押して、受けて、超えてゆけ
ひんやりとした朝の空気が肌を撫で、差し込む陽光が、埃の舞う訓練場を静かに照らしていた。
鉄の匂いが微かに鼻腔をくすぐり、リオスの手には、いつもの鉄製の訓練剣がしっくりと馴染んでいる。
冷たく硬い感触は、もはや彼の手の延長のようで、構えを取った瞬間、身体は自然と反応した。
リュシアとシエラもまた、同じ鉄製の模擬剣を構え、隙なく間合いを詰めてくる。
その瞳には、すでに戦いに臨む者の光が宿っていた。
三人の視線が交錯し、凍てついた空気は、ひりつくような緊張感と共にじわりと熱を帯びていく。
(やっぱり、これだよね……)
リオスは内心で頷いた。
木製の模擬剣は、確かに軽くて安全ではある。だが、その分、どうしても気が抜ける。
全力で打ち込めば折れるかもしれない――そんな意識が、常にどこかでブレーキをかけてしまうのだ。
その点、鉄製は違う。多少の無理も利くし、折れる心配など皆無に等しい。
思いきり振り抜けるというだけで、攻防の質はまるで別物になる。
目の前、リュシアが鋭く踏み込んだ。床を蹴り、地を這うような低姿勢から放たれるその剣筋は、まるで嵐のよう。
リオスは剣を横に滑らせてその一撃を受け止める。キン、と金属がぶつかる甲高い音とともに、一瞬、火花が散った。
リオスの腕にズン、と重い衝撃が走る。
リュシアの猛攻を受け流すリオスの背後を、電光石火の速さでシエラの突きが襲った。
しかしリオスは体勢を崩すことなく、素早く半身を捻る。剣は紙一重で空を切り、ヒュッと鋭い風切り音が耳元を掠めた。
攻防の最中、リオスがぼそりと呟く。
「……木剣より、こっちのほうが遠慮なく打ち合えるね」
リュシアは打ち込みの手を緩めることなく応じた。
金属のぶつかり合う重厚な音に紛れながらも、その声はしっかりとリオスの耳に届く。
「そうね。でも、“武器の丈夫さ”を前提にしちゃダメよ?
いつでも万全な装備があるとは限らないんだから。
どんな武器でも、それに見合った戦い方ができなきゃ――それは、本物の強さじゃないわ」
その口調こそ穏やかだったが、リュシアの剣には一切の容赦がなかった。
鋭く、迷いのない連撃が、まるで風のようにリオスの視界を埋め尽くしていく。
その攻防のさなか、訓練場の隅から冷静な声が響いた。
「……お嬢様が学校で壊されました武器の請求、先月分だけでもかなりの額になっておりますが」
声の主は、いつも静かに控えているアンナだった。
感情を抑えたその声音には、わずかに皮肉めいた棘が混じっていた。
「……私の従者、口が過ぎるわね」
リュシアは小さく鼻を鳴らす。だが、構えは崩さない。
アンナの苦言を理解しつつも、あえて冗談で受け流すように口を開き、リオスへの斬撃の勢いを保ったまま、同時にシエラの動きも視界の端で牽制する。
リュシアの視線がリオスに集中した、その一瞬の隙を――シエラは見逃さなかった。影のように、二人の間へと滑り込む。
だがリュシアも即座に察知し、流れるように剣を翻す。シエラの突きを鋭く弾き返した。
その反動で、シエラの剣が宙を舞いかける。体勢を立て直そうと跳躍した彼女の動きに、甲高い金属音が訓練場に響いた。
三つ巴の乱戦は、瞬く間にさらに熱を帯びていく。
キン、ガン、キン――鉄と鉄がぶつかり合う乾いた音が、朝の空気を震わせた。
目にも止まらぬ速度で剣が交錯し、風を裂く音が連続して響く。リオスの額には、いつの間にか汗が滲み始めていた。
リオスはリュシアの猛攻を捌きながら、視界の端でシエラの動きを捉える。
両側から挟み込むように迫る刃――その軌道を読み切り、一歩踏み込んで剣を払う。
二本の刃を同時にいなした瞬間、腕に重たい衝撃が走り、体がわずかに痺れた。
息をつく暇もなく迫る次の一撃。飛び散った汗が視界を遮り、リオスは内心で苦笑する。
(やっぱり……二人を相手にするのはきついな)
