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【なろう版】魔国の勇者  作者: マルコ
幼年学校1年 :新生活

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41/102

自己紹介

 教室の扉が、控えめにカタリと音を立てて開いた。


 ひょこ、と顔をのぞかせたのは、赤みがかった深紅の髪をした少年。


 肩口までゆるやかに流れるその髪は、陽光に照らされるたび、細くしなやかな花弁のように揺れ、炎を連想させる艶めきを帯びていた。

 

 肌は淡く緑を帯び、滑らかで冷たげな白。


 その瞳は、湿地の琥珀のような暗い赤褐色で、神秘的な艶を帯びている。


 その柔らかな立ち姿に、リオスは一瞬、女子かと思った。


 だが、よく見れば着ているのは男子用の制服。

 上着のデザインも、スラックスも、間違いなく男子の装いだ。


「……うわ、もう、みんな来てる……!?」


 教室の様子に目を見張る。

 そして、次の瞬間、肩をすくめて身をすぼめた。


「えっ、えっと……ご、ごめんなさいっ。遅刻、じゃない……よね?」


 不安そうに立ち尽くす彼に、リオスが席からゆっくりと立ち上がった。


「大丈夫。まだ先生は来ていないよ」


 そう言って、リオスは自分の席のすぐ後ろを指さす。


「そこの席、まだ空いてるよ。たぶん、どこに座ってもいいみたいだから」

「あっ……う、うん。ありがとう……」


 ホッとしたように小さく息を吐きながら、少年は遠慮がちに歩を進める。


 その様子を見ながら、リオスは軽く笑みを浮かべた。


「僕はリオス。よろしく」


 そのひと声に反応して、さきほど名乗ったばかりのサキュバス少女たちも、すぐに続いた。


「ルゥナだよ~。さっきも言ったけどね!」

「サララよ。こちらこそ、よろしくお願いするわ」

「……ネリア」


 促されるまでもなく、ネリアも控えめに名を返す。


 その流れを受けて、深紅の髪の少年は、胸元に手を当てて、丁寧に一礼した。


「ぼ、僕はリコリス。えっと……よろしく」


 その名乗りに、ルゥナがぱちくりとまばたきをしたあと、疑うように首を傾げる。


「ねぇ……君、男子だよね?」

「えっ……う、うん。そうだけど……?」


 リコリスが困惑気味に頷くと、ルゥナが隣のサララをひじでつつく。


「ねぇ、やっぱりアルラウネって、美人揃いすぎじゃない? 男子なのに、女子より女子って感じなんだけど……!」

「ふふ、ほんと。もう一人の子も、そうよね」


 サララも微笑みながら頷く。


 リコリスは小さく首をすくめるようにして、戸惑いつつも空いていた席に腰を下ろした。


 その横顔は、まるで少女のように繊細で、しかもどこか儚げな雰囲気を帯びていた。


 教室の空気が、しばし和やかなざわめきに包まれる。


 サキュバス三人娘とリコリス、それにリオスの四人は、席を挟んで軽く言葉を交わしていた。


 話題は、それぞれの出身地や、今朝の登校時に見かけた騎獣の話など、ささやかな日常の一端にすぎない。


 だが、その時間は、緊張の入り混じる入学初日の朝にあって、確かに小さな安らぎを与えていた。


 そんなときだった。


 ――ギィ……。


 きしむような音を立てて、教室の扉が再び開かれる。


 中に入ってきたのは、一見して教師とわかる男だった。


 やや猫背の痩身。肩にかかるほどの髪はぼさつき、灰茶の色味がかった毛先を、無造作に後ろで束ねている。


 襟元には、くすんだ金属のペンダントが覗く。

 よく見れば、フォールム神由来の古びた聖印だった。


 男は、教室のざわめきなど気にする様子もなく、くたびれた足取りで教壇へと向かう。


 その動きには、威圧感も覇気もない。


 むしろ、生徒たちの多くは「先生……?」と疑うような眼差しで見送っていた。


 しかし――


「……席、まだ決めてないやつは、空いてるところに勝手に座っとけ。しばらくはそのままの席順だ」


 教壇に立つなり、男はぼそりとそう呟いた。


 口調に抑揚はなく、まるで事務的に告げるだけのような声音。


 だが、妙に耳に残る声だった。


 男は続ける。


「……俺が担任のエルネストだ。わざわざ敬意なんて払わなくていい。こっちも、最初から期待なんかしてない」


 その言葉に、教室が一瞬だけざわつく。


 だが、エルネストと名乗った男は気にするそぶりもなく、教壇に鞄を置き、書類の束を無造作に開いた。


 リオスは、その姿を静かに見つめながら、内心で何かを測るように思案していた。


(……無気力そうに見えるけど、目が死んでるわけじゃない)


