48.異世界といえば魔王。異論は認める。
今日は雑貨屋の定休日。私は家でのんびりと休暇を取ることはせず、経験値稼ぎに魔の領域にやってきていた。
魔獣の森を越え、草原地帯に。ベヒモスが元気に巨大な魔獣を狩っていたのが見えたので、狩り場が被らないようさらに北上した。
北上中にイヴが『近くで面白い物が見られる』と言いだしたので、グリフォンキングのアーサーくんを駆ってそちらに向かう。
すると、そこに見えたのは、巨大な都市の残骸だった。
「こ、これはもしや……古代遺跡!」
壁に囲まれた、巨大都市跡。植物が侵食しているが建物は無事で、歴史ロマンをビンビンと感じさせた。
『六百年前に滅んだとされる、聖王国ヴァルハラの首都です』
「こんな魔の領域の真っただ中に、国なんてあったんだ……」
幻の魔法王国とかかな? ファンタジーの息吹を感じる……!
『いえ、魔獣がこの地に出現したのが、ちょうど六百年前です』
「魔獣って、この世界に古くからいる生物じゃないの?」
『違うようですね。聖王国の神が神器を作り出す際に邪念を込めた結果、神器から魔獣があふれ出すようになってしまったそうです』
「こわー……」
私はアーサーくんを操作し、都市の上空を飛ぶ。
『マスター、左手に見える大きな屋敷の中で、さらに面白い物が見られますよ』
「えっ、建物の中に入るの? 崩れない?」
『頑丈なコンクリートの建物ですので、大丈夫でしょう。万が一生き埋めになっても、転移魔法があります』
「確かに瓦礫に飲まれた程度じゃ死なないけどさ……」
私はイヴの誘導に従い、アーサーくんを降り屋敷の中へと入った。
屋敷の中は窓から日光が差し込んでいて、思いのほか明るい。かつては日常的に使っていた建物なんだから、廃墟だろうが日中は明るくて当然か。そんなことを思っていると、視界の端に飛行物体が見えた。
魔獣、ではない。イヴが操作する、ステルスドローンだ。イヴは普段これを何百機も地上に派遣して、日々情報収集を行なっている。
『こちらへ』
ステルスドローンを追っていくと、ある部屋の前に辿り着いた。木製の扉は朽ちていて、開けっぱなしになっている。
そして、その入口の向こうには……なにやら空間の歪みが存在した。
「なんだこりゃ?」
『別空間へとつながっています。行きましょう』
「あ、こら、待って」
ステルスドローンが空間の歪みに飛びこんだので、私は慌ててそれを追った。
そして、歪みを越えたところで、私は思わぬものを目撃する。
「な、なんだここ……」
そこは、闇の世界だった。黒い土の大地が広がっており、空は紫色。断続的に、稲妻が激しく鳴り響いている。
ま、まさかここは……。
『ここはヘル――』
「魔界でしょ! イヴ、ここ、魔界でしょ!」
『……そうですね。魔界かもしれませんね』
「うおお、ファンタジーの息吹を感じる……!」
私がそんなことを叫んでいると、視界の端から何かが近づいてくるのが見えた。
それは、巨大な恐竜とでも言うべき生物。
「うわー、魔界の生物! 魔物だー!」
『そうですね。魔獣ですね』
「来い! 魔王の手先め! 大賢者が相手だ!」
魔物との壮絶なバトルが始まった!
◆◇◆◇◆
「んもー、単なるでかい魔獣じゃん。イヴ、言ってよー」
『言いましたが?』
「でも、経験値は魔竜なんかより多かった。ここ、最高のレベル上げスポットだね」
あの恐竜を倒した後も、魔獣は次々と湧いて出てきて、そのことごとくを私は倒した。
アイテム欄にすごい勢いで素材が溜まっていったが、そのどれもが魔の領域で見たことがない物だった。魔石が入っていたから、ただの魔獣だって気づけたけど。
そして現在、イヴの先導でどこかへと歩いていっている。
黒い大地には、ところどころにおどろおどろしい木々が生えており、進む道はその木がたくさん生えている方向だ。
やがて、私は森へと到着する。だが、その森、少しおかしい。
「道がある……?」
『この道を進みましょう』
「お、おう……」
森に入ってから魔獣の襲撃はなく、ひたすら歩いていくことになった。
森の道を進むこと十分ほど。急に森が開けて、目の前に信じられない光景が飛びこんできた。
なんと、屋敷が建っていたのだ。二階建ての洋館である。
魔界に、屋敷。
「魔族の根城……!」
『いいかげんそのノリから離れませんか、マスター』
「いやでも、魔界らしき場所に立つ屋敷を他にどう表現しろと」
『この先、人が居ますので、失礼がないようお願いします』
「魔族と会うのかぁ」
『人です』
そんな会話を交わしながら屋敷に近づいていく私。
そして、屋敷を近くからまじまじと見た。
「これ、石積みに見えないけど、コンクリート製?」
『そうですね。あの都市遺跡と同じ工法で作られています』
「魔族は幻の魔法王国の生き残りだった……!」
『くれぐれも失礼がないようお願いします』
屋敷の扉に到着したので、私はイヴにうながされてドアノッカーを叩いた。
すると、扉の向こうから「少々お待ちください」と声が聞こえ、扉がゆっくりと開いていった。
そして、扉の向こうにいたのは、一人の若い女性であった。以前、ソフィアちゃんの乳母が着ていた服に似た女中さんの格好をしている。
「ようこそいらっしゃいました。最も新しき超神様。私達一同、歓迎いたします」
そう、バックスの国の言葉で、女性が私を迎えた。
「えー。なんで私のことを? って、イヴしかいないか……」
「はい。イヴ様には、大変お世話になっております」
「イヴ、あんたの交友関係、一度じっくり聞きたいんだけど……」
『世界各国に友人がいます』
「想像以上にワールドワイド……!」
そんな会話をしていると、女性が「どうぞ中にお入りください」と、うながしてきた。
状況を理解できない私は、とりあえず「お邪魔します」と言って、屋敷に招かれることにした。
玄関を進み、エントランスホールらしき場所へ足を踏み入れる。
すると、そこには女中さんが大量に整列しており、私に向けて一斉に言葉を投げかけてきた。
「いらっしゃいませ、なぎっちゃ様」
「ふ、ふおおおお……」
な、なんだかよく解らないが、今、ものすごく貴重な体験をした気がした!
私は女中さん達にかしずかれながら、最初の女性の案内に従ってエントランスホールを進む。
「あのー、ところで、私はここで何をすれば?」
「イヴ様からお聞きになっておりませんか?」
「聞いていないねぇ」
『マスターが変な話で一人盛り上がっていたので、言いそびれました』
「私が悪いのか! いや、確かに悪かったね!」
ファンタジーの息吹とか言っている場合じゃなかったわ。
すると、女性はクスっと笑い、私に向けて優しくさとすように言った。
「なぎっちゃ様には、この屋敷の主人であるヘル様との面会をお願いいたします。主人は、なぎっちゃ様のご来訪を大変喜んでおります」
どうやら、そういうことらしいよ!
屋敷の奥へと向かった私は、広い部屋に案内された。その部屋の中央に置かれた豪勢なテーブル席へと私は座る。
正面には、金髪を綺麗に結い上げた十代後半ほどの美しい少女が、優雅に座っている。
「お初にお目にかかります。私、この屋敷の主をしているヘルと申します」
少女はそう言って、ふわりと笑みを浮かべた。




