61.人に歴史あり、異世界にも歴史あり。
蘇生魔法を使用した翌日、雑貨屋を開店するとベヒモスが朝一で訪ねてきた。
「来てやったぞ」
相変わらず偉そうな態度だが、今回ばかりは話を聞く立場なので、突っかからないでおく。
とりあえず、私は番茶を出し、カウンターの奥でベヒモスと向かい合って座った。
「ほう。南方の茶というやつか。よい香りではないか」
いやー、それ、普段飲み用の安い茶葉なんだけどね。産地で直接買いつけたから、陸路ではるばる運ばれる茶葉より品質いいだろうけど。
まあ、そのへんのことは口に出さないでおく。
「さて、九百年前の話だったな」
「うん、えらくもったいぶっていたから、気になって気になって」
「では、新米の天上神に、我自ら話してやるとしよう。なに、授業料は一包み程度の茶葉でよい」
こ、こいつ、さりげなく料金を請求してきた……!
茶葉ならアイテム欄にいっぱいあるから、お土産を持たせるくらい別にかまわないんだけどね。
「さて、九百年前の話をするならば、まずはこの世界の神々のことから話さねばなるまい」
そう言って、ベヒモスは私に語り始めた。
昔々、地上には多くの神々がいた。その神々は、様々な獣の姿をしていた。それら人の神以外の神々を獣神と呼ぶ。
神という存在には寿命がなく、太古の昔に創世の力を身に受けた獣神が、長き時を生き続け地上を支配していた。
そんな状況が長く続いたある時、ちっぽけな新種族が地上に誕生し、少しずつ数を増やしていく。
「人間だ。人間は高い知能を持ち、道具を使うことで勢力を伸ばしていった。しかし――」
人間の活動範囲が広がると、獣神の縄張りに踏みこむ者も出てきてしまう。縄張りを侵された獣神は、踏みこんだ者の生存を許さなかった。そのため、人間の生存圏は狭い地域に限られていた。
縄張りを持つ獣神には、近づきさえしなければいい。誰もがそう考えたが――
「だが、現実は厳しいものだ。獣神には縄張りを持たない徘徊型も多く、人の文明はたびたび飛来してきた獣神に、ただの気まぐれで滅ぼされた」
「想像以上に異世界がハードすぎる……」
でもそんな話、イヴから聞いていないな。イヴは必要なこと以外、そんなに話さないけど。
「ちなみに我も、昔は人の文明を滅ぼす側であったな」
「何やってんのヤモリくん」
「若気の至りだ」
「だからマルドゥークが、ベヒモスなんてステーキ肉の名前を付けたのか……」
「不本意ながらその通りだ。今は戒めとして、この名を残しておるがな。さて、話を戻そう」
人間の文明は発展と衰退を繰り返していったが、種の成立から数千年の年月が経過すると、人間の中にも神になる者達が現れだした。
人間の神には、獣神にはないとある特徴があった。それは、知能が高く、道具を使えること。なんと人の神は、天上界から落ちてきた創世の力を神器という道具に変換することができたのだ。
その神器を持った人の神により、獣神は徐々に倒されていき、人間の生存圏は少しずつ広がっていった。
そんな状況を快く思わない者もいた。獣神の一柱にして、天上界から降臨した超神である、蜘蛛の神だ。
蜘蛛の神は他の獣神よりも知能が高く、自らも人の真似をして神器を作り出した。それは、他の獣神を従える王の神器。蜘蛛の神は獣神達の王となり、人間を滅ぼすために動き出した。
「そんな中、蜘蛛の神に従わない一匹の獣神がいた。蜘蛛の神と同じく、天上界から降臨した偉大な竜神。すなわち我だ。我が、神器の力ごときに従わされることなど、ありえぬ。我が従うのは、我に勝った者のみよ」
「ヤモリくんがこの村で大人しくしているのは、私が勝ったから?」
「その通りだ」
私とベヒモスのあの戦いは、勝った負けたというより、うやむやのうちに終わったと言った方が相応しい感じであった。だけど、彼の中では、あれで格付けが済んでいるのだろう。
「さて、昔の我は、先ほども言った通り、野蛮な獣神の一匹だった。本能のままに地上を暴れ回っていた乱暴者で、我を従えようとする蜘蛛の神と対立するようになった」
ベヒモスは語る……蜘蛛の神と対立していると、不可解な事が起こり始めた。
蜘蛛の神を恐れた人間達が、蜘蛛の神と対立するベヒモスをあがめて集まりだしたのだ。
