70.雪国ではスキーが体育の授業に組み込まれているらしい。
「それじゃ、そのまま往復ねー」
とある日、私は村の南にある里山で、ゴーレムのアイスマンを歩かせていた。
木が生えてない、なだらかな坂道。そこを選んで雪を歩き固めさせている。
なぜこんなことをしているかというと、村の子供達に懇願されたのだ。
なんでも、ソリ遊びをしたいので、坂の雪を固めてほしいとのことだった。
別に雪を固めずに新雪の上をそのままソリで走らせてもいいのだが、一切除雪をしていない里山は、これまで降った雪が小さな子の身長を超えるくらい積もっている。なので、安全第一で遊び場を作ってほしいらしい。
私は数時間かけてソリすべりコースを作り、その翌日。子供達を連れて私も一緒に里山に遊びに行った。
大人は私以外にもジョゼットがやってきており、監督する。子供の中にはソフィアちゃんとマリオンも混ざっており、さらにはヘスティアも参加している。
里山に到着するなり、子供達がソリを持って坂の上を駆けていく。うん、元気でよろしい。
全力でソリ遊びを楽しむ子供達を見ながら、私は坂の下でアイテム欄を開いた。
そして、アイテム欄からいくつかの雪遊びの道具を出していく。
それは、スキー板とスキーストックのセットと、スノーボードだ。
「なんですの? それはなんですの?」
おおっと、ソフィアちゃんが食いついたぞ。
ふふふ、いい反応だ。
「これはねぇ。スキーとスノーボードっていう、雪の坂道をすべるための道具だよ」
「小さなソリかしらー? 妖精さんのソリ?」
「ブーツにくくりつけて、すべるんだよ」
私は試しに大人サイズのスキー板をブーツに装着し、ソフィアちゃんに見せてみた。
「足の裏にくっつきましたわ! くっつきましたわ!」
「それで、坂の上に登ってすべり降りるんだけど……いちいち登るのは面倒だな。≪テレポート≫」
私は、転移魔法で坂の上に登り、坂の下のソフィアちゃんに手を振った。
「ソフィアちゃーん、こっちだよー! 今からすべるよー!」
すると、ソフィアちゃんだけでなく、他の子供達も私に注目する。
そして、私は子供の視線を一身に受けたままスキー板をハの字にしながら坂道をすべり降り始めた。
実は昨日、スキー板とスキーストック、スノーボードの製作に協力してくれた木工のおっちゃんと二人で、坂を固めたばかりの里山でこれらを試乗したのだ。なので、動作はバッチリのはずだ。
私は、ゆっくり坂道をすべり降り、ソフィアちゃんの前で止まった。
「どうよ?」
「私にもやらせてくださいまし! やらせてくださいまし!」
「はいはーい。他にも、やりたい子、集まっておいでー」
私がそう言うと、わっと子供達が集まってきた。
私は子供達にスキー板の装着法を教えてやり、基本的なすべり方を講習する。
まずは安全な倒れ方から始まり、直滑降ではなくハの字ですべるよう指導した。一応、私は地球でスキーを何度か経験したことあるからね。北陸の方までスキー旅行に行ったのだ。
怪我をしやすいので、くれぐれもスピードを出さないよう子供達に注意をする。まあ、坂はなだらかだし、スキー板も現代地球のものほどなめらかでもないので、ソリほどの速度は出ないだろうけどね。
そして、子供達を坂の上に送り出して、私は坂の下から子供達の無事を監視することにする。
「ふむ。この板に似たような物を別の雪国で見たことあるのじゃ」
先ほどまで子供と一緒にソリですべっていたヘスティアが、私の隣でスキー板を眺めながら言った。
「スキー、この世界にもうあるんだね」
「じゃが、その国では坂道をすべるのではなく、平地を移動するために使われていたのう」
「なるほど、クロスカントリーみたいな使い方なんだ……」
「でも、坂をすべる方が面白そうじゃの。大人用、一個借りるのじゃ」
「はいはい。怪我しないようにねー」
そして、坂道を皆がスキーですべっていき、楽しそうに笑ってからまた坂の上にえっちらおっちら登っていく。
うーん、これは、坂の上に簡単に登れるようにしてあげるべきだね。
私は、≪魔法永続化≫をほどこした≪ディメンジョンゲート≫を何箇所か開き、坂の上と下をつないでみた。
だが、子供は悪いことを考えるのが得意だ。坂からすべり降りてきて、そのままの勢いで直接ゲートに飛びこもうとした子が出たのだ。
その子は、当然ジョゼットに捕まり、カンカンに叱られてしょんぼりとした。まあ、衝突の危険があるのだから、叱られて当然だね。
「なぎっちゃ、こっちの大きな板は?」
と、マリオンがスノーボードを持って私に尋ねてきた。
