56.自由にお触りさせてくれるなら、猫派になってもいいのに。
第三章です。
しばらくの間、週一程度の更新で行きます。
いよいよ秋の季節が訪れた。
その日、私は雑貨屋で店番をしながら、南方から仕入れた番茶を飲んでいた。
夏は麦茶ばかり飲んでいたが、こうしてお茶を見つけられたのは僥倖だ。酒以外の楽しみが、また一つ増えた。
そんな優雅なひとときを楽しんでいると、ふと店の扉が開き、ドアベルの音が店内に響いた。
「ここにいるのね!」
「待てと言っているだろう!」
おっと、知らない子供と、村長の娘さんであるジョゼットの二名様、ご来店だ。
子供は中学生ほどの赤髪ツインテールの少女で、浅黄色のローブを着て、大きな木の杖を手に持っている。なんとも珍妙な出で立ちだねぇ。
その子供は、カウンターにいる私に気づくと、のしのしと音を立ててこちらに近づいてきた。
そして、杖の柄尻を床に軽く叩きつけ、言った。
「あなたが、村に住み着いた魔法使いね! 表に出なさい! 魔法勝負よ!」
「えー……」
いきなりなんだ、この子。
すると、あとを追ってやってきたジョゼットが私に向けて言う。
「妹が、すまない! どうも、知らない間に礼儀知らずに育ったようで……」
「礼儀知らずって何よ!」
ジョゼットの言葉に、彼女の妹さんらしき少女が叫ぶ。
えーと……。
「妹ってことは、村長家の次女? 魔法都市に留学していたっていう?」
「ああ、そうだ。どうも、勉強を放って帰ってきたらしい」
「だから、卒業したって言ったでしょ! 飛び級したの!」
「と、このような妄言を繰り返してな……」
「うがー!」
あー、なんとなく状況は察した。
とりあえず、ジョゼット。思春期の子供にその対応はいかん。
私は、少女の方を向いて、できるだけ柔らかい声音で言った。
「飛び級で卒業かー。すごいねぇ」
「ふふん、当然でしょう。私は学派始まって以来の天才って言われたんだから」
「やるじゃん。で、その天才が、私になんの用かな?」
「あっ、そうよ! あなた、私が居ない間に勝手に村の専属魔法使いの座に納まったらしいわね! でも、この村の魔法使いは、昔から私がなるって決まっていたの! だから、勝負よ!」
「えーと、負けた方が村を追い出されるとかそういう……」
「なわけないでしょ! 勝った方が、優先的に村から仕事を回してもらえるのよ!」
「はー……じゃあ、私の負けで」
「はぁ!?」
「ほら、私、雑貨屋やっているから……」
ほとんど魔法使いとして働いた記憶、ないよ。使ったのは転移魔法くらいなものだ。
「それでも、魔法使いが二人も村にいるんだから、上下は決める必要あるでしょ! だから、表に出なさい!」
なんだか知らないが、そういうことになった。
ジョゼットは私に対して妹の失礼な行動を謝り続けていたが、これってジョゼットが私のことを上手く説明できなかったことが原因の気がするね!
◆◇◆◇◆
村の広場で、私は少女と向かい合う。
二人の距離は十メートルほど。PvPの開始距離としては、結構離れている感じだ。でも、魔法勝負ならこんなものかもしれない。
「私から行くわよ!」
おっと、先攻は向こうが取るようだ。
少女は杖を両手で構え、真剣な顔をしてこっちを見ている。
そして、高らかに言葉を唱え始めた。
「大いなる生命の源よ。大地に芽吹き我らが糧となれ! ≪バロメッツ≫!」
悠長な詠唱だ。その詠唱の間に、私は無詠唱の初級防御魔法を使う。
瞬時に展開した魔法障壁の向こうで、少女の杖の先から光が飛び出したのが見えた。
光は真っ直ぐと進み……私ではなく、私と少女の中間あたりの地面に命中し、大きく弾けた。
すると、次の瞬間、地面から大きな草がにょきにょきと生えだした。
パイナップルの葉のような草が、大きく広がる。さらに、葉の中央から太い茎がぐんぐんと伸びていき、先端に花のつぼみをつけた。
それから数秒経つと、つぼみは大きくなっていき、人の頭ほどのサイズになった。
そして、つぼみが開く。そのつぼみの中には、珍妙な物がくっついていた。
「どう、肉魔法≪バロメッツ≫よ! 飽食の学派でも、ここまで大きな肉を作れる人は、教授と私しかいなかったんだから!」
……ええと、肉魔法?
私は魔法障壁に守られながら、状況を把握しようと頭を回転させた。
うーん、魔法勝負ってもしかして……PvPではない感じ?