 観察されている。


 そう、感じた。


 エルネストの視線は一見ぼんやりとしているが、教室の隅々までを見渡し、その雰囲気を確かめているようでもあった。


(……この人、見かけより、ずっと鋭いかもしれない)


 リオスはそう判断し、改めて背筋を正した。


 同じく、リコリスやルゥナ、サララも、それぞれの表情で教師の言葉に耳を傾けていた。


 ネリアだけは、ふと何かを思い出したように、目を伏せていた。


 ボサボサの髪をかきながら、教師はくぐもった声で続ける。


「初日だ。順に自己紹介してもらう。……窓側から、縦に列ごとにいけ。簡単に名前とまぁ、見りゃわかるだろうが、種族、あとひと言くらいでいい。

 はい、そこの窓側の一番前、サキュバス。お前からだ」


 指された少女――リオスがさきほど言葉を交わしたばかりのひとりが、ぱっと顔を上げた。


「はいはーい♪」


 元気よく手を挙げて立ち上がる彼女は、淡い紫の髪をふたつに結んだツインテールが印象的だ。

 童顔で、どこかあどけない表情を浮かべているが、制服の胸元だけが不自然に張っており、そのアンバランスさが否応なく目を引く。


「えっと、ルゥナですっ。サキュバス! よろしくね~!」


 明るく笑ってぺこりと頭を下げる姿は、まるで舞台女優のように人目を引く華やかさがあった。

 本人はあくまで無邪気なのだろうが、その仕草の一つひとつが、どこか艶やかに映るのは種族ゆえか。


 ルゥナが満足げに座ると、教師の視線がすぐさまその後ろへ移る。


「はい、次。眠そうなお前」


 声をかけられた少女は、机に頬をつけたまま、ゆるりとまばたきをした。


 薄桃色の羽毛がやわらかく揺れる。

 ふわふわと膨らんだ髪はまるで朝露を含んだ綿毛のようで、動きそのものが眠たげだ。


「……ユルル。ハーピー、です。ふぁ……」


 小さな声で、ぽつりと名乗る。

 あくびを堪えるように口元を押さえ、そのままぺこんと頭を下げた。


 おっとりした空気のまま、再び頬を机に戻して目を閉じた様子に、教室の空気が少しだけ和む。


(……これは絶対、寝る気だな)


