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【なろう版】魔国の勇者  作者: マルコ
幼年学校1年 :食堂改善

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57/102

目覚めの熱、そして交錯する残響

 ネリアはぼんやりと目を瞬かせた。自分が横たわっていることに気づく。


(……ここ……どこ……?)


 薄暗い。けれど、どこか懐かしい木の香りが鼻をかすめた。

 聞き覚えのあるきしむ床の音。窓の向こうから差し込む黄昏の光。


 それらが、ようやく“場所”を思い出させる。


(わたしたちの……部屋……?)


 だが、思考がそこまでたどり着いた時だ。

 彼女の全身に、まるで氷水を浴びたような衝撃が走った。


 ――寒い。


 肌に直接、空気が触れる。

 何も着ていない。ベッドの上で、裸のまま横たわっていた。


「……っ、な、なに……これ……っ!」


 反射的にシーツをかき寄せ、膝を抱えて丸まる。

 背筋にぞわりと嫌な汗が流れた。


 身体の奥からこみあげてくるのは、羞恥と混乱、そして恐怖だった。


(どうして……服、脱がされてるの……!?

 誰かが……見た? 触った……?)


 記憶は混濁していた。

 だが、無防備なまま寝かされていたことだけは確かだった。


 身を縮めたまま、ネリアはかすかに震える。

 寒さのせいではない。いや、冷えた空気が肌に刺さるたび、むしろ熱が内側から逆流するような錯覚さえ覚えた。


 身体はまだ重く、思うように動かない。

 だが、意識だけは鮮明さを取り戻しつつあった。


 そのぶん、嫌でも思い出してしまう。

 ――あの、どうしようもなく狂おしい感覚を。


(……おかしい、あんなの、いつもと……違った……)


 発情――サキュバスである以上、何度も経験がある。

 けれど、今回のそれは明らかに異常だった。

 理性を焼き尽くされるような衝動。皮膚の裏から煮え立つような疼き。

 あのとき、自分は……確か……


(……サララに、言われて……っ。自分で、慰める、ように……)


 そこまでは、うっすら覚えていた。

 それでも、自分は拒否して――


 そこで、記憶は途切れる。


 そして、気づけばこうして裸でシーツに潜り込んでいた。

 隣に誰かがいる……? そう感じた瞬間、ネリアは慎重に目線を横に滑らせる。


「……っ……!?」


 思わず、声にならない悲鳴が喉に詰まった。


 ――ルゥナがいた。

 すぐ傍らに、ネリアと同じくシーツを胸元まで引き上げた格好で、ゆるく横たわっている。

 頬には微かな紅潮が残り、肩はあらわ、首筋には乾いた汗の跡があった。


 そして、反対側には――サララがいた。


 彼女もまた、素肌のまま緩く息を整えながら、ふんわりと微笑んでいた。

 まるで病み上がりの看病を終えたかのような、安堵と喜びの入り混じった表情で。


「ネリア……よかった、起きた……」


 サララが胸元のシーツを押さえ、そっと声をかける。

 それに続いて、ルゥナもぱっと顔を明るくし、身を乗り出そうとするが、途中でよろめいて倒れ込んだ。


「うぅ……ちょっと待って、腰……まだ、無理かも……」

「……な、なんで、ふたりとも……裸……!?」


 ネリアの震える声が室内にぽつりと落ちた。

 ふたりは顔を見合わせたが、特に隠す素振りもなく、苦笑気味に肩をすくめる。


「……すごかったよ……マジで……」

「まるで……嵐だった……」


 その言葉に、ネリアの血の気が音を立てて引いた。


(え……まさか……うそ……わたし……!?)


 自分が、ふたりに……?

 あの発情の狂乱のまま、無意識に襲いかかっていたのか?

 サララやルゥナを巻き込んで――


 そんなはずない、と思いたかった。

 けれど、自分でも制御できなかった衝動。

 そして、今こうしてふたりとも同じように疲弊した裸身で隣に横たわっている現実が、なにより雄弁だった。


(わ、たし……なに、して……っ)


 羞恥と恐怖と罪悪感ががない交ぜになって胸を締めつけた。


 羞恥に震えるネリアの耳にかすかに身じろぎの音が届く。

 ベッドの側ら――誰かが、そっと椅子に腰を下ろしている気配がした。

 吐息。静かな呼吸。


 ネリアはゆっくりと視線を上げた。


 ――そこにいたのは、リオスだった。


 ランプの灯りに照らされた横顔は静かで、少し疲れているようにさえ見える。

 けれど、そこに宿る眼差しは真剣で、決して無遠慮ではなかった。


 ネリアの中で、何かが――凍りついた。


(……うそ、なんで、リオスくんが……!?)


