19.本邦初公開、天上界の生活教えます。
「では、定期的な納入を期待したいですな」
「いやあ、こっちは行商人だから、それは約束できないかな。でも、化粧品が人気なら継続して取引はするよ」
「それはようございました。ゆくゆくは、こちらから香料の提案などさせていただければ……」
「遠い異国の商品だから、私にその権限はないよ」
「そうですか、残念です……」
とまあ、そんな感じで商談を終え、私は商会の店舗から退出して馬車に乗りこんだ。
ここはとある国の地方都市。開拓村のある国からはだいぶ離れた場所だ。
なぜこんな場所にいるかというと、先日開拓村の女衆に依頼された、ハンドクリームを探しに来たのだ。
この地方都市では化粧品類が発達しており、それを入手すべく営業をかけた。
この土地の豪族にも愛用されているという化粧品。ただの行商人が商会の門を叩いたとしても、門前払いをくらうのがオチだ。
だが、私にはこの商会の化粧品にも負けない商材を確保できている。
それは、ホワイトホエール号のショップで買える薬用石鹸だ。
ホワイトホエール号が登場するゲームでは、清潔度というパラメーターがあって、時間経過と共に清潔度が下がっていった。そして、お風呂に入ることでそのパラメーターを回復できたのだ。
お風呂に入る際、ホワイトホエール号のショップで買える薬用石鹸を使うことで、清潔度の回復量をより高めることができた。
この石鹸があれば、身体を綺麗に洗うだけでなく髪を洗うこともできる。シャンプーとリンスとコンディショナーを併用した劇的な効果が見込まれる品だ。北バックス開拓村名物の獣脂石鹸では太刀打ちできない性能である。
しかし、ホワイトホエール号のショップでこの獣脂石鹸を一つ売ると、薬用石鹸が三つ買えるだけの金額になるという、わけのわからないレートになっている。
私は、アイテム欄から獣脂石鹸を取りだし、陽にかざしてみる。
「どういう理屈で、ショップ錬金術が成立しているんだろうね」
正直、獣脂石鹸の品質はそこそこといった程度だ。今回の化粧品を扱う商店でこの獣脂石鹸を出しても、相手にはされなかっただろう。
『獣脂に使用されている獣や魔獣の脂が、魔獣の森産ということで魔力を多く含んでいるのでしょう』
「ふーん、魔力を含んでいると、ショップで高く売れるってこと?」
『おそらくそうです。この世界に満ちる魔力の正体は、変質した創世の力です。ショップがアイテムを生み出す力の源は創世の力ですので、高い評価額となっているのでしょう』
「へえ、あの開拓村に拠点を設けたのは正解だったってことかな」
『そうですね。おそらくですが』
おそらく、か。イヴ自身、ホワイトホエール号のショップがどう動いているかは把握し切れていないってことか。神器って謎が多いね。
「ところでイヴ、さっきの商会から間者がつけられているとかないかな? ホワイトホエール号に帰る姿を見られるのはまずいね……」
『マスターはそういう小説の読み過ぎです』
「そういうってどういうのだよ!」
『もし仮に行商人のマスターのあとをつけたとして、お目当ての流通路を確認するまで、何十日追跡するのですか? 現実的ではないですよ。誰もつけてきていません』
「そっか……残念。じゃあ、村に帰ろうか」
『ちなみに村では、バックス教の中央神殿からマスターの神器を奪おうと僧兵がやってきて、一悶着起きています』
「ええっ!? そういうの、早く言ってよ! 戻る戻る!」
『この都市には今後何度も訪れることになりますので、ちゃんと郊外に出て人目がなくなってから転移してください』
「そんなこと言っている場合かー!」
私は急いで手綱を繰り、都市の城門に向けて馬車を走らせた。
僧兵とかが来るのは少し予想していたけど、私の留守中に来ないでよね!
◆◇◆◇◆
≪ディメンジョンゲート≫の魔法で開拓村の門前に戻り、変わらず門を守っていた門番担当の戦士の前で止まる。
すると、急いで広場に向かってくれと言われたので馬車を進ませると、村の中心にある広場に人が複数集まっていた。
「みんなー。無事ー!?」
と、叫んでみると、こちらに皆が振り返った。
広場にいるのは、村長さんと、神官さんと、村の顔役の人達だ。
「おお、なぎっちゃ、戻ったか」
村長さんがそう言って私を迎えてくれる。
そんな村長に、御者台の上から私は尋ねる。
「僧兵が村にやってきたってイヴに聞いたけど、どうなったの?」
「あ? イヴから顛末聞いてないのか? あいつ前に、お前がどこにいても会話ができるとか言っていたぞ」
「いや、まったく聞いてない。イヴに詳細聞く前に、急いで戻ってきたから」
村長さん、結構前からイヴの存在知っているんだよなぁ。何もないところから響く声とか、この村の人達どう思っているんだろう。
「ああ、じゃあ説明するぞ」
村長さんの説明によると、以下の通りだとか。
まず、前触れもなく僧兵の集団三十名ほどが村に突然やってきた。
そして、神器を持つ人物がどういう人間か、村の者に聞いて回ったらしい。
村の大人達は口を割らなかったようだが、僧兵にお菓子を渡された子供達が口を滑らせた。なんでも、行商人のお姉ちゃんが神器のコップで、甘いジュースを振る舞ってくれたと喋ったとか。
すると僧兵が、行商人を呼べ、行商人ごときに神器を預けるわけにはいかない、神器は自分達が管理すべきだ、と主張しだした。
それを聞いて黙っていられなかったのが村の戦士達だ。
村の戦士達は、僧兵と乱闘を開始した。相手三十人に対してこちらは十人だったらしいが、そこは『Lv.8』の実力だ。僧兵は一方的にボコボコにされた。
