68.村では各家庭にパン窯がないから、パンは配給制。
「全員いるか? 点呼するぞ!」
ジョゼットの大声が、晩秋の朝空に響きわたった。
村の中央広場に、村の戦士達が荷車を引いて集まっている。今日は、隣町への買い出しの日。
私が雑貨屋を開いて以降、村から隣町へと買い出しにいく機会は減った。だが、今日は、私の雑貨屋では補えない大事な品を買いにいく。
目的の品。それは、主食である麦。晩夏ごろに、各地の農村で収穫が終わり、初秋に乾燥、脱穀が終わる。そして、冬に入る直前の今は、農村から主要な町へ大量の麦が運び終わっている。
それを集団で買い込み冬を越える準備をするのが、この村における晩秋の風物詩らしい。
野菜は村の畑で補えているが、麦に関しては、小麦も大麦もライ麦も作っていないからね。
村の主要作物はポーション用の薬草であり、そのついでに野菜と豆を育てているだけなのだ。
ちなみに、村人達が用意した荷車には、ポーションや魔獣の素材が積まれている。
夏の大市でも売ったこれらの商品だが、今回はこれを商会へと持っていって麦と交換するらしい。大市が市民に対する小売りだったとしたら、今回は商会への卸売りだね。
そして、大市になかった商品も荷車に積まれている。それは、薪だ。なんでも、南の里山ではなく、北の魔獣の森を拓くときに切った木からできた薪らしい。
「魔獣のいる森で、よくもまあ伐採なんてできるもんだね」
私は、荷車にうずたかく積まれた薪を見ながら、荷車を引く村の木こりに言った。
すると、木こりのおっちゃんは、ニヤリと笑って右腕で力こぶをつくり、左手で軽くその腕を叩いた。
「なぎっちゃのおかげでより強くなれたからな。作業の途中で魔狼に襲われても、斧で一撃よ!」
あー、確かに、経験値チケットを使って『Lv.8』になった木こり達なら、魔獣も怖くないか。
「ということは、隣町に薪を持っていくのは初めて?」
私がそう尋ねると、木こりのおっちゃんは首を横に振って否定した。
「いや、魔獣の森を切り拓くこと自体は、森の見通しをよくするのと薬草の作付面積を増やすために、前々からやっていたことだからな。これほどの量じゃないが、毎年売っていたぞ」
「へー」
「隣町も雪がかなり降るからな。薪の需要は高いんだ。でも、町周辺の木は採り尽くされて、慢性的な薪不足らしい」
「植林とかやってないのかな」
「今は町の代官がその辺しっかりやっているそうだが、昔は全くやっていなかったらしいからな。禿げ山も多くて、水害が発生しているって話も聞くな」
「あー……」
木がない山は、大雨が降ったときに土砂崩れが起きやすいんだよね。さすがに異世界でもその辺の知識はあるらしい。木こりのおっちゃんが博識なだけだろうか。そんな彼が、私に向かって言う。
「ま、魔獣の森に関しては、むしろ切り拓いて木を減らすことを推奨されているからな。村が薪不足におちいることはないぞ」
「そっか。家に暖炉も作ってもらったし、冬の間は薪のお世話になるよ」
「おう。なぎっちゃなら、しっかり乾燥した良い薪から優先して回してやるよ」
あざーっす。
と、そんな会話を終えてから、木こりのおっちゃんから離れ、私は別の荷車を見にいく。
おっ、魔道具職人兄妹がいるじゃん。魔道具を売りにいくのかな?
「やほー、何を売りにいくの?」
私は、兄妹の兄の方、クレランスに話しかけた。
「おう、なぎっちゃか。冬に役立つ定番である『着火』の魔道具に、妹の新作、『蛇口』だ」
「あー、『蛇口』ね。完成したんだ」
実は最近、魔道具職人兄妹の妹の方、カレンに相談されて、水の出る魔道具の新規開発に助言をしていた。
魔石の魔力で何もないところから水を作り出す既存の魔道具が存在するらしいが、水のバルブと一体型になった製品はこれまで存在しなかったようだ。カレンは、私が貸したコテージに設置された蛇口を普段から使っているうちに、水の魔道具とバルブをセットにすることに思い至ったらしい。
バルブ自体は当然、この世界にも何百年も前から存在しているが、カレンが作った魔道具は私の知識にある蛇口に形状を近づけてある。
「これ、素材は何?」
私は、見覚えのある、横に回すタイプの蛇口を見ながら、クレランスに尋ねる。
「真鍮だな」
「真鍮かー。ステンレスじゃないんだね」
「すてんれす?」
「錆びない鉄」
「あれか! あれは、魔道具神の工房の秘奥だ!」
魔道具神? 初めて聞いた。
「魔道具の神様なんているんだね」
「おう、魔法都市に工房を構えていらっしゃるぞ。ヴィシュワカルマ様だな!」
「魔法都市にいるんだ。それなのに、魔法都市で新しい魔法神をあがめるカルト宗教が流行ったんだねぇ」
「ヴィシュワカルマ様は、自前の神殿を持っていらっしゃらないからなぁ」
神殿を持っていない神様か。そういうのもいるんだ。
私がそう思っていると、クレランスがさらに言葉を続けた。
