65.イケオジ趣味はないけど、いい歳の取り方をした人は素敵だよね。
祭りを数日後にひかえたある日、村へ辺境伯一行が訪れた。
現在、村の入口から広場につながる広い道をずらずらと並んで行進している。行列の両脇に村人達が集まって見物しており、その様はまるでパレードみたいだ。
護衛を多数引き連れた辺境伯は、馬車ではなく馬に乗って行列の中央を進んでいる。
かといって馬車を引き連れていないというわけではない。列の後方を幌馬車が五台、ゆっくりと進んでいるのがうかがえた。荷物が満載だから、旅に必要なあれこれを積んでいるのだろう。
と、そのような光景を雑貨屋のカウンターに座って見ている私。
村へ先触れが来たときに村長さんに「雑貨屋で待っていてくれ」と言われていたからだ。外の様子が見えているのは、イヴに映像中継してもらっているからだ。
空間投影画面の中の一行は進み、村の広場へと入る。
そして、広場で護衛達が整列し、辺境伯らしき四十代の長身男性(この人が辺境伯だとイヴが言っていた)が馬から下りる。
辺境伯は村人達にさっと手を上げ、村長さんと従僕を二人連れて、村長さん宅に入っていった。
それから十数分後、村長さん宅から辺境伯と村長さん達が出てきた。
辺境伯は、旅装を解き、なにやら立派な服に着替えている。
最初から正装していた村長さんがその辺境伯を先導して、その場から移動。向かう先は……私の店だ。
店のドアが開けられ、ドアベルの心地よい音が店内に響く。
先に入ってきた村長さんはドアの横に立ち、続けて辺境伯が入店する。
辺境伯はゆっくりと店内を歩いてきて、カウンターから一メートルほど離れた場所で立ち止まった。
そして、唐突に片膝を突いてしゃがみ、頭を下げて言った。
「ピエランジェロ・アルレロ・ガガ・ドラードン、まかりこしました」
おおー、ピエランジェロさんっていうのね。
銀色の長い髪に、銀の口ひげをたくわえた、威厳をビシバシ感じるオジサマ。だけど、そんな人が私の前でひざまずいている。
どこか居心地の悪さを感じながら、私は答える。
「どうもー、なぎっちゃだよ。神様やっています」
「ご尊顔を拝しまして、恐悦至極に存じます」
「あー、神様もやっているけど、基本は村の雑貨屋さんだよ。だから、そんなにかしこまらなくて大丈夫」
私がそう言うと、辺境伯は頭を上げてゆっくりと立ち上がり、ニッと笑う。
「そうか、聞いていた通りだな。俺も堅苦しい態度は苦手なので、助かる!」
うわー! 一気に気安さの程度を上げてきよった!
まあ、別にいいんだけど。
口ひげをたくわえた口元を上げて笑みを作っている辺境伯に向けて、私は言う。
「それで、今日はなんの御用かな? 世界各国の商品を取りそろえているから、買い占めないなら買い物大歓迎だよ」
「それは興味深いが、今日は挨拶だな。あなたとは友好的な関係を築きたいから、まあ、顔見せだ」
「そっか。村と私に不利益を与えない限り敵対の意思はないから、安心してね。私、人殺しの趣味はないから」
「ああ……それを聞いて安心した。ふうー……」
辺境伯は本当に安心したのか、大きく息を吐いて、胸元からハンカチを取り出して額に浮かんでいた汗をふき始めた。
今は秋口だというのに、汗をかくほど緊張していたんだ……。まあ、その気になれば領地ごと滅ぼせる相手なのだから、さもありなん。
そして、辺境伯はハンカチを胸元に仕舞うと、ちらりと横目で商品棚を見る。
すると次の瞬間、彼は目を向けた方へと勢いよく振り向いた。
「これはっ!」
彼の視線の先にあるのは、ボードゲームだ。たしか、アルニヤとかいうゲームだったかな? チェスみたいな一対一で駒を動かして戦うボードゲームである。
「おお……やはり! ベシッカのアルニヤではないか!」
辺境伯は、楽器店の店先でトランペットを眺める音楽少年のごとく目を輝かせ、ボードゲームの前に立った。
ボードゲームマニアなのかな?
