三人の肌が、湯気に溶けて
訓練場から戻ると、雪解け水で濡れた靴を脱ぎ捨てるようにして、3人は脱衣所の前に立った。
「ふふ……身体を動かしたあとの風呂って、最高なのよね」
「そうですわね。でも、こうして三人でお湯を共にするのも……しばらくは最後かもしれませんわ」
シエラがぽつりと呟いた。
リュシアが春から幼年学校に通うようになれば、日々の訓練は一旦おしまい。
休日に屋敷へ戻ることはあっても、毎週のように一緒に汗を流し、そのまま風呂に入る――そんな日常の終わりは、もうすぐそこまで来ていた。
「……そっか」
リオスは少しだけ寂しげに呟きながら、脱衣所の引き戸に手をかける。
脱衣所に入ると、それぞれが手早く衣服を脱ぎはじめる。
リュシアは一番に腰の帯を外し、ふわりと布が滑り落ちる。
続いて、シエラが静かに上衣の留め紐を解いた。
そして――
(黒と、蒼……)
リオスは、つい目を奪われていた。
対照的な姉と婚約者の肌。
どちらも美しく、それぞれに魅力的で。
まるで黒曜石と青玉の彫像が並んで立っているかのような、幻想的な光景だった。
「リオス、脱がないの? ……まさか、見惚れてた?」
くすっと笑う姉の声に、リオスは慌てて背を向ける。
「ち、違うってば!」
「ふふ……まあ。お顔が真っ赤になっていらっしゃいますわね?」
シエラが微笑みながら指摘し、リオスは耳まで赤くして俯いた。
◇
たっぷりと泡立てた布で身体を洗い終えた三人は、湯気の立ちこめる浴場へと足を踏み入れた。
浴場の奥には、湯気をまとった大きな石造りの湯船が静かに構えていた。
湯面から立ちのぼる蒸気が、光を淡く滲ませ、空間全体が白く霞んで見える。
湯に足を沈めると、じんわりと熱が肌を包み、三人はほぼ同時にため息を漏らした。
「ふぅ~~……生き返るぅ……」
リュシアが背もたれに腕を乗せ、気持ちよさそうに全身を沈める。
リオスは、湯の中に身を沈めつつ、自然と隣のふたりに視線を向けた。
姉の肌は、吸い込まれるような漆黒。
一方、シエラの肌は青みがかった透き通るような白さ。
――黒と蒼。
並んだふたりの肌の色が、ただそこにあるだけで、なんとも不思議な美しさを帯びていた。
リオスはぼんやりと、そのコントラストに目を奪われていた。
そのまなざしに気づいているのか、気づいていないのか――
リュシアは視線を前に向けたまま、ふと口を開いた。
「王都にある幼年学校……訓練も座学も、高水準だって聞いたわ。
でも、実技は楽しみ。だって、ああいうのって――身体で覚えるものだから」
幼年学校――正式名称は魔国ヴァルゼルグ王立幼年学校。
貴族平民問わず、8歳から無償で入学できる教育機関である。
卒業後は軍事内政問わず、一定期間国に仕官する義務はあるが、その後は自由。
さらに優秀なら高等学校。その先の士官学校や政官学院への道も拓ける。
「へー」
リオスは、返事をしながらも姉の肌から視線を逸らすことができずにいた。
その横で、シエラがそっと頷いた。
「わたくしも、いずれは通うことになりますわ。同じ学び舎に……リオス様と、ご一緒に」
リュシアが肩をすくめ、軽く笑う。
「ふふ、じゃあ私が先輩ってわけね。……面倒見てあげないと」
そう言いながら、リュシアは湯の中でゆっくりと身体を傾けた。
「ああ、それと――寮には入らないのよ。王都にあるうちの別邸から通う予定だから」
「なんか……貴族っぽいな」
リオスがぽつりと呟いた。その口元は、なぜか少し乾いていた。
するとシエラが、湯の縁に顎を乗せたまま、くすりと笑った。
「……お忘れかもしれませんけれど、わたくしたち、貴族ですのよ?」
ちらりとリオスを見やったようにも見えるその横顔に、彼は少し肩をすくめて視線を外す。
リュシアは、何も言わず、ただ静かに笑っていた。
湯気の中、三人の距離は変わらぬまま――
けれど、その空気には、これからの気配が静かに、けれど確かに流れ始めていた。
◇
夜――屋敷に静寂が満ちる頃。
ろうそくの揺れる光に照らされながら、フィノアはリオスの寝室に現れた。
淡い香のする衣の下に、今日の彼女はいつもより幾分華やかさを漂わせている。
「……ご婚約、おめでとうございます。正式に決まったと伺いました」
フィノアの言葉に、リオスは少しだけ頬を赤らめながら、小さく頷く。
「うん。でも、まだよく分かんない。シエラが照れてたし……なんか、不思議な気分で」
彼の正直な言葉に、フィノアは微笑んだ。
「それが自然な感情でございます。そして、もう一つ。リリシア様の件も、聞き及んでおります」
「うん……“種を望まれてる”って、父上が言ってた。ぼく、まだ何も出ないのに……」
その言葉に、フィノアは少しだけ目を細める。
「リオス様の種――
例え今は未成熟でも、その価値を認められたということでございましょう」
リオスは真剣な表情になった。
それが“重い期待”であることを、なんとなく感じ取り始めている。
「では……本日のご予定、始めましょうか」
こうして、夜の学びも続いてゆくのだった――
あんまりギリギリを攻めるつもりはないので、削りすぎかも?
……まぁいいや。