そこへ、神官さんが登場する。
僧兵は神官さんへ助けを求めるが、神官さんは「自分は神器の存在を伝えたが、奪ってよいなど一言も伝えていない」と激高し、さらに僧兵達を派手に叩きのめしたのだとか。見事な格闘術だったらしい。もしや、神官さんも元僧兵だったとか? ありそう。
そして、僧兵達は村をほうほうのていで逃げ出し、馬に乗って帰っていったのが、つい先ほどのことらしい。
「うわー、温和な神官さんが怒るとか、信じられないね」
私がそう言うと、神官さんは恥ずかしそうに言葉を返してくる。
「いえいえ、私も怒るときは怒りますよ。中央神殿に当てた文には、なぎっちゃ様は偉大な魔法使いにして神の可能性があるお方であり、けっして礼を失してはならないと、しつこく書き記したのです。だというのに、あんなやからが来るとは、今の中央神殿はいったいどうなっているのか」
そりゃ怒るよね。自分が神と思っている人に、失礼な態度を取ろうとしたんだから。
「あー、なぎっちゃよ。実際のところ、どうなんだ。お前さん、神なのか?」
村長さんがそんなことを私に尋ねてくる。
うーん、やっぱり聞かれるか。教えるのは、もう少し交流を深めた後がいいかなって思っていたんだけどね。
まあ、はぐらかしてもしょうがないので、正直に答える。
「私は、みんなが言う天上界っていうところから落ちてきた人間だよ。この世界の言い方だと、神を超えた神? 超神?」
「……はあ?」
この場にいるみんなが、驚愕の表情に包まれる。
まあ、そりゃあ驚くよねえ。
「……ここは、平伏した方がいいのか?」
「ふふ、村長さん、おおげさー。私は天上界というか地球にいた頃は、ただの一般市民だったし、平伏されても困るよ」
「あー、いや、でも、その、なあ?」
「私はこの村では、ただの魔法使い兼行商人でいたいかな」
私のその台詞に、村長さん達は困った顔をする。
そんな中、神官さんが一歩前に出てきて、一礼して言った。
「なぎっちゃ様がそうおっしゃるなら、そう対応いたしましょう」
「おっ、神官さん、柔軟」
「ええ、私ども神官は柔軟ですよ。なにせ、神となったお方は、創世の力をその身に宿す前は、ただの平民だったことも少なくないのです。なぎっちゃ様のように敬われたくないという方は、一定数おるのですよ。ですので、神が望めばそう対応いたします。もちろん陰では、あがめたてまつりますがね」
神官さんのその台詞に、村長さん達は「そうなのか」とうなずいている。
「しかし、天上界にて人間であったという超神は、この世界において唯一無二の存在です。天上界がどのような場所か知れるまたとない機会、なぎっちゃ様にはいろいろとお教えいただきたいところですな」
あー、そうか。この世界の人には観測できない、上の世界を私は知っているのか。
「村長殿から伝え聞くに、なぎっちゃ様はソールジアン島という場所に住んでいらしたのだとか」
「あ、神官さんごめん。それ、天上界じゃないわ。それは、この外側のボディ『なぎっちゃ』の住んでいた場所で、私が住んでいた場所と違うの」
「……ふむ、どういうことですかな?」
「天上界に住んでいた私の本名は、ナギサっていってね。なぎっちゃっていうのは、そのナギサが遊んでいた……えーっと、本の中の世界に住む、仮想の人物なの」
「むむ?」
「天上界では、本の中に仮想の人物を作ることができて、それを自在に操って遊ぶことができたんだ。その本に登場する舞台の一つが、ソールジアン島」
せっかくカバーストーリーとして、この遠い異国にあるソールジアン島出身の魔法使いという、MMORPGをもとにしたプロフィールを考えたのになぁ。この村に来て一ヶ月たらずでボロが出ちゃったよ。
「おお、そのようなことが可能とは……天上界とは、まさしく想像もつかない場所なのですなぁ」
「そうでもないよ。この世界があと数百年発展し続ければ、今の天上界と同じくらいの文明は築けるんじゃないかな」
「天上界にも文明があり人間がいて、この世界より発展しているということですな」
「そうだね。まあ、一部の分野では、こっちの世界の方が優れているけどね。ポーションなんて便利な傷薬、向こうの世界にはなかったよ」
神官さんは一人感心したようにうなずいているが、村長さん達は目を白黒させるばかりだ。
まあ、天上界の話なんていきなりされたところで、ついていけないよね。
さらに神官さんは言葉を続ける。
「詳しく話を聞きたいところですが、今回はここまでにしておきましょう。なぎっちゃ様、もしこれからのご予定がなければ、私を連れていっていただきたい場所があるのですが……」
「ん? 転移魔法でも使ってほしいの? いいけど」
「はい、私と一緒に、この国の王都にある中央神殿に向かっていただけないでしょうか」
「私も一緒に? 天上界の話を神殿で記録したいの?」
「いえ、そうではありません。僧兵がこの村にやってきたことの始末をつけたいのです」
おっ、殴り込みか?
村長さん達の目つきが変わったぞ。
「中央神殿にいらっしゃるバックス様に面会させていただき、なぎっちゃ様の存在は不可侵であるとバックス様に宣言していただこうと思います」
「それは……神官さん大胆なことするね」
「このまま待ちの姿勢を続けて、村に軍勢を向かわされても愉快ではありません。バックス様に話をつければ、全て解決するかと」
「了解。それじゃ、向かおうか」
休憩する間もないけど、なにかしら仕事していれば、この程度のアクシデントなんて日常茶飯事だよ。
神殿のトップにビシッと話をつけてやろうじゃないの!




