45.財布の中に割引券やクーポン券を溜めていたかつての私。
ベヒモスとの一戦は、反省点がいろいろとあった。
その一つとして、最初、防具を何も装備していなかったことが挙げられる。
自分の家の中だからと、大賢者のローブを脱いで村娘ファッションで過ごしていたのだ。最初からしっかりローブを着ていたら、少なくとも危険域までHPを削られるということはなかっただろう。
ここは安全な日本ではない。どこに危険が転がっているか判らない異世界なのだ。
正直、私はこの世界を舐め過ぎていた。反省しよう。
では、常時防具を装備していればいいのだろうか。否、四六時中着ているわけにもいかない。行商するときは商人として相応しい格好があるし、寝るときは寝間着を着る必要だってある。
そうなると、好きな服を着つつ、防御力も確保するという状態が理想だ。
そんな理想を実現するには、神器が必要だ。そう、クローゼットクロース(仮)とボックスシューズ(仮)の出番だね。
「というわけで、これから神器を作成するので、お手伝いよろしく!」
とある日の午後、私は開店日を迎えたばかりの雑貨屋を閉めて、神殿に向かった。そして、掃除をしていた神官さんと見習いくんに、そんな言葉を開口一番放った。
「そうですか。では、あの仕様書を最終稿としましょう」
「あわわ……あのデザインで本当にいいんでしょうか……」
神官さんと見習いくんが、それぞれ対照的な反応を見せた。
最終稿。実は仕様書だけど、以前神官さんに見せた後に、幾度か修正を加えてある。
大きな修正点は、クローゼットクロースとボックスシューズを一つの神器にまとめたこと。
同じ機能を持つ神器なので、まとめてしまった方が消費する創世の力も少なくて済むとのことだ。
そして、見習いくんは、首飾りとクローゼットのみにしぼられた神器のデザイン案をいくつも出してくれた。
その案の中で話し合い、すでにどのデザインを採用するかは決めてある。
クローゼットはシックな一品。首飾りは優雅さがありつつ、商人が身につけていてもいやらしさがない、秀逸なデザインとなっている。
「では早速、儀式を執り行ないましょう」
というわけで、礼拝堂を借り切って、神器作成を開始した。
「心を無にして創世の力に干渉し、作りたいものを願うのです。今回の場合、まずはデザイン画を頭に思い浮かべ続けるとよいでしょう。その次に、仕様書を一行ずつゆっくりと読み上げていきましょう」
私は言われたとおりに、手に持った仕様書から、デザイン画のページを開く。
美しい首飾りだ。デザイン画の隅には、この国の言葉で『ダミアン』と署名が書かれている。見習いくんの名前だね。意外とダンディな名前をしている。
おっと、余計なことは考えちゃいけないんだった。心を無に、心を無に。
「邪念や悪心を抱いてはいけません。悪意を取りこめば、神器は人に害をなす存在となってしまいます。この神器は守りの神器。人を傷付ける力は不要です」
平常心、平常心。
よし、手元に首飾りの形ができてきたぞ。この調子で、仕様書を頭から読んで、作られたガワに創世の力を注ぎ込むんだ。
大丈夫、私はこれまで、酒杯と皿とホワイトホエール号をちゃんと作り出してきた。
あのときと同じように、力を形に――
◆◇◆◇◆
神器の作成は成功した。
クローゼットクロースとボックスシューズを合わせた機能を持つ神器と、肌着と下着をセットにした神器をそれぞれ正確に作り出せた。
私は家に帰って早速、下着と肌着を身につけ、神器の首飾りをクローゼットの形に展開する。
防御力確保用に、本来私では装備できない『アダマンタイトプレートアーマー』を。
特殊効果用に、魔法威力を大幅に上げる大賢者用装備の『大賢者のローブ』を。
見た目変更用に、この世界で購入した夏のワンピースをそれぞれクローゼットにセットした。
靴も、防具は『アダマンタイトプレートアーマー』の脚部分を。
特殊効果は、森に入ることが多いので『ハイエルフのブーツ』を。
見た目部分は、涼しげなグラディエーターサンダルをセットした。
そんな夏真っ盛りな見た目を確保した私は、開拓村から離れてとある場所へと訪れていた。
