26.痛みがないのでゲーム感覚で狩りができます。
森の奥地を走る。
ここは、開拓村から北に百キロメートル進んだ地点だ。転移魔法を使ってやってきた。
マップ画面を確認する限りだと、開拓村周辺に居たようなノンアクティブの動物の姿は見受けられない。
代わりに、赤い点、アクティブモンスターの反応がそこらにある。
その赤い点に向けて、私は駆けていた。
森の中を走るなんて、本来なら無茶だ。だが、私には森歩きを助けるハイエルフのブーツがある。
時間は有限だ。より多くの魔石を集めたいならば走るのが最適。
MMORPGをプレイしていた頃は、プレイヤーキャラクターはみんな走っていたからね。歩くことなんて基本なかった。
「≪チャージマジック≫≪マジックミサイル≫」
魔法を事前に待機させられる≪チャージマジック≫の技能を使い、攻撃魔法を魔導書に待機させる。
そして、しばらく走ったところで、視界に魔獣が入った。
「≪リリース≫」
魔法の矢が、木の合間をくぐり抜けて飛んでいく。魔法は必中攻撃だ。自動で追尾して、確実に命中する。
どれだけ素早くても、撃てば当たる。
まあ、それはゲーム内での仕様なので、この世界では避けようと思えば避けられるかもしれない。
だが、それよりも、自動で木々を避けて相手に向かうことの方が重要だ。ここは管理のされていない森。直線攻撃の射線なんてそうそう通らない。
≪マジックミサイル≫の魔法が、見事に魔獣へ命中した。この魔法は魔法の矢が一度に五本飛ぶ。
一本一本の矢が地球における銃弾以上の威力をもって突き刺さり、魔獣――大型の猿――は絶命した。
魔獣の姿は消えてなくなり、代わりにドロップアイテムであるキューブを周囲にまき散らした。
私はさらに走ってキューブに近づき、回収する。アイテム欄にドロップアイテムが収まった。魔石は二個だ。
その魔石を取りだし、SCチャージ画面を開いて押しつける。
「うーん、一個で『10SC』か。ここまで北上して、やっと角狼の二倍……」
『魔獣のテリトリーの中心がどこかは判明していませんが、さらに北上すると、より巨大な魔獣が確認できています』
「じゃあそこに向かおうか」
『地図を表示します』
イヴがそう言うと、私の目の前に立体地図が投影された。
イヴはホワイトホエール号から放っているステルスドローン経由で地上に声を届けられるが、立体地図は私が装着している専用端末がないと表示ができない。もし専用端末をなくしたら、替えが利くかは怪しいので気をつけないとだね。
「んー、森じゃないんだ」
『生息する魔獣が木より大きいため、生えてもなぎ倒されるのでしょう』
「うはー、何それ。怪獣じゃん」
『そうですね。怪獣とでも呼ぶべき魔獣も存在します』
「それはまた、魔石も経験値も期待できそうだねぇ」
正直、この周辺に居る魔獣では、大した経験値を稼ぐことはできない。
現在の『Lv.100』から『Lv.101』に上がるには、経験値という敵を倒したときに貰えるポイントが必要なのだ。それも膨大な量。
大型の魔獣なら、その経験値が期待できる。おおよそ敵が強ければ強いほど経験値は多い。もちろん、より大きく純度の高い魔石のドロップも期待できる。
「それじゃあ、行くよ。≪テレポート≫」
一人用の転移魔法を使い、イヴの示してくれた座標へと転移する。
ゲーム時代、任意の場所への転移には、座標を記録するための『テレポートバインダー』というアイテムが必要だった。
だが、魔法が現実化し、想像力で様々な変化を起こせるようになった現在では、地図を見て正しい位置を意識すれば、自在に転移が可能となった。
目指すのは、ここからさらに北へ百四十キロメートル進んだ場所だ。
目の前がゆがみ、そして視界が開ける。
到着したのは、一面の草原だ。遠くには、全長五メートル以上はありそうな巨大な魔獣が歩いているのが見える。
「うわー、でかい。平屋くらいのサイズあるよ、絶対」
『そうですね。一匹倒すだけで大量の素材が取れるでしょう』
