66.神が実在しているのに、この村の祭りには宗教色がない。
辺境伯が到着してから祭りが始まるまでの数日間、辺境伯は私の店に通い続けた。
ヘスティアとベヒモスという二人の神様が村にいるので、どうも辺境伯に精神的な負荷がかかり続けているようだ。
そんな彼は、気安い態度を取っても許すであろう私の店へと来て、商品を眺めながら弱音を吐いていった。
私は辺境伯のおかーさんでもなんでもないのだが、彼はどうも私を人畜無害な相手と察したらしい。いつの間にやら、気軽で気楽な態度で接してくるようになっていた。
私がそういう態度を好むということを貴族としての経験で、探り当てたのだろうか。辺境伯が村を庇護する立場を取ってくれている限り、私としても彼は尊重すべき相手となる。彼は大切な隣人であり、末永く付き合いを続けていくべきお得意様だ。
そんな新しいお客さんへの対応を繰り返しているうちに、祭りの当日になった。
見事な秋晴れ。朝からヘスティアが張り切っていて、村の女衆を率いて私のところにやってきて注文されていた食材を引き取っていった。
料理神の作る料理が出る辺境の祭りってなんだよと思いながら、私は転移魔法で王都に飛んだ。
神殿へ行き、待ち構えていたバックスのもとへと向かう。
「来たね。行こう。さあ行こう」
「そんなに急かしても、祭りの開催時間は早まらないよ」
そわそわするバックスに、私はそう告げるが……。
「いや、神官達が付いてきたがっていてね。食い下がってくる前に、さっさと行こう」
「護衛くらい、連れていってもいいよ?」
「何を言っているんだい! 神官達は全員大酒飲みなんだ。連れていったら僕の飲む分が減る!」
こ、こいつ……。酒の神のくせに、下々に酒を出し渋るなどという、せせこましいことを。
まあ、私はこの神殿の神官に配慮する義理も何も無いので、バックスの指示通りに一人だけ連れていくのでも構わないけどさ。
そうして、バックスを転移させて村の神殿に預け、今日の分の魔石集めを早めに切り上げたベヒモスから魔石を受け取り、昼になる。
天候は幸いにして晴れ。問題なく祭りを開催できると村長さんが判断し、村の広場に村人達が集まってくる。
季節は秋だが、祭りは外での開催だ。そもそも、村の中に村人全員を収容できる集会場は存在しない。村長さんの話では春以降に建てたいとのことだったが、建てるならこの広場に建つことになるのだろうか。
広場に集まってきた村人達は、祭りともあってか精一杯のオシャレをしている。秋の野外なので立派な毛皮のコートや革のジャケットを着こんでいる。さらに、男性陣は無精髭を剃って綺麗な顔を見せ、女性陣は首元からアクセサリーがちらつかせている。
とても辺境の田舎者には見えない、立派な格好だ。まあ、魔獣素材やポーションの販売で裕福な村だから、辺境伯が顔を見せる格式の高い祭りともなるとこうもなるよね。
広場には美味しそうな料理の香りがただよっており、村人達が今か今かと祭りの開始を待っていた。子供達は待ちきれないのか、はしゃぎまわって親にたしなめられている。
やがて、太陽が中天にさしかかったころ、皆の前に村長さんが出てきた。
「魔法使いマリオンと、魔道具職人のクレランス、カレンという、新しい村人三名の歓迎会を開催するにあたって、ドラードン辺境伯閣下よりお言葉をいただく!」
そう、開会の挨拶は、辺境伯がすることになっていた。
四柱もいる神を差し置いて一貴族が挨拶。これには辺境伯も難色を示して、数日前に私へ愚痴をこぼしていた。
だが、この祭りはマリオンの歓迎会だ。マリオンが異国の魔法都市に留学できたのは辺境伯の持つコネのおかげであり、そこに私ら神々は関わっていない。なので村長さんは、四柱いる神様の中から誰か一人を特別扱いして挨拶させるよりも、辺境伯に挨拶させるのが相応しいと判断したのだ。
辺境伯が前に出てきて、語らい始める。