そこは、バックスの国からいくらか離れた場所にある、豊穣神の里。
豊穣神マルドゥークが持つ荘園で、彼女自ら農作の指揮を執っているという神域だ。
今回、イヴがマルドゥークにアポを取ってくれたので、遠慮なく転移魔法で里の近くまで飛んだ。
見知らぬ人物が神域に歩いていっても捕まるだけとイヴに言われたので、現在私は、グリフォンキングのアーサーくんに乗って一面の麦畑の上を飛んでいる。
マルドゥークがあらかじめ私の訪問を知らせてくれたのか、グリフォンを見ても農民達が驚くことはなく、逆にこちらに手を振ってくれている。これ、歩いても捕まらなかったのでは。
うーん、しかし、のどかだねぇ。
私は畑を越えて、家々が並ぶ拠点に到着。空飛ぶ船が停泊している広場へと降り立った。
そこには、炎天下だというのに、輝く鎧を着た一同が整列していた。
そして、その先頭にマルドゥークがいて、私を迎え入れてくれた。
「ようこそお越しくださいました。歓迎いたします」
「お世話になるよ。はい、これお土産」
天国のワインを一本、マルドゥークに手渡す。すると、彼女は「ありがとうございます」と平常心で礼を返してきた。
ふふふ、バックスやヘスティアから、そのワインの美味しさを聞いていないな。あとで、おどろくとよいぞよ。
というわけで、歓迎を受けた私は、里にあるちょっと大きめの一軒家に通された。
なんでも、ここはマルドゥークの家らしい。神様なのに、豪華な屋敷じゃないんだなぁ。いや、私も開拓村では屋敷なんて持っていないけどさ。
さて、応接室らしき部屋に通された私は、椅子に座って、マルドゥークに今回の用件を話し出した。
それは、命名の神器を使った、私の神器への名付けの依頼。
私が持っている名前が付いていない神器は、酒杯と皿と首飾り、肌着下着セット、そして邪神の杖だ。
ホワイトホエール号は、ゲーム的な名前がすでについているので、名付けの対象外とする。下手にホワイトホエール号から名前を変えてしまったら、不具合や弱体化が起こる可能性があるからね。
私は首飾りをマルドゥークに見せ、アイテム欄から酒杯と皿を取り出す。そして、最後に邪神ファーヴニルが持っていた神器の杖を取り出した。
そして、それぞれの神器がどういう物なのかをマルドゥークに語っていく。
黙って私の言葉を聞いてくれていたマルドゥークは、私の言葉が終わると、ようやく口を開いて言葉をつむぎ出した。
「残念ですが、神の名は積極的に付けるようにしておりますが、神器の命名には消極的立場を取らせていただいています。特に、武器に関しては」
「あれ? そうなんだ」
「はい。多くの神器には意思が宿っておらず、人づてに渡ってしまうもの。悪しき者のもとに強力な武器の神器が渡ってしまっては、人を害することに悪用されてしまいかねません。ほら、ヘスちゃんの持っている包丁も、それらしい名前がついていないでしょう?」
ああ、確か、『千の剣』とか呼んでいたね。あらゆる武器に見た目を変えられるという神器だ。
私が思い出している間に、マルドゥークはさらに言葉を続ける。
「武器の神器というものは、神器の原則に反して、人を害することができる悪意の込められた物品です。なので、私としてはその存在を積極的に承認したくはないのです」
「なるほど、じゃあこの杖はなしだね。となると、私の所持している神器で、残るは酒杯と皿、首飾りと肌着セットだけど……」
「一品だけならば無料で名付けいたします。それをもって、先日、ベヒくんをあなた様のもとに連れていってしまったお詫びとさせていただきたく思います」
「あ、そう? いろいろ融通するつもりだったんだけどね」
課金アイテムとか、ガチャの景品とか、放出してもよかったんだけどね。
「ちなみに、無料じゃなかったら、料金はどんなことになっていたの?」
私は気になって、そんなことを尋ねていた。
「そうですね。なぎっちゃ様ですと、酒蔵を丸ごと一つ埋めるだけの神の酒を提供していただいていたでしょう」
「そ、そりゃあまたすごい量で……」
一品無料か。酒杯と皿は現状、能力に不満を感じていないし、肌着はしょせん肌着。ここは、首飾りだけ名付けを行なうことにしようか。