これにはベヒモスも、困ってしまった。蹴散らすことは容易いが、自分をあがめているのだ。そのような存在を、どうして蹂躙することができようか。
ベヒモスと蜘蛛の神の戦いは続き、その過程でベヒモスに従う人間達はどんどんと増えていった。
すると、人間達がひとところに集まったのを見て、それを守るために各地に散っていた人の神が集結を始めた。そして、ベヒモスと蜘蛛の神の個人的な戦いは、人間勢力と獣神勢力の戦いに拡大していった。
人の神と獣神が戦い、ベヒモスと蜘蛛の神が戦う。
神器を数多く有していた人の神の勢力は次々と獣神に勝利していき、蜘蛛の神はベヒモスとそれに協力する人の神によって討たれた。
のちに獣神大戦と呼ばれる争いはこうして終わり、人間は獣神という束縛から解放され、大陸に覇を唱えるようになった。
「それが、今から九百年前のことだな」
「はー、割と最近まで、巨大怪獣が世界を闊歩していたんだねぇ」
「獣神は、必ずしも巨大というわけではなかったがな」
ベヒモスのドラゴン形態を想像していたけど、違うのか。
確かに、人間に創世の力が宿って神になっても人間の姿のままなんだから、動物に創世の力が宿っても動物の大きさのままになるのか。
「ま、もう獣神はいないというなら、人にとっては安心だね」
私がそう告げると、ベヒモスはその言葉を否定した。
「いや、獣神は滅びていない。獣神大戦はこの大陸での戦いゆえ、西大陸では未だに獣神が徘徊しておる。空を飛ぶ輩は、九百年前にあらかた滅びたがな」
「予想外に、西大陸がヤバい場所だった」
魔獣がいないというから、温い場所だとか思っていたよ!
「以前、名前を聞いたことあるんだけど、ペガススの元主のメデゥーサ神とかも、その大戦で死んだのかな?」
ペガススが言っていたかつての主も、確か九百年前に死んだとか言われていたはずだ。
「ああ、そうだな。彼奴は元々、人に害なす神で、大戦では人の神と獣神の間をふらふらしておった。それに憤った緑の神が、頭をかち割って処分していたな」
「マルドゥーク、意外と武闘派だった!」
「意外か?」
「意外でしょ。農業大好きお姉さんだよ」
「くはは、知らないというものは愉快であるな」
「ええー……」
あのなりで武闘派とか嘘でしょ。飛空艇で神々を率いていたとか? うわー、イメージが崩れる!
そんな私の内心を知ってか知らでか、ベヒモスは軽く笑うと、さらに話を続けた。
「大戦で死んだ神と言えば、奴がいたな。魔法都市を作った、魔法神だ」
「ああ、そういえば魔法神って、私が来る以前に居たらしいね」
マリオンが言っていたね。
ヘルも、魔石関連で話していた気がする。
「奴は魔石を生み出す権能と魔法使いを生み出す神器を組み合わせ、人間を獣神に対抗できる兵に変えておった。ゆえに、蜘蛛の神に直接討たれたのだ」
「あー、蜘蛛の神、賢いね」
魔法神はどんな魔法を使ったんだろうなー。会えないのは、ちょっと残念。
「さて、昔の話はこんなところでよかろう。この話で何を思うかはそなた次第だ」
そう言って、ベヒモスは話を打ち切った。ふう、異世界にも、すごい歴史があるものだね。
「では、今日の魔石を狩りにいってくるぞ。茶葉は神殿に届けておくがよい」
「はいはい。いってらっしゃーい」
席を立ち店を去っていくベヒモスを私はカウンターの内側から見送った。
そして、店内は私一人になり、朝ののんびりとした時間が訪れる。茶を一杯淹れ直し、一息ついた。
さて、先ほどの話を少し考えてみよう。
昨日言っていたみたいに、神様として好き勝手やったら、他の神が団結して滅ぼしにくる。そんな教訓をベヒモスは伝えたかったんだろうね。
それでいてベヒモスは、私達は天上神なのだから好きなように生きろ、ともよく言う。
好きなことを好きなように、でもやりすぎると痛い目に合う。
「何事も、バランスが大事ってことだね」
それはつまり、今までと何も変わらない生活を送るというわけで。
村でのんびり雑貨屋をやっているくらいがちょうどいいのかもしれないね。
私のゲーム資産を狙うような欲望に駆られた人間は、辺境伯あたりが上手くかわして……くれるといいなぁ。
もし神が来たらどうするかは、その時々に考えよう。幸い、今、村にはベヒモスとヘスティアという、神様歴の長い人達がいることだしね。




