32.一人暮らしだとペットを飼いにくいのが困るよね。
「今日こそ空を飛びます!」
「楽しみですわー」
夏真っ盛りの朝。今日も私はソフィアちゃんと一緒に、外で遊ぶことにした。場所は、祭りにも使われた村の中央広場だ。
ジョゼット? 彼女は薬草畑の雑草むしりに連れていかれたよ……下手に文句を言って手伝わされては敵わないので、大人しく二人での行動だ。
ソフィアちゃんも立派な村の戦士兼狩人の一人だが、未成年の十二歳なので、それほど頻繁に森へと入っているわけではない。
開拓村では、子供も立派な労働力の一つなわけだけど、ソフィアちゃんを引き取った夫婦はソフィアちゃんに甘々なので、彼女は割と自由がある。なので、今日も私に付き合ってもらう。
「昨日は失敗したけど、今日の方法ならいけるはずだよ」
「昨日みたいなオチは、困りますわー」
「オチって言うな。ともかく、自分の意思で自由に空を飛ぶことは諦めます! さらばタケコプター」
「たけこぷ……?」
「今日は、空を飛ぶ生き物に乗せてもらって、飛行を試すよ。ソフィアちゃんは、バックス神のペガススは見たかな?」
「拝見しましたわー。神秘的!」
「あれ、乗ってみたいよね」
「不敬ですわ! 不敬ですわ! あ、なぎっちゃが乗ることではなく、私が乗ることが不敬なのです」
「正直なところ、どう?」
「すごく乗ってみたいですわー」
よろしい。というわけで、今回は空を飛ぶ生き物を呼び出すよ。
「それじゃあ、いくよ。≪サモン:グリフォンキング≫」
魔法を発動させた瞬間、詠唱なしで召喚が行なわれる。その召喚場所は、私の足元。私は、いつの間にか呼び出した召喚獣の上にまたがっていた。
「はわわ、大きいですわ! 大きいですわ!」
「おおー。ゲームと同じで、乗った状態で呼び出すのか……」
「はわー、本物の幻獣グリフォンですわー」
「ソフィアちゃん、紹介するよ。私が愛用していたマウント、グリフォンキングのキングアーサーだよ。アーサーくんって呼んであげてね」
「光神アーサー様と同じとは、ずいぶんと大仰な名前ですわー」
ああ、そういえば、聖帝国アヴァロンっていう国にアーサーっていう守護神がいるんだっけ。
確かに、名前の元ネタが王様にしろ神様にしろ、ただのマウントにつけるにはたいそうな名前だな。名付けたのは私だけど。などと思いつつ、私はアーサーくんの上から降りた。アーサーくんには立派な鞍が装着されており、鐙もついていたのでなんとか降りられた。
グリフォンはワシの上半身に、ライオンの下半身を持つ架空の生物だ。
グリフォンはライオンの下半身なので、本来ならば馬と比べて脚が短くて体高が低いのだが、アーサーくんはただのグリフォンではなくグリフォンキング。馬の背と比べて二倍くらい高さがある。
なので、降りるというか落ちるという感じだった。
鞍から降りた私は、アーサーくんの首の下、胸部分に飛びこんだ。
「アーサーくん久しぶりー」
うわあ、羽毛もっふもふだ。
ソフィアちゃんがうらやましそうに見ていたので、アーサーくんから離れて場所をゆずってあげる。
すると、ソフィアちゃんはわずかに躊躇したのち、おそるおそるといった感じで胸に抱きつく。
「はわー」
ソフィアちゃんは至福の表情を浮かべている。
その間中、アーサーくんは微動だにしない。
さて、グリフォンとのスキンシップって何をすればいいんだろう。
とりあえず、餌でも与えてみるか?
「うーん、ソフィアちゃん、グリフォンって何食べると思う?」
「幻獣グリフォンは肉食ですわー。大型の獣を襲って肉をついばむのです」
「こえー幻獣だな」
私はそう言いつつ、倉庫画面を呼び出して、大量に余っている魔獣の生肉を取り出した。
素手で触りたくないので、≪サイコキネシス≫の魔法で操り、アーサーくんの口元へと持っていく。
「ほうれ、アーサーくん。お食べ」
しかし、アーサーくんは肉を一瞥しただけで、すぐさま興味をなくして前を向いた。
「反応うっすいな!」
「お腹が空いていないのかしらー」
呼び出した直後だからかな?
