49.敵キャラに悲しき過去とかあんまり好きじゃない。
「あ、どうもご丁寧に。なぎっちゃです」
少女の挨拶に、私はそんな言葉を返す。
「まあ、そんな堅苦しい言葉はおやめになって。もう少しフランクな感じでお願いいたします」
「あ、はい。うん」
「では、もう一度初めからやりなおしましょう。お初にお目にかかります。私、この屋敷の主をしているヘルと申します」
えーと、リテイク?
「どうも。なぎっちゃだよ」
「よろしくお願いいたします。ああ、とうとう二人目のお友達が……!」
「お友達って、イヴ、どういうこと?」
『ぜひお友達ご本人の口からお聞きください』
「友人の私に、なんでもお聞きくださいまし!」
いつの間にか私とこの子の間に、友誼が成立している……!
「えーと、ヘルさんや。私がお友達とはいったい……?」
「私の親友イヴから、新しいお友達として、なぎっちゃを紹介していただいたのですわ。ああ、それがまさか、尊き神を超えし神だなんて……」
うおーい、イヴ。私が見てないところで何やってんのさ。
「とりあえず、一から。一から説明して」
状況が読めない私は、そんなことをイヴに向かって言っていた。
それに対し、反応したのはイヴではなくヘルだ。
「何を一とすればよろしいでしょうか?」
「イヴと出会ったところからかなぁ……」
「うふふっ、解りましたの。では、親友イヴとの邂逅から……」
ヘルは、満面の笑みでゆっくりと話し出した。
六百年の長きにわたり、屋敷に引きこもっていたヘル。使用人達とも六百年以上の付き合いで、ヘルは現在の生活に飽きがきていた。
しかし、屋敷を飛び出して外の世界に遊びにいこうにも、使用人達が必死に止めに入る。
曰く、屋敷の外は危険に満ちていて、邪神が虎視眈々とヘルの身柄を狙っていると。
さすがに邪神は恐ろしく、ただ怠惰に屋敷での日々を過ごすしかないヘル。
そんなある日、自分の持つ神器『ナグルファル』に侵入者を示す反応があった。
それは、人の頭ほどの大きさを持つ飛行物体で、それを感じ取ったヘルはあわてて使用人達を呼んだ。
魔獣はこの屋敷には近づくことができない。考えられるのは、人が操る魔道具か、神が操る神器。
使用人達は必死で屋敷を捜索するが、その姿は見つけられない。
ただ唯一、神器を持つヘルだけは、その居場所を捕捉できた。
相手はどんどんとこちらに近づいてくる。
ヘルは、六百年ぶりに引っ張り出した攻撃用の神器『必中の槍』を手に、緊張の中、相手を待った。
そして、相手はヘルの前で停止する。ヘルは、槍を強く握って構えた。
その次の瞬間、見えない相手は突然、姿を現し言葉を放った。
『初めまして。世界の探究者をしているイヴと申します。滞在の許可をいただけますか?』
「――その日以来、イヴは私の大親友になったのですわ」
……えーと、どこから突っ込めばいいかな。
イヴ、世界の探究者って何? ステルスドローンを放っているのは知っていたけど、他でもこんなことしているの……?
まあ、その件についてはあとでイヴをとっちめるとして、私はヘルにとりあえず一番気になっていたことを確認した。
「ヘルって神様?」
「はい、以前、聖王国ヴァルハラで主神の一人をしておりました」
「そのヘルに六百年付き従ってきた使用人さん達も、神様?」
「いえ、彼らは、神器の力で永遠の命を与えられた従者ですわ」
「なるほどなるほど……あの滅んだ都市の神様かぁ……」
「ヴァルハラを見てきたのですわね。では、ヴァルハラの歴史もご説明することにしましょう」
ヘルが、とつとつと話し出す。
魔の領域と呼ばれる、魔力に満ちた魔獣の生息地域。そこには、かつて聖王国ヴァルハラという大国家があった。
主神オーディンが持つ死者を蘇らせる神器『ヴァルキュリア』によって不死の英雄をそろえ、もう一人の主神であるヘルが持つ空間を操る神器『ナグルファル』で世界中と交易し、王国はこれ以上ないほど栄えた。
ある時、天上界から降臨し、いまだ形になっていない創世の力を見つけたヘル。
さらなる王国の繁栄のために、空気中に含まれる変質した創世の力、すなわち魔力を取り出し、魔石という形に変換する神器を作りだそうとした。魔石は、かつて魔法の神が権能で作り出していたという魔法都市の秘宝で、その魔法の神は当時すでにこの世にはいなかった。
気合いを入れて創世の力を神器へと変えたヘルだが、当時の彼女の心は邪念に囚われていた。国民から絶大な支持を受けるオーディンへの嫉妬心だ。
その嫉妬心が悪意となり、神器は人に害をなす魔獣を生み出す存在となってしまった。
神器の力により王国の土壌が魔力で汚染され、魔獣が発生するようになる。結果、魔獣によって国はあえなく滅亡。
オーディンも魔獣との戦いで死亡した。
魔獣を生み出す神器の所有者であるヘルは、魔獣に襲われることなく生き延びた。だが、自分の王国が滅びたことにひどく悲しみ、ナグルファルで造りだした空間に引きこもった。