「しかも、ハドソン工房だ……店主殿、これは確かにベシッカのハドソン工房の真作か?」
テンション爆上げの辺境伯に、私はちょっと引きながら答える。
「うん、ベシッカって都市の手工芸ギルドで仕入れたものだよ。村人用の化粧品をいつもその都市で仕入れているんだ」
以前、ハンドクリームを手に入れた都市だ。イヴに、その都市の工芸品は質が良いと聞いて、ついでに購入してきたのだ。
「おお、おお……。しかし、この値は安すぎないか? ベシッカだぞ!?」
「それでも仕入れ値の五倍は付けているよ」
「このあたりでは、小金貨でやりとりされている品だぞ!」
「高過ぎでしょ!?」
それ、金属すら使っていない、木製のボードゲームだよ?
「ううむ、なぜそのように安く仕入れられるのか……」
「あー、転移魔法を使って、産地から直接仕入れているからだね」
「ぬっ……」
私の言葉を聞いて、押し黙る辺境伯。そして、何やら「うぬぬ」と腕を組んでうなりだした。
そして、数十秒経ったところで、絞り出すような声で私に向けて言った。
「店主殿……、ベシッカから、追加で手工芸品を仕入れることは可能だろうか……」
「用途は? 転売なら断るけど」
「断じて違う! 俺のコレクションだ!」
「なら、別に構わないよ。紙にでも希望品を詳しくメモして渡してくれれば、次行ったときに仕入れてきてあげる」
「感謝する!」
そんなやりとりがあって、私と辺境伯はいくらか打ち解けた。
それから辺境伯は店の中を見て回り、従僕に購入する品をいくつか持たせていた。ちなみに、私の店には手製の買い物カゴがあるので、それを使ってもらっている。
「ところでピエランジェロさん、祭りには出るの?」
「むっ、祭りとな? どこぞで祭りがあるのか?」
「あれ、聞いてない? 数日後に、この村で祭りをやるんだけど」
そう言った私は、店の入口に立たままだった村長さんに目を向ける。
「村の小さな祭りだから、伝えるほどでもないと思っていたんだが。そうか、来賓となっていただけるかもしれないのなら、伝えるべきだったな……」
私にそう答える村長さん。すると、今度は辺境伯が言う。
「村の祭りか。それならば、その日まで滞在しよう。しかし、この時期だと収穫祭なのだろうが、この村では麦は育てていなかっただろう」
「ああいや、新しい村人の歓迎会ですな。娘が魔法都市を卒業して帰ってきたのと、それを追ってきた魔道具職人二人が村に住み着いてくれたのですよ」
「ふむ? 魔道具職人とな?」
「はい。若手の職人で、職人人口の飽和で遍歴に出されたそうです」
「魔法都市では職人が飽和しているのか。これは、領に職人を追加で招けるかもしれないな……。後で詳しく話してくれ」
「かしこまりました」
村長さんとそんなやりとりをした辺境伯。そんな彼へと向けて、私は言葉を投げかける。
「ちなみにその祭り、神様のバックスも来る予定だから」
「なにっ!?」
辺境伯は再び額に汗をかき始め、ハンカチで額をぬぐいだした。
バックス、自分のところの貴族にどう思われているんだろう……。
そんな一幕があったものの、辺境伯は買い物カゴに入る分だけの商品を買って、店を去っていった。
次は神殿に寄ってヘスティアと面会をするそうだ。大変だね、貴族って。
『村人以外の注文を受けるようですが、よろしいのですか?』
お茶を淹れてのんびりしていると、イヴがそんなことを言ってきた。多分、辺境伯から頼まれた、ベシッカの手工芸品の調達に関してだろう。
「辺境伯とは仲良くしておくべきだと思うんだよね。村の今後を左右する人だから、心証はよくしておかないと」
『向こうが気を使っているように見えて、真に気を使っているのはマスターということですか』
「あはは、そうだねぇ。どっちが神様か判ったもんじゃないね」
だが、それでいいのだ。私は村の雑貨屋さん。神様である必要はないのだ。




