52.ゲームじゃないから戦ってハイ終わりとはいかない。
夜を徹しての解体作業が開始された。
討ち取られた狼の数は多く、まだ晩夏の季節ともあって、早くしないと腐り始めてしまうかもしれない。
かがり火が村の解体所に焚かれ、村人総出で作業が進められた。
そして、森に魔石狩りへ出かけていたのか、ヘスティアが森の方角からやってくると、「夜食じゃ!」と言って料理の準備をし始めた。
こうなると、私に手伝えることは食材の手配くらいしかない。倉庫にまだまだ余っていたマルドゥークの夏野菜を無償で提供し、高みの見物へと戻る。
すると、ベヒモスが腕に何かを抱えながら歩いてきて、私の前に立った。
「ほれ、陸王獣の心臓を守る装甲の、一番よいところだ。これで、先ほどの紙切れと交換するのだ」
「ああ、そんな話もしていたね。んじゃ、受け取るよ」
ベヒモスから一抱えほどもある物品を受け取ると、私はそのままアイテム欄に収納した。うん、『陸王獣の心臓装甲』ってあるね。確かに受け取った。
代わりに私は、『経験値10000チケット』とイヴの査定によるお釣りの銀貨を取りだし、ベヒモスに渡す。
「外に持ち出し厳禁だから、この場で使ってね」
「ふむ、用心深いことだな」
使い方を教えてあげると、ベヒモスはチケットの使用画面で迷いなく『はい』を選択した。
すると、ベヒモスがレベルアップのエフェクトに包まれる。ベヒモスに対して≪看破≫技能を使うと……、うん、『Lv.8』になっているね。超神なだけあって、ステータスの数値はとんでもないけど、数値上は『Lv.8』である。
「ふむ……力があふれてくるな! ふはは! これで数百年停滞していた我にも、さらなる力が!」
「んー、残念なお知らせ。数パーセントしか能力向上していないよ」
チケット使用前の≪看破≫で見えたステータスと、使用後のステータスは、ほんの少ししか変わっていない。
もとの力がすごすぎて、チケットで身体に注がれる魔力は、雀の涙でしかなかったのだろう。
「ほう、数パーセントも上がったのか」
「あ、そう捉えるのね」
「天上神である我の数パーセントだぞ? それは、相当なものだろう」
「あー、そう言われればそうかもね」
私がやっていたMMORPGではそうでもなかったが、数パーセントの攻撃力上昇を果てしない労力で得るゲームも地球にはよくあった。
「というわけで、もう一枚追加だ」
と、ベヒモスが図々しくも、そんな要求をしてきた。
「残念ながら一人一枚だよ」
「なぜだ!?」
「数に限りがあるんだよ。だから、一人一枚」
「そうか。さすがにこれほどの秘宝、そう数はないか」
「日数が経てば自動で補充されていくけど」
「とんでもないな!?」
うん、すごいよね、ログインボーナス。いったい、どこからアイテムを新たに増やすための力を補充しているのやら。
「我は天上神であり、完成した存在。地上神と同じように、己が持つ力は飽和しておった。その我に追加で魔力を注ぐなど、そなたは驚くべきことをしたのだぞ」
あー、先ほど見張り台で言っていた話か。神は力が飽和しているので、魔石の力を取りこむことができないってやつ。超神でもそうなんだね。
「そなたの力は恐ろしいな。神の力を増す手段が存在すると知れ渡れば、そなたのもとに世界中の神が殺到してきかねんぞ」
「神だろうが貴族だろうが、村人以外には売らないよ。際限ないもん」
「ふはは、そうか。神の要求を無視するなど無茶な話であるが、その無茶を貫けるだけの力は、そなたにあるな。それでこそ天上神よ」
それだけ言ってベヒモスは満足したのか、私のもとを去り、夜食を配っている方面へと向かっていった。
すると、そこに集まっていた子供達が、「ベヒ様だー!」とベヒモスに群がっていく。ベヒモス、あいつ子供に慕われているのか……。想像以上に村へ溶け込んでいるなぁ。
さて、手持ち無沙汰になった。やることがないので、私は解体の様子を見物しにいく。
しかし、血が出るわ内臓が出るわで、あまりのグロテスクさに数分でギブアップした。私は気分を変えようと、夜食コーナーへと逃げる。
そこでは料理をし終わったのか、ヘスティアが串焼きを両手に持って一息入れていた。
ヘスティアは私を見つけると、串を持ったまま小走りでこちらにやってくる。
「おお、なぎっちゃよ。ベヒモスの奴がやけにご機嫌じゃが、何かあったのか?」
どうやらベヒモス、経験値チケットを使って気分が向上していた様子をばっちり、ヘスティアに目撃されていたらしい。
「聞いても秘密としか言わないのじゃ! ベヒモスのくせにむかつく!」
ヤモリくん、意外と口が固かった!
でも態度を隠せないとか単純!
仕方ないので、私はヘスティアに村人限定販売の経験値チケットの存在を話した。
「私も村人じゃよな!?」
「うーん、まあ、ヤモリくんを村人判定するなら、ヘスティアも村人かなぁ」
とりあえず魔石でも持ってきたら売ってあげると話したら、ヘスティアはすぐさまどこかへ駆けていって、カバンを手に戻ってきた。
そして、カバンを漁ると、中からそこそこサイズの魔石をこちらに差し出してくる。
「今日、採れたばかりの魔石じゃ!」
「そんな、果物じゃあるまいし……」
そんなやりとりをしつつ経験値チケットをヘスティアに渡す。その場でしっかり使ってもらい、ヘスティアは無事に『Lv.8』になった。
「ふおおおおお! 力があふれてくるのじゃ! 無敵じゃ! なぎっちゃ、もう一枚! もう一枚!」
「駄目だよー。一人一枚」
「なんでじゃー! 私にだけ特別にもう一枚!」
「駄目ー」
「どうかお恵みをー! なぎっちゃ様ー!」
「ヤモリくんですら我慢できたのに、ヘスティアはできないの?」
私がそう言うと、ヘスティアはピタリと駄々をこねるのを止めた。
「ベヒモス以下に扱われるのは嫌じゃ……」
「どんだけ嫌がっているのさ……」
自分と他人を格付けしたがるところと、態度が尊大なところ以外は、割とまともだよ、あのヤモリ。
その二つが致命的なんだけどさ!
「仕方ないので諦めるのじゃ。しかし、なぎっちゃ。今後、何かすごい商品を売るときは、真っ先に私に教えるのじゃぞ!」
そう言いながら、ヘスティアは調理スペースへと去っていった。
本当、この村に住む神様は個性的な人達ばかりだね……。
情にほだされて貴重なアイテムを放出しないよう、気をつけなきゃ。なんて思いつつ、夜は更けていくのであった。