内容は、マリオンの優秀さと、飛び級で卒業したことへの称賛。そして、食を探求する魔法使いとして、開拓村と辺境伯領の農産業および畜産業への貢献を期待するとの言葉を短くまとめた。
さらに辺境伯は、職人兄妹への活躍を望む言葉も忘れずに述べて、最後に言う。
「さて、長々と語っては、至高の料理が冷めてしまうというものだ。それでは、村長に代わり、私から祭りの開催を宣言する。皆、大いに食べ、大いに飲み、大いに騒ぐとしよう!」
その宣言に、村人が一斉に沸く。
こうして、私がやってきてから二度目となる、村の祭りが始まった。
◆◇◆◇◆
宴もたけなわ。
美味しい料理を食べ、世界各国の名酒を飲む。楽器の心得がある村人が演奏を始めて、酔っ払ったおっさん達がめちゃくちゃに踊り出す。
伝統も格式もない新しい村の祭りは、無軌道ながらも盛り上がっている。
酒が入った辺境伯が、ベヒモスと肩を抱いて歌い合っているが、あれは酔いが醒めたらいったいどうなってしまうんだろう。
そんな中、私は適当に料理をつまみながら酒杯をかたむけ、村の顔役達と言葉を交わしていった。
そしてふと、そういえばマリオンと話していないな、と思い周囲を見回してみた。だが、それらしき姿が見えない。
はて、祭りの主役がいないとは何事だろう。そう思っていると、近くにある村長宅から、マリオンが魔道具職人兄妹をともなって出てきた。
兄妹は、何やら脚部がついた黒い板を運んでおり、それを広場の皆が見える位置に設置した。
それに気づいた村人達は、歓談を止め、マリオン達に注目する。すると、マリオンが得意げな顔をして言葉を放った。
「せっかくだから、私達の発明を発表するわよ!」
マリオンはそう言うと、手に何かを握り、黒い板にそれをこすりつけ始めた。すると、黒い板に白い文字が書かれていく。これは、まさか……。
「これは、なぎっちゃが居た天上界の道具、黒板という筆記用具よ!」
マリオンがそう告げると、村人達が「おおー」と沸く。
「黒い板に、この白墨という白い粉を固めた棒で、文字を書くの! 子供達に勉強を教えるときに使えるわよ! 各工房にも一つあると便利だと思うわね!」
マリオンはそう言いながら、黒板にこの国の数字で九九を書いていく。
そして、ある程度書いたところで、マリオンは布きれを手にして黒板をこすった。すると、みるみるうちに黒板の文字が消えていく。
「こうして布でこするだけで文字が消えるから、繰り返し何度も文字を書くことができるわ!」
マリオンがそう説明すると、酔った村人達が「天才!」だの「大発明家!」だのはやし立てる。
「作り方は簡単で、黒板は木の板に塗料を塗るだけだし、白墨は焼いた石膏を練り固めるだけだから、村でも生産できるわ。そこで辺境伯閣下、石膏を集めたいのですが……」
マリオンがそう言いながら辺境伯に顔を向けるが、辺境伯は酒を飲みながら笑っている。
「んんー? 石膏かぁ。石膏なぁ。石膏はあれだなぁ。あれだよなぁ」
辺境伯、完全に前後不覚である。蒸留酒を飲み慣れていないのにがぶ飲みしたせいだろうね。「私でも滅多に飲めぬウイスキーやブランデーをこれほどまで用意したのか!」と喜びながら飲みまくっていた。
蒸留酒はバックス神殿があるこの国の首都で造られているけど、王都近郊の貴族が買い占めるので、どうも辺境にはあまりまわってこないようなんだよね。
「あー、閣下との相談は後日またということで、とにかく、村の新しい産業に加わるかもしれないから、みんなよろしくね」
辺境伯から目をそらしたマリオンが、そう言って話を締めた。
そして、村人達が興味深げに黒板の方へと向かい、マリオンからチョークを受け取って黒板に絵を描き始める。
酔った勢いで描かれた絵はぐちゃぐちゃで、それを見て私も笑いながら、さらに酒を飲み進めていった。
やがて、少しずつ日が傾いていき、騒ぐ声も段々と収まっていく。
