28.フリーマーケットに出店したことはないけど、露店は楽しい。
ドラゴンステーキと高級ワインを楽しんだ翌日。
季節はすっかり夏となり、空模様は雲一つない晴天だ。
せっかくなので、今日は村で露店を開くことにした。
西方の地で手に入れた紙に筆で文字を書き、ポップを作る。
『魔竜の肉入荷しました』『魔石のレート更新。今日から魔石は高値がつきます』『魔石払い大歓迎!』
そんな売り文句を書き連ねたら、朝から村人が複数、露店に訪ねてきた。
「おお、魔石がこんな高値になったのか! 町で売るときの三倍以上の値段じゃねえか!」
「最近魔石があまりがちだったから、助かるわ」
「薬草増やしてポーションにするには、農業の人手が足りていなかったからなぁ」
村の人達が経験値チケットで強くなって森での狩りがはかどった結果、村で魔石がだぶついていたらしい。
まあ、『Lv.8』もあれば、角狼ごときでおくれを取るわけもないからね。
「魔竜の肉……魔竜!?」
「なぎっちゃちゃん、本物か!?」
「本物だよー。これ、魔竜の鱗ね」
「うわ、なんだこの鱗。でけえ」
露店のポップを見た村人達が、それぞれ興味ある物に注目している。
本日の目玉商品として、ドラゴン肉以外にも、ホワイトホエール号のショップで買ってきた寝具を用意している。
ベッド本体は村の木工職人さんの仕事を奪ってしまう可能性があるので、用意したのはベッドの上に載せる布団やマットレスだ。これまた毛皮職人さんの仕事を奪ってしまうかもしれないので、シーツはあれども毛布は置いていない。
マットレスと布団をセットで使うと、かなり寝心地がいい。
私が普段使っている物と同じであり、ジョゼットに発見されてからは請われて村長宅にもすでに納品済みである。
村長一家から話を聞いている人もいるのか、村人達は熱心に値札を眺めていた。
「それにしても、この村識字率高くない? 計算も速いみたいだし」
私が目の前で鱗を眺めている鍛冶職人さんにそう尋ねると、意外な答えが返ってきた。
「傭兵団の時代に、団長だった村長が商人に騙されないようにって勉強を教えてくれたんだ。村長は今も、神官様と一緒に村の子供達へ勉強を教えているぞ」
「へー、村長さん実はインテリ?」
「あの人は、子爵家の出身だからな」
「え、元々貴族だったの、村長さん」
「妾腹だから、子爵を継いだわけではないぞ。戦の功績で、今は準男爵家当主だけどな」
道理で、初めて会ったとき礼節がしっかりしていたわけだ。
と、そんな会話をしていたら、横から「魔竜の肉を売ってくれ!」と魔石を手に持った村人が声をかけてきた。どうやら、一度家に帰って魔石を持ってきたようだ。
「はいよー、ドラゴン肉十キログラム一丁!」
私は露店の台の上にまな板を載せ、その上にアイテム欄からドラゴン肉を出した。
「おお、結構量があるな!」
「容れ物はある?」
「ああ、麻袋を持ってきている」
私は代金として魔石と銅貨を受け取ると、≪サイコキネシス≫の魔法で麻袋の中にドラゴン肉を入れてあげた。
衛生を考えて、生肉は素手で触らない。≪サイコキネシス≫はゲーム時代、ノックバックが大きいだけの低威力な攻撃魔法だったのだが、この世界に来てからはまるで第三の腕のように使えるようになった。
自分を持ち上げて空に浮くことすらできる。ただし、移動速度は速くないので、飛行は重力魔法に期待だ。
「へへ、どうやって食うかな。まずはステーキで食って、あとはハムかベーコンか……」
「なぎっちゃちゃん、あたしも魔竜の肉買うよ!」
「私は砂糖ね」
「この布団いいなぁ」
ドラゴン肉が売れたのを皮切りに、次々とお客さんが商品を買っていくようになった。
村には獣の肉があまっているというのに、物珍しさからドラゴン肉もそこそこ売れた。おかげで、代金として魔石ががっぽりである。
魔石を売って銀貨にしたいという村人もいたので、魔石の買い取りも行なった。これで、村の貨幣が足りなくなるという事態も防げるだろう。最近、私が村の貨幣を吸い上げてばっかりだったからね。
昼近くになり、皆がそれぞれの仕事に出て露店も暇になってきた。