「何匹も狩ったら、お肉とか村で配っても食べきれないだろうねえ……いや、無料で配るのは商人として無しか」
『そもそも食べられるのでしょうか?』
「そこは≪鑑定≫技能さんのテキストにお任せしよう」
誰が書いているのか、≪鑑定≫を使った際のテキストには素材の味とかが載っているからね。
さて、とりあえず視界の中にいる巨大魔獣を狙っていこうか。
「あの大きさだと初級攻撃魔法はまず効かないよね」
『豆鉄砲でしょうね』
「じゃあ、上級攻撃魔法で行こうか」
私は走りながら武器である魔導書を構え、魔法を発動する。
「≪チャージマジック≫≪マナバースト≫」
使うのは、無属性の上級攻撃魔法。相手にどんな属性が効くか判らないので、無属性を選んだ。
相手に向かって走っていくうち、魔獣がこちらに気づいたのか、威嚇するように咆哮した。
魔獣は、アフリカ象を二回りほど大きくした、金属的な装甲を持つ動物だ。見た目はどことなくサイに似ている。
咆哮はしたが、こちらは気にせず近づいていく。某大型モンスター狩猟ゲームじゃあるまいし、咆哮されたところでひるむわけでもなし。
そして、十メートルほどまで近づいたところで、魔法を解放する。
「≪リリース≫!」
無属性の大爆発が魔獣の足元で起き、魔獣は大きく吹き飛んだ。
装甲はひしゃげ、足がひん曲がる。そして、上空に吹き飛ばされた魔獣は、大きな音を立てて地面に落下した。
地面がへこみ、魔獣が倒れる。そして、即死したのかキューブを残して消えた。
私はへこんだ地面へと走り寄り、キューブを回収した。
「んーと、『陸王獣の角』『陸王獣の装甲』『陸王獣の魔石』『陸王獣の心臓』『陸王獣の霜降り肉』『陸王獣の赤身肉』……赤身肉が千六百個もあるんだけど」
アイテム欄にある赤身肉を≪鑑定≫技能にかけてみると、肉は一個あたり十キログラムあり、臭みの少ない美味しい肉とテキストに書かれていた。
草食の魔獣だったのだろうか……いや、魔獣が何かを食べるかどうかは知らないんだけどさ。
「しかし、十六トンの肉かぁ……あの魔獣、それだけ重かったってことかな?」
『いえ、マスターには≪取得アイテム数増加≫の技能がありますので、それよりは軽いでしょう。骨や血液なども含めるとまた変わりますが』
「そっかー。でも、ゲーム時代は大型のモンスターを狩っても、見た目に見合った量の肉は獲れなかったよねぇ」
『そこは現実化していますから、ドロップアイテムもある程度は現実に準拠した量が手に入るのでしょう』
「確かに、ゲーム時代はまずドロップアイテムにならなかった、骨とか腎臓とか腸まであるね……どうしよう、この大量の素材」
『ホワイトホエール号のアイテムショップで処分するのがよいかと。未加工品は買い叩かれますが、数が数ですので全部加工するのは現実的ではありません』
「肉は食品を扱っている商会に売れるかもしれないけど、骨はホワイトホエール号に任せるしかなさそうだねぇ」
そんな会話をしていたら、突然マップ画面の端に赤点が表示され、それが高速で中心に近づいてきた。
『マスター、空から敵です!』
「ぬっ!」
マップの示す方向に顔を向ける。
すると、視界に映ったのは、巨大な飛行物体。
「ぬああ、≪マジックシールド≫!」
とっさに防御魔法を唱え、前方に魔法の盾を出現させる。
すると、その盾に飛行物体が物凄い勢いで衝突した。盾は轟音をあげて破壊され、勢いを減じた相手が私にぶち当たる。
「ぐえー!」
吹き飛ばされ、草原を無様に転がる私。
くそ、いったいなんなの!? HP削れた!
痛みはないので、その場で起き上がる。
そして、私に突撃してきた相手を見た。
それは、見上げるほど大きく、赤く、全身が鱗でおおわれ、ゴツゴツとしていた。
二階建ての家くらいの体高がありそうな、翼の生えた巨大爬虫類。
「って、ドラゴンじゃん!」
そこにいたのは、ファンタジーの王道モンスター、ドラゴンであった。




