14.大人になってから地元のお祭りって行ったことない。
とうとうお祭り当日となった。
お祭りの名前は、『なぎっちゃちゃん歓迎祭』。私の名前が入っていて恥ずかしいが、私の歓迎の宴を大規模にしたお祭りであるので、名前は何も間違っておらず文句を言える状況ではない。
私は歓迎される立場だが、酒樽やちゃんこ鍋をアイテム欄に突っ込んであるので、準備を手伝うことになった。
酒樽や瓶を種類ごとに並べ、酒配布担当の村人に種類を説明していく。
「蒸留酒は酒精が本当に強いから、ジョッキで持ってきても少ししか入れないこと!」
「おいおい、なぎっちゃちゃん。俺達は昔、酒豪で鳴らした傭兵団だったんだぜ。強いワインくらい飲み慣れていらぁ」
「いや、強いワイン程度で考えちゃ駄目だから! はい、試飲して!」
私はアイテム欄から、私物のウイスキーの瓶とグラスを取り出し、グラスに酒を注いで担当者に飲ませた。
「へへ、役得だな……げはぁ! なんだこれ!? 喉が焼ける!」
「だから言ったでしょ! こんなのジョッキ一杯一気飲みなんてしたら、倒れて死ぬからね!」
「お、おう。周知しとくわ……」
まったくもう。まあ、蒸留酒はこの国においては高級品で、平民ではそこそこ高給取りじゃなきゃ飲めないっていうからね。傭兵時代に飲む機会がなかったのだろう。
そして、村人となりお金持ちになってからは、辺境の地にいるため蒸留酒を手に入れる機会がなかったのだと思う。
さて、酒はここまでにして、次はちゃんこ鍋だ。
ちゃんこ鍋はアイテム欄から取りだしたら、土鍋に入った状態で出現する。この土鍋は、料理を食べ終わったときに自動的に消滅するようになっている。
だが、お祭りの会場は屋外の広場で、テーブル席が村人の人数分用意されているわけではない。
そんな状況で、土鍋からちゃんこを食べるのは不可能だ。なので、あらためて鍋に移し替えて、そこから片手で持てる木の器に盛って配ることになった。
某農業牧畜ゲームの闇鍋祭りで使うような巨大な大鍋は村になく、大きめの鍋を村中から持ち寄ってそこにちゃんこを入れるのだ。
木の器はちゃんこ鍋の土鍋よりも小さいので、祭り本番ではおかわり自由に決定した。
用意したちゃんこ鍋は150人前。集まった鍋に熱々のちゃんこを流し込んでいくと、90人前でいっぱいになった。
「あと60人前あるから、足りなくなったら言ってね。追加するから」
ちゃんこ担当のおばちゃんにそう告げる。
「これだけあれば足りると思うけどねぇ。他にも料理はたんまりあるし」
おばちゃんにそう言われて周囲を見回してみると、確かにそこかしこで料理中だ。
この村のお祭りは何か催し物があるというわけでもなく、料理を食べて酒を飲んで騒ぐだけらしい。その分、料理は豊富に用意するとのこと。
「猪の丸焼きとかワクワクするねー」
広場の一角で作られる丸焼きを見ながら私は言った。毛を抜いて内臓を取った一頭丸ごとの猪をぶっとい棒に刺して、ゆっくり回転させながら炭火で丸焼きにしている。
時折、刷毛で塗られている液体の調味料が焼けて、香ばしい匂いを周囲に振りまいている。見た目はちょっとグロいけど、匂いからしてもう美味しそうだよ。
「あたしゃ、このちゃんこという汁物の方が興味あるけどね。味見したいねぇ」
「駄目だよ、おばちゃん。味見はもうしてあるから本番まで待って」
「でも、配るあたし達が味を知らないっていうのはどうなんだい?」
「んもー、しょうがないな。少しだけだよ」
私がそう言うと、各鍋を担当する女性陣が一斉に歓声をあげた。
まあ、お腹いっぱいになるまで食べなきゃ大丈夫かな。
◆◇◆◇◆
お祭りは大盛り上がりで、次から次へと酒が消費されていく。正直、用意した酒は量が多すぎたかなと思っていたのだが、この分だとそんなに残らないかもしれない。
どうやら、大人の村人で酒が飲めないという人はいないらしい。この国にいる人達は、酒に強い人種なのかもしれないね。
一応、果実ジュースの樽も酒と一緒に用意したのだが、そちらは子供しか飲んでいない。
村ができて十年ということで、ほとんどの子供は十歳以下だ。そして、このあたりでは、十歳以下の子供に酒を飲ませる習慣は存在しないらしい。
祭りの開始と共に、十二歳のソフィアちゃんが「貴族のたしなみですわー」と言ってワイン樽に突進していったのだが、村の男衆に阻まれて果実ジュースの方へと追いやられていた。
今は、ジョッキで酒を飲んでいるジョゼットを恨めしそうな顔で見ながら、ブドウジュースを飲んでいる。