「で、あんたはそのしょぼそうな魔法の壁でいいの?」
「攻撃魔法が来ると思って、障壁張っただけなんだけど……」
「はあ? 攻撃魔法? なに言ってんのよ」
「だって、魔法対決だって……」
「魔法対決で攻撃魔法なんて、使うわけないじゃない。発想が蛮族! あんた、いったいどこの学派よ」
「ええー……ごめんなさい、学派はないです」
「学派はないって、どういう意味よ!」
いやー、PvPと勘違いして、恥ずかしいね。
とりあえず、私は撃とうと考えていた≪マジックミサイル≫の存在を忘れ、この場に相応しい魔法を新たに考えることにした。
しかし、肉魔法≪バロメッツ≫かぁ。強烈なインパクトを持つ魔法だ。
ちょっと詠唱をしただけで、人の頭くらいの量ある肉を作り出せるとか、正直言ってすごい。
となると、私もインパクトの大きい魔法を使ってみせる必要がある。
最上級攻撃魔法? いやいや、何に対して撃つんだ。被害甚大すぎるよ。
となると、大賢者が持つ魔法で、インパクトが大きい魔法というと……。
「よし、決めた。魔法撃つよー」
「はっ、そうね、魔法勝負の最中だったわね」
「……≪アドバンスドサモン:オルフェウス≫」
大賢者が使える上級召喚魔法を唱えると、肉の花の隣に、竪琴を持った美しい精霊が現れる。
「なっ!? 何事!?」
少女は慌てるが、私はそれを無視して召喚した精霊に脳内で指示を出す。
支援技、発動せよ、と。
すると、精霊は竪琴を鳴らし始め、美しいメロディーを広場に響かせた。
それと同時に、支援効果を受けた私に活気が満ちあふれてくる。召喚獣オルフェウスが弾く曲は、一定範囲にHP、MP、STを微量持続回復させる効果を付与するのだ。対象は、全味方プレイヤー。
「す、すごい……≪バロメッツ≫で消費した魔力が戻ってきたわ……」
「どう? これが私の魔法の一つ、召喚魔法だよ」
おどろく少女に、私はそんなことを告げていた。
「召喚魔法……いったいどの学派が編み出したのか知らないけど……。うん、この勝負、あなたの勝ちでいいわ!」
「おや、素直じゃん」
「謎の無詠唱に、未知の魔法、魔力の回復なんて重ねられたら、負けを認めるしかないじゃない」
「そっか。肉魔法もすごいとは思うけどね」
「あら、肉魔法のよさが解るとは、見る目あるじゃない」
そういうわけで、私達は互いに歩み寄って、健闘を称えて握手を交わした。
そして、手を離してから、私は改めて広場のど真ん中に咲く肉の花を見る。うーん、やっぱインパクトがすごい。
「この肉、食用なの?」
私は少女にそう尋ねる。
すると、少女は満面の笑みを浮かべて答えた。
「当然! そこらの野生動物の肉より美味しいわよ。私の魔法は量だけじゃなくて、質も追求しているの。飽食の学派だけど、私は美食にもうるさいわよ」
「へえ。じゃあ、この肉も食べるんだ」
「どうしようかしら。姉さん、肉、いる?」
少女が魔法勝負を見守っていたジョゼットに話を振る。
だが、ジョゼットは首を横に振った。
「猪を狩ったばかりだから、しばらくはいらないな」
「そっか、じゃあ、コスモにでもあげようかしら。コスモー!」
少女がどこかに声を投げかけると、村長さん宅の陰から、一匹の黒猫がこちらに駆けてきた。
「うわ、可愛い」
そんな言葉を私は思わずもらしていた。犬派か猫派かと聞かれたら兎派と答える私だが、猫が嫌いなわけではない。むしろ好きだ。
「可愛いでしょう。私の使い魔のコスモよ」
うわ、少女の足元に駆け寄ったと思ったら、そのまま少女に持ち上げられたよ、この猫。
猫って、こんなに素直に触れさせてくれるものだっけ。
「はい、コスモ、晩ご飯よ」
少女が肉の花に猫を近づけると、猫は肉に飛びついて、むしゃむしゃと食べ始めた。
食べる、食べる、食べる……。
「って、めっちゃ食べるね、この猫」
「使い魔だから当然でしょう?」
「そうなの?」
「あんた、魔法都市で勉強、真面目にやっていたの? 使い魔は、食べ物からも魔力を得られるのよ」
へー、そうなんだ。使い魔って、魔力で動いているのかな?
私には、なんちゃって使い魔のイヴしかいないから、よく知らないや。
そうして、猫は見事に肉を全て食べきり、残った葉と茎は少女が何やら魔法を唱えて枯らせてから、そのまま引っこ抜いた。
「それじゃあ、もう日が暮れるだろうから、改めて明日にでもお話ししましょ」
「おっけー。あ、私の名前は、なぎっちゃ。あなたのお名前は?」
「あら、そういえば、自己紹介していなかったわね」
少女はカラカラと笑ってから、改めて言った。
「私は飽食の学派の魔法使い、マリオンよ。よろしくね、凄腕魔法使いさん」




