60.シリアスさん、どうかお帰りください。
日もすっかり沈んだ夜のこと。寝間着に着替えて寝室で眠ろうとしていたところ、家の扉を強く叩く音が聞こえた。
「なぎっちゃ、起きているか、なぎっちゃ!」
「はいはーい」
扉の向こうで激しく叫ぶので、私は大声で返事をする。そして、私はアイテム欄からカーディガンを取りだし、寝間着の上に羽織った。
扉を開けると、そこには村長さんと、村の鍛冶屋さんが肩で息をしながら立っていた。夜中だというのに、ランプすら持っていない。
彼らは『Lv.8』の超人。それが息を切らすとか、ただごとではない。
「どうしたの?」
私がそう尋ねると、鍛冶屋さんが前に出て、言った。
「なぎっちゃ、頼む! 神の奇跡を与えてくれ!」
「いや、本当にどうしたのさ」
急に奇跡とか言われても、何がなんだか。
私が目を白黒させていると、鍛冶屋さんの後ろから村長さんが言った。
「死者復活の秘術を使ってほしい」
「!? どうしたの、魔獣に誰かやられたの!?」
「そうじゃねえ。死んだのは、生まれたばかりの赤子だ」
まさかの言葉に、ぎょっとしてしまう私。
すると、鍛冶屋さんがしどろもどろに言う。
「俺の子が、逆子で、息がなくて、それで……」
「大変だ! 急いで向かうよ!」
鍛冶屋さんの奥さんは、臨月を迎えていた。
彼女は名前を何にしようかと嬉しそうに話していて、私も彼女から「名前の候補を出してくれないか」などと言われていたのだ。
以前イヴに聞いた話によると、この世界では死産の確率が日本と比べてかなり高いようだ。産婦人科なんてないし、衛生環境だってよくない。
でも、村にはポーションが豊富にあるし、魔法使いの私もいるから大丈夫だろうと、奥さんは笑って言っていた。
その奥さんが懸命に産んだ新しい命、救わずになんとする。
私は、玄関に立つ村長さん達を押しのけ、家の中から出た。
「うお、なぎっちゃ速え!」
「うおー、うなれ、『Lv.101』の素早さ値!」
私は寝間着にカーディガン姿のまま、月明かりに照らされた夜の村を駆け出す。村長さんが後ろで何か言っているが、今は無視だ。
試していないから確定ではないが、おそらく私の蘇生魔法は、病死には効果がない。ダメージを受けてHPがゼロになった人を蘇らせるためのゲーム的な魔法だからだ。
なので、厳しい開拓村の生活で子供が重病を負ってしまっても、私の状態異常回復ポーションが通用しなかったらどうしようもないと、村長さん達にはあらかじめ伝えてある。
でも、今回は逆子による死産。死因は、出産時の外傷か窒息あたりが考えつく。つまり、身体に直接的なダメージを受けて死んだわけだから、魔法で蘇る可能性が高い。
蘇生魔法のタイムリミットは、死亡してから一時間。赤ん坊が亡くなってからそんなに経ってはいないだろうから、私が急げば十分間に合うはずだ。
「お邪魔するよ!」
鍛冶屋さんの家に着き、私は部屋の隅に置かれたベッドに駆け寄る。
ベッドの横には、マリオンが力なく床に座りこんでいる。彼女も魔法を試したのかもしれない。
ベッドの上には奥さんがいて、その腕の中には動かない赤ん坊の姿が。
「その子だね!? 蘇生魔法、行くよ!」
「ああ、なぎっちゃさん……頼みます……」
奥さんが、疲労困憊といった様子で赤ん坊をこちらに差し出してくる。
その赤ん坊に向けて、私は魔法を唱えた。
「≪リザレクション≫!」
赤子の周囲に光が舞い、魔法が正しく発動する。
じっと見守っていると、赤子の手が動いた。初めて人間に向けて使った蘇生魔法、ちゃんと成功した!