 そんなリオスの心の声が、誰にも聞かれず教室の片隅で響いていた。


 眠たげなユルルに続いたのは、窓側で陽の光を背に浴びた少年だった。


 黄緑色のロングストレートが肩先にまでさらりと伸びており、肌は滑らかで白く、整った顔立ちはどこからどう見ても少女のようだった。


 その佇まいは静かで柔らかく、まるで風に揺れる若葉のような印象を与える。


 少年は、そんな中性的な風貌のまま、静かに立ち上がり、落ち着いた口調で名乗った。


「アザリア。アルラウネです。……見分けつかないらしいけど、男です」


 少し間を置いて、クラスのあちこちから微妙な反応が返る。

 中には戸惑ったように首を傾げる者もいたが、当の本人は気にした様子もなく、再び椅子へと腰を下ろした。


 アザリアが席に座るのを見届けて、次に立ち上がったのは、教室の一番奥、窓側の席に座っていたゴブリンの少年だった。


 背丈こそ低いものの、がっしりとした体躯には筋肉の線が浮かび、むき出しの腕や首筋からは妙な貫禄がにじむ。

 緑の肌と鋭くとがった耳、大きな牙がのぞく口元、そして剃りあげたような坊主頭――。


 その風貌だけでも十分に威圧感があるが、本人はそれをまるで意に介していない様子で、面倒くさそうに声を発した。


「ダンク。ゴブリン族。……よろしくは、しねえけどな」


 最初から喧嘩腰とも取れるその言い方に、教室の空気が一瞬ざわついた。

 だが教師は、顔色ひとつ変えず、無言のまま次の列の先頭へ視線を向けるだけだった。


 次に立ち上がったのは、黒髪のサキュバス少女だった。

 艶やかに波打つ長い髪を背に垂らし、目元には軽く紅をさしたような色気が宿る。


 その姿勢や視線、手の動きにいたるまで、無意識のうちに他者を惹きつけるような魅力を纏っており、リオスは思わずその動きに意識を持っていかれた。


「サララよ。サキュバス族。よろしくね?」


 柔らかに微笑むその声は、どこか甘く、挑発するような余韻すら帯びていた。

 先ほど、リオスに声をかけてきたサキュバス少女の一人である。


 彼女が着席する際、さらりと髪が揺れ、わずかに香るような仕草が残された。


 その後ろの席から立ち上がったのは、鮮やかな橙色の巻き髪を揺らしたアルラウネの少女。

 髪のウェーブの先には、小さな花弁のような装飾がいくつも散りばめられており、ふわりと動くたびに軽やかにきらめく。


「えっと、フリージア。アルラウネだよっ。ちゃんと女の子だからねっ!」


 語尾を強めに言い切ったその様子は、どこか微笑ましく、自己主張というよりは“念押し”といった感じだった。


 少し小首をかしげる仕草にも、甘えん坊な雰囲気が滲んでおり、クラスの数人が思わず目を細めていた。


 ぽすん、と椅子から軽く跳ねるように立ち上がったのは、小柄なインプの少年。

 赤茶色の髪はぼさついていて、帽子を深くかぶっているせいで額元は見えない。


「ピコ! インプだけど、いたずらはしてません! 今は!」


 そう宣言すると、くすくすと周囲に笑いが起こる。

 口元は自信たっぷりの笑み。帽子の奥では、ほんの一瞬だけ、角のあたりを手で押さえた。


(――あれ、折れてる……?)


 リオスが気づいたときには、ピコはすでに、隣の少女に得意げにウインクを送っていた。


 その後ろは、猫の姿の獣人の少年。


「カゲトラ。猫族……べつに、話すことはない」


 短く言い放つと、それきり黙り込んだ。

 黒い猫耳がぴくりと動き、長い尻尾が椅子の背からするりと滑り落ちる。


 その姿は、まるで木陰で息を潜める獣のようだった。


(……必要最低限、か。けど――妙に印象に残る)


 リオスは心の中で、そんなふうに思った。

 無愛想ではあるが、無意味に敵意を振りまいているわけでもない。

 むしろ何かを見定めているような、獣の沈黙に似た気配があった。


 教師はとくに反応もせず、静かに隣の列の先頭の者へと視線を移した。


 担任の合図に促され、ネリアは椅子に座ったまま立ち上がらず、小さな声で言った。


「……ネリア。サキュバスです」


 煤けたようなピンク色の髪が、淡い陽にくすんで見える。

 視線は机の上をさまよい、誰とも目を合わせようとしない。


 そのまま俯きかけて、ぽつりと付け加えた。


「……サキュバスだけど、えっちなことは、嫌いだから」


 一瞬、教室に奇妙な沈黙が流れた。


 リオスの隣席で聞いていた本人は、どこか微妙な表情でちらりと彼女を見やった。

 だが、ネリアはそれにも反応せず、静かに黙り込んだまま、椅子の背に身を預けていった。


 その後ろ。背筋を伸ばし、どこか芝居がかった動作で立ち上がったのは、銀髪の少年だった。

 糸目は開かれないまま、口元は含み笑い。


「毎度おおきに。うちはヴィーゼル。人間やけど――まぁ、そのへんは見ての通りで」


 どこかから借りてきたような辺境訛りと、やたらと滑らかな口調。

 クラスメイトたちが微妙な笑みを浮かべる中、彼は軽く会釈を加えて続けた。


「趣味は取引と観察。せやけど、いらん疑いは持たんといてな? うち、けっこう義理堅い方やねんで」


 にこりと笑うその姿に、明らかに「怪しい……」という視線が突き刺さっていたが、本人は気にした様子もない。


 次に元気よく椅子を引いて立ち上がったのは、そばかすの目立つ少女だった。

 短く結んだポニーテールが軽やかに跳ね、ぱっと周囲に笑顔を向ける。


「はーいっ、ナオミ! 人間ですっ!」


 元気いっぱいに手を挙げて応じると、すぐさま続けて――


「たぶん、うるさいって思われるかもしれないけど、よろしくねっ!」


 悪びれた様子もなく笑って、立ち上がる時と同様、元気よく席に着いた。


 その後ろで椅子を引いて立ち上がったのは、教室の隅にひときわ静かに座っていた――服装からして少女。


 緑がかった鱗肌に、金の瞳。

 髪はなく、頭にはスカーフを巻いている。無表情なまま、くるりと視線だけを前に向けた。


「カイサ。リザードマン……よろしく」


 それだけを、ぽつりと。


 かすかに高く、透き通った声――。

 思っていたよりも、ずっと可愛らしい響きだった。


(……声、わりと可愛いんだな)


