100.送別会と歓迎会は酒を飲むいい機会。
いよいよやってきた祭り当日。夏真っ盛りの昼間から、村の広場に村人達が集まる。
一通り集まったところで、村長さんと村の顔役、そしてベヒモスが前に出て開催の挨拶を始めた。
「これよりベヒモス様を国もとへと送る神祭を執り行なう!」
村長さんの号令に、村人たちがワッと沸く。だが、村長さんがサッと手を上げると瞬時に静かになった。うーん、こういうところを見ると、規律がしっかりしていた傭兵団だったんだなって分かるね。
「ベヒモス様より、お話がある。つつしんで耳をかたむけるように」
村長さんがそう言うと、ベヒモスが交代して言い放つ。
「うむ。酒と料理を前に長々と語るつもりはないので、簡潔に別れの言葉を述べよう」
しんと静まりかえった村人へ向けて、ベヒモスが言葉を送る。
「よき土地、よき村、よき人々であった! 我はこの村を忘れぬ! 以上だ!」
その別れの言葉に、村人達からは泣き出す者が出た。ベヒモスと特に仲が良かった三十歳以下の若い男衆だ。
泣いた男達を笑う村人はいなかった。別れの涙を笑うほど、無粋な者はこの村にいない。
「さあ、祭りの始まりだ! 酒杯を持て! 明るく笑ってベヒモス様を送るのだ!」
村長さんがそう言って、祭りが本格的に始まった。
私が持ちこんだ酒樽が開けられ、女衆とヘスティアが張り切って作った料理が配られる。早速、ベヒモスが村の男衆に囲まれており、村長さんの言葉通り明るく見送ることができそうだった。
さて、私はというと、今日初めて蔵出しされた妖精の蜂蜜酒を飲むことにした。
酒樽の前にエルフがいて、皆に「飲んで飲んで」と呼び込みをしている。
「なぎっちゃ様ー。蜂蜜酒だよー。いい出来だよー」
「うん、一杯貰おうかな」
「わーい!」
木のコップになみなみと注いでもらい、今度はおつまみになりそうな料理を取りにいく。
ヘスティアが気合いを入れて作っていたケバブみたいな肉塊焼きにしようかと思い、彼女のもとへ向かう。
すると、ヘスティアのところに、なぜかこの国の主神であるバックスの姿があった。
「バックスー? なんでいるの?」
今回の祭りには呼んだ覚えはないぞ、私。ベヒモスの送別会だから、村の一員ではないバックスは呼ばなかったのだ。
私が不思議に思っていると、バックスは言った。
「昨夜、急に美味しい酒との出会いの予感が働いてね。ペガススに乗って飛んできたよ」
そういえば、この人、そんな権能を持っていた。
「そんなに世界の酒が飲みたかったのかぁ」
「いや、それも飲みたいけれど、今回働いた予感はそれじゃない気がするんだ」
「あー、じゃあこれかな。エルフが作った蜂蜜酒」
私は、手に持った酒杯をバックスの前に掲げて見せた。
「エルフの蜂蜜酒! うわあ、幻の酒じゃないか! どこ!? どこにあるの!?」
「待って待って。私はおつまみを取りに来たんだよ。ヘスティアー、一個頂戴」
私がヘスティアに頼むと、彼女は焼いている肉塊からナイフで肉を削ぎ落とし、食パンに挟んで渡してきた。
「本場の『ヘスティア・ラ・ルマー』じゃ! 堪能するがよい!」
「あ、これが噂の異世界サンドイッチ! うわー、美味しそう」
「そうであろう、そうであろう。ところでサンドイッチとは?」
おっと、ヘスティアが初めて耳にするワードに食いついてきた。
だが、私が質問に答える前に、バックスが蜂蜜酒を飲ませろとしつこく言ってくる。
まったく、順番ね、順番。
私は先にバックスを連れて、エルフ達が居る酒樽へと向かった。
「おおー、この色は確かにエルフの蜂蜜酒……飲むのは何百年ぶりだろう……」
どうやらバックスは、エルフの酒を飲んだことがあるようだね。でも、それほど飲みたかったなら、近場なんだし妖精郷にいけばよくない?
