36.新築一戸建てマイホームは男の夢と言うけど、駅近くとかの利便性を捨てるほどなのか。
朝食を食べた後、朝の入浴を済ます。
ホワイトホエール号までわざわざ戻って、そなえつけのシャワーと猫足バスタブで全身ピッカピカだ。身ぎれいにすると、今日も一日頑張ろうって気になるね。
入浴後の化粧は最小限。ホワイトホエール号のショップには薬用石鹸はあれども化粧品なんて売っていないし、この世界の化粧品はどこまで信用していいか判らないからね。白粉に鉛が入っていたら目も当てられない。
幸い、今の私は十代の見た目に若返っているので、化粧をしなくてもピチピチ肌だ。
すっぴんで出歩いても、相手に失礼になるということはないだろう。
というわけで、身支度を整えたので、本日の行動開始。
本日の予定は、家の内覧だ。とうとう村に、私の家が完成したのだ。
ホワイトホエール号から村長宅に転移魔法で戻り、村長さんと一緒に新築の家へと向かう。
目的の家は……村長宅のすぐそこだ。
村の中央広場近くに建てられた大きな家。店舗と住居を併設して作られた、広い建物である。
店舗である。そう、私はついに露店を卒業して、自分の店を持つことになるのだ。
「こんな立地で本当にいいの? 新参なんだから村はずれとかでいいのに」
大きな建物を眺めながら、私が言う。
すると、村長さんが呆れたように言い返してきた。
「雑貨屋を村はずれに置いてどうすんだよ。不便だろ」
確かにそうか……。私は、村で唯一の雑貨屋をやるのだ。
「とにかく、これで我が村にも雑貨屋が誕生だ。ここまで長かったな……」
感慨深げに村長さんがそう言った。
「あはは、ときどき商品仕入れに行商行くから、毎日開いているとは限らないけどね」
「そこは、店員を雇うなりしてくれ」
「んー、了解、考えとくよ」
まずは私が実際に店をやってみないと、店員に教える仕事内容すら解らないから、しばらくは一人だけどね。
さて、内覧だ! と思ったところで、近くにある神殿から、人が出てきたのが見えた。神様のヘスティアだ。
「おお、なぎっちゃ。おはよう。今日は予定、空いておるか?」
「おはよう。ごめん、今日これから、完成した私の家の内覧をするんだ」
「ほう。それなら私もついていこう。かまどがしっかりしているか、見てやろうではないか」
村長さんが、ぎょっとした顔をしたが、かまわず私は「いいよいいよ」と言って、ヘスティアを招いた。
さて、改めてお家拝見だ。
まず、広場正面の店舗入口へと向かう。
開き戸の扉を開けると、扉についていた鐘がなり、綺麗な音が店舗内に響く。うん、この音いいね。
店舗は木造建築で、床も壁も木の板でできている。
天井は高く、上を見上げると複雑に組まれた梁が見える。
へえ、しっかりした建物じゃないの。
「田舎の家だから、土壁に藁葺屋根を出されたらどうしようかと思っていたけど、ちゃんと木でできているんだねぇ」
「木材は豊富だからな。村のどの家も木造だろ?」
私の感想を受けて、ほこらしげに村長が答える。
そんな村長さんに、ふとした疑問をぶつける。
「わざわざ魔獣の森から木を伐ってくるの?」
「ああ、木こりは普段、南の里山で間伐をするが、魔獣の森でも適度に木を伐らせている。森の見通しをよくしてやる必要があるからな」
なるほど。間伐とは、密集し過ぎた木の一部を伐ることで、他の木の成長を助けてやることを言う。
魔獣の森で間伐するのは、木材を入手する目的だけじゃなくて、戦士達の視界を確保して安全に行動させる目的もあるってわけだ。
そんな会話をしつつ、店舗を眺める。
店内は、広い空間があるのみで、棚やカウンター等は存在しない。それらの品は、私が他の町から買ってきて運び入れる予定だ。すでに他の町の木工店に注文済みである。
それよりも、気になったのが一つ。
なんと、壁の窓に、窓ガラスがはめ込まれている! 木製の窓ではないのだ。
透明度も十分なしっかりとしたガラス板が、太陽の光を店内に導いている。
「村長さんの家にもあったけど、窓ガラスなんてあるんだねぇ」
「なんだ、なぎっちゃ知らないのか。村にはガラス工房があるんだぞ」
「へー、知らなかった。でも、日用のガラス器を作るのと、大きなガラス板を作るのとじゃ、難易度が全然違うよね。よくガラス板なんて作れるねぇ」