はっ! そうだ。大賢者の≪リザレクション≫は、瀕死の状態で蘇生する魔法。聖職者系の職業が使う魔法みたいに、HP全快の状態で蘇生するわけじゃない。
「≪ヒーリング≫」
回復の魔法を追加でかけると、赤子は息を吹き返し、大きな声で泣き叫び始めた。
「はー、よかった」
「……なぎっちゃさん……ありがとう……」
「奥さんは体力が尽きている感じだね。『Lv.8』なのに、どんだけ大変な出産だったのやら。≪バイタライズ≫」
私は、STを回復する魔法を奥さんに使う。
すると、ぐったりしていた奥さんに、活力がみなぎっていったのが目に見えて解った。
「わっ、ああ、すごい。あんなに苦しかったのに……」
「体力があまりすぎて今夜は眠れないかもしれないけど、赤ちゃん見守るならそれくらいでいいでしょ」
と、そこで家の扉が勢いよく開かれた。村長さん達が到着したようだ。その村長さんが、家に足を踏み入れると同時に叫ぶ。
「なぎっちゃ、どうなった、ってうおお、生き返ってる!」
「うん、成功してよかったよ」
しかし、せまい家に人が寿司詰め状態だね。私と村長さん達だけでなく、産婆の人達もいるし、マリオンもいる。
というかマリオン、呆然としているね。
「マリオン、大丈夫?」
「……ああ、うん。だいじょぶ。ちょっと、魔法が通用しなくてショックを受けていただけ……」
「仕方ないよ。魔法も万能じゃないからね」
「でも、なぎっちゃの魔法は効果あったわ……」
「私の魔法は、魔法神としての権能だから。いわゆる神の御業。人の力で届く領域じゃないから、気にしちゃ駄目だよ」
「そうだけど……」
ま、こればかりは、私がなぐさめてもどうしようもないか。
他の人にフォローを頼むとしよう。
「なぎっちゃ、ありがとう、本当にありがとう……」
鍛冶屋さんが涙を浮かべてそう言ってきたので、私はただ無言で彼の肩を叩いた。
さて、部屋もせまいので、邪魔者は帰りますかね。面と向かって住人にせまいなんて言えないけどさ。
「それじゃあ、私はもう帰るよ。もう夜も遅いからね」
私がそう言うと、村長さんが前に進み出てきて言う。
「すまねえなぎっちゃ、料金は明日請求してくれ」
「命に値段はつけるのは難しいねぇ。蘇生を商売にするのはちょっと違う気がするし、お気持ち分、貰えればいいよ」
そう言って、私は家の扉を開く。
そして、家を出たところで、私はその場にしゃがみ込んだ。
「はあー……」
「どうした。ため息などついて」
と、横から私に声をかける者が。
顔を上げると、月明かりに照らされたベヒモスの姿があった。ベヒモスは村に滞在中の神の一柱だ。
「ヤモリくんこそどうしたの、こんなところで」
「新しく生まれ来る命に祝福を与えに来たのだが、それどころではなかったようでな。入るのを控えていた」
「空気の読める神様だこと……」
一国の主神をやっているだけあって、そこらへんの機微はしっかりしているんだろうか。意外と言えば意外だ。最初は無神経な俺様キャラだと思っていたけど、最近そういうのとはちょっと違うって解ってきた。
「そなた、命を一つ救ったというのに、ずいぶんと憂鬱そうではないか」
「いやー……、死者蘇生なんて自然の摂理に反することをして、本当によかったのかなって思って」
「なんだと? くくく……ふはははは!」
「あ、こいつ。笑ったな」
ふははって笑う奴、こいつ以外に見たことないよ!
「笑わずしてなんとする。自然の摂理? そのようなもの、神の存在の前には塵芥のようなものだぞ」
「ええー……」
何その俺様理論。やっぱりこいつ、俺様キャラか?
「自然の摂理など、しょせん地上界の仕組みでしかない。だが、我々天上神はどうだ? 地上界よりも上にある尊き世界から落ちてきた強大な存在だ。そのような者が、なぜ地上界のルールに縛られねばならん」
「んー、そういうものなのかな?」
「そういうものだ。神は、自然の摂理にも、人間の法にも縛られぬのだ」
うーん、言いたいことは解らないでもないけど、郷に入っては郷に従えともいうしなぁ。
そんな私の心の内を察したのか知らないが、ベヒモスは「しかしだ」と言って、自分の意見をひるがえす。
「だからといって好き勝手しているようならば、他の神に滅ぼされるがな」
「……だよねー」
「暴れ回る神は天災のようなもの。そして、人は天災を乗り越える。天災となった神は、人と神の手によって滅ぶのだ。我は、それを九百年前に学んだ」
初対面のベヒモスは、私相手に暴れ回っていましたけどー。
などと揚げ足を取ることはせず、私は別の言葉を口にした。
「九百年前ね。何かあったの?」
「話してもよいが、長くなるぞ。そなた、その格好で聞くのか?」
私は自分の服を見下ろす。やっべ、寝間着姿じゃん。
カーディガンを羽織ってはいるけれど、夜中に男の人と会う格好じゃないね。
「また明日にでも改めて聞くよ……」
「ふむ、そうするか。では、我は赤子に祝福を授けてくることとしよう」
ベヒモスがいなくなったので、私は立ち上がり、家路につく。今度は走らず、歩いてだ。
月明かりが道をわずかに照らしており、私は魔法の照明も使わずにゆっくりと進んだ。
「今回は勢いまかせで蘇生魔法を使ったけど、今後、村が大きくなって私の手に収まらなくなってきたら、どうすんだろうね、私」
その答えは、今の私の中には存在しなかった。
なぎっちゃの異世界満喫生活の連載を始めて一年が経過しました。
二年目も引き続きよろしくお願いします。