「妖精郷には直接行かなかったの?」
バックスにそう尋ねると、彼はため息をついて答えた。
「妖精郷の場所なんて、つい最近、辺境伯からの報告で知ったばかりだよ。昔は、ヴァルハラとの取引で入手していたんだ」
「ああ、なるほど。そういえばエルフたちは聖王国と取引していたって言ってたね」
「でもまさか、こんな近くに妖精郷があったとはねぇ。知っていたら、西に国土を広げさせていたのに」
「酒のために広がる国土とか……」
「酒が絡まなかったら、苦労しかないんだから国土なんて広げないよ」
覇権国家の国主が聞いたら憤慨しそうな言い様だなぁ。
それからバックスはエルフ達と軽く言葉を交わして蜂蜜酒を注いでもらった。そして、私とバックスは、同時に蜂蜜酒を口にする。
「これは美味しい……」
私は思わずそんな言葉を口にしていた。
「蜂蜜酒って、製法は割と単純なんだ。それでも、エルフの蜂蜜酒だけは真似しようとしてもできない」
ああ、エルフたちがなんか言っていたね。魔獣の森が重要だって。魔力を含んだ土地じゃないと、この味はでないとかなんとか。森に魔獣が溢れる以前の聖王国時代から美味しい蜂蜜酒が作れていたということは、当時からこの近辺は魔力が豊富だったということでもあるね。
まあ、妖精たちは私の大切な信徒で、この蜂蜜酒の秘密は彼らが独自に持つ秘蔵の技術でもある。だから、バックスにはその製法は漏らさないでおこう。
それから私は、『ヘスティア・ラ・ルマー』とかいうサンドイッチも食べ、そちらの美味しさにもうっとりとしてしまう。この肉肉した味は、酒に合うなぁ。
「はー、美味しい。しかし、ようやくベヒモスが帰ってくれるか……」
ふと、私の隣で蜂蜜酒をちびちびと飲みながら、バックスがそんなことを言い出した。
その言い様に、私は不思議に思って尋ねる。
「あれ? 何かバックスに迷惑かかっていたかな?」
「国もとから、はやく主神を返してくれって何度も催促されていたよ」
「へー、ヤモリくんって、せっつかれるほど国もとで信仰されていたんだね」
「あれで、割と面倒見がいいからね。身近な人には親しまれているんだ」
ああ、なんだかその光景がありありと想像できるよ。この村でも、男衆に慕われていたからね。
「そういえば、獣神大戦の原因も、ヤモリくんが面倒見よすぎて獣神と対立したからだっけ」
「そうそう、あいつは国もとでは、みんなの兄貴分なのさ」
「兄貴分かぁ。そんな人と神の関係もあるんだね」
「僕には真似できそうにないけど、なぎっちゃは将来、信者に姐御とか言われそう」
「姐御は私のキャラじゃないなぁ……」
私が姐御とかないない。学生時代は工業大学の情報科という男集団の中に混じった女という異物ではあったから、オタサーの姫的存在ではあったかもしれないけど。
「さて、そのヤモリくんはどうしているかな……」
私は、ベヒモスを探して周囲を見回す。すると、先にバックスが発見したのか、男衆が集まった一角を見て言う。
「若者たちと飲み騒いでいるみたいだね」
「そっか。あの人達が一緒に飲む機会はこれが最後だろうし、そっとしておこうか」
「そうだね。それよりも、世界の酒も飲まないとね」
それから私は、祭りが終わるまでバックスに付き合わされて酒を飲む羽目になった。
主神の相手をするなど恐れ多いと村人達に言われて、ずっと相手をするしかなかったんだよね。
村人たちも神様に慣れてきたと思ったけど、どうやらこの国の人にとってバックスは別格の存在のようだった。
まあ、それでも今回の祭りも成功したようで何より。
当のベヒモスも上機嫌で過ごし、村の人々との別れを済ましていった。
◆◇◆◇◆
祭りの翌日、ベヒモスが村を発つ時間がやってきた。
見送りはいらぬと昨夜言っていたベヒモスだが、多くの村人たちが朝から村の広場に見送りにやってきていた。
「やれやれ、わざわざ時間を割かずともよいというのに」
竜形態に変身したベヒモスが、そんなことをのたまう。
そんなベヒモスに向けて、私は言った。
「そう言わないであげてよ。みんなヤモリくんと最後の挨拶がしたかったんだよ」
「まあ、構わぬがな。それよりも、そなたはいつまで我をヤモリと呼ぶつもりだ。ヤモリは天上界の言葉で小さなトカゲの意なのであろう? 今の我を見て、トカゲ扱いをよくできるものだ」
「あー、そうだね。私を襲った罪は清算されたんだから、ちゃんとベヒモスって呼ばないとね」
「うむ。そなたは我よりも強いが、神としては同格の天上神同士なのだ。互いに敬う姿勢を見せるべきだ」
仮にもベヒモスは一国の主神だからね。敬う姿勢は大事だろう。
しかしね。一つだけ、言っておくことがある。
「でも、ベヒモスって最終的に食べられちゃう不吉な名前だよね。それならヤモリの方が縁起の良い名前だと思うなぁ」
「小さなトカゲのどこが、縁起の良い名なのだ」
「ヤモリにはね、家を守る番人って意味があるんだよ。面倒見のいい、国の主神のベヒモスにピッタリじゃない?」
害虫を食べてくれる益獣だ。ゴキさんとかモリモリ食べるぞ!
「ほう、そうか。嘘ではないな?」
「うん。こういう字を書くよ」
私はゲーム倉庫から魔術師の杖を出すと、地面に『家守』『守宮』とそれぞれ杖で書いた。
「紋章のような字だな。気に入った。そなたが今後もその名で我を呼ぶことを許す」
なんだか、今後もベヒモスのことをヤモリくんと呼び続けることになりそうだ。
それからベヒモスは、村人たちに最後の別れの言葉を告げ、その場から飛翔して南の空へと消えていった。
それを村人たちは名残惜しそうに見送り、やがてベヒモスの姿が見えなくなったところで解散して自分の仕事へと戻っていく。
私も雑貨屋に入って、その日の業務を開始した。
そして、その日の夜。ベヒモスが魔石を納品しに来ないという以外は、いつも通りに時間が過ぎていた。
一日の仕事を終えのんびりと晩ご飯を食べていると、不意に耳障りな音が耳に入った。
この音は……聞き覚えがあるぞ。確か、地球時代にプレイしていたゲームのアラート音。ホワイトホエール号が出てくるゲームでよく聞いた音だ。その意味は、確か……。
『マスター。地上より、軌道上へ近づいてくる物体があります』
そう、ホワイトホエール号へ接近する未確認物体を発見したときの音だ!
『物体、形状から宇宙船と推定。どういたしますか?』
まさかの事態に、私は箸を取り落とした。
ファンタジー世界で宇宙船発見とか、ぶっ飛んでるな!