そう考えていると、突然『マスター』と虚空から声が聞こえた。
宇宙船ホワイトホエール号の管理AIであるイヴの声だ。
『ゲームの設定では、召喚獣は幻獣界や魔界に存在する生物を魔力で写し取った存在です。本物の生物ではないので、自由意志が存在しないのではないでしょうか』
マジかー。自由意志存在しないのかー。
召喚獣というより、創造魔法って言った方がよさげな設定だよねぇ。
それと思い返してみると、私がやっていたMMORPGの『マウント』っていう騎乗系の生物や乗り物って、餌や燃料は必要なかったや。
残念、アーサーくんのもぐもぐタイムならず。
「とりあえず、乗って飛行を試してみようか」
そう言って私はアイテム欄に生肉をしまい、アーサーくんの横に立った。
「アーサーくん、鞍にまたがりたいからしゃがんで」
アーサーくんの横腹に触れながら私がそう言うと、アーサーくんは無言で膝を曲げ伏せの状態になった。
そして、私は乗馬の要領で鞍へとまたがる。ふふふ、今の私は馬にだって乗れるし、馬車だって操作できるのだ。
「一人でずるいですわー。私も乗せてくださいまし! 乗せてくださいまし!」
「後でね。私なら、上空から落ちても怪我しないし」
「それはそれでおかしいですわー」
『Lv.8』になって身体が丈夫になっているソフィアちゃんだが、落下の衝撃はどれだけ防げるかは判らない。
なので、まずは私一人で試す。
「よし、飛べー!」
私がそう言うと、アーサーくんは翼をはためかせ、その場で垂直に飛び上がった。
そして、ホバリングするようにその場で浮いた。
「進めー!」
指示と同時に、低空をアーサーくんが飛ぶ。
「戻れー!」
旋回して、ソフィアちゃんの横に戻った。
「次は私! 次は私ですわ!」
「あー、これ、いちいち声で指示しないといけないのかな?」
「え? 天上界ではどう操っていたのです?」
「うん? そりゃあ、キーボードで操作だよ。私はショートカットキーを多用する大賢者だったから、ゲームパッドよりもキーボード派でね……」
私がキーボードを思い浮かべると、とたんに何かが頭の中ではまるような感触がした。
それは、経験値チケットや魔法習得書などの、ゲーム由来のアイテムを使用したときと同じ感触。つまり、アーサーくんは……。
「思考操作か! こりゃ、思ったよりも自由に空を飛べそうだね!」
私はそう言うや否や、頭の中で行きたい方向をアーサーくんに指示した。
すると、その通りに空高く舞い上がるアーサーくん。うひょー、これは楽しい!
「次は私ですわー!」
「もうちょっとだけ、もうちょっとだけしたら交代するから!」
そして私は、しばしの間、空中飛行を楽しんだ。
空高く舞い上がり、村を一望する。畑ではジョゼットがせっせと雑草取りにはげんでおり、先ほどまでいた村の広場では武装した戦士達が集まって……うん? 武装した戦士? 何かあったのかな?
私は、アーサーくんを操って、村の広場に降りていく。
すると、戦士達はこちらを見上げて、それぞれ武器を構えだした。
「おーい、私だよー」
「なぎっちゃか! 魔獣が村に迷いこんだのかと思ったぞ!」
「だから言ったのですわー。あれは、なぎっちゃが私のために呼び出した幻獣ですって」
あー、そりゃあ、いきなり周知もなくグリフォンなんかが村の上空を飛んだら、魔獣の襲撃だって思うよね。
あとソフィアちゃん、乗せてあげるけど別に君のためだけに呼び出したわけじゃないからね。
私はアーサーくんから降り、頭を下げて戦士達には帰ってもらった。今度、村に販売する商品を割引して、私からの謝罪としよう。
「今度こそ私の番ですわー」
「いいよ。ただし、平屋の屋根くらいの低空を飛ぶこと」
「えー」
ソフィアちゃん、かなり不満そう。
「高く飛んでもいいけど、万が一落ちたらソフィアちゃんのレベルだと多分死ぬよ」
アーサーくんにまたがろうとしていたソフィアちゃんの身体が、ビクッと震える。
「アーサーくんが着けているのはただの鞍だからね。シートベルトで座席固定されているわけじゃないから、上空で強風にあおられたら落ちそうだよね」
「低くていいですわ! 低くていいですわ!」
うんうん、物わかりがいい子で助かるよ。蘇生魔法はあるけど、わざわざ大怪我や死を体験させることもないからね。
それから、アーサーくんの試遊は夕方まで続けられた。私は一度、昼食に戻ったのだが、ソフィアちゃんはその間もずっとアーサーくんを乗り回していたみたいだね。この村の人達って、昼食を食べないことも多いからなぁ。私は一日二食じゃ我慢できないよ。
ともあれ、日も陰ってきたので本日の遊びは終わりだ。
「帰ろうか、ソフィアちゃん」
「帰りますわー」
帰る、と言いつつも、アーサーくんに抱きついて離れないソフィアちゃん。
「ほら、離れて」
「アーサーくんは、私が責任持ってお世話いたしますわー」
「なに言ってんの?」
「今日からアーサーくんは、うちの子ですわ! うちの子ですわ!」
……こりゃあかん。
私は、その場でアーサーくんの召喚解除をした。最大十分の効果時間しかない通常の魔法と違って、マウントは召喚解除しない限り消えない。だが、解除は召喚者が自由にできるので、面倒なことになる前にアーサーくんを消したのだ。
いや、面倒なことにはすでになっているか。
「アーサーくんが!」
絶望したと言わんばかりの表情で、ソフィアちゃんが叫ぶ。
「ソフィアちゃん、アーサーくんは生きていないんだよ……。魔法で出したり消したりできる、ただの乗り物なの」
「そんな……憧れのペットが……」
「動物が恋しいなら、今度、私の馬の世話を一緒にやろう。可愛いよ」
「臭いのは嫌ですわ! 臭いのは嫌ですわ!」
こ、こいつ……。確かにアーサーくんは魔力でできているから、動物臭はしなかったけどさ!
とりあえず、また日を改めて召喚魔法を使ってあげることを約束して、ソフィアちゃんをなんとか家に帰した。
しかし、アーサーくんには意思がないというのに、ソフィアちゃんはずいぶんと気に入っていたな。
やたらと抱きついていたから、もふもふがよかったのかな?
そうなると、ガチャで当てた他の召喚魔法の魔法習得書も、使ってみるのもありかもしれないね。
待てよ。マウントを呼び出す魔法や技能の習得条件に、職業制限はない。ということは、この前、ガチャで当てた召喚魔法習得書も、ソフィアちゃんが使用できる可能性があるわけで。
……今のことは忘れよう。自由にできるマウントなんて彼女に与えたら、はしゃぎすぎて一人で勝手にどこいくか解ったものじゃないからね。




