63.理系だからといって頭がいいとは限らない。
村の中にコテージを設置するということで、村長さんのもとを訪れて事情を説明する。
以前に一度設置したことがあるため話はスムーズに進み、以前設置した場所に置いてよいと許可を得た。
それから私は、マリオンと魔道具職人兄妹を連れて村の外れの方までやってきた。
「さて、それじゃあ、設置するよ」
私はアイテム欄に入れっぱなしだったコテージの設置機械を取り出して、手に持つ。
それは、手の平サイズの情報端末だった。
「これをこう操作すると……」
情報端末のボタンを操作すると、端末から光が照射され、光のワイヤーフレームでできたコテージの立体像が空間に投影された。
「お、おお……?」
「すごい……」
魔道具兄妹が驚きの声をあげているが、すごいのはここからだ。
私は情報端末の決定ボタンを押し、コテージの設置を実行した。
すると、地面から波紋が広がるように空間がたわみ、ワイヤーフレームに沿うようにコテージの外壁が出現していく。
「う、うわあ……」
「すごい……!」
「どうなってんのよ……」
驚き要員に兄妹だけでなくマリオンも追加され、彼らが見守る中、コテージが見事に建った。
「はい、完成ー」
私がそう宣言すると、魔道具兄妹が何か言いたげな目でこちらを見てきた。
いや、この端末は魔道具じゃないからね。ホワイトホエール号のショップ産のSF機械だよ。
「なぎっちゃ、その手に持っている小さな板にコテージが入っていたの?」
おっと、マリオンは素直に私に聞いてくるようだ。
「そうだね。この板の中に量子変換されて格納されていたのをこの場に展開したんだよ」
「りょうしへんかん?」
「神器由来のアイテムが、ものすごい科学技術でコテージを収納していたんだよ」
「魔道具ではないのね?」
「少なくとも魔石駆動ではないね。神器由来のアイテムだから、魔力は使っているかもしれないけど」
正直、私にはどう動いているのかさっぱりだ! 量子変換って何って聞きたいのは私の方だよ!
というわけで、コテージ展開の仕組みについてはここで打ち切り。
「じゃ、入るよー。内装を見ていこう」
私は、四人を連れて木製のコテージの内へと入っていく。
まず、玄関の扉を開けたら、玄関マットが出迎える。このマットは、靴裏を洗浄してくれる特製マットだ。
ホワイトホエール号が登場するSFゲームは様々な惑星に降り立ち、そこで探索をして拠点を作るというゲームだった。
惑星の中にはいろいろな環境があり、砂漠だったり水辺だったり泥地だったりして、靴が汚れること受け合いの状況であった。
そこで、帰ってきたときに、靴を洗浄する機能が拠点にあるという設定が用意されていたのだ。あくまでもフレーバーテキストだったが。
身体の汚れが実装されていたゲームだったので、その辺は制作側のこだわりとしてフレーバーテキストが用意されていたのだろう。
ちなみにゲーム中だと洗浄玄関マット単品ではアイテムとして存在しなかったが、現在のホワイトホエール号では、ショップにこの玄関マットが売っている。私の家にも設置済みだ。オーバーテクノロジーなので、村の雑貨屋の商品としては扱っていないけど。
「というわけで、この玄関マットは靴裏を綺麗にしてくれるよ。安心して靴のまま上がれるね。気分的に嫌なら、脱いでもいいけど」
この村では、家の中で靴を脱ぐのが一般的みたいだね。
綺麗好きなので家の中を汚さないから、というわけではない。家の中がせまいため、椅子とテーブルを常設できないという切実な事情があるみたいだ。
ちゃぶ台を用意して、床に座って食事を取るのだ。村長宅は広いから、普通に椅子とテーブルがあったけどね。
「魔法都市ではあまり靴を脱がないんだが、旅をしている間に脱ぐのにも慣れたな」
魔道具職人の兄クレランスがそんなことを言った。
ふむ、まあ、そのあたりは好きにしてほしい。自分の家なんだから自分のルールで過ごすべきだ。スリッパが必要なら雑貨屋に置いてあるし。
さて、玄関マットを通過し、靴のまま中へと入っていく。簡単な内覧なので、わざわざ脱ぐ必要もないだろう。
