18.異世界転移のテンプレというものをしてみんとす。
ある日の午前。ぶらぶらと村の外を散歩していたら、小川に突き当たった。
川沿いをさらに歩いていると、何やら村の女衆が集まっているのを見つけた。
なんだろうか、と近づいてみると、どうやら洗濯をしているようだった。
「こんちはー。精が出るね」
「なぎっちゃちゃんかい。手伝ってくれてもいいんだよ」
いつぞやのちゃんこ担当のおばちゃんが、女衆を代表して言葉を返してきた。
「いやー、私、そういう作業とか向いてないっすわ」
「なんだい、人任せなのかい。……でも、村長の奥さんが、なぎっちゃちゃんの洗濯物を洗っている姿は見てないね」
「あー、私の肌着は、自前の魔道具で洗っているんだよね」
実は、ホワイトホエール号の内部には洗濯機がある。お風呂もあるし、ほんと、あの宇宙冒険ゲームは細かいところに凝っていた。なにせ、トイレもあるんだよ。排泄システムはなかったのに。
意味もなくトイレがあるとか、まさしく洋ゲーって感じだよね。
ちなみに、ローブとかのMMORPG産の装備は、アイテム欄に入れると勝手に綺麗になる。どういう挙動なんだ、これ。
「洗濯の魔道具とは、贅沢品だねぇ。あたしゃ、洗濯に石鹸使っているせいか、手荒れがひどくてひどくて」
「切実に言われても、魔道具は貸せないよ。まあ、ハンドクリームをどこかから仕入れてくることはできるけどね」
「ハンドクリーム?」
「手荒れを抑える薬かな。ポーションではない純粋な塗り薬」
「そりゃあいい。高くないなら是非とも手に入れてきてほしいね」
おばちゃんがそう言うと、周囲の女衆も口々に「私もほしい」と訴えてきた。
まあ、そこまで言うなら探すのはやぶさかではない。
しかしまあ、大量の洗濯物だこと。
「なんか、同じ形をした布が多いね。タオル……というより手ぬぐいかな?」
「ああ、これかい? 村の戦士達が次から次へと狩りの成果を持ち帰ってくるから、解体現場で大量に手ぬぐいを使うんだよ。血は落ちにくいっていうのに、毎日毎日洗濯さ」
「あー、それってつまり経験値チケット売った私のせい……」
「何言っているんだい。強くなったからって、子供のようにはしゃいで狩りすぎる方が悪いんだよ。それに、れべる八とかいうのになって得したのは戦士衆だけじゃなくて、あたし達もさ。なにせ、力が強くなって洗濯が楽になったんだ」
そうか。この文明レベルの洗濯って、ひたすらもみ洗いするしかない力仕事なんだね。
うーん、洗濯かぁ。何か役立てる物があれば……あ、そうだ!
「おばちゃん、もしかしたら洗濯に役立てる道具を用意できるかもしれないよ。期待しないで待ってて」
「ああ、ありがたいね。期待して待っているよ!」
いや、本当に、期待しないで……。
◆◇◆◇◆
私がプレイしていたMMORPGの生産システムに、木工スキルがある。
そこで今回は木工をしようとしたわけだが、目的の品は木工スキルのレシピには存在しなかった。レシピに存在するアイテムは、ちゃんこ鍋を作ったときのように半自動的に作れるのだ。
レシピにないので、仕方なく木工用の道具を使ってスキルを使わず作業を行なったのだが……木工スキルレベルMAXという概念が作用したのか、手際よく木材を加工できてしまった。
こうなるかは賭けであったが、嬉しい結果だ。
そして、目的の品を完成させた瞬間、その品が木工レシピに新しく登録された。これは予想していなかった最良の結果だ。おかげで、一分とかからずに村の女衆全員分の品を用意できた。
そして次の日、また昨日と同じ時間、私は小川に向かった。
「おばちゃーん、昨日言った商品、完成したよー」
「おお、どんなのだい?」
「じゃじゃーん! 洗濯板!」
「うーん……凹凸のついた木の板に見えるけど……どう使うんだい?」
やっぱり。この周辺地域には洗濯板が存在しないのか。
私は、おばちゃんから血に汚れた手ぬぐいを借り、洗濯板の実演をしてみせた。
板の凹凸に服を引っかけて、板の上で手もみ洗いをする。
よく勘違いされる例として、凹凸に服をこすりつけるやり方があるが、それは間違いだ。木の板になんてこすりつけたら、すぐに服がボロボロになってしまう。
