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【なろう版】魔国の勇者  作者: マルコ
牙獣

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20/102

この涙は、罠の味

 ――人間領のとある小国、交易都市リヴァルテの外れ。

 夕闇が迫る頃、石畳の細道に面した古びた宿の一室。

 商人の男は、机の上の帳簿から目を上げた。


「……で? 売りたい“品”ってのは?」


 部屋の隅に立つ少女が、深く頭を下げる。


「はい。父が仕入れた魔獣避け罠です。

 数は二百。正規品で、箱も未開封だと聞いております」


 男の眉がぴくりと動いた。


「魔獣避け罠、ね……」


 椅子の背にもたれながら、煙管をくゆらせる。


「……最近じゃあ禁制品扱いする国も増えてきてる。あまり堂々と取り扱える代物じゃねえ」

「承知しています。でも、まだ流通している国もあると聞きました。だから、せめて……どこかに、納めていただければと」


 少女は布をぎゅっと握りしめたまま、言葉を継ぐ。


「父は……商い一本で生きてきた人で。人の言葉を信じすぎるところがありました。

 『今が買い時だ』と持ちかけられ、大金をはたいて罠を仕入れて……でも、届く頃にはすでに、禁制の噂が立ち始めていて……」

「それで、お前が代わりに?」


 男が目を細めて問いかける。

 少女は一度だけ小さく頷いた。


「家の帳簿も、倉も、父の身体も限界です。けれど、私なら……“多少の無理”をしても、話を聞いてもらえるかもしれないって……」


 言葉の“無理”の部分に、微かな熱が滲む。

 伏し目がちに、恥を忍ぶような声――だが、そこには確かに覚悟の色があった。


 商人の視線が、少女の身体を舐めるように上下する。


 くたびれた旅装の下、華奢な肩から伸びる白い首筋。

 胸元の布の膨らみは小さいながらも、柔らかそうで、年頃の張りが感じられる。

 腰は細く、指でつまめそうなほど。だが、尻まわりには程よい肉がついているのが、立ち姿からも分かる。


 男の喉がごくりと鳴った。

 貧乏暮らしにしては肌の手入れが良すぎる――

 そう思いつつも、そのちぐはぐさすら、彼にとってはアクセントに過ぎなかった。


「……なるほどな。そりゃあ確かに、こんな娘が夜に訪ねてくりゃ、話ぐらいは聞くってもんだ」


 彼は煙管を灰皿に落とし、椅子をゆっくりと引いた。


「二百本。正規品なら、悪くねぇ。受け取ったら、支払いもする。……ただし、それまでにちょっとした挨拶ぐらいはしてもらうが」


 少女は静かに目を伏せ、腰紐に手を添える。


「……わかっております。それで済むのなら、いくらでも……」


 その声音はかすかに震えながらも、拒絶の色はなかった。

 男の視線がいやらしく光を帯び、喉がごくりと鳴る。


 少女の震える指先が慎重に結び目を解き――それを外すと、たっぷりとした布地が緩み、肩口からするりと滑り落ちていく。


 彼女は一瞬、胸元を腕で隠しかけた。羞恥が、迷いとなって指先に現れる。

 しかし、それでも手を止めることなく、彼女は小さく息を吸い――


 下衣の結び目に手を移し、静かに解いた。


 商人の視線が、舐め回すように這っていく。


 この娘が、自らを売ってまで、家を支えようとしている――

 その“物語”が、なおさらそそる。


 部屋に、熱が満ちていく。


 そして、男の影がゆっくりと近づいていく中――

 少女の瞳の奥で、獣のような光が、一瞬だけきらりと揺れた。



 グレイス地方の山間にある、旧貴族の別邸。

 今やリリシアの館として使われるその屋敷には、夜ごと香のような熱が漂う。


 天蓋付きの寝台では、リリシアがひとりの褐色のエルフ娘を抱き寄せ、柔らかな髪に頬を寄せていた。


「……リリシア様ぁ……っ」


 くすぐるような吐息が混じる中、寝台の端に控えていた女が一歩進み出る。

 艶やかな肢体を包むのは、透けるような薄衣だけ。

 だが、サキュバスにとってはそれが礼装に等しい。


「……ご報告いたします。商人への接触は予定通り終了。

 こちらで用意した“身の上話”を信じ込んでおり、罠の買い取りに前向きです。現時点で疑念の様子は見受けられません」


 リリシアはエルフの肩に口づけを落としながら、面白そうに瞳を細めた。


「ふふっ、男なんてちょろいものね。

 少し不幸話を混ぜれば、“哀れな娘”に情けをかけたつもりになって、気持ちよく騙されてくれる」

「……加えて、肉体的な“対価”があることで、取引への警戒も緩んでいます。

 見返りを得た男は、得た情報の裏を取ろうとしない。いつもの傾向です」

「ええ、知ってる。だからこそ、私たちがいるのよね」


 リリシアはくすりと笑い、抱いていたエルフの顎を取って唇を奪う。

 しばしの口づけの後、ようやく目を戻して――


「……よくやったわ。ご褒美に――この子で遊んでみる?」


 ふと、リリシアの視線が部下に向けられる。


 サキュバスの女は一瞬だけ目を瞬かせたが、すぐに微笑を返した。


「光栄です、リリシア様。では、ありがたく……」


 柔らかく寝台に膝をつき、そっと手を伸ばす。


「……ふふ、肌が滑らか。気持ちよく仕込めそうですね」

「甘やかすだけじゃ駄目よ。しっかり教えてあげて。魔王軍の魅了術は、本番でも通用しないと意味がないんだから」

「承知しております」


 淫靡、かつ冷徹な魔族たちの実務は、今夜も着実に進行していた。


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