103.力を隠さず生きるのはめんどうが多そうだけど、力をわざわざ隠すのも不自由だ。
ホワイトホエール号がこの世界『エルトミナール』を旅立って、数ヶ月が過ぎた。
秋を越え、冬となり、今年も餅つき大会をして平穏に暮らす。
冬の最中も商売を続け、辺境伯にハドソン工房のラームヤームやエルフの蜂蜜酒を納品し、たいそう喜ばれた。
そして、春の足音が近づいてきたある日。雑貨屋のカウンターで暇をしていると、不意にイヴから次元通信が入った。
『目的の移住地ではありませんが、目的を果たせる惑星を発見しました』
「ん? どういうことかな?」
『そちらの惑星と同じように、上位の世界から創世の力が降りてきている惑星のようです』
「おっ、それはつまり、神器が作れるってことかな?」
『そうなります』
イヴに詳細を尋ねると、どうやらその星は生命が未だ存在しない水がある原初の惑星。
魔力の反応があるその惑星を探査したところ、降ってきたばかりの創世の力を発見できた。その創世の力はすでにアププが確保済みで、後は神器に加工するだけだそうだ。
『アププ様は現在、環境構築型の神器の設計に入っています』
神器で解決か。でも、その方法はちょっと待ってほしいな。
「環境型神器を作るよりも、月を制御する神器をもう一度作った方がよくない?」
『聞いてみます』
それからしばらくして、通信機からアププの声が聞こえてきた。
『なぎっちゃか。久しいな』
「うん。それで、月の神器だけど、どう?」
『月の力は強すぎる。今さら後悔しても遅いが、あれは手にしてはいけない力だったのだ。なので、その案は却下だな』
「そっか。他にも考えたんだけどさ。特定範囲から出られない環境構築の神器なんかを作るよりも、恐竜人を今の地上の環境に適応させる神器を作った方がいいんじゃない? 恐竜人達が、自分の身体を作りかえることに忌避感がなかったらの話だけど」
『なるほど。神器の毒で汚染された月面に環境を作るよりも、そちらの方が優れた案と言える。しかし、我々は地上に受け入れてもらえるだろうか?』
「そうだねー。地上への移住の承認ときたら、地上を支配している神様に聞くのが一番かな。イヴ、それぞれに通信繋げられる?」
『では、後日予定を合わせて、ベヒモス様、バックス様、マルドゥーク様へと繋ぎます』
「お願い。概要も話しておいてね」
そこまで話すと、イヴは次元通信を切った。
さて、地上への異種族の移住か。エルフと村人たちは仲良くやっているけど、はたして恐竜人は受け入れられるかな。
◆◇◆◇◆
それから数日が経ち、イヴが事前に予告していた日時になった。私は家でお茶と茶菓子を用意して、テーブルに着く。
イヴのステルスドローンがテーブルの上に停まり、空間投影画面を出力する。画面は四つあり、それぞれベヒモス、バックス、マルドゥーク、アププが映っていた。
久しい顔だ。そんな彼らに、私は早速話を切り出した。
「で、どうだろう。アププと同じような姿の異種族は、地上の人間に受け入れてもらえると思う?」
すると、即座にベヒモスが答える。
『問題ないな』
おや? その心は?
『我が国では幻獣である知恵ある竜が多数住み着いているが、問題なく国民に受け入れられている。そなたのエルフも村に馴染んでおろう?』
なるほど。その意見にはバックスもマルドゥークも同意するようだ。
「人間は肌の色の違い程度で、簡単に迫害を行なう生き物だけど」
私がそう言うと、今度はマルドゥークが答える。
『神が人を導けば、迫害は防げます。人が正しく生きられるようにするために、宗教は戒律を人に課すのですよ』
なるほど。つまり、恐竜人の移住に賛成する神がいる地域なら、神と神殿が人々を律して迫害を防ぐことができると。
では、次の問題だ。これもちょっと難しい話だ。
「じゃあ、地上に住み着くとして、候補地は? 人の入植していない僻地を見つくろうか、人のいる土地に新しく移住するか」
『人の居る土地の方がいいと思うよ』
そう答えたのは、バックスだ。そのバックスに、私は「どうして?」と問う。
『今後、僕達の支配下にない人間勢力が版図を広げて、その恐竜人の土地に進出したとき、争いに発展する可能性がある。それなら、最初から人の一種族として僕たちの支配下に組み込んじゃった方がいいよ』
『ほう、ならば、そなたの土地に組み込むのでもよいのか?』
バックスの答えに、横からベヒモスが口をはさんだ。
『僕の国? まあ、候補の一つではあるよね』
「へえ、バックス、気前いいじゃん」
私は感心してそんな言葉をバックスに投げかけた。すると、バックスはニヤリと笑って言葉を返してくる。
『何言っているの。その場合、なぎっちゃの村の近くに配置するんだよ』
「えっ、私?」
『最後まで面倒見てあげないの?』
バックスが挑発するように私に言った。
すると、さらにベヒモスも言う。