私は神器の皿からおつまみとしてシュウマイを呼び出し、昼食とする。
この神器を造り出した当初、おつまみしか呼び出せない皿って、出てくる料理の範囲がせますぎると思っていた。
だが、よく考えると『酒と一緒に食べる料理』って、かなり幅が広いことに気づいた。皿に載らないスープ類以外は、相当な種類の料理を呼び出せるのではないだろうか。
デザートだって出る。洋酒は甘い物と一緒に飲むことも多いからね。
「こんにちは、調子はどう?」
「んぐ……いらっしゃいませー。昼食中でごめんねーって、あれっ、バックスじゃん!」
お客が来たので食事の手を止めて相手を見てみると、なんとそこにいたのはペガススをともなったバックス神であった。
「どうしたの、この前来たばっかりなのに」
「いや、僕の権能、『よいお酒との出会いの予感』がここに来いと知らせてきてね。早朝に王都を発って、急いで飛んできたんだ」
「よい酒? 私は特に新しい酒なんて持ってないけど。むしろ昨日高級ワインを飲んだばっかりだよ」
アイテム欄からワインの空きボトルを出してみせた。
「このワインは、飲み慣れているかな。僕にとってはいまさら『よいお酒』と言えるほどの物じゃないね」
「結構美味しかったのに、贅沢だなー……」
「心当たりがないなら、この村で待っていれば出会えるかな。それより、気になる物が露店にあるんだけど」
バックスが、露店のポップを見ながら言う。
「魔竜の肉って……」
「昨日、魔獣の森の奥地にある草原まで行って狩ってきたんだー。山ほどあるよ」
「じゃあ、買っていこうか。燻製にしておつまみにしよう」
「まいどー」
私は代金を受け取ると、ドラゴン肉を出した。
容れ物がないというので麻袋に入れて渡してあげる。すると、バックスは手から冷気を出してドラゴン肉をカチカチに凍らせてしまった。
「そんなことできるんだね」
「魔法使いみたいになんでもはできないけど、酒を冷やすのと温めるのくらいは権能でできるよ」
『何を言っておる。おぬしの冷気は神に凍傷を負わせる域にあるではないか』
バックスの後ろで地面に座り込んでいたペガススが、そんなことを言う。
ふむ、ペガススってドラゴン肉は食べるのかな。普段何を食べているんだろう。馬みたいなものって考えれば草かな?
「ペガススは、お肉食べるの? 魔竜の肉いる?」
『我の食事は大気中の魔力と魔石だ。魔竜の魔石があれば買おう』
「あー、ごめんね。魔石は全部使っちゃった」
「魔石を使う? 魔道具でも作れるの?」
不思議そうな顔をしてバックスが尋ねてくる。
「いや、魔石で特別な商品が買えるんだよ。一応、私の権能ってやつになるのかな?」
私は課金アイテムを販売しているスターショップの画面を開いて、商品一覧をバックスに見せた。酒が載っているページを見せたら騒がれそうなので、武器のページだ。
「へえ、創世の力を使った商品か……神器ほどではないだろうけど、すごい物が買えそうだね」
「そうだねー。それで、今日は十一連ガチャをしようと思っていたの」
「ガチャ?」
「外れのないクジ引き。なんらかのアイテムが十一個引けるの」
「へー。そのクジの景品に、お酒はあるの?」
「んー、ちょっと待ってね」
ガチャのラインナップを確認する。お、これかな。天国のワイン十本セット。
「まるで天国に昇ったかのような味わいのあるワイン。だって。うわー、酩酊度上がるけど、一時的な能力値の上昇具合がエグいよ。これ飲めば、魔法職の私でも素手で魔竜を殴り殺せそう」
「何それ飲みたい! 今すぐクジ引いてよ!」
「まあ、元々ガチャ回すつもりだったからいいけど」
「やったー!」
「クジだから何が当たるか判らないんだけどね……」
むしろ、それだけ特定の品を欲しがっていたら、物欲センサーにやられるぞ。欲しがれば欲しがるほど、狙いの品が出なくなるってやつだ。
実は十一連ガチャが二回できるだけのスターコインがあるのだが、ガチャ二十二回目の景品は特に存在しないため、今回は十一連一回で済ますつもりだ。
なので、天国のワイン挑戦権は十一回のみ。
外れたとして、それでもどうしても欲しいのなら、神様権限で魔石を集めてもらうことにしようかな。