「魔法都市にある各工房があの方の神殿代わりで、職人しか信仰していないんだ。都市にある神殿は、すでにこの世にいない魔法神しか祀られていなかったから、新しく生まれたなぎっちゃを信仰する勢力がはびこる隙があったんだろうな」
なるほどね。
おっ、この『着火』の魔道具、形状が地球の点火棒みたいに、ちゃんと先端が着火しやすい棒状になっているぞ。この世界の魔道具職人も地球に負けてないね。
「売れるといいね」
私がそう言うと、クレランスは「どうなるかな……」と不安そうにつぶやくが、その隣にいたカレンが力強く告げる。
「売ります……売ってみせます……!」
「おー、頼もしいね。これくらいの気概見せなよ、兄貴」
私はそう言ってクレランスの肩を叩いた。
それと同時に、ジョゼットの声がこちらに届く。
「なぎっちゃ! 出発だ!」
おっと、出発の合図だ。
私の馬車の横で待っていたジョゼットのところへ向かい、馬車の御者台に乗りこむ。
そして、≪ディメンジョンゲート≫の魔法を≪魔法永続化≫と≪マキシマイズマジック≫の技能で拡張して唱え、私達は隣町へと向かうのだった。
◆◇◆◇◆
商人ギルドに挨拶に行くと、手配された各商店の者達がギルドの建物に集まってきて、ジョゼットと交渉を始めた。
大口の取引なので、どの商店も必死だ。
村の戦士達は、商人が持ってきたサンプルの麦や麦粉の品質をチェックして、ジョゼットに知らせる。
商人達もサンプル分は品質の良い物を選んできているだろうが、全数検査するわけにもいかないのでそのへんは商人の良心を信じるしかない。サンプル分以外の麦の質がもしひどかったら、来年以降の取引を取りやめればいいわけだ。
さらに、ジョゼットとの交渉が終わった者から、カレンが捕まえて着火の魔道具と蛇口の魔道具の売り込みをかけていた。
感触は良好。この町には魔道具職人がいないらしく、むしろ逆にあれは作れるのかとか、大型魔道具の修理を頼めないかとか相談を受けていた。
職人兄妹が困ったようにこちらを見てくるので、私は二人に、料金を払えば村から町への送迎はすると言ってあげた。
すると、それを横で聞いていた商人達は、魔道具の修理を兄妹に依頼し始めた。
なんでも、魔法都市から輸入して使っていたが、長年使った末に故障してそのまま放置してある大型魔道具が、町のあちこちにあるらしい。
兄妹は、泊まり込みも視野に入れて修理を請け負っていった。
やがて、ジョゼットの交渉が終わり、私達は各商店を回って商品の交換を行なうことになった。
容量の多い私の馬車から優先して麦袋を積み、代わりにポーションと魔獣の素材、薪などを渡す。
麦の他にも、塩などの調味料も調達し、冬の間に必要な食料品を確保していく。
「ところでジョゼットお嬢さん。こちらの海魚の干物なんていかがです?」
店先でジョゼットが営業をかけられているが、ジョゼットは取り合わない。
「村に雑貨屋ができてな。遠くから食料品や雑貨を仕入れてくれるので、珍味の類も不足していないのだ」
まあ、私なら一日で港町と往復できるからね。カラカラの干物どころか、一夜干しや鮮魚だって仕入れてみせるよ。
「雑貨屋ですかい……」
目ざとい商人は、何か商機をそこから見いだそうとしているのかもしれないが、まさか転移魔法で商品を仕入れているとは思うまい。
なんなら、町から村の私の店まで行商に来てもらっても構わないよ。大規模商隊で来られたら困るけど。
ちなみに、私も各店舗で何か面白そうな商品がないか探している。
が……、今のところ、これといって面白い物は見つからないなぁ。
「ねえ、ジョゼット、ジョゼット」
私は、商品を確かめながら、ジョゼットに話しかける。
「ん? なんだ?」
「この町の特産品ってなに?」
「特産品……? ここは辺境伯領の交易の中心地だから、各地から様々な物が集まってきているが」
「そうじゃなくて、この町でしか手に入らない、この町オリジナルの商品や地場産業みたいなの」
「……特にないな」
マジかー。転移魔法を使える私が、わざわざこの町で仕入れる価値がある物って、存在しないってことか。
うーん、まともな地場産業すらないということは……。
「このまま開拓村が発展していったら、いずれこの町は開拓村に吸収されちゃうかもねぇ」
「ははは、何を言っているんだなぎっちゃ。村がいくら発展したからって、そこまで行くはずがないだろう」
ジョゼットは楽観的に見ているが、私という神があの開拓村に居座って恩恵を村人に与え続けていたら……人が集まってきて、村は大きくなるだろう。
数十年経って、村が町になったとき……町長の立場にいるのは、村長さんの長女であるジョゼットだ。
まあ、今は気楽に構えているといいさ。
そうして、私達は食料品を荷車にたんまり積み、魔道具兄妹も営業を成功させ……冬ごもりの準備は整った。
あとは、冬をなんとか越えるだけだ。雪が降るらしいけど、どんなものだろうね。