『無理なら我が方で引き取るが。恐竜と竜。それなりに近しい存在なのではないか?』
「あ、うん……」
面倒を見るかぁ。数は五八二人。この開拓村で受け入れるのも、無理な規模ではない。
私が考え込んでいると、それまで黙って話を聞いていたアププが口を開く。
『話はありがたい。だが、我らの種のために、君たちへ責任を負わせようとは考えていないぞ』
だが、そんなアププの言葉に、マルドゥークが反論するかのように言った。
『いえ、今、あなた様方を身内として迎えようとしているのは、将来的な争いの火種を消すためでございます。天上界より降臨した太古の神と、人の神。この偉大なる神を超えし神が二柱いれば、人とは異なる種といえども手を出す愚か者はいなくなることでしょう』
なるほど、つまりだ。
「私の名をもって、恐竜人と人間の争いを潰せばいいんだね。解りやすくていいね。うん、開拓村の方でアププの民を引き取るよ」
『……感謝する』
アププは人間がするように頭を下げて礼をした。
いいってことさ。私は今後もこの世界で、神として生きるんだ。庇護する民が少し増えた程度、なんてことないよ。
『ところで、恐竜人は何を食するのでしょうか……』
と、話がまとまったと思ったらマルドゥークが細かいことを聞いてきて、その場は恐竜人がどう地上で過ごすかについての話に変わっていった。
そして、神々の会談は二時間ほど続いて、お開きになった。
それぞれ別れの挨拶を交わし、通信を切っていく中、私はアププに向けて最後の確認を取った。
「アププ、神器の作成に失敗しないようにね」
『問題ない。八千万年前の専用の機械が残っている』
「神器を作る機械?」
『精神を整える心の治療用の機械だ。神器の作成は邪念が混じると失敗するため、その機械を流用している』
そんなものがあるんだ。
ああ、それが六百年前にヘルの手元にあったならなぁ……。まあ六百年前じゃ、私も生まれていないし、アププもコールドスリープから目覚めようがないので、成立しないIFだけど。
そういうわけで、恐竜人は神器の力で肉体を作りかえ、私の庇護のもと地上に移住してくることが決まった。となると、私ももう一仕事だ。村に新しい住人を五百人超、移住させるんだから、村長さんに了承を得ないとね。事後承諾になっちゃうけども!
◆◇◆◇◆
「おめえさん、無茶言うなぁ」
夕方、仕事を終えて帰宅していた村長さんのところに行って事情を説明すると、そんな言葉が返ってきた。
「ごめんねー。無茶な話で。でも、主神のバックスの承認があるから、村長さんに拒否権はないよ」
「くっ、辺境伯閣下どころか、バックス様から指示が降りてくるとか、この村どうなってんだ」
村長さんがそう言うと、家に帰ってきていたジョゼットとマリオンが思わずといった様子で吹き出した。
いや、本当にこの村どうなっているんだろうね。神はいるわ、エルフはいるわ、恐竜人は来るわで。どう考えても普通じゃない。全ては、ジョゼットがたまたま町へ行商に来ていた私を村に誘ったことから始まった。なので、今の状況は偶然が重なった結果だと言える。
そのジョゼットが、笑いを収めて私に向けて言った。
「しかし、なぎっちゃもずいぶんと立場が変わったな」
「そう?」
「ああ、最初は魔法使いとして村に来た。それが雑貨屋の店主となって、今度は民を率いる神だ」
「あはは、そうだね」
笑う私に、ジョゼットは少し真面目な顔をして言う。
「なぎっちゃはそれでいいのか? 神として振る舞うことになってしまって」
「うん、最近考えていたんだ。去年、死産になりそうになった赤ちゃんを生き返らせたでしょ? それ以来、この力を問題なく振るえる立場は何かって、ずっとずっと考えていた」
私は、死者を前にして力の使用をひかえるなんて、そんな窮屈な生き方はできない。
神の力を使えることを隠して生きることはできる。その方が、めんどうが寄ってこないだろう。
でも、そんな生き方ってはたして楽しいだろうか?
力を隠してひっそりと生きる……私のゲームシステム上の職業は大賢者だけど、それって賢者じゃなくて隠者だよね。
「だから、村長さんには申し訳ないけど、この村で私は神として力を振るわせてもらうよ」
私がそう村長さんに告げると、彼はニカッと笑って返してきた。
「今さらだな!」
「あれ、そうかな?」
「ああ、あの赤ん坊を生き返らせてもらったときから、俺たちはあんたを神として扱っているんだ。だから、俺たちはあんたにちゃんと付いていくぜ」
すると、マリオンも含み笑いをしながら、私に向けて言った。
「魔法都市もなぎっちゃを魔法神として扱うことは決定事項だから、今さら神様やりませんとか言われても困るけどね」
うん。どうやら私が覚悟を決めている間に、神として生きる道は整備されていたようだね。
それじゃあ、一つみんなを守る神様ってやつになってみようか。私が私らしく、自由気ままに生きるためにね。
次回、エピローグです。