 同じ学園に通う、同じ年の少年。

 自分たちより幼く見える男の子。


 その彼にこんな姿を見られたのかと気づいた瞬間、ネリアの思考は崩れた。


(し、下着も、なにも着けてない……っ

 しかも、よりによって、リオスくんに……!!)


 顔が燃える。心臓が悲鳴を上げた。


 ――まさか、全部見られた……?


 喉の奥がきゅっと締まったように苦しい。

 だが、それ以上に脳裏をよぎったのは――別の疑念だった。


(……じゃあ……この状態、処理してくれたのって……)


 サララとルゥナはもう起き上がれないほどにぐったりしている。

 自分も意識が飛ぶほどどうしようもなかった。


 そして――今、ただ一人、動ける状態でこの場にいるのは。


(……リオスくん、なの……!?)


 思わず、ルゥナとサララの方を交互に見た。

 どちらも快楽に蕩けた余韻を残すような表情で、シーツに沈んでいる。


 もしかして――

 あのふたりを、ここまでにしたのも……?


(うそ……サキュバスのわたしたちを、3人まとめて……!?)


 そんな馬鹿な、と思いたかった。

 けれど、身体は嘘をつけない。

 未処理であれば、発情の疼きがまだ残っているはずだった。

 だが今、確かに満たされている感覚が、全身を包んでいた。


(……うそ……やだ、すごい……なにそれ……)


 羞恥と驚愕と奇妙な尊敬が、ネリアの中で渦を巻いた。


 リオスはまだ何も言わない。

 ただ静かに、こちらの様子を見守っていた。


 ――あのリオスくんが。

 人間の男の子が。


 サキュバス3人を――


(……どんなテクニック……!?)