「おお、こりゃあいいね!」
私から洗濯板を受け取ると、おばちゃんも手ぬぐいを洗い始めた。
「どう? 板に服をのせれば、うっかり川に服を流すなんて心配もなくなるでしょ?」
「ああ、地味な効果だけど、確かに楽になるよ! これは、商品なのかい?」
「うん、材料は木材だけだから、銅貨での支払いだね」
私はイヴと相談して決めておいた販売額をおばちゃん達に伝えた。そして、気に入ったら今日の午後から露店を開くので、そこで買ってほしいと宣伝する。
いやー、私、この村に来てから、魔法使いとしてあんまり貢献してないな。商人として活躍してばかりだ。
「前みたいに物々交換でもいいのかい?」
「ああ、それで大丈夫。価値ぴったりっていうのは逆に難しいかもしれないから、ちょっと損するかもしれないけどね」
「そうかいそうかい。こりゃあ、すごく簡単に洗い物ができるね! みんな買いに行くんじゃないかい?」
「在庫はたんまりあるから、問題ないよー。それじゃ、露店の用意をするから、村に戻るね」
そうして私は女衆と別れ、村へと歩き始める。
その道中、私は思わず独りごちた。
「ふっ、現代知識チートを実践してしまった……」
現代知識チートとは!
文明の発達していない世界に現代地球の文明技術を持ち込み、お金を荒稼ぎしたり文明を進めたりする行為のことである!
タイムスリップ歴史小説や異世界転生・転移ファンタジー小説などで実施されることが多い。
その起源は古く、19世紀に書かれた『アーサー王宮廷のコネチカット・ヤンキー』という小説ですでに実現している。
兵器工場勤めのアメリカ人が、タイムスリップして古代イギリスのアーサー王の部下になり、現地の近代化を推し進め銃器や地雷を開発するという内容だ。まあ書かれた当時は、現代知識チートなんて呼ばれ方は当然していなかったが。
そんな現代知識チートが、私にもできてしまった。
思わぬ達成感にひたる私に、イヴの声が届く。
『現代知識を標榜するなら、手回し式の洗濯機くらい用意しては? ちなみに、パソコンに保存されていたネット小説のキャッシュによると、このような発展途上の文明に対する教化は、井戸に手押しポンプを設置するのが定番のようですよ。できますか?』
「いやいやいや、洗濯機とか手押しポンプとか、ただの元IT企業勤めの人間に構造が解るわけがないでしょ!」
私は工業大学を出ているが、あくまで情報科の出身なのだ。
『それくらいやらないと、とても現代知識とは……』
この子は難しい要求をしてくるなぁ!
「現代知識チートね……マヨネーズとか定番だよね。現代食で無双!」
『鮮度の悪い生卵を使用するのですね』
「食中毒になるじゃん! うーん、マヨネーズが駄目なら石鹸作りとか!」
『ホワイトホエール号のショップにて、格安で販売しております』
「宇宙冒険ゲームなのに、なんで石鹸売っているんだろうね……いや、そもそも石鹸はこの村の特産品だったよ」
獣の脂を使っているらしいから、品質はそこまでよくないだろうけどね。
現代的な石鹸の作り方とか教えられればいいのだが、小説で読んだことはあるものの全く覚えちゃいないよ。
「あとはー……定番だとリバーシを売って遊戯革命だね」
『この世界にも独自のボードゲームが存在します。地上を調査した限りだと庶民にも親しまれているようで、リバーシを売ったとしても目新しいものと映りはすれども、爆発的人気は得られないでしょう』
「だよねー。囲碁とか、平安時代にはすでにあったっていうしねー」
子供の頃読んだ少年漫画に平安時代の美形棋士が出てきたので、覚えている。
「他には……思いつかないや。ふっ、私には、洗濯板くらいがお似合いなのさ……」
『現代知識とはいかないまでも、洗濯板でこの地域の文明レベルを少しだけ向上させたことは事実です』
でも、他の地域行けばありそうだなぁ、洗濯板。
あ、そうか。だからこそ、行商をやる意味があるんだよね。世界中の便利をこの村に。うん、結構いい目標じゃない?
じゃあまずは、みんなに洗濯板を売って、それからよそでハンドクリームを探そう。
行商人という職業、結構面白いかもしれないね。