 心の中で、そんなことを思いつつ、リオスは無言で一瞬だけ彼女を見やった。


 そして、いよいよリオスの番が回ってきた。


 静かに立ち上がった彼は、姿勢を正し、落ち着いた声で名乗る。


「リオスです。人間です」


 それだけでは少し素っ気ないと思ったのか、わずかに間を置いて、柔らかい笑みを添えた。


「……同い年の友達って、あまりいないので。仲良くしてくれると嬉しいです」


 声は決して大きくないが、聞き取りやすく、端正な物腰には育ちの良さが滲む。


 親しみやすい言葉に、数人の生徒が小さく笑みを返した。


(……なんか、いいとこの子っぽい?)


 そんな視線が向けられていることに気づいているのか、いないのか。

 リオスは静かに腰を下ろし、次の生徒へと視線を送った。


 そして、リオスの後ろの席に座る、深紅の髪の少年が立ち上がる。

 その髪は肩にかかるほどの長さで、陽の光を受けて、まるで朱に染まった花弁が揺れているかのようだった。

 女の子と見紛うほど整った顔立ち。声も、柔らかく澄んでいる。


「……リコリス。アルラウネです。

 ……見ての通り、よく女の子に間違えられます。気にしてませんけど」


 言葉とは裏腹に、彼の目元はわずかに伏せられ、声もどこか陰を帯びていた。

 立ち姿は丁寧で、手を前にそろえて、きちんと頭を下げる。


 教室内に、微かなざわめきが走る。

 見た目に反して落ち着き払ったその様子に、リオスは前の席からじっと視線を向けた。


(……あの髪、やっぱり花っぽい)


 内心でそう呟きながら、リオスはそっと背筋を正す。


 最後に控えめに立ち上がったのは、栗色のボブカットに眼鏡をかけた少女だった。

 制服の袖は手の甲まで届いており、少し大きめのサイズが彼女の華奢さを際立たせている。


「……ミーナ。人間です……」

 小さな声が、かろうじて教室全体に届いた。


 視線は下を向いたままで、指先をぎゅっと握りしめながら、続ける。


「……よろしく……おねがい、します……」


 その姿は、まるで逃げ出したそうな小動物のようだった。

 けれど、声にはほんのわずかに、必死さと勇気が滲んでいた。


 全員の自己紹介が終わったのを見計らい、教壇に立った男が声を上げた。


「……んじゃ、最後に俺か」


 気だるげな声だった。

 ボサボサ頭を無理やり後ろで束ねたような髪に、目の下には深いクマ。

 くたびれた教員服の胸元には、どこかで拾ってきたような古びた聖印のペンダントがぶら下がっている。


「エルネスト。元はフォールムで神官やってたが、まあ、いろいろあって、今はここで教師してる」


 そう言って、ぐいっと首を鳴らす。


「……で、名前と種族、ひと通り聞いてわかったろうが――ここは“劣等種・平民クラス”だ。

 才能も家柄も、上には期待されてねぇ。だからこそ、好きにやれ。俺も余計な口出しはせん」


 生徒たちに冷めた視線を投げながら、気だるげに肩をすくめた。


「喧嘩すんな、怪我させんな、あとは――まぁ、適当に仲良くやってくれ。

 呼び方? “先生”でも“エルネスト”でも、好きにしろ。敬語も必要ねーぞ」


 そう締めくくると、教壇の端に寄りかかりながら、また一つ、静かに欠伸を吐いた。


 そんな風に言い放つ担任の言葉に、リオスは静かに眉をひそめた。


(劣等種……それは、わかる。人間も、ゴブリンも……リザードマンも。直接戦闘力で見れば、確かに魔族の中では劣る種族だ)


 特に、人間――。

 フォールムとの関係を考えれば、魔国では冷遇されて当然とも言える。


(けど……“平民クラス”?)


 クラスに平民が多いのではなく――平民ばかりのクラスに割り当てられた?


(……この状況。偶然、じゃないな)


 大変。多分違うクラスになる――


 リュシアの言葉が脳裏をよぎる。


 穏やかな顔の裏で、リオスの思考は鋭く研ぎ澄まされていた。


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