50.一日一万歩は、ちょっと時間がかかりすぎる。
商品の仕入れに、村から出かけた帰り。
私は直接店舗に戻らず、村の中を散歩していた。
雑貨屋をやっている以上、村人との交流は大事だ。たまにはこちらから出かけて、顔を見せてまわるのも悪くないだろう。
そんな私が向かったのは、村の外れにあるガラス工房だ。
「こんちはー。見学いいかな?」
「おーう、なぎっちゃか。くれぐれも邪魔するんじゃないぞ」
「大丈夫だよー」
工房は広く、他の家々と違って石造りの床だ。炉があるので、火事を防ぐための処置だろう。
現在作業中の職人さんは三人いて、それぞれが吹きガラスで瓶を作っている。
長い筒に息を吹き込み、ガラスの玉を膨らませるやつだね。
「おーおー、大量に作っているなぁ」
ずらりと並ぶ完成した小瓶を見ながら、私はそんなことをつぶやいた。
すると、休憩していた一人の職人さんが、こちらに近づいてくる。
「おう、ポーションを増産するってんで、てんてこ舞いだ」
「ガラス瓶に入れるとか、贅沢だよね」
二十一世紀の日本ならともかく、この国ではまだガラス瓶は高級品のはずだ。
普通なら、液体を保管するには陶器の瓶を使う。
「ポーション自体が高級品だからな。高級品は高級な器に入れるのが相応しいってもんさ」
「そんなものかぁ」
「そんなものだぜ、商人さんよ」
職人さんに商人としての価値観を教えられてしまった。
『ちなみに、ガラスの器は高級感以外にも、薬品に溶けにくいという利点がありますよ』
と、そんなことをイヴが横から伝えてくる。
なるほど、科学的根拠があるんだね。
「しかし、こんだけガラス瓶を作るにしても、材料はどこから買ってきているの?」
「ああ、買っているんじゃないんだ。南の山を一つ越えたところに、珪石の鉱床があってな。村所有の鉱山扱いになっているから、そこから採ってきている」
「ガラスの材料って、珪石なんだね」
「そこからかよ。珪石を砕いた砂にいろいろ混ぜて溶かすんだよ」
「いやー、単に砂を使うとしか知らなくて」
パソコンで遊んでいたサンドボックスゲームでは、砂をかまどで熱するとガラスが作れたんだよね。しょせんはゲーム知識か。
せっかくだから作る様子を見せる、と言われたので、私は職人さんの横についてガラス瓶ができるまでを見学してみた。
うーむ。
「しかし、炉があるから暑いねー。真夏は大変だったんじゃない?」
ガラスを溶かすための炉が稼働しているため、室内はものすごい温度だ。職人さん達は、こまめに水と塩を補給している。
「なぎっちゃにも、暑いって感覚あったんだな」
「そりゃあるよ。まあ、火に当たっても火傷はしないと思うけど」
「うらやましい体質だな!」
その後、私はお土産にトンボ玉を貰って、ガラス工房を後にした。
村長さんが自慢するだけあって、しっかりした人達だったね。
さて、次はポーション関連ということで、村の薬草畑を見にいこう。
私はのんびりと歩きながら、村の北側へと向かった。
薬草畑に到着。ジョゼットが何やら作業をしていたので、私はジョゼットに手を振って叫んだ。
「おーい、ジョゼット! 遊びに来たよー」
「なぎっちゃ……私は仕事中なので、かまえないぞ」
ジョゼットが呆れたように言うが、その近くにいたおじさんが彼女に向けて言う。
「ちょうどいい。ジョゼット嬢ちゃん、休憩しな」
「む、そうか。では、少し休ませてもらう」
ジョゼットは作業手袋を外して、首に巻いていた手ぬぐいで額の汗をぬぐうと、こちらに向けて歩いてくる。
私はそんなジョゼットに、アイテム欄からジュースを取り出して渡してあげた。
「これは……ありがたい」
「スタミナ持続回復効果があるジュースだから、疲れが吹っ飛ぶはずだよ」
「お前はまた気軽にそんな物を……」
そう言いながらも、ジョゼットはジュースを一気飲みした。よほど喉が渇いていたんだろう。
そして、ジョゼットがジュースを飲み干すと、彼女が持っていたジュースの瓶は虚空に溶けてなくなった。
それを驚くこともなく見ていたジョゼットは、ふう、と一息ついて手ぬぐいで首回りを拭き始めた。
そんなジョゼットに私は言う。
「ジュースのお代として、ちょっと畑見学に付き合ってよ」
「それくらいならかまわないが」
それから私は、ジョゼットに案内されて、どの区画にどのような薬草が植えられているかを見てまわった。
「そこは緑肥にするために、豆を植えているところだな」
「緑肥かぁ」
確か、豆類とかを育てて、草が青い状態で畑にそのまますき込む、肥料の一種だったかな。
「同じ作物を連続して育てると、土壌に必要な栄養分が足りなくなってしまう。そのため、畑を休ませたり豆を育てたりするのだ」
「へー、意外と科学的だね」
「科学的か……学問は知らないが、昔からの知恵で、一度栽培した後は豆を植えるといいとされているな」
「土壌の窒素回復になるんだよ」
「ちっそってなんだ?」
「えっ……」
あらためて聞かれると、なんだろう。
「空気……かな?」
「は? 空気を土に含ませるということか?」
「いや、そうじゃなくて、空気に含まれる窒素って成分が、作物の栄養になってね……詳しくは知らないけど」
「よく解っていないのではないか。うろ覚えの知識など披露されても、どうしていいか判らんぞ」
「うっ、そうだね……」
私には現代知識チートをするだけの、農業知識は無い!
イヴだったら解るかな、と聞いてみたが、農業関連を地球で調べた履歴は特に残っていない、と返ってきた。
神様の名前とか調べているのに、農業ノータッチかよー、かつての私。
と、そんなやりとりをしていたときのこと。村の北側が急に騒がしくなり、魔獣の森の中から村の戦士達が複数名、走り出てきた。
何事だ、と農夫達の作業の手が止まる。
「大変だ! 狼王が出た!」
その戦士の言葉に、周囲がざわりとする。
「警鐘を鳴らせ! 戦士を集めるんだ!」
その言葉に、農夫達は一斉に行動を開始した。
ジョゼットも「武装してくる」と言って、村の中央へと駆けていった。
えーと、私はどうすれば? そう思っていると、村に鐘が鳴り響き、しばらくすると武装した村長さんが『Lv.8』の驚異的な身体能力で南側から駆けてきた。
「なぎっちゃ! いいところにいた!」
「あ、うん。戦線に加わればいいかな?」
「ありがてえが、相手は群れで来る。北の見張り台の上に登って、戦況を見守っていてくれ! 必要なら、そこから魔法を撃ってくれ!」
指示を受け、私は魔獣の森のすぐそばにある見張り台に向けて駆けだした。
村の戦士達があわてる狼王。どんな魔獣なのだろうか。