中へ入ると、広いリビングが広がっている。あくまでコテージなので、複数の部屋に分かれているわけではない。でも、寝室はリビングとは別にあって、ロフトの上だ。
ロフトへの階段は割とゆるやかで、手すりも付いているが別に手すりをつかまなくても上れる。
「ロフトが寝室ね。今は一つだけしかベッドを置いてないけど、ロフトに二つベッドを並べてもいいし、プライベートを確保したいならリビングにもう一個ベッドを設置してもいいね」
私がそう言うと、マリオンが難しい顔をして言った。
「村の人達の家より広いんじゃないの?」
「広いだろうねぇ」
「これ、家を新しく建てる必要ないんじゃない?」
「いやいや、建物の基礎も作ってないし、それにこのコテージを販売するとしたら、結構な価格になるよ」
「家を一軒新規で建てるより高いの?」
「うん、未来的な家財道具一式そろっているから、高いよ。それぞれ見ていこうか」
そう言いながら私は、ソファーが並ぶリビングを通過して、キッチンへと向かう。
「近代的キッチンだよー。ワンタッチで火が付きます!」
コンロのスイッチを入れると、料理するのにほどよい火が付いた。
「蛇口から水が出まーす」
水場の蛇口をひねると、勢いよく水が出てくる。
「魔道具ですか……?」
職人の妹の方、カレンが興味津々でそれらを眺めている。
「いや、魔道具じゃないね。コテージの天井に太陽の光を溜める機械があって、その太陽の光でコンロに火を点けたり、室内の照明にしたりといろいろやるんだって。水はタンクに溜めてあるのを使うから、随時、水の補充が必要だけど」
「ということは、水の魔道具で補充すれば、この素敵な水場を使い放題……!」
おー、水の魔道具とかあるんだ。私の≪アクアボール≫の魔法みたいに、魔力で水を作り出すのかな?
井戸から水を運ばなくて済むとなると、かなり便利だね。
「で、これが冷蔵庫。冷蔵室と冷凍室がそれぞれあるよ。動力は太陽の光」
「魔石燃料じゃない魔道具か……いや、それは魔道具と言っていいのか?」
クレランスが何かを悩むように言っているが、私は返事をすることなくキッチンの内部を説明していく。
オーブンに、グリル。レンジに生ゴミ処理機。
すべて太陽光で動くと説明したら、兄妹は小声で何やら議論らしきものを始めた。
「はいはい、話すのは後にして、次はシャワールームね」
個室がないコテージだが、さすがにシャワールームとトイレは個室だ。
シャワールームを案内し、温水が自在に出ることを説明する。ただし、水はキッチンと共通の水タンクを使用。
そこまで説明すると、マリオンが兄妹に言う。
「ここで入浴を済ませたいところでしょうが、しばらくは村の浴場を使った方がいいわよ。村の人達は朝に浴場へ集まるから、新入りとして顔見せができるの。そこのなぎっちゃは、全然浴場に顔を出さないって姉さんが言っていたけど」
「私、一人でのんびり入浴する方が落ち着くんだよね」
マリオンにチクリと言われたが、私は気にせずそう返した。村の浴場は芋洗い状態になるので、これからもホワイトホエール号でのんびり入浴させていただきます。
「次、トイレね。さすがにせまいから、カレンが代表して入ってね」
トイレの個室にカレンと二人で入り、使い方を説明する。
説明って言ったって、用の足し方ではない。温水洗浄便座の使い方だ。
温水洗浄の説明と、ビデの説明をしたら、カレンはわなわなと震えだした。
「だ、大発明ですよ、これ……!」
「あー、うん、天上界でもここ百年くらいの間に作られた、画期的な発明だったからね」
「天上界の至宝……!」
至宝かぁ……。いやまあ、至宝扱いしてもおかしくない便利さなんだけど。
「ちなみに、キッチンにあった生ゴミ処理機と同じ機構が組まれていて、汚物は肥料に変わるよ」
「肥料、ですか……」
「村の薬草畑で需要があるかもしれないけど、渡すのに抵抗あるなら村の外の草地にでも撒いてしまえばいいよ」
人糞肥料は寄生虫の温床になるから本当はよくないみたいなんだけど、このトイレはSF技術で作られているので寄生虫の危険性はないはずだ。