 ネリアはシーツを頭までかぶりながら震えた。

 羞恥と混乱。そして、ほんの微かな興味と憧れの混ざった感情に浸っていた。


「ネリアさん……よかった、ほんとに……」


 リオスの声には、安堵がにじむ。

 彼の手が伸びかけるが、すぐに戸惑ったように止まった。


 それだけで、ネリアの心に波紋が広がる。


「……リオス、くん……?」


 かすれた声でそう呼ぶと、少年は嬉しそうに微笑んだ。


「うん! よかった……すごく苦しそうで……みんな、すごく心配してたんだよ」

「そっか……ごめんね、心配……かけて……」


 ネリアは頬を赤くしながら視線を逸らす。

 そして、シーツの中でそっと息を整え、決心したように声をかけた。


「……あの、服……着るから。ちょっとだけ、後ろ、向いててくれる……?」

「うん、わかった!」


 リオスは素直にくるりと背を向けた。

 その小さな背中が、シーツの向こうに並んだ裸のサキュバスたちを前に、何の悪気もなく直立しているのが、かえって気まずく感じられる。


 ネリアはそっとシーツから這い出し、震える手で衣服を探った。

 背中を向けてくれているとはいえ、男の子にこんな姿を見られたのかと思うと、体の奥から羞恥が噴き出してくるのを感じた。


 だが――

 そのとき、リオスがふいに口を開いた。


「……ねえ、ネリアさん」

「な、なに……?」


 ネリアは背中越しの問いにぎくりとする。


「どうして……あのとき、自分で処理するの、そんなに嫌だったの?」


 その言葉に、ネリアの指が止まった。

 鼓動がどくんと大きく跳ねる。


 リオスの声は、ただまっすぐだった。

 無邪気な疑問。何の打算も、色気もない――けれど、だからこそ逃げ場がない。


 ネリアは口元を引き結びながら、ぎゅっと裾を握りしめた。

 リオスの背中はまだ律儀にこちらを向いていない。

 それが、かえって心を揺さぶった。


「……聞いちゃったんだ」

「え?」

「ずっと前……まだ、わたしがもっと小さかった頃……

 娼館の客がね。お酒飲んで、大きな声で話してたの」


 声は絞り出すように小さかった。

 けれど、そのひとつひとつに、想いが宿っている。


「『サキュバスなんて、どうせエロいだけが取り柄なんだよ』って」


 リオスは、それでも振り返らず、黙って耳を傾けていた。


「『仕事もできないし、頭も悪いし、媚びてナンボの淫魔族』って……

 『どうせ飽きたら次のに乗り換えるだけ』――って」

「…………」

「……悔しかった。すごく、悔しくて……っ」


 ネリアの声がわずかに震える。

 それは過去の怒りでも悲しみでもない。

 いま語ることへの、決意が滲んだ震えだった。


「だから、わたし……『そんなのに頼らないで活躍してやる!』って思ったの。

 色気も、媚びることも、全部やめて。

 自分の力で、みんなに認められるような……サキュバスになりたいって……」


 ようやく服を着終え、シーツの上に座り込んだ。

 そして小さく息を吐いた。


「それが、わたしの中の、ルールだったんだ……」


 その背後、椅子に座るリオスは、しばらく黙っていた。

 けれど、やがて――


「……うん。なるほど。ネリアさんは、すごく……かっこいいよ」


 その声は、真っ直ぐで、穏やかだった。


「でも、がんばりすぎて……苦しくなったら、ちょっとくらい、甘えてもいいと思う」


 振り返らないまま、リオスはそう告げた。


 ネリアは、何かをこらえるように、視線を伏せる。


 静かな空気が流れていた。

 リオスはまだ背を向けたまま、シーツの上の気配に耳を傾けている。

 ネリアが語った言葉の余韻が、部屋の隅々まで沁み込むように。


 その背中が、そっと口を開いた。


「……少しだけだけど、僕も、気持ち……分かるよ」

「……え?」


 ネリアの指が最後の留め具を止めた瞬間だった。

 思わず手が止まり、リオスの言葉に耳を澄ませる。


「僕、人間に生まれたんだ。だけど、父上も姉上も……ダークオーガだから。

 黒い肌も、立派な角も、生まれつき持ってなくて……小さいころは、それが恥ずかしかった」


 淡々とした口調だった。けれど、そこにこもる感情はひたむきだった。


「でもね、最近は……もし僕がダークオーガに生まれてたらって考えることがあるんだ。

 そしたら、きっと……魔力にも体術にも自信がありすぎて、鍛錬なんてサボってたと思う」


 ふっと、リオスが笑った気配がした。


「たぶん……姉上にも、シエラにも、嫌われてたんじゃないかなって」


 その言葉に、ネリアの肩がぴくりと揺れた。

 ――リオスなりに、自分のあの時の決意と重ねてくれているのを感じた。


「……もう、着替え、終わったから。いいよ、こっち向いて」


 ネリアのその一言で、ようやくリオスは振り返る。

 私服に袖を通し、まだ頬を赤らめているネリアがそこにいた。

 向き合った瞬間、ふたりの間に微かな気まずさと、どこか心地よいあたたかさが生まれた。


「……そういえば、父上も言ってたんだよ。サキュバスは“おそろしい”って」

「えっ……?」


 ネリアの目が丸くなった。その隣でぐったりしていたルゥナとサララも、驚いたように小さく反応する。


「直接戦ったら、勝てないとは僕も思ってないよ。

 だけど……“魅了”とか“幻惑”とか、そういうのは、戦う前に兵士たちの心を壊しちゃう」


 リオスは真剣なまなざしでネリアを見つめた。


「そもそも、容姿だけで軍が崩れるかもしれないって、父上は本気で言っていた。

 サキュバスって、ほんとうに……敵に回したくない種族なんだよ」


 ネリアは呆然としたようにリオスを見つめていた。

 その頬にふっと紅が差し、唇がかすかに震える。


(……評価されてる……? こわいって……そんなふうに……?)