リオスがシエラの剣筋を牽制している間に、リュシアが剣の軌道を変え、シエラの懐へと鋭く切り込む。
だがシエラも即座に反応。剣を横薙ぎに振るい、リュシアの一撃をはじいた。
鋼がこすれる、耳障りな音が鳴り響く。
リュシアとシエラの攻防のわきで、リオスはじっと好機をうかがっていた。
リュシアがシエラとの打ち合いに意識を集中させたその瞬間――リオスが電光石火の踏み込みで、シエラの側面に肉薄する。
だが次の瞬間、背後からリュシアの剣が突き込まれる。
リオスは素早く体をひねり、迫る二本の刃をぎりぎりで躱すと、剣の柄で両者の顔面を狙うようなフェイントを放った。
その一撃に、わずかな躊躇が生まれ、三人の間の空気が鋭く裂ける。
乱戦は、さらに激しさを増していった。
リオスのフェイントによって、リュシアの体勢が一瞬だけ崩れる。
その刹那――呼吸の乱れ。
剣筋が一瞬滞った。
シエラの瞳が獲物を見据えるように輝き、剣が閃いた。
その切っ先は、迷いなくリュシアの死角をえぐるように突き込まれる。
リュシアも反射的に剣を振るって応戦するが――中心で交差した刃が、ギィンと甲高い音を響かせ、互いの剣が火花を散らした。
リュシアが力で押し返そうとした瞬間、シエラは滑らかな動きで重心を落とす。
押し込む力の反動を利用し、再び鋭く突き込んだ一撃が――彼女の肩口を、正確に捉えた。
「……しまっ――」
小さく舌打ちを漏らし、リュシアは体勢を崩した。訓練剣を下ろし、すっと後退する。
「はいはい、私、脱落。一本取られたわね」
軽く肩をすくめながら下がるリュシアを見届け、シエラは一瞬、呆けたように瞬きをした。
信じられない、とでも言うように――。
そして、ほんの一拍ののち。
周囲の音が、ふっと遠のいたように感じられた。
シエラの瞳が、驚愕に見開かれる。
小さく震える唇が、かすかに動いた。
「……やった……!」
思わず漏れた喜びの声。その頬には、ほんのりと紅が差していた。
紫の瞳が興奮に揺れ、自らの一撃の手応えに、心を震わせている。
こんなふうに感情をあらわにする彼女の姿は、リオスにとってとても珍しかった。
それだけに、リュシアという存在が――彼女にとって越えるべき壁であり、目標であり、憧れでもあったのだと理解できた。
だが、その高揚こそが、最大の隙だった。
リオスの瞳は、わずかな緩みを見逃さなかった。
まるで獲物を狙う鷹のように、静かに、だが確かな気配を纏って――無言で地を蹴る。
一瞬でシエラの懐に踏み込み、鋭く突き出された訓練剣の切っ先が――彼女の首元で、微かな風を立てて、ぴたりと止まった。
シエラの肩がビクリと震えた。
喜びに開いていた瞳に、はっと我に返る光が宿る。
「……油断大敵、だよ」
穏やかながらも、静かに芯の通った声。
シエラは小さく息を呑み、悔しげに唇を噛んだ。
「……はい。肝に銘じますわ……」
その声には、まだ高揚の余韻が残っていた。
◇
訓練を終えた3人は、疲れを癒すべく浴室へと移動した。
廊下を進む足音が、これから始まる特別なひと時に向け、わずかな高揚感を伴っているかのようだった。
浴室の扉の向こうからは、既に湯気を含んだ熱気が微かに漏れ出し、期待を煽る。
浴室の扉を開くと、乳白色の湯気が充満した空間が彼らを包み込んだ。
肌に触れる熱い湿気が、一日の疲れをじんわりと溶かし始める。
まずは着替えだ。
リオスは少しばかり緊張した面持ちで、慣れた手つきで訓練服を脱ぎ始める。
硬い生地が擦れる音が、妙に耳に響いた。
その隣で、シエラはいつも通りの落ち着いた動作ながら、指先が微かに震えているのが見て取れた。
彼女は薄い肌着を外すと、僅かに膨らみ始めた柔らかな胸の起伏を隠すように、そっと両腕を交差させた。
その仕草はひどくいじらしく、リオスの目を釘付けにする。