秋も深まっているので、前回のように酔い潰れて広場で夜を明かすわけにはいかない。なので、村人達は潰れるほど酒を飲むことはせず、今はのんびりと酔い覚ましをしている者達がほとんどだった。
そんな中、広場のすぐそばに家がある私はさらに酒を飲みながら、バックスと一緒に話をしていた。
話題は、お悩み相談である。悩みがあるのはバックスではなく、私の方。
日々能天気に生きている自覚のある私だが、それでも悩みの一つや二つくらい抱えているものだ。その悩みが、神に関する事柄なので、二千年という長きにわたって神をしてきたバックスは、相談相手として適任だった。
「でね、このまま村の人口が増えていったら、私の手に収まりきらなくなるんじゃないかなって」
相談内容は、以前、私が蘇生魔法を赤ん坊に使ったときに浮かんだ疑問だ。
今は、私の力で村人達を庇護することができる。村人達に恩恵を分け与えることができている。
しかし、村が大きくなり、町になり、都市になったら、私はどうするべきか。人が多くなったら死者の全員に蘇生魔法なんてかけていられないし、経験値チケットだってログインボーナス分では足りなくなる。そうなったとき、私はどこまで人に神の恩恵を与えるべきなのか?
正直、私は目の前で人が死んだら蘇生魔法を使うことを我慢できないし、魔の森に入ろうとする知り合いに対して死なないよう経験値チケットを分け与えたくなる。
私のその悩みに、バックスはあっさりと答えを返してきた。
「そのための神殿であり、信者達だよ」
バックスは語る。
彼が神になった当初、今の私のように、分け隔てなく酒蔵の仲間達に神の酒を振る舞っていたそうだ。だが、次第に神の酒を求める者が多くなっていった。
そこでバックスは、自分の傘下に入った者や、自分に対して貢献した者に神の酒を与えるようにした。
それが、現在まで続くバックス神殿の始まりだと言う。
「それと同じことをすればいいんだよ」
いずれ『なぎっちゃ神殿』を作り、入信した者だけに恩恵を与えるようにすればよいと、バックスは私を諭すように言ってきた。
「神殿……宗教かぁ。私、そういうのに興味ないんだけどなぁ」
つい、そうぼやいてしまう私。私は日本人だ。持っている価値観の根底には、宗教的観念は当然あるだろう。日本は冠婚葬祭に宗教的文化が多く絡む国なのだ。しかしだ。私は実家に居たときから、宗教団体との付き合いが正直薄かった。
なので、集団としての宗教というものに、興味が持てないのだ。
そんな私の事情を話すと、バックスは笑って言葉を返してくる。
「でも、孤独に生きる道を選ばずに、神としての恩恵を振りまいていたら、自然と人が集まって組織立ってくるよ。あのヘスティアですら、神殿を持っているんだ」
「うっ、すごい説得力」
自由奔放なヘスティアも、自前の神殿があるんだよなぁ。
「いずれはこの村が発展していって、百年後にはなぎっちゃ傘下の神殿都市になる。そう考えているよ。そのとき、国として独立しているかは判らないけどね」
バックスがそう語り、私は未来に思いを馳せた。
村の人々を自分の傘下にする、か。いずれはそういうことも、考えていかなきゃいけないのかな。
でも、魔法都市で発生しているカルト宗教のような傘下はノーサンキューだ。そういうことを考えると、国をまたいで私の目が届かなくなる規模の宗教化は困るなぁ。
『私がいれば、世界中に神殿が広がっても監視の目が届きますが』
イヴがそう言ってくれるが、世界中から崇められるのって、私の性に合わないね。
今と同じ時間がいつまでも続けばいいのになぁ、なんて思いながら、私は酒杯をかたむけた。
やがて、夕暮れになり、祭りの終わりの時が近づいてくる。
終わらない祭りはない。時間は前に進み続ける。私がどう思おうとも、いずれ村は大きくなる。そのとき、私は神殿を構えているのだろうか。