一方、先ほどからジョゼットが飲んでいるのは、日本酒……この世界に日本は存在しないので、清酒とでも言おうか。その清酒を気に入って、何杯もジョッキを空にしている。
「この酒は周辺地域では作られていないのか?」
ジョッキを左手に、猪の内臓肉の串焼きを右手に持ちながら、ジョゼットが私に尋ねてくる。
「このあたりじゃそもそも米が栽培されていないからね。清酒自体は、国をまたいで南方にいかなきゃ手に入らないよ」
「そうなのか……なあ、なぎっちゃ」
「大丈夫。私は行商人だからね。いつでも買いつけに行ってあげるよ」
「ありがたい……」
「私にもワインを用意してほしいですわー」
「ソフィアちゃんは成人してからね」
「そんなー」
その後も、ジョゼットは清酒をどんどん飲み干していく。
他の酒も村人達が樽の中身を減らしていき、つまみとして料理が消費されていく。初夏だというのに熱いちゃんこの評判もよく、村長さんからは次お祭りをやる機会があったら、また用意してくれなんて頼まれた。
こりゃあ、材料が手に入るうちに倉庫に大量保管しておいた方がいいな。アイテム欄と倉庫機能は時間が経過しないので、蓄えておこう。
そして、昼から始まったお祭りも、夕方に差しかかってきた。
村の大人達は見事にできあがって、酔いに酔っている。
それを見て、ジョゼットが言う。
「けしからんな。酔いすぎだ」
「この村のお祭りっていつもこうなの?」
私がそう尋ねると、ジョゼットは首を横に振って否定した。
「ここは魔獣の森を切り開いて作られた村だ。森の魔獣はテリトリー外には絶対に出てこない生き物だが、この村は薬草栽培のためにそのテリトリーのぎりぎり内側に作られている。魔獣がいつ迷い込んできてもおかしくないから、ここまで前後不覚になることは今までなかった」
「あー、気を緩めると危険なのね」
「なぎっちゃが、先日強くなる魔道具を配ったからな。みんな気が大きくなっているのだろう」
「なるほど。『Lv.8』だと角狼に噛みつかれた程度じゃ、そうそう死なないもんね」
「酔っていると言っても、正気を保っている者もそれなりにいるから、実際に魔獣が襲ってきてもそう被害はなく撃退できるだろう。だが……油断しすぎているな」
「ま、いざとなったら、私が酔いを醒ます魔法を使うよ」
「そんな魔法まであるのか……」
私の職業である大賢者が取得できる状態異常回復魔法セットの中に、酔い醒ましの魔法≪ソバーアップ≫というのがあるんだよね。
私がプレイしていたMMORPGには酒アイテムがあって、それを飲むと酩酊度という数値が上昇するようになっていた。
真っ直ぐ歩行できなくなるという状態異常で、酒を飲む以外にもモンスターが酒のブレス攻撃をしてきて酩酊度が上がることがあった。
あと、格闘職には、酩酊度が上がると使用できる酔拳技能が存在していた。
ただ、≪ソバーアップ≫をわざわざショートカットキーに登録して発動することなんて実際にはなかった。酒ブレスとか、本当に一握りの敵しか使ってこないからね。
しかし、今の私にはショートカットキーという概念はなく、念じるだけであらゆる魔法を行使できるようになった。なので、そういった限定的な効果を持つ魔法も、今後は活躍する機会があるだろう。
「ふう、さて……もう一杯」
村人の酔いっぷりに愚痴を述べていたジョゼットが、自分は酔っていないとでも言うかのようにさらに清酒をジョッキに追加しようとする。
しかし。
「ごめんな、ジョゼットちゃん。この酒の樽は全部終わりだ」
「なんだと!?」
「ちゃんこに合うっていうんで、みんなに人気でな。それに、ジョゼットちゃんだけで半分近く飲みきったんだぞ」
酒担当の村人にそう言われて、ジョゼットが肩を落としてこちらに戻ってきた。
「なぎっちゃ、もうあの酒はないのか……? 隠し持っていたりしないか?」
「アイテム欄にあるけど、これは私が個人的に楽しむ分だよ」
「そこをなんとか……」
「んもう、仕方ないな。買ってきたのはあげられないけど、こっちなら……」
そう言って私がアイテム欄から取りだしたのは、金色に輝く神器の酒杯だ。
『なぎっちゃ』という生きる神器以外に、この世界の人へと初めて見せる私の神器。
今後、私が生きていく中で、この神器の存在を隠し通すのは難しいだろう。なにせ、酒は日常的に飲むものだからね。
なので、この機会に思い切って公開してしまうことにした。神器を所持していることが周囲に知られても、よこしまな存在から守り通せるだけの力は持っているつもりだ。
さて、ジョゼット達は神器を見てどんな反応を示すだろうか。