「おっ、マリオンはさすが都会っ子だね。オシャレなスノーボードの方に注目したか」
「いや、これがオシャレとかよく分からないのだけど?」
「これは、両足を一枚の板に乗せてすべる、スノーボードっていう道具だよ。試してみようか」
私はマリオンと、興味深そうに見ていた他の子供達に、スノーボードの講習を始めた。私はスノーボードの経験もあるのだ。
「……これ、スキーと違ってすべっている最中、速度落とせないんじゃない? 速度出すぎるでしょ」
スキーのようなハの字ができないことに気づいたのか、マリオンが難しい顔をする。
「そこは、坂道を斜めにすべることで、速度を抑制するんだよ。真っ直ぐ降りるよりも、斜めにすべる方が、角度がゆるくなるからね」
「……なるほどね。他の子とぶつからないよう、なんとかやってみるわ」
そうして、ソリにスキーにスノーボードと、楽しい雪すべりの時間は過ぎ去っていった。
◆◇◆◇◆
正午の鐘が村の方角から鳴り響き、私達は遊びを終了して村へと引き上げていった。
そして、村の広場までやってきて、私はアイテム欄からテーブルを出し、雪の上に設置。さらに、中身の入った鍋とコップを人数分取り出した。
鍋の中身は、ヘスティアと協力して仕込んでいた甘酒だ。
「はい、甘酒配るよー。並べー!」
私はそう号令をかけ、コップにほっかほかの甘酒を注いで一人ずつ渡していった。
「あまーい」
「あったかーい」
「前に祭りで飲んだやつの方が美味しかったかなー」
おおっと、確かに以前、私を歓迎する祭りで子供達に飲ませたのは、神器の酒杯から出した神の甘酒だったからね。
でも、これだって料理神が手作りした甘酒だから、美味しいんだぞ。
やがて、甘酒は子供達に行き渡り、私はジョゼットとヘスティアの大人組にも甘酒を渡す。
「ふう、温かい……」
今日は一切遊ばずに監督に徹していたジョゼットが、甘酒を飲んでほっと息を吐いた。お疲れ様だね。
そして、ヘスティアも少しずつ甘酒を飲みながら、言う。
「冬空の下で飲む甘酒も乙なものじゃが、できれば屋根の下で温まりながら飲みたかったのう。集会場がないのは不便なのじゃ」
「まあ、来年以降に期待ってことで」
「うむ。それでは、一息つけたので昼食としようか」
「了解」
私はヘスティアの言葉に返事をすると、アイテム欄からもう一つ、大鍋を取り出してテーブルの上に置いた。
それは、湯気が立つ汁物が入った鍋。味噌のかぐわしい匂いが周囲にただよい、甘酒を飲み終わっていた子供達がテーブルの上に注目する。
「はい、みんな。昼食だよ。今日は、ヘスティア特製豚汁!」
「豚汁ー?」
「豚?」
「えっ、豚肉?」
子供達が、この国の言葉に訳された豚汁の単語を聞いて、ざわめく。
その言葉を聞いて、ヘスティアが得意げな顔をして言う。
「うむ。豚じゃぞ。あの家畜の豚じゃ。猪肉とは違う、柔らかくて優しい食感のあの豚肉じゃぞ」
すると、子供達は歓声を上げてテーブルの周りに集まってきた。
「ほれ、また整列じゃ。おかわりもたくさんあるから、大人しく並ぶのじゃ」
ヘスティアが子供達を並ばせてくれている間に、私はアイテム欄からお椀とスプーンを人数分取り出して、お玉でお椀に豚汁をすくい入れていく。
やがて豚汁が皆に行き渡り、私達は熱々の豚汁を食べ始めた。
「ほっとする味じゃのう。味噌が野菜の出汁と合わさって、なんとも絶妙な味を出しているのじゃ」
「うん、やっぱり冬に食べる豚汁は格別だね」
ヘスティアと私はそう言葉を交わしあって、豚汁を食べ進めた。
ちなみに味噌は、私の醸造スキルを使って一瞬で製造した味噌だ。なので、品質は良好である。
はー、美味しい。身体がぽかぽかしてくるね。子供達も、豚汁が嫌いって子はいないようだ。野菜が多いのに、残さず食べてくれそうな勢いである。
「そういえば、しょうゆの仕込みは順調じゃぞ」
豚汁のおかわりを子供にすくってあげながら、ヘスティアが言う。
「そっか。冬に醤油といえば、醤油で味をつけた汁に焼いたお餅を浸して食べるのが美味しいんだよね」
「それはまた、素敵だのう……」
「今度餅米を仕入れて、天気の良い日に杵と臼を用意して、餅を皆でついて作る餅つき大会をするのもいいかもね」
「それは面白そうじゃな! 餅米なら、豊穣神のところで作っておるはずじゃから、あやつのところで冬野菜もついでに仕入れてきてほしいのじゃ」
「おっけー。じゃあ、餅つき大会開催決定ってことで」
そういうことで、冬の間の予定が一つ立った。
いやあ、開拓村生活、冬の間もなんだかんだで楽しいね。




