。
その山頂に向けてマンジェトが近づいていくと、なんとベヒモスとは違うドラゴンの群れが、船の周囲に近づいてきた。
そこでベヒモスが前方でひと吠えすると、ドラゴンはゆっくりと周囲に散っていく。
どういう状況だろうか、と私は隣のマルドゥークを見る。
「あの山は、ベヒくんの国が誇る霊峰タルタロスです。神器の封印を守るため、ベヒくん以外が山頂に近づくと竜に襲われるようになっているのです」
マルドゥークのその解説を受け、私は追加で質問をする。
「あの竜って、魔獣じゃないんだよね?」
位置的には、このあたりは魔の領域よりも南だ。魔獣は存在しないはず。
「そうですね。守護竜達は魔獣ではなく幻獣です」
「幻獣……以前聞いたことあるような」
「グリフォンやユニコーンなどがそうですね」
「あー……」
そういえば、グリフォンが幻獣だって、ソフィアちゃんあたりが言っていたような気がするね。
そしてさらに、マルドゥークが説明を続ける。
「魔獣はヘルちゃんの神器『魔獣の大鍋』で生み出された魔石を持つ生物で、幻獣は自然界にある濃厚な魔力から産まれる生物でございます。幻獣は魔獣と違い、高い知能を持ち、人類への敵愾心も持ちません。縄張り意識等で、人類と敵対する幻獣自体は存在いたしますが」
なるほどね。ヘルが負の感情を持って『魔獣の大鍋』を生み出してしまったから、魔獣は人類を積極的に襲う性質を持っているんだよね。
幻獣の竜は牙が生えそろっている見た目からして肉食だろうけど、知能が高いから人間を襲わないってことかな。
やがて、ベヒモスの先導でマンジェトは山頂へと着陸した。
山頂には小さな神殿がぽつんと建っていた。あそこに神器が封印されているのだろうか。
「行きましょうか」
マルドゥークにそううながされ、私はマンジェトを降りた。
そして、人に変化したベヒモスと一緒に、神殿の中へと入っていく。
神殿の中は広い一室のみとなっていて、その中央にきらびやかな金属で作られた祭壇が存在した。
そこに近づきながら、マルドゥークが言う。
「神器が封印されているオリハルコンの金庫です」
祭壇じゃなくて金庫だったらしい。しかし、オリハルコンかぁ。マルドゥークの私兵が着ている鎧と同じ輝きだね。
「この金庫は、魔道具になっておりまして、私にしか開けられません。物作りの神であるヴィシュワカルマ神の作ですね」
そう言いながらマルドゥークが祭壇に刻まれている模様に手を触れると、祭壇から鈍い音が鳴った。
「鍵が開きました。では、解放します」
そう言いながら、マルドゥークは祭壇の上部を横にずらしていく。すると、中に小さな空洞があり、そこに一つの黒光りする石ころが収められていた。
……石ころかよ! なんかこう、すごく格好いい見た目を内心で期待していたのに!
「『操獣の石』です」
「石、石かぁ。効果の凶悪さの割に見た目がしょぼいね」
私がそう言うと、横でベヒモスが、くつくつと笑い出した。
「この神器を作り出した者は、知恵があるとはいえども、しょせんは虫でしかなかったということだ。芸術を愛でる感性すらない、矮小な虫よ」
辛辣ー。ベヒモスだって、ヤモリくんなのにね。でも、ベヒモスが持っている神器は矢尻に盾と、ちゃんとした見た目になっているね。ベヒモスの感性は人に近いって事か。
「では、この石を破壊してください」
「はいよー」
私はメニューを開き、課金ショップの画面に移行する。そして、スターコインのチャージ画面に切り替え、おもむろに石ころを手に取って、チャージ画面に押しつける。
すると、石ころが画面にズブズブと飲みこまれていって、『スターコインがチャージされました』とのメッセージと共に、画面上のスターコインが、がっつりと増えた。よし、よーし!
「石ころ、完全に消滅したよ」
私は、ニヤニヤと笑いながら、マルドゥークにそう報告した。
これで、世界の平和は守られた。ついでに私もガチャを自由に回すことができる。うん、誰も損をしない最高の結末だ。
「ありがとうございます。何か謝礼を渡さないといけませんね」
マルドゥークがそう言ってくるが、ちょっと待ってほしい。
「いや、神器を課金ショップ用の通貨という糧にできたから、今回の私は得しかしていないよ」
「そうだとしても、助けていただいたという事実がある以上、何かを返すのは当然のことかと」
「うーん、それなら、今回私がマルドゥークのところにきた用事なんだけど、餅米と冬野菜が欲しかったんだよね。それを貰えたら嬉しいな」
「はい、喜んで提供させていただきます。……しかし、餅米ですか。珍しい物をお求めなのですね」
「蒸してから杵と臼でついて、お餅っていう食べ物にするんだ。村の皆でその餅つき大会を開こうと思っているんだけど、マルドゥークも来る?」
「ええ、是非参加させてください」
そう私とマルドゥークが言葉を交わしていると、ベヒモスが横から言う。
「餅つき大会か。面白そうな祭りではないか。我も下々を真似して杵を使ってやろう」
「大丈夫、仲間外れにはしないから、存在アピールしなくても大会には呼んであげるよ、ヤモリくん」
「アピールなどしておらん!」
ホントかなぁ?
と、こんなことがあって、私はまたもや大量のスターコインを確保することができた。
いつでも自由にガチャを回せるという余裕は、心身を正常に保つのに役立ってくれる……冬用衣装のアバターコスチュームがラインナップにきたら、出るまで回しちゃおうっかな?