その空間ヘルヘイムの奥底には、魔獣を生み出す神器『魔獣の大鍋』が設置されており、その神器を強大な魔獣が今も守り続けているのだとか。
「といういきさつがあったのですわ……」
「はー、なるほど。神器を作るのって、失敗もあるんだねぇ」
そういえば、天女の羽衣を作り出したときも、神官さんは心を無にってしつこく言っていたね。
「そして、引きこもること六百年。私も、いい加減新しいお友達が欲しかったのです。そこにやってきてくださったのが、イヴとなぎっちゃですの」
「なるほどなるほど」
六百年の引きこもりかぁ……。
「解った。私でよければ、友達になるよ」
「まあっ、嬉しいですわ……!」
そういうわけで、その日は屋敷に一泊していくことになった。
夜になると、屋敷のダンスホールで晩餐会が開かれた。
私は倉庫の中のアバターコスチュームから、ドレスっぽい衣装を選び、天女の羽衣に適用した。ゲーム時代のガチャの副産物だけど、思わぬところで役立ったね。
「ずっと引きこもっていたわりには、屋敷は整っていて、食事も立派だね」
立食で食事を取りながら、私はひな鳥のごとくそばについてくるヘルに、そんなことを言った。ドレスに着替えた使用人達がダンスを踊っているが、私はダンスができないのでスルーだ。
「従者を神器ナグルファルで世界各地に送り、魔獣の素材を売らせていますの。ですので、物資が途切れることはありませんわ」
空間を操作する神器って、転移が使えるのか。
そういえば以前、ジョゼットが私の転移魔法を指して、伝説の転移とか言っていたな、などと思い出す。
「しかし、ナグルファルで作り出した固定空間は移動できないのです。なので、このヘルヘイムもヴァルハラの王都から動かせず、六百年間、ここへは誰も訪れなかったのですわ」
「あの都市遺跡のあたりは魔獣も強いから、神でも危険だろうねぇ……。ここまで来られるの、ベヒモスくらいじゃないかな」
「ベヒモス様は、私に興味はないでしょうね……」
まあ、そうだろうね。ヘルヘイムにいた強力な魔獣なら、戦う相手として興味持つかもしれないけど。いや、そもそもベヒモスってバトルジャンキーなのかな? なんかそういうのとは違うと感じるんだよね。
「魔獣さえいなければ、私も自由に過ごせたのかしら……」
「んー、私の権能なら、神器を糧に変えられるよ。魔獣を生み出す神器を処分できるけど」
そんな私の言葉を聞いて、ヘルはその場でスッと目を閉じた。
そして、ゆっくりと口を開く。
「魔獣と魔石は、今の人類にはなくてはならない資源になっていると、イヴに聞きましたわ。ですので、そのままにしておいてくださいまし」
「そっか。じゃあ、その神器を守る魔獣も狩らない方がいい? というかこのヘルヘイムの魔獣は狩らない方がいい?」
「ヘルヘイムの魔獣は日々増え続けていますので、自由に狩っても構いませんわ。ああ、でも……」
ヘルの言葉に、レベル上げができると喜びそうになったところで、ヘルはさらに続けた。
「神器の周辺を守る魔獣は狩らないでくださいまし。悪い神に持ち出されて、どこかの国の中心にでも設置されたら大変なことになってしまいますわ」
「了解。奥地には行かないようにするよ」
「はい。それで、あの……」
「ん、なーに?」
「魔獣を狩りに来たときは、この屋敷に寄ってくださいますか……?」
「うん、おっけー。というか、魔獣狩りしないときも遊びに来るよ。私、便利なアイテムを持っていてね」
私はそう言いながら、アイテム欄を開いて、一つのアイテムを取り出した。
それは、ゲーム時代、毎日のように使っていたのに、この世界に来てからあまり使わなくなったアイテム。
「テレポートバインダー。転移魔法で跳ぶ場所を登録する本だよ。これがあれば、空間を隔てたヘルヘイムにも跳んでこられるよ」
「まあ……!」
ヘルは口元に手を当て、驚きの声を上げると、感極まったといわんばかりに瞳へ涙を浮かべた。
それから私は晩餐会を楽しむと、ヘルの部屋にお泊まりしてイヴと三人で女子会をした。
楽しい時間はすぐに過ぎ、翌日。私は、使用人達からお土産と言われて、ヘルヘイム産の奇妙な果物を渡され、屋敷を後にした。
屋敷の正門前をテレポートバインダーに登録し、さらにテレポートバインダーに登録してあった自宅の寝室に転移魔法で直接跳ぶ。
「ただいまっと。ふう、なんだか最近、神様の知り合いどんどん増えるなぁ……」
『類は友を呼ぶと言いますね』
「悪い子達じゃないから別にいいけどね。ヤモリくんみたいなケースはもう勘弁だけど」
『ヘル様は良い子なので、マスターの交友関係を広げるのにきっと役立つでしょう』
こやつめ。今回のイヴは正直、独断専行が過ぎるが、事態は悪く転ばなかったのでよしとしようか。
「ところでイヴ、他に私へ隠している、とんでもない知り合いとかいないよね……?」
『必要があれば、適宜ご紹介します』
こ、こいつ……。
自分が宇宙船の管理AIだということを忘れているのではないかと、私はイヴに全力で突っ込んだ。