しかし、リオスがちらりと視線を向けたことに気づくと、彼女の元来青白い肌はたちまち桜色に染まり、潤んだ瞳は羞恥に揺れた。
だが、彼女はそれでも、熱を帯びたリオスの視線を、まるで全てを受け入れるかのように、伏し目がちに受け入れた。
丁寧に下着をたたむその姿は、幼さを残しつつも、抗いがたい色香を漂わせる。
彼女の淡紫色の髪は湯気に湿り、しっとりと首筋に沿い、微かに残る汗と石鹸の混じった匂いが、肌の滑らかさを一層際立たせていた。
「……シエラ」
リオスが小さく名を呼ぶと、シエラははっと顔を上げ、深く澄んだ紫色の瞳を彼に向けた。
その視線が絡み合うたび、リオスの胸が甘く、そして激しく締め付けられる。
一方、リュシアは実に堂々としていた。
しなやかな肢体を惜げもなく露わにし、流れるような動作で訓練服を脱ぎ去る。
漆黒の肌に湯気がまとわりつき、艶めかしい輝きを放っていた。
彼女の銀色の髪は、脱ぎ捨てられた訓練服の上に扇のように広がり、その艶やかな質感が目を引く。
額に生えた2本の小さな角も、神秘的な魅力を放ち、その存在感を際立たせる。
引き締まった肢体は、鍛え上げられた筋肉がしなやかに隆起し、まさに均整の取れた彫刻のようだった。
湯気の中に浮かび上がるシルエットは、見る者を惑わせるほどに完璧だ。
「あら、リオス。そんなに見たいなら、見ていいのよ?」
余裕綽々とした笑みを浮かべ、リュシアは挑発するように視線を投げかける。
彼女の金色の瞳は、湯気の中でも鋭い光を放ち、リオスの内心を全て見透かしているかのようだ。
リオスは思わず目を逸らそうとするが、好奇心と、そして抗えないリュシアの魔性に引き寄せられ、視線を完全に逸らすことができない。
彼の視線が、わずかに膨らみ始めた股間に向けられるのをリュシアは見逃さなかったが、特に言及はしない。
その代わり、彼女はふわりと笑みを深めただけだった。
湯気が立ち込める洗い場に入ると、シエラはリオスの隣にそっと座った。
肌に当たる湯気の熱さに、鼓動が早まるのを感じる。
「リオス様、わたくしが背中をお流ししましょう」
そう言って、緊張した面持ちで石鹸を手に取る。
彼女の手つきは丁寧で、少しばかり震えている。
リオスの背中に温かい湯がかけられ、柔らかなスポンジがゆっくりと肌を滑っていく。
シエラのかすかな吐息が、リオスの背中に微かに触れるのが感じられ、彼は背筋をぞくりと震わせた。
彼女のストレートの淡紫色の髪は肩にわずかにかかる長さで、濡れてしっとりと肌に沿っていた。
薄い肩甲骨が浮き上がり、まだ少女らしさが残る青白い背中には、訓練でついた細かな汗の粒がきらりと光る。
「ありがとう、シエラ。僕も、シエラの背中を流したいな」
リオスの提案に、シエラは恥ずかしそうに頷く。
彼が背中を向けると、今度はリオスの手が、シエラの華奢な背中に触れる。
彼女の青白い肌はその滑らかな感触に、リオスの心臓は早鐘のように高鳴った。
シエラの肩甲骨から腰にかけての滑らかな曲線は、まだ幼いながらも女性的な柔らかさを帯びており、リオスの指先はその感触を確かめるかのようにゆっくりと滑っていく。
湯と石鹸の泡が、指の間に挟まれ、独特の粘性を生む。
その間、リュシアは少し離れた場所で、優雅な手つきで銀髪のストレートロングを洗っていた。
濡れた髪は背中に沿って長く伸び、漆黒の肌とのコントラストが際立つ。
彼女の腕はしなやかに動き、水滴が弾けるたびに、鍛え上げられた筋肉の陰影が浮かび上がった。
その一挙手一投足が、洗練された官能を湛えている。
時折、ちらりとリオスの方を振り返り、からかうような視線を投げかける。
彼女の金色の瞳は、全てを見透かしているかのようだ。
体を洗い終えると、3人は湯船へと向かう。
湯気が立ち上る湯船にゆっくりと浸かると、温かい湯が訓練で疲れた体を優しく包み込んだ。
肌から芯まで温められる感覚に、思わずため息が漏れる。