 サキュバスとして存在を否定された過去。

 だけど今、目の前の男の子は――それを脅威として、そして敬意をもって語ってくれた。


 少しの静寂のあと、リオスはふと思い出したように言葉を継いだ。


「……ちょっと話変わるけど、ネリアさんたちって――魚人族のこと、どう思ってる?」


 ネリアは意表を突かれたように瞬きをした。

 サララとルゥナもシーツの中でぼんやりと耳を傾けている。


「魚人……?」

「うん。ほら、海とか川にいる、水の人たち。

 水の中ではめちゃくちゃ強いけど、陸ではあんまり動けないでしょ?」


 リオスはふと空を見上げるように視線を逸らした。


「それでさ。時々、“水の中でしか役に立たない種族”だって言う人がいるんだけど――

 僕、それ、すっごくもったいない見方だと思うんだ」

「……どういう、意味?」


 ネリアが小さく問い返すと、リオスはこくりと頷いた。


「魚人たちは海や川に住んでいるけど、漁とか船旅とか川の護衛とか――

 僕たちの生活にめちゃくちゃ関わっている。あの人たちがいなかったら、たぶん商隊も軍隊も半分以下の戦力になっちゃうと思う」

「……それは、確かに……」


 ネリアはぽつりと頷いた。

 海辺の客が話す『魚人との協力話』を耳にしたことがあった。


「しかもね、水場で彼らと戦うなんて……歴戦の戦士たちですら避けるって、父上が言っていた。

 地の利ってすごくて、水の中では、彼らの力が本当にずば抜けてるんだって」


 リオスはそこで一呼吸おいてから微笑んだ。


「サキュバスも、同じじゃない?」


 ネリアは目を見開いた。

 そして、ルゥナとサララの視線もゆっくりと彼に向けられる。


「“エッチが絡む分野”では、サキュバスは絶対に負けないって、父上が言っていた。

 魅了や幻惑で相手を惑わすこともできる。

 兵士の士気を奪うのも簡単だし……戦わなくても、勝っちゃう」


 ネリアは口元を押さえた。

 さっきまで羞恥と自己嫌悪に沈んでいた胸が、わずかに温かくなっていくのを感じた。


「それに……ヒトって、性欲とは無縁ではいられないんだって。

 だからサキュバスは、本当に怖い。――って、父上は言ってたよ」


 リオスはただ事実を伝えるように淡々としていた。

 けれどそこには、どこか誇りを込めた響きすらあった。


「強いとか、弱いとかじゃなくて――必要とされる“場”があるって、すごいことなんだと思うよ」


 リオスの言葉はネリアの心に静かに染み込んでいった。

 すぐに全てを受け入れられるほど簡単ではない。

 それでも――


(……少しだけ、わかるかも)


 エッチが絡む分野――

 言われてみれば、確かにそうだった。

 自分たちはその一点において、誰にも負けないほど特化している。

 だからこそ、忌避もされるが、畏れもされる。


 ……その両方が、事実なのかもしれない。


 そう思えたことで、ほんの少しだけ、ネリアは肩の力を抜くことができた。


 そんな彼女に、リオスがぽつりと口を開いた。


「そうだ、ネリアさんたち。ここって、ヴェルファーン家の直営なんでしょ?」

「……う、うん。そうだけど……」

「だったら、リリシアさんにいろいろ聞いてみたらいいと思うよ?

 サキュバスとしてのこととか。きっとすっごく詳しいだろうし」


 さらりと投げかけられたその言葉に、部屋の空気がぴたりと止まった。


「……は?」


 ネリアはぽかんと目を見開いた。

 シーツに横になったルゥナとサララも、目だけを動かして同じく硬直している。


 リリシア=ヴェルファーン――

 この娼館のオーナーにして、大魔将の一人。

 サキュバスの頂点とも称される女傑であり、彼女の名は娼館で働くすべての者にとって、まさに“雲の上の存在”だった。


「ま、まって。今、なんて?」

「ん? だから、リリシアさんに話を――」

「話を、って……わたしたちが!? オーナーに直接!? そんなの、無理よ……っ」


 ネリアが慌てて否定すると、リオスはきょとんとした顔で首をかしげた。


「でも、そういう活躍知りたいでしょ? だったら聞いてみたらいいのに」

「いや、あのね!? わたしたちにとって、オーナーって……神様とか魔王様みたいなもので――」


 だが、そこでネリアの言葉がふと止まる。

 思い出したのだ。以前、リオスが「知り合いのサキュバスがいる」と話していたことを。


(……まさか)


「ねえ、リオスくん。……前に言ってた、知り合いのサキュバスって……

 まさか、リリシア様のこと?」


「うん。そうだよ。前に一度だけ会ったことがあるんだ。

 何年か前の降臨祭の時に……そのとき少しだけね」


 あまりにもあっさりとした口調だった。

 本人にとっては、特別なことではないのだろう。

 だが、ネリアの中には衝撃が走っていた。


(……やっぱり、リオスくんって、ほんとに貴族なんだ)


 どんなに気さくで、親しみやすくても――


 リオスは、あのリリシアに直接会ったことがあり、

 なおかつ臆せず普通の知り合いのように話す。


 ――そんな相手とクラスメイトになったことを、改めて実感したのだった。


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