「そこは、職人の腕の見せ所ってやつだな。うちの村のガラス工房は、町の工房にも負けねえ」
村長さんがそんなことを言うと、ヘスティアが反応した。
「ほう。それはよいことを聞いた。あとで、食器をいくらか買ってくるとしようかの」
すると、村長さんは一瞬困った顔をしたが、すぐに表情を戻した。
神様に渡すほどのクオリティではないのではないかと焦ったが、職人に任せて自分は知らんぷりをしよう、とでも思ったのかもしれないね。私の考えが当たっているとしたら、ガラス職人さんご愁傷様だ。
「まあ、店舗は家具を入れていねえんで、壁と床と窓しか見るべきところはねえな。あとは、トイレか」
村長さんは店内の一角にある扉に向かい、開ける。
扉の向こうには、陶器製の便器が一つ設置されていた。この便器も、村で焼いた焼き物らしい。
うん、中世レベルの文明ということで、おまるが置かれているとかじゃなくてよかったよ。ちゃんとしたトイレだ。さすがに水洗じゃないけど。
「客用のトイレはこんなもんだな。しかし、本当に住居部分にトイレを建てなくてよかったのか?」
「うん、私トイレ行かないからね」
「天上人は、もよおさぬのか……!?」
ヘスティアが私の台詞にびっくりして叫んだ。
「いや、天上界の人は、普通にトイレ行くよ。私がこっちの世界に来てから、排泄しない体質になっただけ」
「うらやましいのう……」
なにせ私、ゲームキャラだからね! MMORPG世界にトイレはないのだ。
ちなみに、住居にはトイレだけでなく風呂場もない。というか、そもそもこの村では、風呂場がある家はない。
川沿いに村人用の大きな風呂場があり、皆そこで入浴するのだ。
村の風呂場には、なんと魔石を使った魔道具のボイラーがある。そのボイラーを使って、夜ではなく朝に風呂が焚かれる。
朝に入るのは、疲れを癒すために入浴するのではなく、身支度を調えるために入浴するという習慣になっているからだろう。
私はその風呂場に、ほとんどいかないんだけどね。ホワイトホエール号の風呂場を使うから。
ちなみにホワイトホエール号はゲームの宇宙船のくせに、トイレまである。ホワイトホエール号には人を招くつもりはないので、今のところそのトイレを使う予定がない。
さて、シモの話はそこまでにして、住居部分を見ていこう。
リビング兼ダイニング、キッチン、寝室、客室、納戸と一通りの部屋がそろっている。
これは、一人暮らし用の住居としてはかなり広いのでは? その辺を村長に尋ねてみると、魔法使いという立場なら、これくらいでないと格に見合わないらしい。
ぐるっと見て回って、私はリビングへと戻ってくる。
そして、あらかじめホワイトホエール号のショップで買っておいたソファーを設置して、座った。ちょっと休憩。
「なぎっちゃ、水回りにかまどが設置されておらぬのじゃが……」
キッチンからリビングに戻ってきたヘスティアが、そんなことを言った。
「あー、かまどかぁ。私、かまど使わないから」
「なんじゃと? おぬしの権能で、怪しげな料理をするのであろう」
怪しげって……。
「薪で料理とか、私は無理だからね。自動で火が付くコンロを設置して使う予定」
ホワイトホエール号に近代的なキッチンが売っているし、MMORPGで使っていた料理道具がいろいろあるからね。
ゲーム時代、初級道具から上級道具まで一通りそろえていた。処分するのも面倒臭くて、倉庫の中に突っ込んでいたのだ。
「むむむ。天上界の料理道具か。以前見せてもらったのは卓上の小さな物じゃったが、設置型もあるのじゃな」
「ま、今度見せてあげるよ」
「約束じゃぞ!」
ヘスティアが嬉しそうに叫びながら、私の隣に座ってきた。ソファーは三人がけの大きな物なので、問題なく二人で座れる。
「ふむ、よいソファーじゃの」
「いいでしょー。冬はこれに座って暖炉の火で暖まりながら、編み物なんかしちゃったりして」
「のどかじゃのう」
「うん、暖炉もしっかり設置されているね」
この家は木造建築だが、暖炉回りだけは石造り。
この暖炉に薪を置いて、魔法で火を付けて暖まる予定だ。
ん? ちょっと待てよ……。
「この暖炉、えらくオープンというか、煙突がない。村長さん、どうなってるの?」
「あ? 煙突? 窯でもあるまいし、いらねえだろ」
「いるでしょ!?」
煙が部屋に充満するよ!?