シエラは、躊躇うことなくリオスの隣に座り、まるで自然なことのように彼にぴたりと寄り添った。
湯の中で、彼女のまだ少女らしい甘い胸の膨らみと、柔らかな丸みを帯び始めたしなやかな太ももが、リオスの肌に吸い付くように密着する。
湯の熱でほんのり赤みを帯び始めた彼女の青白い肌と肌が触れ合う熱がじわりと伝わり、リオスは驚きつつも、その抗いがたい心地よさに身を任せた。
彼女の青白い肌は湯に濡れて透き通るようで、水面に浮かぶ淡紫色の髪が、幻想的な美しさを添えている。
湯の揺らめきに合わせて、二人の体が微かに触れ合い、得も言われぬ悦びがリオスの全身を駆け巡る。
思わず、リオスの手がシエラの腰に回ろうとする。
しかし、シエラはすっとその手を掴んで止めた。
その指先は、湯の熱とは別の、微かな熱を帯びていた。
「……まだ、恥ずかしいですわ……」
そう囁く声は、湯気に溶けてしまいそうなほどか細かった。
彼女の紫色の瞳が、恥じらいに潤み、伏せられた長い睫毛が微かに震えている。
リオスははっと手を引っ込めたが、その頬は湯の熱とは違う、高揚感で熱く染まっている。
その直後、反対側からリュシアがリオスに寄りかかってきた。
彼女の漆黒の肌と、冷たい指先がリオスの腕に触れる。
その触れるか触れないかのギリギリの距離感が、リオスの神経を逆撫でする。
そして、何の躊躇いもなく、その唇がリオスの唇に軽く触れた。
柔らかく、しかしどこか甘やかな刺激が、脳髄を直撃する。
彼女の銀色の髪の一部が湯に濡れて、顔にかかり、その隙間から覗く金色の瞳が挑発的に細められる。
「ご褒美よ、勝者にはね」
リュシアの金色の瞳が、湯気の中で妖しく輝く。
リオスが思わずリュシアの体に触れようとすると、彼女はぴしりとリオスの手を叩いた。
「だーめ。触るのは禁止」
リュシアはいたずらっぽく笑いながら、自分だけのマイルールを展開する。
彼女からキスをするのはOK、彼女から触れるのもOK。
しかし、リオスから触れるのは禁止なのだと。
彼女の漆黒の肌は湯の中でも艶やかに光り、引き締まった鎖骨から胸元にかけてのラインは、まだ子供らしい薄さを保ちながらも、見る者に凛とした美しさを感じさせた。
湯の中に沈む下半身は、湯の揺らめきと、乳白色の湯気によって隠され、かえって想像力を掻き立てる。
そう言いながらも、リュシアはシエラと同じようにリオスに密着してきた。
湯の中で、彼女の引き締まった肢体と、まだ平らな胸のライン、そして均整の取れた太ももが、リオスの体に押し付けられる。
シエラは、その様子に思わずくすりと笑みをこぼした。
彼女の瞳が、リュシアの無邪気な行動に、微笑みをたたえている。
そして、シエラもまたリオスと視線を合わせ、そっと唇を重ねる。
柔らかく、熱を帯びた唇の感触に、リオスの意識は遠のきそうになる。
リオスの肩に頭を預け、目を閉じたシエラの表情は、湯気の中に溶けてしまいそうなほど幸福そうだった。
彼女の青白い頬は、湯の熱でほんのり赤く染まり、その表情はまるで夢見ているかのようだ。
その甘い吐息が、リオスの耳元をくすぐる。
リオスは、二人に密着して挟まれたまま、湯の中で身動きが取れずにいた。
身体の熱と鼓動が収まらず、言葉を発することすらできない。
ただ、湯に身を沈めるしかなかった。
湯の温かさが、彼の全身を痺れるような快感で包み込む。
湯の中で、3人の関係は、甘く、そして刺激的な熱を帯びて、少しだけ進展したのだった。
湯気の中で、彼らの視線が絡み合い、それぞれの心に秘めた感情が、新たな波紋を広げていく。
この混浴が、彼らの関係にどのような変化をもたらすのか、それはまだ誰にも分からない。
ただひとつ確かなのは、この熱い湯が、彼らの間に存在する見えない境界線を、ゆっくりと溶かし始めているということだけだった。




