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【なろう版】魔国の勇者  作者: マルコ
幼年学校1年 :流民と盗賊団

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偽りの放蕩

「リュシア姉様のおっしゃることはもっともですわ。

 『人道的』な理由や、『わずばかりの情報』では、家臣たちは納得しません。

 不満が出るでしょう」


 シエラはそこで言葉を切り、眼下のウェルティアを見据えた。

 細められた紫の瞳が、薄暗がりの中で濡れた光を放つ。


「けれど……魔族というのは、単純な生き物でもありますの。

 損得勘定よりも、もっと優先される『理屈』がある」

「……理屈?」


 ウェルティアの喉から、空気の漏れるような音がした。

 シエラは、舞台上の役者のように人差し指を立ててみせる。


「簡単な条件で普通に保護すれば、他の流民も『自分たちも助けてくれ』と群がってきます。

 それは領地経営において最大のリスク。

 ですが……もし、こう公表したらどうでしょう?」


 彼女は、劇薬とも呼べる提案を、さも名案のように口にした。


「『リオス様が賊の討伐で見初めた娘を囲うため、その世話役として一族ごと囲い込んだ』……と」


 ウェルティアの呼吸が止まる。


「は……?」

「つまり、個人的な『色恋沙汰』にしてしまうのです。

 単に『女を差し出した』なら、他の流民も続いてしまいますが、『たまたま目についた女を囲った』なら、再現性はありません」


 シエラは淀みなく続ける。


メルヴィラ(小母様)に対しても同じです。

『慈悲で助けた』と言えば弱腰と叱責されますが……。

『欲望のために女を囲った』と言えば、魔族の論理としては通りが良い」


 シエラは、リオスの周囲を円を描くように歩き始めた。ヒールの音が一定のリズムで床を叩く。


「甘い理由で流民を引き入れれば、叱責どころか、呆れられて見捨てられますわ」


 リオスの背筋を、不快な湿り気が伝い落ちた。

 否定できない。

 メルヴィラであれば、無能な息子を切り捨てることに躊躇はないだろう。

 追い出されることはないだろうが、期待は消滅する。


 だから、リュシアも口をだしたのだ。


 シエラは足を止め、硬直するウェルティアの背後に立った。

 その肩に、重さを感じさせないほど軽やかに手を置く。


「けれど……理由は、捏造してしまえばいいのです」


 そのまま一度だけ、視線を横へ投げた。

 少し先にいるティナと目が合い、ティナが小さく顎を引く。


「『現地で拾った女の体が、どうしても忘れられなかった』」


 ウェルティアの肩がびくりと跳ねた。

 血液が一度に頭部へ駆け上がり、頬が熱を持つ。


 だが、シエラは構わずに続ける。


「『だから一族ごと手元に置いて――しゃぶり尽くすことにした』」


 ウェルティアの喉が鳴った。


 シエラは顔を上げ、リオスに向かって口角を深く釣り上げた。


「……これなら、救済ではなくなる。

 英雄色を好む。一転して『暴君の気まぐれ』に変わりますもの」


 その内容はあまりに衝撃的すぎた。


「そ、それは……つまり……その……愛人として……?」


 ウェルティアの声が上擦る。


「名目上は、そうなりますわね。

 リオス様には、『この歳で女を囲ったロクデナシ』という汚名を被っていただくことになりますが」


 シエラが、悪戯を企む子供のような眼差しをリオスへ向ける。

 リオスは一瞬目を見開いたが、すぐにその意図を察し、口元を歪めて笑った。


「……参ったな。とんだ放蕩息子になっちゃうけど」


 彼は肩をすくめたが、その眼は揺らぐことなく開かれていた。


 女を囲ったり、その女に村ひとつを与える程度は、誰でもやる。

 セラも、バルトロメイから与えられた自分の村を持っている。


 だが、幼年学校からやるのは、流石に眉をひそめられる。

 

「でも、君たちを守れるなら、悪くない取引だ。

 僕は『女に狂った馬鹿』を演じるよ。……それで、みんなが助かるなら」


 その言葉の重みに、ウェルティアは呼吸するのを忘れた。


 だが――。


「……待ちなさい、リオス」


 鋭い声が、場の空気を裂いた。

 リュシアだった。

 彼女は腕組みをしたまま、金の瞳を細めてシエラを射抜いている。


「その理屈でいけば、シエラ。

 あなたの立場はどうなるの?」


 リオスの肩が、ぴくりと跳ねた。

 リュシアは続ける。


「リオスが『色を好む』放蕩息子となれば……。

 その婚約者であるあなたは、『色狂いの婚約者に文句ひとつ言えない、飾りの女』。

 あるいは、『下世話な性癖を黙認する、同類のふしだらな女』」


 冷ややかな指摘が、喉元に突きつけられる。


「ルキフェル家の令嬢として、その汚名は致命的じゃないのかしら?」


 その言葉に、リオスが弾かれたように顔を上げた。


(……そうだ。僕だけじゃない)