「そう言われても、この村の暖炉に、煙突なんてねえぞ」
村長のその言葉に、ヘスティアが「ふむ」と言葉を放った。
「煙突か。石炭を燃料とする地域の暖炉では、広く使われておるな」
「煙突が発明されていないってわけじゃないんだよね? すでにあるならなんで、この村にないんだろう」
「石炭を使うというわけでもないのなら、煙は天井の排煙口から十分抜けていくじゃろ。それに、薪の煙は、あれはあれでダニ、ノミ、シラミといった小さな虫を殺す効果があるのじゃ」
「うへえ、虫かぁ」
煙で燻す殺虫剤は、ホワイトホエール号にも売ってないなぁ。
まあ、暖炉の煙が気になるようなら、改めて煙突付きに工事し直してもらおう。
さて、店舗も住居も見終わったので、最後の一箇所を見にいく。
まずは家を出て、隣に建てられた建物へと入る。
すると、そこには二頭の馬がのんびりと座りこんでいた。
ここは馬屋である。
馬屋は家よりも先に完成したため、先に私の馬達を住まわせてもらっていたのだ。
「元気かー、一号、二号」
私が馬達に話しかけると、二頭の馬は「ぶるる」と鳴き返してきた。うーん、可愛いね。後でブラッシングしてあげよう。
「これまた、立派な馬じゃのう」
「いいでしょー。荷馬の一号と二号だよ」
「荷馬というか、この体躯のよさは、軍馬に見えるのじゃが……」
「そうなの? 牧場から直接、馬車と一緒に買いつけたから、品種はよく知らないかな」
とある港町の牧場だったかな。交易船がすごい数、泊まっている大きな港町だった。
「また贅沢なことを……ちなみに、いちごうとにごうとはどんな意味がある名前かの?」
「一号は技、二号は力にそれぞれ優れた英雄って意味だよ」
乗り物を引く馬ということで、ライド、ライダーという言葉を連想して、昭和の特撮から二頭の名前を取った。私はその特撮、見たことないんだけどね。
「ふむ、それぞれメスとオスじゃの。仔馬を増やすつもりか?」
「夫婦になってくれたら、子供を産むことを禁止はしないよ。でも、私じゃ三頭以上の世話は大変だから、仔馬は村にゆずることになると思う」
私がそう言うと、村長さんが反応した。
「なんだ、初耳だぞ」
「あ、ごめん、初めて言ったかも。育てる余裕ない?」
「いや、馬はいくらでも使い道あるから、売ってくれるなら嬉しいぞ。餌の輸送は、なぎっちゃ頼りだがな」
「そっか。よかった。一号、二号、仲よくするんだよー」
私が栗毛の雌馬である一号の鼻先を優しく撫でてやると、白馬の二号も俺を撫でろとばかりに頭を近づけてきた。ういやつめ。
そんな馬の様子を見ながら、村長さんが言う。
「このあたり、冬は雪がそれなりに降るから、なぎっちゃも馬のことはよく見ておいたほうがいいぞ」
「おー、ここって結構北にある村なんだね。了解だよ」
雪かぁ。東京は滅多に降らないから、しばらく積もった様子も見ていないな。
ちょっと冬が楽しみになってきたかもしれない。
そんなこんなで、本日の内覧会は終了。
建物に問題なしということで、正式に村長さんから店舗と住居を貰い受けることになった。家の代金は前金ですでに支払い済みだ。
これで私も一国一城の主だ。
東京に新築一戸建てとはいかなかったが、私、辺境の開拓村にマイホームができました。