そして、トイレの外に出て、軽く中の説明をクレランスとマリオンにもしてやる。最後に、部屋の照明の付け方を説明して内覧は終わった。
それから、コテージの外に出て、あらためて魔道具職人の兄妹と向かい合う。
「で、このレンタルコテージ、家賃のお支払いは月々なんと……」
「この家、買うぞ!」
私が家賃を説明しようとすると、クレランスがそのようなことを私に向けて叫んだ。
借りるではなく、買うらしい。
「いやいや、マリオンにもさっき言ったけど、このコテージお高いんだって」
「金貨はあるぞ。自分達の工房を買うために貯めていたんだ」
クレランスは小声でそう言って、腰にぶら下げていた工具入れをあさると、薄紙で巻かれた金貨の束をこちらに見せてきた。
私はそれを目視で確認する。見たことがない金貨だ。かなり精巧に鋳造されたコインだね。魔法都市で流通している金貨だろうか。
「イヴ、査定を」
私では価値の判断が付かなかったので、イヴに頼んだ。
『現在のコテージの価格としては、最低でもあと十倍はいただく必要がありますね』
「い、今の声は?」
クレランスが、突然響いたイヴの声に周囲をキョロキョロと見回している。
「私の使い魔みたいなもん。空の上にいるから姿は見せないよ。それで、その金貨じゃ足りないって」
私は金貨を早くしまうように手でジェスチャーしながら、クレランスに告げる。
「その金貨は、家を建ててもらう費用にあてなよ。立派な工房も建ててもらいなさいな」
「足りなかったかぁ……」
「中を見たなら解るでしょ? このコテージの価値が」
クレランスの後ろでは、カレンが強くうなずいていた。
カレンは、はなからこのコテージが買えるとは思っていなかったようだ。
実は建物自体はそんなに高くなくて、設置されている家電がお高いのだが、そこは言わないでおく。
だって、村の大工の仕事を奪いたくないからね。
「じゃあ、このコテージを家が建つまで貸すとして、月々銅貨で――」
私が家賃を説明すると、クレランスが元気を取り戻す。
「それなら、年間契約でもっと安くならないか!?」
「いや、家が建つまでの特別価格だよ。家が建ったら強制退去。あくまで、仮の拠点として貸し出すだけ」
「そんなぁ」
再びしょんぼりするクレランスに、マリオンが近づいていく。
「あなたも指先の学派なら、与えられた魔道具に飛びつかないで、自力であれ以上の魔道具を作ってみせる気概くらい見せなさいよ」
「……あれ以上の魔道具?」
「そうよ。やれるわね?」
マリオンがそう言うと、クレランスではなくカレンが力強く言った。
「あのキッチンの蛇口とトイレの〝びで〟を作ってみせます……! 天上界の水回り……!」
おおう、ずいぶんと気に入ったんだね、温水洗浄便座。まだ実演もしていないのに、魔道具職人としての勘であれのよさが解ったのかな。
そんなカレンの様子を見て、マリオンがクレランスに言う。
「ほら、妹がやる気出しているのに、兄がしょぼくれてどうするの」
「そうか、そうだな。俺も、太陽の光を魔道具に活かす方法を……」
「何を言っているのよ。太陽光に魔力は含まれていないでしょ。使うなら月光でしょうに」
「いや、しかし、月は月齢があって安定して力を取り出すのは難しくてな……」
「なぎっちゃは太陽の光を溜めるって言っていたわ。魔力を溜めて、適宜取り出すようにすればいいのよ」
「そうか。つまり、溜める機構が重要で――」
おおっと、難しい話が始まってしまったぞ。
「じゃあ、議論している間に契約書作ってくるねー」
私はそそくさと退散して、雑貨屋の店舗へと向かっていった。
「あの歳で独立して職人やるだけあるね。月光魔力発電だってさ。いや、発電かは知らないけど」
『マスターは魔法神なのに、魔法理論はさっぱりですね』
「いいんだよ、私は。この世界の一般的な魔法が使えるわけでもないんだからさ」
インテリジェンスな分野は、マリオンとあの兄妹に任せればいいのさ。
私は村の雑貨商。魔法理論は仕事に必要ないのである。