 自分の評判が落ちるのは構わない。

 けれど、シエラは違う。

 彼女には彼女の、家の誇りがあるはずだ。


 リオスは慌ててシエラの方を向いた。


「シエラ、姉上の言う通りだ。

 君まで巻き込むわけには……

 それに、姉上だって……」

「私は良いのよ。

 リオスが何と呼ばれようと、私がリオスの価値を分かっていればいい。

 それに、グリムボーンはその程度で揺らぐ家ではないわ」


 リュシアが堂々と言い放つ。

 シエラも、我が意を得たりと続いた。


「わたくしも同じですわ。周りの声など関係ないのです。

 それに、お言葉ですが、ルキフェル家も、妾の子が放蕩息子に嫁ぐからといって、どうなるものでもありません」


 こちらも堂々と、一片の迷いも疑いもなく言葉を紡いだ。


「ふたりとも……」


 リオスが申し訳なさげに拳を握る。

 そんなリオスに、シエラはなじるような調子で言った。


「あら、フィノにはあんな啖呵を切ったのに、わたくしたちには言ってくれませんの?」


 その言葉に、リオスははっと顔を上げた。

 ――そう。

 堕ちた評判など、それを覆す成果で覆せばいいのだ。


「将来は大魔将になって、必ずふたりの名誉を回復してみせる!」


 リオスの宣言に、二人の少女――リュシアとシエラは、不敵な笑みを浮かべて頷いた。


 その光景を、ウェルティアは呆然と見つめていた。

 汚名を被ることを、彼らは笑い飛ばしてみせたのだ。

 自分自身の名誉を泥に捨ててでも、民を救おうとする覚悟。

 そして、それを支える絶対的な絆。

 それは、ウェルティアの理想とする姿そのものだった。


「――愛人の役は、私がやります」


 ベッドの上から、ティナの声が響く。


「ティナ!?」


 ウェルティアが振り返ると、妹は頬を朱に染めながらも、瞬き一つせずリオスを見ていた。


「リオス様のお役に立てるなら……いえ、光栄です。

 私のようなものでよければ、喜んで『お気に入りの玩具』を演じきります」


「え、あ、いや、玩具ってそこまでは……」


 リオスがたじろぐが、ティナの瞳は本気だった。


 いや、そこには演技を超えた、熱と湿度が混じっている。


「……ウェルティアさん」


 シエラが、再びウェルティアを見る。


「必要な対価とは、金銭ではありません。

 リオス様に汚名を着せることへの同意。

 そして……貴女たちが誇り高い騎士ではなく、『放蕩息子の愛人の付属物』という蔑みを、甘んじて受け入れる覚悟です」


 シエラは逃げ場のない事実を突きつける。


「騎士としてのプライドは、捨てていただきます。

 ……出来ますか?」


 ウェルティアは、拳を握りしめた。


 爪が皮膚を裂き、赤い珠が滲む。

 騎士の誇り。家柄。潔白。


 それら全てを、この場の全員が「命」のために捨てようとしている。


 恩人であるリオスさえも、泥を被ろうとしているのだ。

 自分が、守られるだけの自分が、何を躊躇う必要がある?


 ――ああ、そうだ。


 ウェルティアの中で、何かが音を立てて砕け散った。

 彼女は、床板に額を押し付けた。

 痛みを感じるほど深く、重い、服従の姿勢。


「……謹んで、お受けいたします」


 声が震える。屈辱ではない。

 己の無力さと、彼らの覚悟への畏敬で、腹の底が震えていた。


「私たちの名誉も、誇りも、全て捧げます。

 ……どうか、愚かな私たちを、貴方様の共犯者にしてください」


 顔を上げると、リオスが優しく、力強く頷いた。


「契約成立だね」


 その言葉は、まるで舞台の幕を開ける合図のように響く。


「では、役者の準備は整いましたわね」


 シエラが、唇を濡らして微笑む。


「小母様へ……最高のご報告をしましょうか」


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